「リヴァイ、起きて」
古城で、想いを通わせあった。そして、密やかに過ごした愛の空間はまるで現実から切り取られた二人だけの楽園の様な気がした。それが仮初で一時的なものだと知っているから尚の事愛おしく思えるし、懐かしくも感じるのだ。
これは夢の続きだろうか、呆れるくらい自分は彼女を無くしてその存在に支えられていたことを思い出す。
普段は子供たちの親、そしてそんな子供たちを見守り支える夫婦として過ごしている二人がかつては地下ではお互いにしか見えないくらいにお互いに溺れていたことを思い出す。
たまに過ごす二人の水入らずの時間の中で。照れくささも感じるが、素直に周囲の厚意に甘えて過ごす時間は何にも代えがたく愛おしいものだった。
だが、何もかもがあの日に消えた。夏の太陽に次第に奪われていく体力のような、それとも、そんな夏が終わりを迎える時のような無情さ、儚さも残して。
たまにこうしてこの場所を訪れてみれば淡い思いを彼に抱いていた時をきっと自分は最後までこの場所で過ごした日を噛み締め、思い起こすように。
「ねぇ、リヴァイ、どうしたの?」
「あ? 何でもねぇよ」
どうしてお前はそうやって何時も俺から離れて身の回りの見えないことを何でもやろうとするんだ。リヴァイは離れていこうとする自分よりも小さくて華奢なウミの肩を引き寄せ、自分の眠るベッドへ引きずり込むと抱き締めて甘い髪の香りに顔を埋めていた。
「そう? あ、そろそろ食事にしましょうか」
「久しぶりだな、お前の敬語。地下街に居た時を思い出す」
「ふふ、そうだね……あの時は、ずっと敬語だったから。リヴァイさん、」
「……悪くねぇ。なぁ、もう少し、こっちに来い。誰よりも……俺の傍に、居てくれ、」
「大丈夫、もう、何処にもいかないから……あなたの傍に居させて、ずっと、これからも、あなたの事が……私は、」
ウミを自身の腕の中に強く、そう強く閉じ込めて。もう誰にも奪われないように。いや、――誰に??
自分は誰に彼女を奪われるのを恐れている? もう二度と、何処にもいかないと、そう決めたはず、そうだったのに、お互いにもう何処にも離れないようにと、そう誓ったからこそ家があり、家族がいて、子供たちがいる。そんな地下街ナイフ一本で生きて来た自分からは途方もない場所で過ごしている「今」があるのではないのだろうか?
「ウミ、」
微笑み、手をつないだままのウミの笑顔が揺らいでいく。まるで初めて見つめた水面のように、海辺にはだしで歩く白い服に袖を通した彼女はまるでそのまま古の物語のように消えてしまいそうな儚さを抱いて。
泣き顔も、触れれば壊れそうな笑顔、だが、呼びかければ彼女はいつも振り返って微笑んでくれた。
こんな血で汚れた薄暗い人生の中で唯一、自分の心に巣食う闇さえも無理に明るくせずに静かに寄り添うように、慈しむように癒してくれた。
彼女の愛が今の自分を生かしていると言っても過言ではない、もしこの先、他に誰が現われたとしても彼女しか、自分はだめなのだ。
何度も何度も、彼女と離れ、その計り知れない喪失感の中、自分は一人彼女の思い出の中で閉じこもって夢を見た。
気を晴らすように他の女の肌にウミを重ねて、全てに身を委ねよう。だが、そんなことが自分には出来る筈が無かった。
彼女以外しか知らないのに、そんな器用なことが出来るならこんなに悩むことは無かった。
当たり前だ、一人の女を、己の魂を賭けて愛する中で離れて喪った苦しみを発散できることなど自分にはひとつしか思い浮かばなくて。
会いたい、その言葉だけが彼女への思いを加速させていた。
自分をいつも追いかけて来るその笑顔が、たまらなく愛おしかった、膨れ上がる愛しさを抑えきれないまま、かつて自分を産み育て愛してくれた初めて人生で出会った最愛の女性(母)は息絶え、最後の死に顔が浮かんでは忘れられなくて。自分から離れていく人間の多さに、大事な存在を持つこと、まして、誰かを愛することに対して恐怖していたかつての自分。
温もりも、愛し方さえも知らないのに、彼女を愛してしまった。
その未練が今は許せない思いへと変貌して自分を戻れない場所へ追い込んだ。愛する者への苦しみの中で自分が及んだ強行手段。震えながら涙を流すウミ、それでも真実を教えてくれないから、そんなウミを意固地になる彼女をどれだけで責め立てても。
彼女も貫いた意思を曲げられない思いがあるのだと自分に見せつけるようだった。求める限りの全てで変えられない思いを知る。
所詮、どんなに愛し合っても他人の成し遂げたい、成し遂げるのだと貫く思いを変える事は出来ない。
自分が知ればどんなことをするかウミも理解していた。
――「お前が俺から離れていくのなら、せめて置いて逝け、その命を。ここに。俺に心臓を捧げたんだろう」
――「はい、リヴァイさん……そうです。あなたに、私の心臓も髪の毛の先まで全部、あなただけ、あなただけのものになりたい。私を、あなただけの……ウミにして下さい……あなたの、恋人になりたい」
乾いた笑いが口元に弧を描いた、だが、それは決して幸福から来る微笑みではなかった。
嘘つき。どの口がそう、ほざくのか。愛らしい笑顔の裏でこれまでどんな算段をつけていたのか、それでも愚かな自分は求めるのだろう。
憎くも吐き気がするほどの愛を注ぐ。何度も、何度も、遠くへ離れてもそれでも求め続ける存在。
終わらない永遠を繰り返し続けても憎んでもそれでも憎み切れないからこんなにも苦しいんじゃないかと。
愛している。
それは、唯一無二の存在。愛しているからこそ世界一憎い存在そんな彼女を愛してそれでもあきらめきれない、憎み切れない自分が真底嫌になる。心のどこかで彼女を未だ間に合う、癒せるのではないかと錯覚してしまう自分が。
▼
「リヴァイ兵長、息子さんをお連れしました」
「あぁ、そうか。……助かる」
「今夜はジークなら我々が監視しますので。兵長はこのままゆっくり息子さんと水入らず、休んで頂いても……大丈夫ですから、」
「そうしてぇのはやまやまだがな。そうもいかねぇだろう」
「ここに来て、もう一カ月ですもんね」
「息抜きのワインもみんな無くなっちまったからな」
「あぁ、本当に美味しいワインでした」
そしてリヴァイの目の前に姿を現したのは。息子の姿に先程まですっかり父親の顔を捨て、泣く子も黙る「人類最強」と呼ばれるパラディ島をかつては救済に導き羨望の眼差しを一心に受けた完全無欠の英雄。
そして、巨人科学の副産物から生まれたと言っても過言ではない人間でありながら巨人の力を己の意志で引き出し未知なる力を発揮するその血を色濃く確かに受け継ぐ息子の存在。
アヴェリアが姿を見せた事でリヴァイの見た束の間の幸せな夢は終わりを迎える。幸せな夢と、そしてその現状との対比、落差が余計にリヴァイの怒りを、殺したくてたまらない相手を殺さずに一か月間も耐え抜く地獄がよりその怒りを増幅させていた。
夢の中だけはいつもウミを抱くことが出来た。だが、夢だと分かって崩れ落ちるあの古城はまるで二人だけの砂の城のようだった。
「来たか、座れ」
「うっせんだよ、命令すんな」
そしてリヴァイが呼び寄せたのは家でして、まさか単身マーレにどうやって潜入したかわからないが、アヴェリアとの会話の為だった。いつどうなるかわからない身で、まだ幼い子供たちが自分と同じ道を辿らないように。親を亡くす未来を子供たちに味あわせたくはない、だが。
親の心子知らず、戦場とは無縁の場所で平穏に生き抜いて欲しいと願うリヴァイの願いに息子は今も反発したまま。戦わずに気付けば一カ月もの時が流れ、未だにめどが立たないこの先の未来。その未来に不安を抱く市民たちがやがて暴動と共に兵団内はクーデターと共に離反し、今の体勢の兵団がかつての旧王政のように追い立てられている。
戻ってきた息子を森にまで呼ぶほど、リヴァイはこれから先の起こる出来事を危惧していた。
「悪かった、」
「……べ、別にいいさ、どうせ兵舎に居たって退屈だし、エヴァも双子もブラウス家に預けられてんだろうし、俺まで世話になれない。それに俺はもうひとりでもやっていける」
ふんぞり返り、自分と同じ目つきをした少年はまるで幼い頃にナイフを手に地下街を駆けずり回りどうにかこうにか日々を生きて繋いでいた自分に酷似して、まるで鏡を見ているようだと思わず盛れるため息。
部下に頼み、ジークを監視する傍らでマーレに潜伏し、自分なりにこの島を救おうとしている息子にもこのまま仲違い誤解されたままなのは辛い。
今しか無い機会だとリヴァイは息子との時間をテントの中で過ごしていた。
「夜遅くに呼び出して悪かったな、ここにはワインしかねぇが……飲んでみるか」
「ガキにワインなんか飲ませんのかよ。まぁ、もう飲んだけど」
「オイ、もう飲んじまったのか」
「飲ませられたんだよ!! せっかく森に来たんだからどうぞって」
知れっとそう言い放つアヴェリア。自分が見張りの合間に馬に載せられてここまで連れて来られたと話していた。その時にちょうどワインを飲んで浮かれていた兵士達に飲まされていたようだった。
「ったく、もう飲んじまったか。離れてる間にマーレでは戦士候補生になって散々暴れ尽くしたり、知らぬ間にどんどん大人の階段上りやがって」
「女とだって寝れるぞ」
「……っ、お前……何だ、それは……オイオイオイオイ……止めろ、そんな物騒な言葉、使うんじゃねぇ。誰から教わった……? 母さんが泣いちまう」
「母さんを泣かしたのは……アンタだろうが……クソおや、いや……父さん。……母さん、いつもなかなか泣き止まないエヴァを夜通しあやしながら、泣いてたんだからな」
クソ親父、と連呼しては反発していた。ギャングエイジと呼ばれる世代の少年は一度見たものだけを信じ固執し、そして家族より仲間とのコミュニティをどうしても優先するようになるし、親への反発心も出る。
だが、本当は単身マーレに渡り、そしてマーレでマガトに出会いそれから流れ着いたマーレの戦士候補生としての日々が自分を強くした事。
そして、また彼の凝り固まっていた価値観を変え、父親が話す戦場の恐ろしさを身を持って知ったこと。そして、戻るにも戻れないパラディ島、リヴァイの迎えが来るまではと、他人を装いながらもジオラルド家としてマーレでは上流階級の人間となった母を頼ってマーレで暮らしていた事。
戦士候補生としてマーレで暮らす中、エルディア人からも恨まれる自分達パラディ島で暮らすエルディアを取り巻く世界情勢を見て、様々なことを想っただろう。
そして、父親が決して愛が無いから自分を戦いから遠ざけようとした本当の意味を。巨人になれる自分達の巨人の能力が脅威とならない時代が来る未来、どんどん投入されていく世界の兵器達の存在を経験したのだった。
「お前が島を去った理由がただのガキの反抗期、お前の世代は還って放っておいた方がいいと、だから、お前の帰りを待っていたが一向に帰って来やしねぇ。その間にマーレに渡るとはな、この島を守る為だとは……。気付くのが遅れて本当に危なく取り返しのつかなくなるところだった。俺が全て招いた事だろうな。俺が家族をバラバラにしてしまったことに対しては本当に、申し訳ねぇと思っている。俺が島の防衛と、唯一の交流国であるアズマビト家にかかりきりで目を向けすぎてアリシア・ヒースという人間がどんな人間か俺は完全に間違えていた。……裏で手引きして、男達を買収して、お前達を襲わせたこと、お前の母さんを俺が守れなかったからこそ起きた事件を。俺は今だって自分を許せねぇ……ヤツの罪とその男達との関りが露見する前に俺は見切った、そして、お前が誤解しているレイラに関してだが……正直、最初の出会いが良くなかった、俺の異母弟の話はしたな」
「クライス・アルフォードだろ??」
「知ってやがったのか、」
「何も、親父が話してくれないからだろ」
まさか調査兵団でウミが居なくなり、たった取り残された自分。
かといって居住権のない自分がこの壁の世界で兵団組織を抜けても行く宛てもなく、また閉ざされた地下に戻されるならと残った兵団に属しながらも行き場を無くし、愛を無くし、彷徨う自分を輪の中に無理やり引きずり込んで来たのがクライスだった。
頼んでも無いのに紹介してきた女がウミとどこか同じ雰囲気を纏う女で、それがレイラであった。
だが、それ以上でもそれ以下でもない、確かに彼女にはウミが居なくなり、それまで任せきりだった子育てで何かと頼ってしまう部分もあったが、魂に賭けても誓えるくらいにリヴァイはウミだけを想い続けていた。
例え、どんなに引き裂かれても、変わらない。あの日見上げた星空を重ねた空を見上げれば愛した存在を想い続けていける。
「いろんな人が教えてくれたよ、あんたの良くも悪くも、噂ってやつを、どこまで本当か、分らなくなるくらい、俺は似てるって、昔地下で関係を持ってた女ってやつからもごまんと、」
「知らねぇ、心当たりが全くねぇ」
「……俺は、親父を信じ切れなかった。ろくに家にも帰らねぇ、あんたのことを次第に恨むようになった、そもそも俺は生まれてすぐ捨てられたんだと。だから、俺が訓練兵団に入る事を許してくれなかった時、もう許せないところまで親父を憎んでいた、親父に愛想つかして母さんはマーレに渡ったんだと、そう思って」
「悪かった。俺は、島を守る、それが、家族を守る事に繋がると信じて、それを許してくれた、お前の母親に甘えた、」
「もう、いいって……。過ぎた事だし、母さんはもう戻らない、母さんはエレンと一緒に行動してる、もう俺達には止められないところまで来てる。レイラがもし父さんを好きだとしても、父さんは、母さんだけだって、うわっついた話の一つもないから心配するな、父さんはモテない。父さんの信頼する部下がみんな口々にうるせぇ。父さんがどれだけこの島に貢献してきたすごい人間か、戦い続けてきたか、どれだけ勇敢だったかって、もう耳が痛くなるほど言われた。親父の変な噂もかき消すくらいに、そんな父親を誇りに思えって……マーレで慕われていた、戦士長みたいにな」
今何よりもその単語に対し過敏になっているリヴァイの顔つきが一瞬で恐ろしいものとなる。自分とマーレでは同じ立ち位置だった「脅威の子」親をマーレ政府に密告してそして手にした今の立場。そしてそれを捨てその男は自分の監視下の中に居る。
「お前は、慕っているのか、あいつ(ジーク)を」
「は……いやぁ。まさか、そんな訳、無いよ。あいつは、……危険だ」
「……そうか、」
「でも、殺したら、親父は、ヒストリアを巨人にするの? あいつを食わせるの?」
「……知性巨人には限りがあるお前にはそれは関係のない事だ、」
「それは、俺は、ヒストリアに命を救われて地上に上がって来たんだ、確かにオレを捨てたわけじゃ無かったのは分かる、でも、俺はそもそも地下から連れ出してくれたのはヒストリアで、今ヒストリアは子供を産もうとしてる、妊娠中に巨人になったら、産む前にヒストリアの子供が、死んでしまう、もしジークをこの場で始末することが「ガキのお前に心配されるようなことは起きねぇよ盗み聞きした話を大声で話すのは兵団を志すのなら見過ごせねぇな」
「ごめん、」
「俺が感情的に行動した所で意味が無くなる。この島はおしまいだ」
任務や外交で家の事は任せきりでウミに寂しい思いをさせていたのも知っていた。だが、ウミが兵団内で幹部の中でも生き残りとなり更に兵団内でも上の立場になったことで押し付けられた業務で忙しい自分に迷惑や負担にならないように生まれた娘を抱え、育ち盛りの難しい時期に生きていることがわかりその絆を取り戻す為にと、一人家族を守り堪えていたことも知っていた、知っていたのに、分っていたのに、自分はそれに甘えてしまった。
ウミが、「私は大丈夫」だと、笑っていたから……。
本心は、「助けてくれ」だったかもしれないのに、長年の付き合いがあるその優しさに甘えた。
躊躇いながらようやく帰ってきた自分を労いながらも、本当は毎日育児と仕事でてんてこ舞いの中双子を授かって悪阻に苦しんでいたのも、出産は死と隣り合わせの命がけの行為。またいつどうなるかわからない命、気付かれるまで多忙で外交に頭を抱えてどうしようか悩んでいたから、秘密にしようと。
あの頃の、地下街で過ごし、頼りになる大人は自分しかいないと、怯えていた少女だった頃のように、時に親の顔を取っ払って自分に甘えたかったことも。
だが、自分はそんな彼女の解けかけていた気持ちにさえ気付かず悲劇が起こり、そして島に居られなくなった彼女を逃がした、そして行く宛ての無い彼女は父親の遺産を頼りにかつての父親の故郷のマーレへ行ってしまった。
引き留める事も信じる事も何もしてやれずに聞き分けのいい大人を演じていただけだった。
それから、後を追う様にキヨミの手引きでマーレに上陸し、自分達に残された手段が戦うしか術が無いこと、全てに絶望し、それからエレンが居なくなると、彼からジークに従うと、レベリオ区を強襲する手紙が届くまで。
その期間、自分はマーレ兵に成りすまして潜入したジオラルド家の令嬢として生きるウミの傍で彼女を守ることを決めた。
しかし、彼女は、何も言わずに自分ではない男に微笑む姿を。それは生き地獄のような日々だった。
胸が張り裂けそうな思いだった、だがこれが自分の罰なのだと、甘んじて受け入れた。
幼いエヴァをたった一人パラディ島に残し、潜伏期間の会えない時間、見知らぬ人間に子供を預けるくらいならと、顔見知りで裏に自分への好意があったとしても、それでも、ウミによく似た雰囲気を纏うレイラなら、エヴァも懐くのではないかと。
「結果的に、母さんがもしこの島であの二人を産んでいたら、助からなかったかもしれねぇ……島の医学では双子を産むのは危険だったんだろ? それに、パラディ島はマーレより、いや、世界中から文明的に取り残されていたって事も知った……双子は、呪われているからって、不吉だと、マーレはそんなことは無かったし、医療も発展していたから、命を懸けなくても無事に出産出来る人が殆どだった、」
パラディ島では古から双子が生まれると不吉だと言われ、子供のどちらかをそれ以前に母体が持ちこたえられなくて失血死してしまう事もある。
そんなリスクをウミに抱えさせていたことにも気づかなかった自分へのうしろめたさ、後悔がリヴァイを余計に追い詰めていた。
彼女が自分を裏切り、真実を明かさないことに対しての怒りもそうだが、まず自分は彼女が違う誰かの元へ行ったと、ジークとエレンと組んで何かをしようとしていることを恨む権利も無いのだ。
自分も同罪だ、だからこそ、共に背負ってこれまでどんな喜び悲しみも分かち合って愛を育んできた筈。しかし、実際は彼女を自分は本当の意味で守れていなかった。この島を守る事。それが自分の家族を守る事だと、そればかり信じて――ウミを顧みなかった。誰より守りたかったのに、ただ、傷つけただけだった。
そしてウミはますます心を閉ざしてしまった。その綻び、すれ違いはやがて戻れない道へと誘うのだろうか。
「双子の名前は、母さんから聞いたのか?」
「……あぁ、」
「そうか。この任務が終わったら、エヴァと双子たちを一緒にブラウス家に迎えに行くが、来てくれるか? アヴェリア。レイラは子育ての先輩だった、俺にとって先輩はレイラだけで、指示を仰ぐこともあった。だが、もうそれもしない、母さんは巨人になるのは知ってる通り、長くは生きられない、だが俺はお前の母さん。いや、ウミが必死に産んでくれたお前と、妹たちを俺なりに何処に出しても恥じないように育てたい。それにはお前の協力も必要だ、子供を増やしたのは確かに俺達の勝手、それをお前に背負わせるつもりはない、だが、母親がいない父親がいない、それでは子供たちの笑顔が無くなる事は避けたい、だから」
「妹はレイダ、弟はカイリ――……母さんは、双子をそう名付けていた。父さんを想いながら、マーレで母さんは双子を育てていた……。どうしてそんなに子供を産むんだ、もう、身体はボロボロなのに、身体に何かあったらどうするんだって、言ったら母さんは、「たくさん兄妹が居て、あの人がいれば、寂しいと思うことは無いから。どっちかが先に楽園に行ったとしても寂しくないように家族を沢山作ろうって約束したから」って。笑って言うんだ。自分がどれだけ辛くても、痛くても、具合が悪くても、それでも未来のために、幸せのために、家族の為だと、それで構わないって、マーレで妊娠が見つからないように極秘で産んで、もし自分が、巨人化したらたくさんの人を巻き込むからと。耐えて耐えて耐え抜いて……。母さんは、父さんじゃないと、駄目なんだ。だから、頼むよ、」
アヴェリアが島を離れたのは何も親子のすれ違いだけではなかった。自分は確かにきいてしまったのだ、エレンがヒストリアに告げた恐ろしい事実、だが、それを父親に伝えたら、これまでエレンが必死に感情を殺して皆に敵意の目を向けられてもそれでも成し遂げようとしていることが無駄になってしまう。
今のみんなはエレンが何を考えているのか、変わってしまったと、蔑む目を向けてもエレンの本質が昔から何も変わっていない、容姿だけは成長しただけで根底の「死に急ぎ野郎」のままなのを。
「(駄目だ、親父に今更、そんな事言ってどうする? エレンが母さんを喰って「ユミルフリッツ」と一緒になって、そして――)」
想像するだけで鳥肌が立つ、どうなるかなど想像したくない。「地鳴らし」がどのような物かなど、圧巻どころか絶望だ、全ての壁が崩落し、幾千もの巨人が、この島以外の大地を平らにする、確かに島は守られるし、もう侵攻される不安も恐怖も無い、この世界から自分達だけになる。だが、多くの名にも罪のない人たちの幸せを壊してまでこの島が永劫生き続ける未来を、この人は、望むだろうか。アヴェリアは思った。
そして、自分の母親がその為に生贄に死んでしまう事も、父親に洗いざらい話せたら、どれだけよかっただろう、自分には出来なかった。島を守る事が愛する家族を守る事に繋がると信じていずれ何もしなくても死んでしまう呪いに掛けられた母の呪いを解くことも見つけられないまま。
母の寿命が尽きるなら、エレンに賭けると決めた母の決意を。父親がどうしようもなく好きでたまらない、愛おしい命を生かして繋ぎたいと。
「……そうか、ありがとう。疲れただろう、ガキは寝る時間だ」
「なぁ、教えてくれよ。父さんは、どうして母さんを好きになったんだよ、好きなのがちっとも伝わって来ねぇ、」
「悪かった、あまり、顔に出ねぇんだよ。かと言って気の利いた甘い言葉も思いつかねぇが……そんな俺を、あいつは必要としてくれた、そんで、恐らくは、お前が母さんに心を開いたのと、同じ理由だ」
震える声で呟き、涙を一筋落としていたのは無意識か、自分はこれから起こす母親の行動に対して、誰よりも強いこの目の前の自分に血を与えてくれたこの不器用な男が、悲しまないで欲しいと、願うしかなかった。
2021.09.30
2022.01.25加筆修正
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