THE LAST BALLAD | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

#54 血塗られた本能

 ウミが師団長や総統に仕える自分たち3兵団とは別の王政直属の私兵部隊であり闇に包まれた存在「中央第一憲兵」たちの魔の手から命からがらで逃げ出しリヴァイと合流することが叶った。
 しかし、そこに仕組まれた陰謀が渦巻いていることも知らないまま、ウミは逃げたのではなく生かされ、そして逃がされたのだと言う事を理解するのはもっと先の戦いの果てだ。
 脳髄に今も響く、どこか無邪気であの低く挑戦的な声、そして愛する彼によく似た口調。何故、自分を殺そうと刃を突き付けてきたあの男は?
 両親に愛されて育ち、母親やリヴァイと違い、ずっと地下街で地獄のような日々を生きてきたモノついて片鱗しか知らないウミではなぜ中第一憲兵の彼が生かしたのかまでは思考を張り巡らせることは出来なかった。
 それがあの男の気まぐれで、ただ、強き者の手で弱き者が束の間の生き延びる猶予を与えられただけだとも知らずに。
 ウミは自分が助かったと安堵するにはまだ早い。その命は今も死と常に隣り合わせの場所に居る。
 弱者の命はいつも強者が握っている。いつどの時代においても搾取されるのは弱きもの。
 この時代に、この世界に生を受け生き残りたい。それならばひたすらに戦い抗い続けるしかない。逃げれば背後に敵はその刃を向ける。
 そう、この世界の中で自分には平穏な世界など、ただの女の幸せなどこの世界に身を置く以上存在しないのだから。
 いつでもこの身を危機に晒す覚悟はできている。見えざる敵を、死を恐れては、自分は動けなくなる。動けなくなる前に頭を動かし、そして、何よりもこの四肢がもげてもなお足掻いた両親のように、死に物狂いで身体を動かすのだ――……。
 その一方で、巨人発生の混乱からまだ抜けないトロスト区から遥かに離れた山奥にある古びた小屋では、リヴァイによって新たに選別された班員たちがくれぐれも目立たぬようにと上官に言われたのに、大きな荷物を荷台に乗せ、買い出しを終えて戻って来た。
 周囲一帯はのどかな山々に囲まれ、サシャは自分の住んでいた故郷の森を思い出していた。
 エレンは新たに自分が置かれた環境を知る。今現在調査兵団で新たに編成されたメンバーと共に復活を果たした新生リヴァイ班。
 しかし、リヴァイが集めたメンバーはもうほとんど生き残りの少ない精鋭ではなく、エレンのかつてのまだ入団したばかりの同期達だった。
 何故、リヴァイ兵長は敢えて同期達を選別したのか。これは彼りの優しさでもあり、ある種のプレッシャーでもあった。
 エレンを奪還するために多くの者達があの巨大樹の森での混戦で犠牲になった。そして、親代わりだったハンネスの死はエレン達に大きな悲しみと深い傷を与えた。
 その中で心置けない仲間たちの存在はエレンの傷ついて疲弊した心を癒すだろう。そして、それと同時にかつてのリヴァイ班壊滅の時のようになりたくなければ何が何でも成し遂げろと言うプレッシャーを与え、彼に旧リヴァイ班壊滅の時のようにもう二度と失敗は許されないと、与えられた以上の働きをしなければならないと知らしめた。
 エレンはリヴァイがあえてこの班編成にしたその意味を、ひしひしと感じていた。今壁内は混乱の真っ只中にある。
 そしてその混乱の中で多くの優秀な兵士たちが犠牲になった。自分を壁外へ連れ去ろうとする脅威から奪い返す為に……。今の調査兵団の状態ではシガンシナ区の壁を塞ぐことなど到底不可能。
 エレンはまたもや多大なる犠牲の果てに命を救われた。こんな自分は果たして多くの兵士以上の犠牲に見合うだけの価値は、成果はあげられるのだろうか…。
 今度こそしくじらずに自分がやらなければ。さもなくば今度旧リヴァイ班のようになるのは目の前の104期の同期達なのだから――……。
 ここが今の新・リヴァイ班の根城だ。あの旧調査兵団の本部だった古城に比べれば見てくれは劣るかもしれないが掃除がしやすいとエレンはあの時の大掃除でのリヴァイの凄まじさを知り戦慄していたから拍子抜けした。
 混乱残るトロスト区からの移動を終え、それから、コニーがラガコ村の母に会いに、リヴァイはエルヴィンが目を覚ましたとの情報を受けて新しく副官になった負傷したウミを迎えに行きがてら外出している。
 リヴァイがいつ戻ってくるかわからないからこそ早く上官の指示通りにやる事をしなければ……。
 今誰に狙われているのかわからない、王都召還もこの混乱の状況に紛れて抜け出した留守番のエレンはリヴァイの鬼のようなチェックを何とかクリアしなければと怯えながら急いで掃除を進めていた。
 ウォール・マリア奪還の足掛かりとなる重要なカギであるエレン。そしてずっと誰も知らなかった壁の秘密を知ることが出来るとヒストリアを守るのが新・リヴァイ班の使命である。
 その潜伏先としてハンジと話し合い、リヴァイが選んだのは森深くのかつて遺棄され今は誰も暮らしていない僻地にある山小屋だった。
 ハンジ率いるハンジ班の面々は私服姿で情報収集にあたっており今この壁の中の混乱した状況を調べている。
 ごしごしと床を拭きながら、エレンはつい1週間前の自分を奪還作戦するための巨人と人間が混線するあの激闘が嘘のように、窓から外の景色を見つめていた。
 そこは、自分たち以外に人も誰一人居らず。巨人からも人間からも遠ざかった長閑で、酷く穏やかな空気が流れていた。それがまるで嵐の前触れだとも知らずに。

「ああぁ……! やっと着いた。いくらなんでも人里から遠すぎだろ……。ほらサシャ、お前にはこれだ!」
「何ですかこれ? う!? 重い!」
「中身は芋だ、お前の友達だろ?」
「な……んの話ですかそれは? 私はもう忘れました」
「安心しろ、入団した時のあの事件を忘れることができる奴なんて俺達同期にいねぇからよ、」
 次々と積み上げられた荷馬車の荷台から下で荷物を受け取ろうとしていた私服姿のサシャへ、芋がずっしり詰まった木箱を勢いよく上から落とすように渡すジャン。
 調査兵団の自由の翼が無い面々、端から見れば未来溢れるどこにでもいる健康な若者たちに見える。
 まさか、入団数カ月で幾度も死地を乗り越えてきた兵士だとは思わないだろう。誰も居ない周囲の長閑な景色。
 まるで田舎がある森に帰ってきたようだなぁ、とぼんやりと見渡していたサシャはそれを反射的に受け取りながらいきなり腕に重たく伸しかかる重量に悲鳴を上げた。

「それにしても……。どれもこれも高騰してたね。もし、この食糧を失ったら僕ら餓死しちゃうよ」

 静かに買い出しを終え、買ってきた食糧を大事そうに抱えて誰かに見られないようにと静かに山小屋へ運ぶアルミン達。だったが、サシャは大事そうに芋の詰まった箱を抱えながらも何かを企んでいるような顔をしていたのですかさずジャンが釘を刺す。
 今自分達が配属しているのはあの「人類最強」の泣く子も巨人も黙る男の元だと言う事を忘れるなと言わんばかりに目を光らせて…。

「そうだぞサシャ……摘み食いでもしてみろ? リヴァイ兵長かウミにお前を食べやすい大きさに捌いてもらうからな」
「いや、ウミはそんなことしないよ……」
「うぅ……そうです、私はそんな意地汚い事なんてしませんよ。
 たぶん、」
「は……? テメェ、芋女! 今何か付け加えたか?」
「いっ、いいえ! こんな買い物にばっかり頼らなくてもこの山から獲ってくればいいんですよ!って言ったんです!」
「ダメなんだよサシャ、こんな山奥でも禁猟区なんだ。見つかって騒がれたら僕達がここにいる意味が無くなっちゃうよ」
「わ、わかってますよ……! やりませんって……たぶん」
「今度こそ聞こえたぞ、芋女てめぇ!」

 自分達は中央の脅威から身を潜め、エレンとヒストリアと壁の外から来た父親の娘と言うことが発覚したウミを隠しながら生活している筈なのに、この場に似つかわしくないあの頃の訓練兵団時代を思い返すようなにぎやかな日々を髣髴とさせる明るい声が響く。
 わいわい騒ぎながら玄関のドアを開け、ずかずかと入ってくると、掃除に厳しい潔癖のリヴァイに指示された通り、長い間放置されてホコリまみれの部屋をせっかく綺麗にしたのに、ずかずかとだべりながらあがりこんで来た三人に青ざめた表情で詰め寄った。

「オイお前ら……、家に入る前にちゃんと埃や泥を落として来たか!?」
「……はぁぁ? やってねぇよ。この大荷物。見えねぇのか?そんな暇じゃねぇことぐらいわかるだろ?」
「……まだわかんねぇのか!? そんな意識でリヴァイ兵長が満足すると思うのか?今朝だってオレがお前のベッドのシーツを直していなかったらな――「うるせぇな!! テメェは俺の母ちゃんか!?」

 リヴァイ班に所属してこの班員の中で一番リヴァイの掃除の厳しさや潔癖さ加減を知るエレンは血相を抱えてジャンに詰め寄る相変わらず仲の悪い二人のやり取りにその後ろから薪を小脇に抱え、斧を担いだミカサが姿を現し三人を迎えた。

「おかえり」

 あの時ミカサは囚われたエレンを助けるために巨人に脇腹を掴まれ、ろっ骨がバラバラに折れている筈なのに。ミカサはまるであの怪我など軽いかすり傷だと言わんばかりにもう顔色一つ変えず当たり前のように小枝のように軽々と斧を肩に担いで小屋の中に入ってきた。

「あれっ!? 薪割りしてたの!?」
「体がなまってしまうから」
「巨人に掴まれたのにまだ動いちゃだめだよ!」

 まるで一週間前の負傷が嘘だったかのように、スタスタと歩いているその後ろをミカサが斧で割った薪を抱えたヒストリアが無言で後に続いた。
 その青く、男子達を魅了したその大きな瞳は未だに立ち直れずに魂が抜け落ちたかのようだった。
 支えであった、どんな時も一緒だった最愛のユミルと別れた彼女のその表情にはかつての誰にでもいい子だったころのクリスタの面影は無い。クリスタに憧れていたライナーはきっとショックを受けるに違いない。

「止めたのに聞かねぇんだ。もう治ったって。さっきだって腹筋してたからな」
「ふっき……! てめぇええええ! 何ミカサの筋トレ覗いてんだ!!」
「はぁ!? いきなり何わけわかんねぇこと言いやがる」
「ああ、ミカサ! ダメだよ! 野生動物じゃないんだから!」

 ミカサが腹筋していた姿をちゃっかり見たなんて。まさかエレンのやつ女部屋を覗いたと言う事か。
 報われないのに相変わらずミカサloveのジャンはエレンへの嫉妬に駆られ、エレンに今にもつかみかかりそうな勢いだ。
 調査兵団に入団してから今まで多くの危機を乗り切り絆を深めてきた104期生たち。
 だが根本的な性格は何一つ変わっていない、相変わらず不仲な二人の姿が仲間の裏切りに傷つき疲弊した104期生には懐かしく映るようでサシャが懐かしそうに瞳を細めて呟いた。

「何だか、訓練兵の時に戻ったみたいですね」
「うん……でも……何で僕らがリヴァイ班に選ばれたんだろう……。エレンとヒストリアを守るっていうのは重要な任務なのに。いくら熟練兵士の多くを失ってしまったからって他にもっとウミみたいに優秀な兵士はいるだろうに」
「きっと、私達が優秀だからでしょうね」

 こうしてみんなで私服姿でこれからここで始まる隠居生活のための準備をしたりしていると、まるで、あの頃の何も知らなかった訓練兵時代の日々にタイムスリップしてきたかのような錯覚さえ抱いた。
 あの頃、ライナーもベルトルトも、アニも、そしてみんなでそれでも3年間共にした日々が今も忘れられない。
 しかし、懐かしむように思い出を馳せながらも、テーブルの上に並んださっき購入してきた食材の山の中からパンをひったくり、それは鮮やかな手つきでバッグに忍ばせるサシャをアルミンは見逃さなかった。

「サシャ? 今、バッグに何入れたの?」
「パンのような物は何も」
「おい! てめぇ返せよ、芋女」
「それよりお前ら、兵長とウミとコニーが帰って来る前に掃除を終わらせねぇと」
「ほら、出して。貴重な食糧なんだから」

 パンをひったくったサシャに非難の目を向け輪をかけて囲う様に集まる同期達。斧を肩に担いだまま詰め寄るミカサの表情は恐ろしいものがある。
 その中で、かつて訓練兵だった頃のような楽しかったあの頃の風景に、かつてのリヴァイ班を思い出し、切なく顔を歪めるエレンの姿があった。
 リヴァイを筆頭に全員でくまなく掃除にあたり、何回も何回もやり直しをしながら掃除をしたあの古城での生活が、今はもう遠い記憶のように感じられた。
 しかし、あの日々の果てに自分の実力を試す壁外調査で自分は守られ、そしてアニの手によって全員殺され、そして壊滅に追い込まれた旧リヴァイ班。
 そして今回の作戦でも自分を守るために多くの者がその命を散らし、ハンネスを失った。
 今度こそ。もう誰も失いたくない。自分達を守るために集った同期の姿に改めて決意を秘めるエレン。リヴァイはエレンがこうなる事を配慮して編成したのだろう。
 もうしくじることは許されない。遠回しにエレンへプレッシャーとささやかな癒しを齎すために。
 自分が目を光らせている限り、仮にも婚約したウミに手を出す不届きな輩はいないだろう。
 そして、その光景を遠巻きに見つめるヒストリアの感情が消えてしまった青い瞳があった。ユミルと別れたからすっかり魂が抜け落ちたかのように、クリスタだったころの姿はもう何処にも見当たらず、何も語らないヒストリアの姿。
 パンを肩から下げていたバッグに忍ばせた食いしん坊な彼女を遠巻きに眺めながら、彼女の心はもうここに在らずと言わんばかりに立ち尽くしていた。
 そのヒストリアの後ろのドアが開かれると、ようやく回復した腰まであった長い髪をベルトルトに飲み飲まれたことで焼け焦げ、バッサリ肩上までリヴァイの手により切り落とされたウミを連れたリヴァイが姿を見せた。
 ウミは胸元が編み上げになっており、肌触りのいい生地の柔らかな空色のワンピースを履いており、色白の肌に華奢な鎖骨が眩しく見えた。

「ただいま戻りました……あれ、」
「オイ、一体何の騒ぎだ」
「リヴァイ兵長……ウミ……」
「クリス……あ、ヒストリア、ただいま、」

 喚き散らす一員を眺めながらウミを連れてようやく潜伏先となる山小屋に辿り着いたリヴァイ。
 その表情は普段にも増して疲れ切っているように見えた。ただ本部のエルヴィンに状況を説明し、ウミを連れて背後の尾行に警戒しながらここに戻ってくるだけなのに色んなことが起こりすぎた。

「中はちゃんと掃除されてるから綺麗……! リヴァイの教育のお陰だね、」

 しかし、馬車の中でウミはリヴァイに懇願した。先程起きた出来事をいずれこの面々に話さなければならない時が来るかもしれない中で、それでも、ウミはようやく同期達との辛い別れから立ち直りつつある104期生達に自分が中央第一憲兵に連れ攫われかけたことを未だ言わないで欲しいと、敢えて普通に帰ってきたことにして欲しいと懇願した。
 それはウミの思いやりだが、しかし、リヴァイは煮え切らない返事をして黙り込んでいた。
 104期生に知られるのは時間の問題だとしても、まだ、少しだけでも彼らに平穏な日常を与えたい。
 何時背後から追手が迫ってきているのかわからない中で敢えて言わないのはどうなのか。いつでもここが割れてもいいようにしっかりこいつらにも遊びでここに泊まってるんじゃないのだと釘を指すべきなのに。相変わらず甘いやつだ。
 静かに食事用のダイニングテーブルの下に手を当て、そのままなぞると、そこは冬でもないのに白い煙と共に埃が舞い上がり、そして目の前の彼らを見て状況を察した。

「芋女テメェいい加減にし「オイお前ら。時間は十分にあったはずだが」

 サシャを囲んでいた仲間達にリヴァイの低い声が、冷めた三白眼がじろりとエレンの背に刺さり、ああやれやれと頭を抱えるエレン。
 リヴァイは懐から取り出した清潔な白いハンカチでその手を拭いながら新たに編成した班に集合を呼びかけていた。

「まぁ……いい……お前らがナメた掃除をしていた件は後回しだ。状況を整理し方針を固めるぞ」

 リヴァイの声に一同が慌ただしく片付けに入る中でミカサが手にした斧を投げ捨てる勢いで髪を切りすっかり別人になったウミに駆け寄った。

「ウミ! 動いて大丈夫なの!? もう平気!?」
「ミカサ、ミカサこそ……! あばら骨は平気?」
「私なら全く問題はない。だけど、よかった……。怪我はもう大丈夫なの?」
「オイ、ウミ、やっと帰ってきたな。無事かよ?」
「でも無事にここまでたどり着けて何よりだよ、」
「やっぱりウミが居れば料理も期待できますね!ああリヴァイ班にウミが居てくれて心強いです!」

 そうして、リヴァイの後ろから姿を見せた焼け焦げた長い髪をリヴァイの手で切っておもらい、見た目的にも印象が大きく変わった元気そうなウミの姿に安心したようにかつて共にした104期生の仲間達が輪を作るように集まり、あっという間に輪の中心となったウミが如何に104期生達にも人望が厚いのか、リヴァイは理解し、そしてこの状況で副官にしたのは正解だとひしひしと感じていた。
 あの男は自分が地下街で生き抜く処世術を教えてはくれたが、女の扱いや、人を気遣い、思いやる気持ちとかそういう方の人付き合いに関しては教えてくれなかった。
 本当の意味での相手を思いやる気持ちを教えてくれたのはウミだった。両親から愛され、人を疑う事を知らずに純粋で慈愛に溢れていた幼いガキだと思っていたウミにいつのまにか自分は影響され、そして、次第に彼女の存在は自分の中では小さくは無いのだと、幾度も思い知らされた。
 今後、リヴァイは誰よりも先を見ていた。あの男の処世術通りにこの先を見据え、冷静に今調査兵団が向けられているものを理解して。
 いつも相手を怖がらせるようなあの男の口調に似てしまい言葉足らずの自分では、まして人類最強と恐れられている自分の事をまだ若い少年少女たちを雲の上の存在として見ている。
 自分も生き血の通う人間なのに。部下を自分の存在が委縮させてしまうのは良くない、ウミが居てくれれば彼らとのいい仲介役になるだろう。
 ただ、傍に置く。しかし、私情を優先する上官など部下に示しがつかないのではないか。
 現に、ジャンは当たり前のようにリヴァイの傍にいるウミを無言で見つめていた。
 こんな非常時でもあんたらはどんな時も片時も離れず、一緒なのかと。上官でもある二人が、公私混同もはなはだしいと、言いたげな眼差しで。



「ああ〜久しぶりに飲みました。ウミの作ったスープ美味しかったです、」
「えっ、そうだったかな?」
「はい、大好きなんですよ。なんというんでしょう、ウミにしか引き出せない、野菜のうまみが……こう、」

 新生リヴァイ班での顔合わせも兼ねた打ち合わせを終え、小屋の周囲はすっかり夜の闇に包まれた。
 当番で食事係と見張りをローテーションで回しながら、今日のメンバーだったサシャとジャンと料理の後片付けをしながらウミは集めた食材を使って父との懐かしい思い出のスープの話をしていた。

「この料理はお父さんが良く作ってくれていたから……」
「そうなんですね、」
「ウミの父親って調査兵団の元、副団長だよな」
「うん、そうだよ」
「料理はウミお父さんが担当だったんですね、」
「うん。そうなの。私のお母さんは料理全般駄目だったから」

 夫婦真逆の立場でありながら、ウミは懐かしむように父親の事を思い出していた。強く、優しくて、しかし、それは表向きだったのだろうか。多くの謎を残して死亡した父親は一体、何を隠していたのだろうか。

「そんで、ウミの父親って、ライナー達と同じ目的を持ってこの壁の世界に来たかもしれねぇんだろ?」
「うん、そうだね」

 ジャンの話に耳を傾けながらウミは泡を流し終えた皿をサシャに手渡しながら窓ガラスに映る自分の変わり果てた短い髪をした自分の表情が怯えていることに知らぬふりをして、前を見据える。本心は先程の命を奪われそうになりそんな中でじわじわと後を引く恐怖を未だ引きずっていた。
 先程の晩餐。ウミが本部から戻ってきてようやく全員が揃ったリヴァイ班達で今後の話も交えつつ食事をしていると、そのテーブルを囲んだ中心で今までずっと沈黙を貫いていたヒストリアが自身の生い立ちを静かに淡々とした口調で話し始めた。

――「私はウォール・シーナ北部の小さな牧場で生まれました……貴族家・レイス卿の領地内にある牧場です。私は物心ついた時から牧場の手伝いをしていました。母はいつも本を読んでいて、家の仕事をしている姿は見たことがありません。とても美しい人でした。夜になると誰かが馬車で迎えに来て派手に着飾った母を乗せて街に行きました。母には家業とは別の収入があるようでした。私にとってはそれがいつもの生活でした。しかし、字の読み書きを覚え、母の真似ごとで本を読み出した時、私は自分が孤独であることを知りました。どの本にも……親は子供に関心を示し、話しかけたり抱いたり叱ったりするものとして書かれていたのです。私にはそのどれも経験の無いことでした。祖父と祖母とは家業を教わる際に会話をしますが、母とは会話したことがありませんでした。また、他の子供は近所を自由に歩いたり、同じ年頃の子供同士で遊んだりしてることにも気付きました。
 私にとって子供達は石を投げてくる危ない生き物だったので、言われなくても私が牧場の敷地の外へ出ることはありませんでした。
 ある日、私は好奇心から母に抱きついてみることにしました。母がどんな顔をするか、興味があったのです。結果は突き飛ばされただけでしたが。母が私に何かをしたことは初めてだったので、私にはそれが嬉しかった。母は私に言いました。「こいつを殺す勇気が……私にあれば……」母が私に発した、最初の言葉でした。それ以来、母は家を出て他の場所で暮らし始めました。ようやく私も理解できました。祖父からも、祖母からも、この牧場で働く人、この土地に暮らす人、そのすべての人間から私が生きていることを快く思われていなかったのです。一体私が何をしたのか。なぜそんなことになったのか。聞ける相手はいません。この土地が私の世界そのものだったのです。ただ、動物だけは私の友達でした。一日の殆どは牧場の仕事でしたが、私が孤独を忘れる時間でもありました。そして5年前の「あの日」ウォール・マリアが陥落して数日経った夜、私は初めて父と会いました」

 淡々とした口調で語られるヒストリアの辛く悲しい過去。その口ぶりはまるでいつも誰にでも優しくてみんなのアイドルだったクリスタとは真逆、まるで別人である。
 本当に彼女はかつてのクリスタ・レンズなのだろうか。愛し愛され、両親に望まれながら生まれ落ちたウミとは逆の道を歩んでいた彼女。
 誰からも生まれたことを祝福されずに厄介者だった孤独のヒストリア。そして、ヒストリアはあの日を境に死に、そして、いい子のクリスタはこうして生まれた。

――「初めましてヒストリア。私はロッド・レイス…君の父親だ」
「その男性はこの土地を治める領主の名前を名乗りました。数年振りに見る母の姿もありましたが、酷く怯えているようでした」
――「ヒストリア…これから私と暮らすぞ」
「そう言うなり、父は私を連れて外の馬車に向かいました。その時――」

――「きゃあああ!!」
「母が悲鳴を上げた時――、私達は多くの大人に囲まれていたことに気付きました。その中に帽子をかぶった大きな男が居て、」
――「困りますなレイス卿。このようなマネはご容赦いただきたい。ウォール・マリアが破られたことで不安に襲われましたか…?」
「ひいいぃ」
「……お母さん!」
「違う!! 私は……この子の母親ではありません。私とは何の関係もありません!!」
「ほう……それは本当ですかレイス卿?この女も……その子もあなたとは関係が無いと?」
「あぁ……仕方ない……。この二人は私と何の関係も無い」
「やはりそうでしたか」
「……ひィ!? 何!? 何を!?」
「お前は存在しなかった。屋敷に勤めていたことも無い。誰もお前のことなど知らない」
「そんな! 旦那様! 話が違うではありませんか!!」
「あ……お母……さん……」
「……お前さえ、お前さえ、産まなけ――」

 その時、まだ幼いヒストリアの目の前で当たり前のように膝をついた母親の首を帽子を深くかぶったロングコートの男が一気に掻き切ったのだ。
 深い深い傷口からだんだん血が滲んでいく。


「それが、母が私に告げた最後の言葉でした」

頸動脈から血を吹き出しながら倒れた母親に、その刃は今度は呆然とするヒストリアへと向けられていた。今度はヒストリアのさらりとした頭を掴み、そして血塗れのナイフを向けている。

「待て」

「私も母と同じくそのまま殺されそうになる直前で、父はある提案をしました。
 ここよりずっと遠くの地で名前を変え、慎ましく生きるのであれば見逃してやってはどうかと…提案したのです」
 
――「君の名は、今日からクリスタ・レンズだ」


「そして……2年開拓地で過ごし、12歳になって訓練兵に入団して、私は、皆と出会った」

 ヒストリアが明かした決して明るくはないそれは酷く辛く悲しい過去。実の母にそう言われた彼女の悲しみを誰も分かることはない。お腹を痛めて懸命に生んだ我が子をどうして愛せずに憎みそして最後まで自分の事だけを。
 彼女は望んで授かった子ではないのだと言うのだろうか。
 愛した彼の子供をそれでも生んであげられなかった自分を悔やみながら最愛の彼の元をその罪悪に駆られ逃げ出した自分には娘より自分の命を惜しむヒストリアの母の最期の言葉が理解できなかった。
 生まれてこなければよかった命なんてそんなものあってはいけない。この世界に存在してはいけない人間なんてどこにも存在しない。ウミはもう何も存在しない、空っぽの腹に手を当て静かに瞳を伏せていた。

「生まれてこなきゃいけ無い命なんて、存在しない……そんな悲しい言葉……存在していけない……」
「ウミ……」
「人は生まれながらに生きる権利があるのよ。それは誰かが決めるものじゃない」

 彼女の過去に誰もが、サシャとコニーのコンビでさえかける言葉を見つけることが出来ない中、その沈黙を引き裂くようにはっきりと口にしたのはウミだった。
 真っすぐ向けられたウミの眼差しはヒストリアを見ていた。
 その目の奥に見える嘘偽りないウミの本心。
 両親に愛され育ってきたウミにはわからないだろう、しかし、今ウミは逆にこの壁の世界で産まれた事で今窮地に追いやれられている。生まれたことを呪いそうに、悔やんでいる、しかし、目の前の少女は生まれなければよかったと愛のない言葉を受けて静かにその表情を暗いものにしている。

「……私は、ヒストリアみたいに生まれたことを否定された事が無いまま生きてきた。確かに、両親はもう死んでしまったけれど、私にこのスープの作り方を教えてくれたお母さんとお父さんに確かに私は愛されていたことを、それでも否定はしたくない…例え、その親のせいで今、果たして私がこの壁の世界に生まれてよかったのかなって、思うけど……」
「ウミ」
「ごめん、そうだ、私の部屋ってどこにあるの?」
「お前の部屋なら……」
「ああ、案内しますよ。女子の部屋はこっちです」

 サシャに連れられ、ウミは女子の部屋に向かう。男子はエレン、ジャン、コニー、アルミン、そして女子はミカサ、サシャ、ヒストリア、そしてウミだった。

 リヴァイは一人、二階の寝室で寝る事になる。本当は婚約をしたそれぞれお互いにそれなりの年齢の2人。愛する者と同じ部屋で眠りたいだろう、しかし、リヴァイ班として副官として、公私混同は……何より愛し合う2人、夜にそのまま寝る事など、無いだろう。ましてこの五年間ずっと離れ離れの世界でお互いにひと肌の温もりも知らずに着てきた。
 愛し合う2人の深まる絆を夜でさえも止めないだろう。それに104期生たちの目もある。言葉を飲み込み2人はあくまで兵士として、上官として、古城以来、別々の寝室で束の間の眠りに落ちた。
 しかし、どうしても眠れなくて。ウミは何度も何度も寝返りしながら必死に思い出そうとしていた。
 あの時、愛する夫も殺され両足を失い失意にくれた母を抱き締めていたあの背の高い男を。

To be continue…

2019.12.23
2021.02.15加筆修正
prevnext
[back to top]