THE LAST BALLAD | ナノ
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テーマ「推しとの恋」
- ナノ -

#118 俺はお前だ

 どうして人間はありもしない、叶いもしない夢を抱くのだろう。
 それが夢であればあるほど、人間はまた希望を抱くのかもしれない、それが仮初の希望だとしても。
 それでも人間は求めてしまう、果てなき願望をどこまでも。

――「ウミ、もし、この世界から全てのあらゆる戦いが終わったら。一緒に何もかも捨てて、兵士とか、アッカーマンもねぇ、ただの男と女になって、ガキも連れて、余生を静かに暮らそう……」

――それはいつかの、二度と来ないあなたと交わした最後の約束。
 あなたは畑を耕し子供たちはそれを手伝い、そして私はその景色を見つめている。
 あなたと私の子供が幸せそうに笑ってあなたを囲んでいる。
 あなたは大口を開けて見たことも無い笑顔で笑って、どこにそんな力があるのかって力で子供たちを抱っこして。
 あなたとなら、叶えられるかもしれないその願いを夢見て今もこうして息をする。
 そんな未来が、いつかもし、叶う日が訪れるのなら。
 いつか来る未来、それが訪れない事をどうか、願っている。彼の未来の中に自分は存在する未来が永劫訪れないのなら、いっそ彼の記憶から自分と言う存在を消してしまいたい。



 ヴィリーの舞台には軍関係者以外にも一般の観客席も設けられ、多くの人たちがその舞台の開幕を今か今かと楽しみに待ちわびていた。
 そんな中、特別用意されたエルディア人でありながら名誉マーレ人として居住を許されたのは自らの意志で余命13年の命と引き換えに散って行くそれでも尚エルディアの為にと自ら幼い命を捧げた英雄たちの両親だった

「あら……お久しぶりです。いらしていたのですね。レオンハートさん」
「ブラウンさん。あんたの息子を出迎えた時以来か……頂いた「名誉」をあんまり無下にしちまうのも恐れ多い……」
「えぇ……せっかく席を設けていただいたのですもの、身に余る名誉です」

 ライナーの母・カリナもその舞台に居た。カリナが声を掛けたのは杖を抱えた男性、アニの父、レオンハート氏もエルディア戦士隊の親族であるパラディ島に上陸したアニ、ベルトルト、ライナーの両親として部隊の特等席が用意されていた。
 軍の関係者家族と言う事で名誉マーレ人となった彼らのその優遇は普段虐げられる立場の収容区で暮らすエルディア人からすれば大変立派である。
 レオンハートと名乗る男性はアニの父でもあった。カリナはアニの父の隣の席に腰掛け、カリナと会ったのはライナーを出迎えた時以来かと久しぶりの再会に交わす言葉は重い。
 生きてこの国に帰還したのはライナーだけなのだから無理もないだろう。アニが今も父親との再会を夢見て自らを結晶体に閉じ込めて長い沈黙を保って今もあの悪魔の島で再会を願っていることなど知らずに。

「……そういや、寝たきりだったフーバーさん逝っちまったんだって……?」
「えぇ……最期まで、マーレの手厚い支援を受けて、安らかに……息子が全てをマーレに捧げた事が誇りだといつも、おっしゃっていました……きっと、レオンハートさんの娘さんも立派に……「死んでねぇよ」

 ベルトルトの両親について話すカリナはベルトルトの両親の話を始めた。どうやらフーバー氏はベルトルト亡きあと、まるで息子の後を追うかのように、マーレの手厚い支援を受け、最期は安らかに逝ったと知らせ、そして彼を励ますように彼の娘であるアニもきっと立派に務めを果たしたのだと、誇らしげに話すカリナの言葉をアニの父は表情を変えずに毅然と言い切った。

「アニは生きてる。帰ってくると、約束したんだ」

 アニが戦士となり、「女型の巨人」となりそして残りの寿命が13年の刻限となった時、彼はアニがこの地を離れる時に約束をした。
――「アニ……俺が間違っていた。今さら許してくれとは言わない。けど……一つだけ……頼みがある。この世のすべてを敵に回したっていい。この世のすべてからお前が恨まれることになっても…父さんだけは、お前の味方だ。……だから約束してくれ。帰ってくるって……」

 別れ際、そう、涙を流していたアニの父は彼女がこの地を離れ、あの島で散り、遺体もない、安否不明だとしても、今もアニの生還を信じているのだった。



 一方、祭事会場にようやく到着したのはマーレ軍の幹部の一人でもあるカルヴィ元帥だった。しかし、彼は心底うんざりしたように、差別し、嫌っている呪われた血の流れるエルディア人と同じ空気を吸わなければならないこの場での宣戦布告に対して不満を漏らしているようだ。

「まさか……このウス汚い収容区で宣戦布告を行うとは。それもこんな吹きっさらしの端の方だ……警備はどうなっている?」
「現場はマガトが指揮しています」

 集められた会場には、海・陸のマーレ軍のトップが集められており、昨晩自分達が給仕した各国の大使やタイバー家と親交の深い名家やら全世界の新聞社まで全員がこの場に出揃っている様子でこれから始まる事は歴史的なことなのだと、観客席に腰かけたガビたちも圧倒されていた。

「何か異常は、」
「今のところ報告は何も」
「どんな些細なことでも良い。全て知らせるように伝えろ」
「了解」

 今回のこの計画の全容を知るマガトはいつ襲い来るかわからない「悪魔の末裔」たちの襲撃を予見して舞台を見渡せる建物の屋上で伺っていた。

「すごい……カルヴィ元帥まで来てるよ……」
「海・陸のトップもだ」
「マーレ軍の中枢が収容区に揃うなんて……」
「まるで世界の中心にいる気分だね」
「すごいですね、タイバー家の力って」
「そしてこれまで火災で血が途絶えたと思っていたあのジオラルド家の末裔が実は島に亡命していて、その末裔の娘が今も生きていることも大きいんじゃないかなぁ……」
「ジオラルド家の人はどんな人なんですか?」
「私も直接会ったわけじゃ無いんだけど、小柄で優しそうな笑顔の人だったよ。本当にどこにでもいる普通の女性、かなぁ、でも、島を逃げてきたからきっと苦労はしてきたと思うけど、」
「昨日の前夜祭でも誰に対しても親切そうな感じだったし、とても巨人大戦の時代にエルディア帝国を滅ぼした末裔には見えなかったよね、どちらかと言えば、平和を願って争いごとは好まないような雰囲気の……」
「ジオラルド家はマーレ人なんだよな? 何で、わざわざ悪魔の島に?」
「さぁ……どうしてだろうね。今はもうその当人であるカイト・ジオラルドはあの島で亡くなっていると言われているし、それに、ジオラルド家も本当はエルディア人なんじゃないかって噂もあるし、」
「そうなんですか?」
「ジオラルド家がこれまでずっと遺伝子工学を研究して始祖ユミルの遺伝子を現代に蘇らせようとしてとしていたからね……今は火災で全てが焼失したみたい、だけど」
「ジークさん、詳しいですね」
「ちょっと、個人的にカイト・ジオラルドさんとは縁があってね……その娘さんもなんだけど」

 そのやり取りを聞きながら、アヴェリアはずっと黙り込んでいた。観客席にはジーク、コルト、ピーク、ポルコ、その前の席にガビ、ウド、ゾフィアが着席し、これから始まる惨劇の開幕を待っていた。
 謎に包まれるジオラルド家の話題で盛り上がるその一方で、予定通りに幹部たちが特等席へ腰かけ待機している中、其処へ突如鳴り響く管楽器がけたたましく鳴り響き、開幕を知らせる音色を奏で、その音にゾフィアが耳を塞いだ。

「わっ!!」
「始まった」
「そういえば、ファルコとブラウンさんはまだかな?」
「もう……何やってんだろう」

 いよいよ始まるのか。それまで無言で腰かけていたアヴェリアが突如として立ち上がると舞台の方向へ眼を向ける。その先に居るであろう、自分を死んでしまいたくなるほどの痛みを抱えて産み落とした母親の存在が。
 まさか彼らは知りもしないだろう、そんなジオラルド家の末裔のウミには自分のような子供がいる事も、自分と彼女が血縁者であることも。

「(俺の身体にも、流れているんだな、この血が……)」

 ジオラルド家の話も盛り上がる中で未だにライナーを連れてどこかへ行ったファルコがもう開幕直前だと言うのにいまだに戻らないと心配するガビたちだったが。

「マーレの戦士よ。マガト隊長がお呼びだ」

 その時、何処からともなく現れたのはやたら背の高いマーレ軍の兵士だった。突然これから始まる舞台の前にジーク達戦士隊へマガト隊長から召集だと、告げるのだった。

「イェーガーはそのまま正門に行け」
「……はーい」
「二人はこっちだ」

 途中、ジークと引き離されたピークとポルコはその背の高い金髪の髭面の兵士についていく。顔は深くヘルメットをかぶっているためにその顔はよく見えない。しかし、歩きながらも洞察力の鋭いピークは突然の招集に疑問を感じ、見た事のない兵士だと言うのに、その兵士にはどこかで見たことがある様な既視感を抱いた。

「……私、あなたをどこかで見たことがある気がする。どこの所属?」
「ずっと西のラクア基地だが、今だけ召集を受け警備に参加している。そしてエルディア人の無駄話に付き合う気はない」
「それは残念……素敵なあご髭だと思ったのに……」

 質問に答えてそれ以降は撥ね退けられた会話にピークは表情には笑みを浮かべながらも残念だと口にする。しかし、その目は、前を歩く兵士の言動さえも見抜くように冷静だった。自分の勘はいつも当たるのだ。そしてそこへたまたま別の任務で行動していた自分が「車力の巨人」として武装している巨人体の際にいつもその兵装車両に跨り共に戦う仲間達である、マーレ人の精鋭パンツァー隊を見かけたのだった。

「あ! ピークさん!!」
「パンツァー隊!! こんな日までお勤めご苦労様!」
「つっ!?」
「な!? そ、そんな、ピークさんこそ……今日はご機嫌なんですかね……」

 あいさつ代わりにと、突然無邪気にパンツァー隊の一人の首から後ろに腕を回して恋人のように無邪気に抱き着く小柄なピークに抱き着かれたパンツァー隊の一人は動揺してすっかり固まっている。

「何をしている、行くぞ!!」
「お前な……突然抱き着いたりしてどうした?」
「いや〜車力の巨人と運命を共にする彼らとは絆が大事でね」
「今その絆に亀裂入ってないか?」

 パンツァー隊にとってのピークの存在は男だらけの無法地帯に突然放り込まれた天使のように神々しいものであった。
 彼女とは幾度も戦地を駆け抜け生きて来て、生還する度にその絆を深めてきた大切な仲間である。エルディア人のピークだろうとマーレ人で構成されるパンツァー隊にとっては大事なお姫様である自分達より年下のピークから抱き着かれて、固まったままの隊員を他の隊員たちがうらやむような目で見つめているのだった。
 突然抱き着いたりテンションがよく見えない彼女に対して兵士がさっさとついてこいと告げる中でポルコとピークはある一軒の民家の中へとついていくのだった。

「ここだ」

 示された室内には人どころか誰も居ない、一体どこにマガトが居ると言うのだ、そもそも何で急に自分達をマガトは招集をかけたのか。

「マガト隊長はどこに?」
「ポルコ!!」

 その時、明るい金髪の隙間から見えたのは真っ黒に塗りつぶしたような兵士の大きな眼。その目を見た瞬間、その兵士の顔を思い出したピークが慌てて叫ぶも、その時にはすでに自分達の背後で不自然にぶら下がっているロープを兵士がナイフで切り落としたのだ。
 ガコォッ!と音を立てて床の底が抜け、そのままピークとポルコは垂直にはるか下の落とし穴へと突き落とされたのだった。
 これが罠だとも知らずにマガトからの伝令だと信じてのこのこついてきた結果がこの様だ。巨人化能力を持つ二人はこれでは助けが来るかもわからない状況下で狭いこの家の地下で巨人化になれば最悪圧死だ。
 作戦は順調に進む、ドアを閉め、張り付く付け髭に煩わしさを感じながらも兵士はそっとその民家を後にするのだった。



――「……ずっと、同じ夢を見るんだ。開拓地で子供三人を見捨てて逃げた首を吊ったおじさんの夢だ。何で首をくくる前に僕たちにあんな話をしたんだろうって……」
「そんなの、わかるわけないだろう」
「誰かに許して欲しかったんでしょ。マルセルを置いて逃げた私達に……何か言えるわけないのにね」
「僕は、こう思うんだ。あのおじさんは……誰かに――裁いてほしかったんじゃないかな」

 訓練兵時代、皆が寝静まった夜。壁の中の秘密を探り報告をする中で突然ベルトルトがそんなことをふいに二人に口にした。
 自分達がその三人に成りすましてこの壁の住人となりウォール・マリア陥落の際の被災者として壁内で生き、そしてうまく溶け込んで生きて来た中でベルトルトはそんな疑問を口にするが、アニは冷静にそう返し、ライナーもその言葉に隠されたベルトルトの意味を知るのだった。
 そう、自分も同じだ、誰かに、自分の罪を裁いてほしくてたまらなかった。この国に帰還した自分が英雄だとまつられるようになり権力を得てもライナーの気持ちはもうあの悪魔の島から戻ることは無いのだと。思っていた。
 その目の前の見慣れた筈のエメラルドグリーンのように澄んだ彼の「巨人を駆逐してやると」いつも意気込んで訓練に挑んでいた目は今ではどこにもあの時のエレンの面影は残されていなかった。
 あれから幾年も歳を重ねてお互いに成長した。そして、訓練兵団時代に交わしたやり取りとは違う別の視点でお互いがお互いを認識していた。

「え〜っと……あれ? お二人は古い友人だと聞いたんですが……きっと、驚くだろうって……ですよね? クルーガーさん」
「あぁ、ありがとうファルコ。引き合わせてくれて。お互い積もる話が多くてな……何から話せばいいかわからないんだ」
「あ……ありえない、……エレン」
「座れよ、ライナー。ここはいい席だ。ここからでもステージの喧騒が良く聞こえる……。この上の建物は普通の住居だ。ステージの裏側だが、多くの住民達が幕が上がるのを楽しみにして窓から顔を覗かせている。ここのすぐ上でな……」

 指し示すようにこれから始まる舞台の裏側で突如再会を果たしたエレンとライナー。かつては自分が呆然とするエレンに自分達の正体をその目的を突然告白した時と同じ重苦しい空気が漂っていて。
 しかし、その立場は今は逆転している。スッ、と上に向けたその人差し指を辿るライナーはいつそうしたのかはわからないが、エレンの指し示した人差し指よりもその手のひらに流れる赤い血が止めどなく流れていることに一瞬で全てを悟った。

「あれ、クルーガーさん、手を怪我して……」
「あぁ……擦り傷だ。何してんだよ……ライナー、早く、座れよ」
「では、僕は先に戻ってますよ」
「いや、……ファルコ、お前もここに残って話を聞くんだ」
「ファルコ……頼む、言う通りにするんだ……」

 いつ彼が巨人になってもおかしくはないと言う事だ。そしてここで巨人化すると言う事は、この建物の上の階に住む何の罪もない人間たちが巨人化による崩落に巻き込まれると言うことを示している。
 ギギギとネジのさびた人形の様にライナーは膝を震わせ、突然の再会に動揺する中で彼に従い椅子に腰を下ろすしかなかった。

 空気を読んで去ろうとした何も知らないファルコへエレンはそっと呼び止め、ライナーは必死ん剣幕でどうかエレンの言う事を聞いてくれと、下手に彼の指示に背いて彼を巨人化させない為にファルコへ申し出る。

「……はい、」

――永遠のような、長い長い沈黙が続く。
 あの時自分達の告白を受けて硬直していたエレンだったのに、しかし、今は自分がエレンの告白を聞き動揺して硬直している。マーレの気候は暑くもないのに冷汗が止まらない。

「音楽が聞こえます、もう……始まりそうですね……」
「エレン……どうやって……、何しに……ここに来た……?」
「お前が最初に聞きたいことはそんな事か? お前と同じだよ」
「な……な……」
「何で? ってか? わからないか? お前と同じだよ「仕方がなかった」ってやつだ」

 ガタガタと震えながら頭を抱えるライナーへエレンはそう呼び毛、そして聞こえた歓声に静かに鉄格子の窓を見上げた。

「幕が上がったようだ。聞こうぜ、」



 刻限通りにヴィリーは開幕まで何度も水を飲み誤魔化しながらもようやく舞台へ上がり、仰々しく頭を下げて全世界の人々がこの舞台を見ているとして、そっと挨拶をした。

――昔話をしましょう。今から約100年前、エルディア帝国は巨人の力で世界を支配していました。始祖ユミルの出現から今日に至るまでに、いったいどれほどの命が巨人に奪われてきたことでしょう。
 最新の研究によっては現生の人類が三度絶滅しても足りない程の命が巨人に奪われたとされています。
 巨人によって、途方もない数の民族や文化……その歴史が奪われてきたのです。
 その殺戮こそが、人類史であり、エルディア帝国の歩んだ歴史でした。
 そして、敵の居なくなったエルディア帝国は同族同士で殺し合いを始めました。それが「巨人大戦」の始まりです。
 八つの巨人を持つ家が結託や裏切りを繰り返し血を流し合ったのです。
 そして、この状況に勝機を見出したマーレ人が居ました。彼こそが英雄へ―ロス。

そして、

 パッとスポットライトが光り、いよいよ自分の番が出回ってくる。舞台袖で待機していた古き時代の真っ白な純白の民族衣装に身を包み、髪を後ろで一つに結いあげて緊張した面持ちで呼ばれたウミはジオラルド家の存在を世界へ知らしめるべく、そして、この舞台を恐らくはどこかで見ている彼に見つけてもらえるように、そっと舞台へと向かった。

――彼はマーレのジオラルド家をエルディア人に変装させ、内側からの巧みな情報操作により、エルディア帝国は次々に同士討ちに倒れていきました。そして、彼はタイバー家を手を組み、勝つことは不可能とされたフリッツ王さえも島に退かせることに、成功したのです。
 しかし、パラディ島に退いた王は、未だに力を持ったまま。世界を踏みつぶせるだけの幾千万もの巨人があの島に控えています。
 今現在、我々の世界がまだ踏みつぶされずに存在しているのは、偶然である。巨人学会はそうとしか説明できません。
 我が祖国マーレはこの脅威を排除すべく4体の巨人を島に送り込みましたが、返り討ちに終わり、戻って来られたのは「鎧の巨人」のみ……この4年間で島に送り続けた調査船は32隻。その全てが消息を絶っています。
 ……つまり、暗黒の人類史たるエルディア帝国は、未だ健在なのです。

「聞いたかライナー、あれが壁を破壊した理由だろ? お前たちは世界を救おうとした。そうなんだろ? 何も知らねぇ子供が4人……あの島に放り出された……まだ何も……知らなかった」

 昔の古い友人だった筈なら、もっとお互いに楽しく昔話に花を咲かせて雑談してもいい筈なのに、端から見ればこれは尋問のようにも見える。
 今まで見た事無いほどに顔色の悪いライナーの姿に黙って壁に凭れて2人の会話を聞いていたファルコも次第に疑問を抱き始めていた。

「(何なんだ……これは……なんであんなにブラウン副長は怯えている? クルーガーさんは何者なんだ? 古い友人……じゃないのか? は……!! 古い……古いって何年前の? 4年以前なら、二人が知り合ったのはパラディ島いや……そんなわけが……だって……そんなこと)」
 ――「ありえない」
「(まさか――……)」

――では、本日の本題に入りましょう。ここまで語った話は誰もが知る真実。
 ですが、事実とは少々異なります。ここからは我々タイバー家が「戦槌の巨人」と共に受け継いできた記憶。その本当の事実を今回公の場で初めて、公表させて頂きます。
 それは今からおよそ100年前……「巨人大戦」の顛末についてです。「巨人大戦」を終わらせたのはへ―ロスでもタイバー家でもジオラルド家でもありませんでした。
 あの戦争を終結させ、世界を救ったのは、フリッツ王なのです。
 正しくは145代目の王、カール・フリッツ。彼は、エルディア帝国の残虐な歴史を嘆き、同族同士の争いに疲れ果て、何より、虐げられ続けたマーレに心を痛めておられたのです。
 彼は、「始祖の巨人」を継承すると同時にタイバー家と結託し、一人のマーレ人を英雄と称し、活躍させました。名は、へ―ロス。そしてできる限りのエルディア国民を島に移し、壁の門を閉じさせました。
 その際、安息を脅かせば幾千もの巨人が報復すると言い残しました。しかし、これは真意ではありません。
 カール・フリッツ王は、自らの思想を自分の死後の継承者に引き継がせるために「不戦の契り」を生み出しました。
 全ての巨人を操る絶対的な力「始祖の巨人」を行使できるのは王家の血筋のみ。「不戦の契り」はその王家の血筋の継承者にのみ、効力を発揮します。
 これによりカール・フリッツの思想は代々受け継がれ、今日(こんにち)まで巨人が攻めてくることは無かったのです。
 つまり、世界を守っていたのは我々が忌むべき「壁の王」だと思っていた145代目カール・フリッツ王の平和を願う心なのです。そう……彼の目的は平和です。
 そして虐げられ続けてきたマーレの解放。

「後にマーレが力をつけ、王家の命や始祖を奪おうとするなら……それを受け入れる。
 もし、マーレがエルディア人の殲滅を願うのであればそれを受け入れる。それほどまでにエルディア人の犯した罪は重く、決してその罪を償う事は出来ない。そもそもエルディア人、巨人は存在してはいけなかった。我々は間違いを正すことを受け入れる。ただし、いずれ報復を受けるまでの間、壁の中の世界に争いのない束の間の楽園を享受したい。どうか、それだけは許して欲しい」
――と、王は最後にそう、言い残しました。

 ヴィリーの口から語られたその事実に観覧側からは拍手ではなく今度は大きなどよめきが起こっている。ウミはそっとフリット王が出て来たことで自分の役目を終えたと、その場を離れる。やたらと、小走りで。

「えぇ……???」
「どういうことだ?」
「これが事実なら……マーレやタイバー家が世界を救ったって大義は全てフリッツ王のお膳立てだったってことだぞ……」
「本当に、「壁の王」が世界を侵略することが無いと言うのなら……」
「今まで信じられてた「パラディ島脅威論」とは何だったのか……?」

 ――「しかし、近年。パラディ島内で反乱が起きました。フリッツ王の平和思想は淘汰され、「始祖の巨人は」ある者に、奪われました。
 世界に再び危機が迫っています。フリッツ王の平和な世界に歯向かう者が現われたのです。
 平和への反逆者……その名は、エレン・イェーガー!!
 そして我々タイバー家は救世の一族などではありません。「巨人大戦」後の一族の安泰を条件に、カール・フリッツと手を組み、マーレにエルディアを売った。
 そして、エルディア人でありながら世界から尊敬され迫害とは無縁の待遇を享受した。私がこの事実を知らされたのはタイバー家の頭主となった日……真実に触れた私は足元が大きく揺らぐような眩暈を覚え……そこから目を背けました……。
 タイバー家とは、ありもしない名誉を貪る卑しいコソ泥に過ぎない。私がこの場を持って偽りの栄誉と決別したのは、……この世界が置かれている危険な状況を理解したからです。

――「(そこで見ててくれ……これがお前を犠牲にした……俺のけじめだ)」

――カール・フリッツは「始祖の巨人」の力で彼の平和を実現すべく巨大な盾と矛を生み出しました。
 それが「始祖ユミル」の3人の娘の名を借りた三重の壁。
 ウォール・マリア
 ウォール・ローゼ
 ウォール・シーナ
 盾であり矛であるこの壁は、およそ幾千万もの「超大型巨人」で造られており、平和を守ってきました。
 パラディ島の脅威とは、この超大型巨人群による襲撃、「地鳴らし」です。先ほど説明したとおり、王家の血筋は「不戦の契り」により「始祖の巨人」を行使することは無い。
 しかし、「鎧の巨人」ライナー・ブラウンの報告によると、王家の血筋との関係は定かではありませんが、「始祖の巨人」の能力を発動させる者が現われました。それが「始祖の巨人」を身に宿すエレン・イェーガーの危機なのです。



「騙した……」

 ヴィリーから明かされる真実を背景に、クルーガーとしてマーレに潜入すべく自ら欠損させ、知性巨人としてコントロールしていたエレンの欠損した左足がまるで大木のように白煙をあげながらにょきにょきと生えだしたのだ。
 その光景を見てファルコは青ざめ、壁際に張り付くまで後ずさりをする、その顔色は真っ青だ。そして、ヴィリー・タイバーの演説と共にその疑惑がとうとう確信に変わるのだった。

「クルーガーさん……あなたの言葉に励まされて……尊敬、してたのに……ずっと……騙してた」
「悪いな……ファルコ。お前には助けられた」
「え……っ? 何が?? ッ――!! あの手紙……オレに届けさせた……あの手紙は……どこに!? 家族に送るって言ったあの手紙は!?」
「家族あての手紙じゃあなかったが……仲間には届いた、」
「あ、あぁ……そんな、……オレが、まさか」
「な……仲間、だと!?」

 ――つまり、エレン・イェーガーは「地鳴らし」を発動させる可能性を秘めています。先の戦争では巨人の力を上回る兵器が台頭してきましたが、幾千万もの「超大型巨人」の進行を阻止する兵器は今後も到底現れません。
 一度「地鳴らし」が発動されてしまえば、我々にできる事はもうありません。我々人類はただ、やがて聞こえてくる終末の足音に震え、逃げ惑うのみ。
 やがて人々はもちろん、あらゆる都市や文明、大型の動植物は生態系ごと踏みつぶされ、文字通りすべては平らな地表と化すのです。
 そうなってからでは何もかもが手遅れだ。その脅威を阻止できるとすれば、今しかありません

「(……そうだ、今は千載一遇のチャンスだ……わけがわからないけど……マーレの悲願である「始祖の巨人」が……自ら海を渡って今ここに居るんだから。今オレと……ブラウン副長に全てが懸ってる)」
「その通りだ。ヴィリー・タイバーの言う通り、オレは悪者だ。世界を滅ぼしちまうかもしれない。だが、あの時のオレにも、お前達が悪者に見えた。あの日、壁が破られ、俺の故郷は巨人に蹂躙され、目の前で母親が食われた。あの日から……どうして何もしてない人たちがあんな目に遭って……大勢の人が食い殺されてしまったのか……オレにはわからなかったんだ。何故だろう、ライナー。なぜだ? 何で母さんはあの日巨人に食われた?」
「それは……俺達があの日、壁を破壊したからだ」
「なぜ、あの日、壁を破壊した?」
「任務に従い混乱に乗じて壁内に侵入し、壁の王の出方を探るために」
「その任務とは?」
「始祖を奪還し、世界を救う事が目的だった」
「そうか……世界を救うためだったのか……。そりゃあ、仕方ないよなぁ……」
「お前、あの時言ってたよな。「お前らが出来るだけ苦しんで死ぬように努力する」って、あの時、巨大樹の森で……その為に来たんだろ?」

 震える声でライナーが苦し気にエレンに問いかける。もうあの時とは違う、今は真逆の立場で。2人は対話していた。しかし、エレンは気だるげにまるであの時自分が怒りに任せてライナーに告げた言葉をさも覚えてなさそうに、ポリポリと頬をかき、そう答えるのだった。

「あぁ……言ったっけ? そんなこと……、忘れてくれ。確かにオレは……海の向こう側にあるものすべてが敵に見えた。そして……海を渡って敵と同じ屋根の下で敵と同じ飯を食ったな……。ライナー。お前と同じだよ、もちろんムカつく奴もいるし、いい奴もいる。海の外も、壁の中も……同じなんだ。だがお前たちは壁の中に居る奴らは自分達とは違うもの、「悪魔」だと教えられた。悪魔だとお前ら大陸のエルディア人や世界中の人々を脅かす悪魔があの壁の中に居ると……まだ何も知らない子供が……何も知らない大人からそう叩き込まれた。一体何が出来たよ、子供だったお前に。その環境と歴史を相手に。なぁ……? ライナー……お前、ずっと、苦しかっただろ? 今のオレには、それが分かると思う……」

 否定するかのようにライナーは震える声で椅子から転がり落ちるようにエレンに土下座したのだ。まるで、それは開拓地で出会い、自らの罪を吐露してそして首絵を釣ったあのおじさんと同じだった。

「違う!! 違うんだ、エレン……!! 俺はあの日……あの日……マルセルがユミルに食われて……アニと……ベルトルトは作戦を中止して引き返そうとしたのに……俺は……そのまま帰ればどうなるか……だから、二人を無理やり説得して、作戦を続行させたんだ。保身もあるが、俺は……俺は、英雄になりたかった……!! お前らには兄貴面して気取ってたのもそうだ!! 誰かに尊敬されたかったから……あれは……時代や環境のせいじゃなくて……全部俺が悪いんだよ。お前の母親が巨人に食われたのは俺のせいだ!! もう、嫌なんだ、自分が……俺を殺してくれ……エレン、自分では引き金も引ける勇気もない俺を……もう、消えたい……この世から……」

――しかし、この世界が直面する危機も、全てはエルディア人が存在することによって生じる危機です……。私は……出来ることなら生まれて来たくなかった。この血を恨みました。私は、他の誰よりもエルディア人の根絶を願っていました。
 ……ですが、私は死にたくありません。それは……私がこの世に生まれてきてしまったからです。我々は国も人種も異なる者同士ですが!! しかし、強大な敵を前にした今だからこそ、一つになるべきなのです。だから今、死にたくない者は力を貸して欲しい!!  どうか……一緒に未来を生きて欲しい!!! 皆で力をあわせればどんな困難も乗り越えていけるはずです! どうか、私と力を合わせてパラディ島の悪魔と!! 共に、戦ってほしい!!

 ヴィリーの涙交じりの素晴らしい思いに賛同し、観劇の涙を流しながら観客たちは惜しみない拍手を送る。命を賭けたヴィリーの魂の叫びを耳にエレンは静かに目を閉じた。

「立てよライナー。もう……わかったから」
「エレン……」

 土下座をして許しを請う姿は訓練兵時代の彼からすれば怯え逃げ惑う子供のままだった。違う、これが本来のライナーの嘘偽りない姿なのだ。
 しきりに謝罪を繰り返すライナーへと、そっと手を差し伸べるエレン。
 エレンの呼びかけに怯えるような表情で顔をあげがライナーは差し伸べられたその手を取り、立ち上がる。
 舞台を締めくくるヴィリーの本題であるパラディ島への宣言が始まる中。エレンは、まるで自分にそっと、言い聞かせるように静かに、呟いた。

「やっぱりオレは……お前と同じだ。多分生まれた時から、こうなんだ」
「え……?」
「オレは進み続ける。敵を駆逐するまで」

――「私、ヴィリー・タイバーはマーレ政府特使として!! 世界の平和を願い!! 今ここに宣言します!! パラディ島、敵勢力へ!! 宣戦布告を!!」

 ヴィリー・タイバーの言葉を受けた観客たちからは彼の意志に賛同し、多くの者達が立ち上がり、割れんばかりの拍手でスタンディングオベーションをする。とうとう彼の立ち上げた脚本通りに舞台はクライマックスへと進んでいく。
 そして、それが彼の最期の言葉、だった。

「(何だ……これは……)」

 その瞬間、舞台を黙って観劇していたアヴェリアの肌をぞわっとした嫌なものが伝う。今まで感じたことがあるその得体の知れない感覚、しかし、それはいつも自分の生命の危機に発揮されていた。

――「(アヴェリア……お前にもいつか、もしかしたら俺と同じことが分かるかもしれない、だが、俺はお前には戦いとは無縁の、平凡な人間として、歩んで欲しい。学校に通え、お前は地に足をついて生きていけ。俺は死に方を選べない……。もし、この先、俺に何かあれば、母親を、守れるように……そう願っている)」
「全員!! 逃げろ!!!」

 なぜ、こんな時に自らあの島を飛び出した時に見捨てた筈の。
 いや、自分を見捨てた父の声がしたのか。アヴェリアにはわからなかった。父親の言うその血の意味が。父親が人類最強と呼ばれるいわれ、小柄で華奢で、一見貧弱そうに見える父が何故底なしの化け物のような強さを誇るのか。そして、自分も何故思いのままに身体を動かせるのか。

「(母さん……!!)」

 しかし、あの舞台に居る母親の身が危ない事は理解した。舞台袖に引っ込んでいる母親も巻き添えを喰らう。
 そしてこうなる事は昨晩の前夜祭で母親がすれ違い様にさりげなく渡して来た手紙の通りならば。

「(この地は、戦場になる……)」

 アヴェリアは弾け飛んだように叫び、戦士候補生たちへ呼びかけた。
 巨人化能力者である戦士隊が偶然にしてはこのタイミングを計らったかのように居なくなったこと、そして母親の手紙、全てが繋がり、そしてわずか数年だが暮らしたこのレベリオの地が故郷を奪われた母の悲劇の地であるシガンシナ区と重なるのだった。

 ヴィリー・タイバーの宣戦布告と同時にエレンは自らナイフを取り出して傷つけたその手の平の傷から迸る雷光に包まれこんな狭い封鎖された空間で自らの肉体を巨人へ変えたのだ。
 舞台裏の建物の地下を突き破り、その真上で舞台を見ていた何の罪もない、自分達と同じ、エルディアの血が流れる家族たちが……エレンが巨人化したことで無惨にも建物は大きく崩壊し、巻き込まれて吸い込まれていくように落ちていく。多くの人間の叫びを聞き付け、巨人化したエレンが咆哮と共にさっきまでその舞台で演説していたヴィリー・ダイバーを真っ二つにし、その舞台の真上へ悪魔が姿を現したのだった……!!

2021.04.02
2022.01.31加筆修正

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