THE LAST BALLAD | ナノ
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#53 禁猟区での密会

 あの日、絶望的な状況の中、エレンが「叫び」の力を使って巨人を操ったと言う噂はすぐに中央に知れ渡る事となった。そして、ウミの戸籍が無いと発覚したことも、ハンジが戸籍を取り寄せた事で政府にも周知の事実となった。
 謎を多く残したまま死んでしまった父親は壁内に存在しない人間だと……。
 それまでは王政に黙秘されてきた調査兵団の存在。しかし、エレンが巨人化したことが明らかになったトロスト区奪還作戦の出来事は壁内の人類に多くの衝撃を疑惑を齎した。
 あの審議所での出来事を皮切りに、王政は番犬を召還することになる。そして、調査兵団に対する干渉を強い者にし、その追及はより過激さを増して。
 これから始まる戦いにより調査兵団はますます追い詰めれられていく。
 手術を終え、回復したばかりのウミを連れ去った馬車は中央へ向かい、急ぎ馬を走らせる。未だ五年間の沈黙の果てに発生した巨人襲撃の混乱が抜けず、破綻寸前まで追い込まれたトロスト区を駈けて。

「いらっしゃい、……リッ、リヴァイ兵長??」
「オイ、聞きてぇことがある。ついさっき大通りで馬車を見かけたか?」
「あ、ああ、それなら今猛スピードで内門の方に向かっていきました……」
「そうか、」

 突然誰も来ないが露店を開いていた商人が声を掛けられて振り向けば、そこに居たのは知る人ぞ知る、あの有名な調査兵団の兵士長の人類最強と呼ばれるリヴァイの姿だった。
 まさかこんなところで調査兵団の有名人から声を掛けられるなんて。驚いたような商人に構わず馬車の行方を聞くとリヴァイは裏路地を駆けて先回りした。
「(クソッ……俺が傍に居ながら……誰の仕業だ……!?)」
 急ぎ走りながらリヴァイは門を突破される前にその馬車に乗り込み確かめなければならないと焦燥感に駆られていた。
 早く、馬車を見つけなければ。このままでは間に合わない。門を抜けられたら終わりだ。
「(もう二度と、あいつを失うわけにはいかない……!!)」
 リヴァイは立体機動装置を装備していないことをただ悔やみ手掛かりを求めて奔走した。しかし、こんな状況で誰がこんな多くの犠牲者を出し、沈みかかった泥船で舵取りさえままならない自分達(調査兵団)に味方してくれると思う?

「(ウミ……クソ、こうなることを最初から狙ってやがったのか、壁外から来たの親なら娘にも壁外の情報が伝わってるから始末する。か……誰の仕業だ。まさか中央憲兵か……?)」

 だとすれば厄介だ。ナイル・ドーク率いる憲兵団と王の快刀の中央憲兵は別物であり、全く訳が違う。
 奴等の正体は謎に包まれており、面識もない。調査兵団に長く在籍しているウミやエルヴィンですら中央の素性は知らないだろう。
 まして、調査兵団に入団して上官であるが所属年数はまだ浅い自分では尚の事中央の存在は未知の世界だ。
 ならば中央憲兵は自分のウミを連れてどうするつもりなんだ。今まで粛清してきたように……真実に近いウミも消すのか。
 何処へ行った、何処へウミを連れて行こうとしていると言うのだろうか。彼女は自分の大切な花嫁だと言うのに。
 巨人の群れでは殺せないのなら人の手で葬るのか。さんざん拷問した後に。
 幾度もリヴァイの手の中からこぼれ落ちるように失い続けてきたウミの存在。
 重力に従うように何度、自分がこの力で手繰り寄せ引き寄せても彼女は自分をすり抜けて真っ逆さまに落ちていく。
 このままでは本当に肉体もろともウミを失うことになる。永遠より長いこの5年間の沈黙の末にようやくめぐり逢い今度こそ、本当に彼女をこの腕に引き寄せたと言うのに。
 兵士長として、今負傷した調査兵団のトップのエルヴィンの代わりに兵士たちを纏めなければならない立場で。普段どんな時も感情を乱さない男が声を荒げそうになる。

「(クソ、やりやがったな……)」
 ニック司祭の保護と、エレンとヒストリアを王政から匿うべく無事に隠せたことで多少安堵していた。
 あの時、審議所でエレンを王政の何か大きな力が狙っていることを理解して、そして今に至る。
 しかし、ウミまではノーマークだった。まさか彼女が、壁外から来た父親の娘だからと処分されてしまう日が訪れるなんて。
 信じたくはない。この今の混乱に乗じてまんまと嵌められた。なぜ一人にしたのか。今の自分を見てあの男はどう思うだろう。
 いつかこの壁の世界でまた、いつか会える時、あの男の処世術をどうして今になって思い出す。
 不出来な自分を見切る様に去ったあの男の言う通りだったと言うのか。生き延びたいのなら「女に関わるな」と。

「(待ってろ、ウミ…もう二度と……お前だけは…失うわけにはいかねぇ……)」

 もう彼女が自分の手の届かない場所に行かないように…そう、誓ったのに。
 ウミを何としても取り戻す、普段どんな時も冷静沈着な男が見せた激情は彼を再び過去のゴロツキとして名を馳せた過去の姿へと引き戻していく。
 エレンもヒストリアも守らなければならない中で最愛の彼女も守る。
 自分の手に抱えきれない負担を抱えて道なき道を突き進む。それは無謀で困難でもあった。
 これから始まる戦いはきっと、巨人だけではない。壁内での出口のない戦いが待っているだろう。
 大きくはない男が背中に抱え込んだもの。全てを一人で背負うにはその負担はあまりにも多すぎる。人が守れるものには限界があるが男はすべてをこの手で守り抜こうとしている……。
 だけど、そばに居てくれる彼女ならきっと自分一人には背負わせない、重たい荷物なら半分ずつにしようと、いつも手を差し伸べてくれるはずだ。
 きっとウミなら笑ってくれたのに。あの笑顔はもう二度と、今度こそ本当に見られなくなってしまうと言うのだろうか。
 中央によって抹消されてきたように最愛の彼女は壁内で生まれた人間なのに父親と同じそういえば彼女の母は???かつて中央憲兵に居たとされるウミの母、ついぞ会うことは叶わなかったが、ウミの母親はもうこの世にはいないのだ。
 恐らく5年前のあの日、母親が死んだことでウミは狙われることとなったのだ。
 父親の過去とは全く知らない無関係のウミ。何も知らないのに無理やり壁外の情報を吐けと、ウミの死んだ父親の代わりに酷い拷問の末に殺されるのだとしたら、唯一無二の彼女を。
 あの笑顔を守るためならばもう一度この手を汚すことも厭わない…何としても奪い返すのだ。
 何故、ウミの父親は壁外からこんな巨人が闊歩する世界へたどり着き、地下街に逃げ込んだ。そして自分と出会ったのだ。
 束の間の時間を共に過ごす中で彼は当時中央憲兵に所属していたウミの母親と出会って姿を消した。
 そしてこの世界で密かに生きていたのだろう。ライナー達のように、同じくこの世界の破壊を望んでいたのだろうか。ならば何故、この壁の世界で結婚して娘を産んだのだ?調査兵団の人間に紛れ込み5年前の機会を狙っていたのだろうか。
 あの人懐っこい笑顔は嘘だったのだと言うのか。しかし、死に際に父親は自分に託したのだ。

――「なぁ、リヴァイ……お前なら……いいぜ。あの子を……俺の娘を幸せにしてくれ……大げさじゃなくていい、世界一とは言わない。ただ、生まれたことをあの子が喜んでくれるくらいの幸せで……」
「(カイト……なぁ、もう今にもお前の娘が殺されそうだ。お前のせいでな……)」
 最後に言い掛けたのはこの言葉だったのか。秘密を最後まで抱えたまま逝ってしまった男。死人に口なし、事実はもうわからない。遺言さえ残さず死んだ男の声が今も脳裏に反響していた。



――ウォール・シーナ。ストヘス区。アルフォード邸

「クライス・アルフォード侯爵! 居られるか!」

 今回のウォール・ローゼ南部の巨人襲来事件によりクライスが殉職した情報は未だ調査兵団内で極秘に扱われていた。憲兵達は調査兵団にクライスが身を置き情報を横流していた罪を擦り付けるようにアルフォード邸を取り囲んでいた。
 すっかり手付かずの豪邸でクライスの留守を預かる者は誰も居ない、クライスは根無し草のようにあちこちの家を渡り歩き、ほとんど家には寄り付かなかった……。
 クライスは調査兵団い入団したことは上流階級の間ではセンセーショナルなニュースだった。両親が居ないのもあり彼に残されたのはこの豪邸と莫大な遺産とそして誰もを黙らせるその歳には不相応な高い階級だった。
 クライスは恐らくいつかはこうなることを見越していたのだろうか。調査兵団は中央からすれば目障りな存在であった。壁の秘密など、何もないのだと、何故と問うなかれと。
 地獄の釜の蓋が開くように、いつ中央に潰されてもおかしくないと思っていた。遺体も埋葬され、もう彼はどこにも居ないと言うのに。憲兵達は豪邸の金細工の美しいドアを破壊し、どんどん部屋の中を荒らしていく。

「やはり調査兵団の奴らめ。兵団に所属する貴族の人間が死んだという噂を流しやがって。本当らしいな」
「跡継ぎも居ない中で最後のアルフォード家の末裔がまさか調査兵団で巨人に食われて死ぬとは、」
「かつての名家も落ちぶれたものだな……」
「まぁいい、始末する手間が省けた。それよりもあの女を早く始末しなければな」
「それなら問題ない。予定通り捕らえた」
「さすがに手術中は手出しが出来なかったが……本部から出てきた隙をついたからうまくいったな」

 我が物顔でアルフォード邸を歩く一角獣のエンブレムを背負った兵士達。しかし、その表情はどいつもこいつもその目は死んでいる。
 その死んだ目はこの世界の平和を乱す者達を見渡していた。いつ広がるのかわからないその火種を。
 王を守るために、今までそうしてきたように。その死んだような顔つき、拳、姿はナイル率いる憲兵団とは明らかに異質だった。確かに死者の少ない入れ替わりの少ない憲兵は壮年期の兵士もいるだろう。
 しかし、その中でも長くこの世界に身を置いているのだと言うことが伺える。アルフォード邸を蹂躙した彼らは無人の館にそしてあろうことか火をつけたのだ。

「これでいいだろう」

 次第に燃え広がる火を消す者はいない。家主の居ない屋敷は誰に気付かれる事もなくそのまま焼け焦げ灰になる。憲兵のその手提げの中には血の匂いがこびりついていた……。
 ナイル・ドークが率いる使わない猟銃を下げ、新人に面倒な仕事を押し付けるどこにでもいる表向きは憲兵達ではない。
 こいつらはナイル達が表なら、存在しない影の存在だ。指揮系統も違う。高貴なる立場の者の館に火をつけても、壁内の平和を脅かす奴らには粛清を。公に彼らを咎めるものは誰も居ない。
 その証拠にその手は次第に調査兵団をじわじわと追い詰めていた。

「う……」
「ああ、起きちまったか……まだ寝てりゃあいいのに」

 視界を白い布でぐるぐる巻きにされたせいで、今自分はどのような状況下に置かれているのかわからないが、とにかく自分はどこかへ連れ去らわれようとしているのだと理解した。
 ふと、聞こえた低く気だるげな男の声に耳を傾ける。誰だろう、しかし、動こうとして自分の手が拘束されて膝の上に置かれているのだと言う事を理解した。
 今置かれたこの現状がとても良くないのだと言う事をウミは未だ若い方だが兵士になったことで味わってきた今までの人生経験上、嫌という程理解していた。

「(今回は手と目……なのに、どうして口は塞がれていないの……嫌だな……何も知らないのに……何も、私は……)」

 昨日までのあの戦いからエルヴィンが目を覚ます7日間まで。世界一安全なリヴァイの部屋で守られ、静養しながらずっと愛する彼の腕の中に抱き締められていた。
 エレンを奪い返すための戦い。エルヴィンの腕を切断したことも、ライナーとベルトルトの、正体も、そして父親が関わっていたこと。そして、待ち受けていたその辛く……それは過酷な戦いだった。
 しかし、リヴァイの腕が、ぬくもりが、すべてを癒してくれた。傷ついた心を癒せる、それは愛する者だけ。ようやく全ての傷を癒して、とても幸せな気持ちでいたのに。
 離れてしまえばあっという間に感じなくなってしまう。呆れるくらい求め、今はリヴァイの残したその温もりからまた自分は自分の意思と裏腹に遠ざかっているのだと肌で感じていた。
 ゴトゴト。揺れる決して乗り心地のいいとはいえない馬車の振動が尻から全身に伝わった。ウミは体感で今、自分は馬車の中に閉じ込められて居るのだと言うことを理解した。
 しかし、何故、毎回毎回。自分はいい加減捕まりすぎではないのだろうか。
 非力な自分にうんざりする。
 一体自分が何をしたと言うのか。自分はただの兵団所属の人間で、この世界で調査兵団に所属する両親の元に生まれて、そしてこの世界の為に巨人と戦いに明け暮れていただけのどこにでもいる存在。だと思っていたのに。
 幾度も、幾度も危険な目に遭わされて。
 クライスのように素晴らしく家柄がいいわけでもない、母がこの世界で迫害を受け絶滅した民族の末裔で、父親が壁外から来た人間、だから。
 ただ、それだけの理由で、そんな両親の娘である自分が壁外の秘密を聞いていて外の世界を掌握しているとでも王政は汲んだのだろうか。
 だとすれば、自分もあの壁を掘り続けた炭鉱夫のように、気球で壁外に行こうとしたアルミンの両親のように、銃を作っていた老人のように人知れずに処分されるのだろうか。彼らは死亡とだけ言われてそのまま行方不明となった。
 ナイルの前の師団長の件で捕縛された時もそうだ。あの時はクライスが権力を使って救出してくれたのだ、しかし、もう権力で物言わせてきたクライスはいない。
 なんだかんだ独り身で自由気ままに、後継者もいない彼の家系は子の代で途絶えた。
 しかし、危険因子としてこの世から自分を抹殺するつもりだったのだろうか。自分が、あの二人の娘だから。ただそれだけで。

「オイオイオイ……何だ、もう目が覚めちまったのか」
「あなたは、誰……?」
「駄目だ。まだ、お口は閉じたままの方がいいぜ……。これから嫌になるくらい喋らなくちゃならねぇんだからな」

 そしてウミは察知した。視界は奪われ何も見えないが、目が見えないからこそ研ぎ澄まされている感覚。向かいに居座る目の前の男に何故かリヴァイと一緒に居るような感覚になるのはなぜか。目の前の彼はリヴァイではないのに。
 リヴァイと少し離れていた間に平和ボケして油断した隙に昏倒させられ、連れさらわれたのに。

「(中央憲兵……??)」

 ヤツらは長い長い歴史の中で少しでも壁内の楽園を脅かし妙なことをする者は人知れずに暗闇の中から中央憲兵が姿を見せてそして、火種を消し続けてきたのだ。
 母は汚れ仕事を自ら買って出ていたのだろうか。母も、こうして始末してきたのだろうか。だから、幾度も繰り返される粛清の日々に暗黒の日々に嫌になって憲兵団から調査兵団へと異動を願い出たのだろうか。

「(口を塞がないのは私も拷問して自白させるつもり……なんだ……何も知らないのに)」

 しかし、彼らはどうして視界を奪いながら口を塞がなかったのだろうか。そしてピタリと頬に触れて、そのまま首筋にツツツ…と伝うそれは間違いなく。ひんやりと肌に感じ続けてきていた感触にウミは口を噤んだ。

「あなたは私を……どうするつもり……ですか……? 私の両親を知らない筈は、無いでしょう……」
「ああ……知ってる。懐かしいな…特にお前の母親とはな、」
「あなたは、私の母のなんなんですか?」

 震える声でウミは呟いた。その冷たい感触が肌を滑る度に足が震えた。
 視界を奪われた中でこうして得体の知れない冷たいものが幾度も肌を滑る感触ほど不気味なものは無い。

「ただの、古い付き合いだ……しっかし、あの女がまさか、ウォール・マリア陥落の混乱の中でまさか死んじまうとは、あの女がそう簡単にくたばるとはハナっから信じちゃいねぇが……本当らしいな……」
「5年前に母も父も死にました。これはどうやっても覆る事はありません。
 私をこうしてどうするんですか? 殺す? 私がミナミ・アッカーマンの娘のウミ・アッカーマンだと知って……それで?」
「は、お前な……当の本人が死んじまってるのにいちいちお伺い立てろって言うのか…? お前は少しも母親に似ちゃいねぇよ、あの野郎の方にてめぇはよく似てやがる。うさんくせぇクソみてぇに甘い優男の顔だ、お前の母親はそりゃあ、なかなかの女だったからなぁ、ソッチに似りゃあ少しはマシだったのによ、」
「っ……確かに私は母と違い恵まれた容姿ではありませんからね」
「残念だな……。それに、その体格で調査兵団とはずいぶん不利だ。身長だけは遺伝しなかったみてぇだな、その身の丈じゃあ母親みてぇにロクに動けねぇだろうに」
「そ、それは…言わないでください! それに、私にとって、身長などハンデでしかないですから。あの、あなたは誰ですか?? 中央憲兵の人じゃ」
「おい、おいおいおい、だから、余計な事以外は喋るなって言ってるだろ……」

 ウミ・アッカーマン。それがウミの隠された本当の名前。その名を聞いた瞬間、目の前の男はどこか嬉しそうにニヤリと笑っていた、
 父親も母親も、誰も教えてくれなかった。誰も知らない、リヴァイにすら最後まで教えなかった自分の本当のファミリーネームを。

――あれはまだ幼い頃の記憶。両親は調査兵団で交互に自分を見てくれていた。壁外調査で長く留守にするときはよくハンネスに預けられていた。そんな中で、自分が寝静まった頃、聞こえた声に目を覚ますと喧嘩する2人の姿だった。その声で目が覚めてしまい、眠れずにいた。
 2人の怒鳴り合う声はまだ幼いウミにはショックだった。子供の自分の前ではいつも仲睦まじい夫婦だったから、優しい父はいつも気の強い母に尻に敷かれていけど、気の強い母が父親の前だけに見せる弱い一面。人は弱い部分で人を愛するのだと幼いながらに何となく知った。
 2人はただ表面的に仲のいい夫婦を演じていた仮面夫婦だったのだろうか。大人になった今となっては、もうわからない。2人はお互いの素性を隠すためだけに結婚して自分を産んだのだろうか。
 母はしきりに娘には普通の幸せをあげたいと叫ぶように口にしていた。調査兵団を志願した時、どうして調査兵団なんて選んだのかと、母親はそれはそれは恐ろしい剣幕で詰め寄り怒り狂っていた。
 でも、そんな自分をいつも助けて守ってくれたのは父親だった。母親は怖いが、父親は優しくて、2人はそれでちょうど良くバランスが取れていた。
 ただし、本当に怖いのは父親だった。自分が壁外で死なないようにと色んな処世術を施され、その中で痛みに耐える特訓は一番きつかったが、その特訓のお陰で今がある。
 非力な見た目と女という立場を巧みに利用し、相手をだましてこのくらいの拘束なら難なく抜け出せるだろうと。
 調査兵団の傘下に居ればひとまずは自分達は黙秘され兵団によって守られる。中央憲兵が手を下さなくても巨人によって遅かれ早かれ死ぬから殺されることはないはずだと。
 だからウミもそのまま調査兵団に入団するのは自然なことだった。2人はお互いの境遇を知っていたのだろうか、それとも……。
 夜な夜な聞こえる話し声の中で幼い自分は聞いてしまったのだ。母が口にしてはいけないと言った名前
 それは「アッカーマン」だと。そのファミリーネームに母がどういった人生を歩んできたのかは結局最後まで知ることは出来なかったが、その人生に狂わされたように後々ウミの人生を狂わせると信じて疑わなかった。そして父は死に、母も死んだ。
 多くの数えきれない謎だけが今のウミを冷酷に追い詰める。だから、最初にミカサの名前を聞いた時は思わず耳を疑った。だけど同じ姓なのにミカサは自分を知らなくて。だから、偶然同じファミリーネームだけなのだと思っていた。
 そう、だから、今の今まで、リヴァイにも言わずに黙り込んでいたのだ。名前を聞かれてもウミとそれだけを答えた。ミカサの名前を聞いた時は自分と同じだと動揺したけれど、それはたまたまだと、知らぬ振りをした。

――「ねぇ、ウミ! お母さんはあなたに出会えて良かった。もし、もしもよ。私が生きている限りはあなたを私が守る。だけど、もし、また何か不測の事態があったならこの人を頼りなさい、名前はケニー・アッカーマン。お母さんの、大切な人よ、」

 その名前は聞いたことがあった。都のおとぎ話だと父親がふざけておどろおどろしい形相で良く脅かしに来たから。秋の収穫祭にもよく話題に上っていた。憲兵100人の人の喉元をかっさいて殺し回った恐ろしい殺人鬼。「切り裂きケニー」その男の名前を今こそ使う時だ。噂ではない、彼は今も確実にこの世に生きている
「……このまま私を殺して、ケニー・アッカーマンが黙っていないわよ」
 中央の奴らに脅し文句や感情で訴えても共感なんかして貰えるなんて思っていない。だが憲兵を100人殺した男の名前を振りかざせば憲兵達も震えあがるだろうか。案の定向かいの男は喋らなくなった。

「(よし……! ひとまずは切り抜けられそう……、あとはこの馬車から抜け出してリヴァイと合流しなきゃ……! 私一人では逃げきれるか不安だけど、あの人となら……!)」
 ケニー・アッカーマンと自分は同じファミリーネームだ。そして、ミカサも。もしかしたら、偶然ではなく何か特別な繋がりがあるのだろうか。もしかしたら自分はケニー・アッカーマンと関係があるのかもしれない。
 ケニー・アッカーマンは自分の母にとってどんな存在だったのだろう。兄、なのか、それとも、

 父が死んでから足を無くした母親と二人三脚で生きてきた。母は本当は強くはないのだと知っていた。ああして気が強いのは見せかけ、本当は弱い自分を守るためだと、だから男として父親として女は守らなくちゃならないと父親は言っていた。
 自分も兵団を辞めてからは厳しくも貧しいささやかな暮らし、そのはずなのに母は1度もお金を欠かしたことはなく、リヴァイと別れ、心に傷を負った自分にも無理して働かなくていいと微笑んだ。誰に対してもざっくらばんでハキハキとした物言い、だけど、本当は誰よりも繊細な母、そんな母がある日大事なお客様が来るから先に寝てなさいと告げた。
 来客だなんて珍しい。興味を抱いた。何の気なしにその来客を自分も迎えたかったからせめてもの代わりになにかお菓子でもと動いた視界に飛び込んできた光景にただ驚いた。
 母を抱き締めるのは自分の父親よりも大きな背丈、深く被った帽子は彼のトレードマークかよく似合っていた。そして、自分が着たら引きずりそうな長い長いロングコート。
 母は告げた、「もう二度と会えない気がしていた」顔はよく見えない、だけど、涙を流す母は嬉しそうに、彼にすがり付いていたから何となく察した。

「おいおいおい……ちょっと待てよ。聞きてぇんだが何でお前がケニー・アッカーマンの名前を知ってやがる」
「それは本人に、聞いて。私もよく知らない、ただ、母親が何かあればその名前を使いなさいと、それ以上は……言えない」
「はははっ、そうか……そりゃあ、全然笑えねぇ話だな……」
「え……」
「そうだな、ミナミ……あいつにはでっけぇえ借りがあるからな。そうかそうか、なら、仕方ねぇよな……」
 その時、突然目の前の男が立ち上がったのを感じて堪らず身構えた。すると、肌に触れていた冷たいそれは離れ、やがて、大きな音を立てて馬車の窓が開いたのを肌で感じた。
 そして、目の前の男は戸惑うウミの姿に嬉しそうにニタリ、と笑うと突然、ウミの拘束も解かずにいきなり突き飛ばしたのだ。

「え……!!」

 微かに覆われた布の境目の視界に飛び込んできたのは赤い赤い血飛沫、そしてロングコートに帽子を被った男が呻きながら腕を大きな手で抑えている。自ら切り裂いた皮膚からは赤い赤い血が流れていた。

「おいい! なんってこった!! やられちまった!!! 逃げやがった! 憲兵様を殺してチビ女が逃げ出した!」

 突然の展開に、思考が追いつかず戸惑いを残したまま馬車は去って行った。

「アッカーマン隊長、生きてますか」
「ああ……、イテテ……大丈夫だ、
 全く本当におっもしれぇ女だ……ウミ。やっぱりあいつ、母親によく似てるな……ああ、そうか、ガキの頃に何度かだ、俺の事なんか覚えちゃいねぇよな……。ま、あいつにはさっぱり似てねぇが……デケェ借りを返さねぇとな……ウミ、」

 猛スピードで駆け抜ける馬車からウミを突き飛ばし、ウミは布に包まれたトロスト区の住民に憲兵達が配る予定の荷台にそのまま転落したまま呆然と去って行った馬車を見届けた。

「あの人は……誰なの……どうして私を、……」
「ウミ!!」
「あ、リヴァイ……あの、私……」
「ずらかるぞ、もたもたするな」
「あっ、待って……!」

 どうして、あの人が私を逃がしてくれたのは何故?どうして?まるで自分が逃げたと見せかけてまで生かした理由は…?
 母はケニー・アッカーマンと一体過去にどんな因縁があったのだろう。

「きゃっ! リヴァイ! 私、大丈夫、歩けるから……解いて!!」
「うるせぇ、黙ってついてこい」
「待って……私……まだ聞きたいことが、あの人に!」

 余韻を残す間もなく、ちょうど馬車を探していた血相を変えたリヴァイに有無を言わさずその小柄で華奢に見えて逞しく筋肉の盛り上がる肩に抱き上げられる形でその場を離脱した。

 
To be continue…

2019.12.13
2021.02.15加筆修正
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