THE LAST BALLAD | ナノ
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#112 鳥の示す道、辿れば鉄の雨

――854年。

 壁に覆われた世界がこの世界の理、そして常だった。この壁がもしいつか無くなるのなら、そんな淡い希望さえ抱いた。
 あの自由の翼を纏った集団を見て、純粋に、子供ながらにそう思ったのだ。あの集団にいつか自分も。そう希望を抱く彼らは紛れもなくこの壁の世界の英雄だった。
 閉鎖された地下での暮らし、「親なし子」そう蔑まれた日常の中で、自分を捨て、こんな運命に陥れた両親を酷く恨んだものだ。
 もし、いつかこの身体に流れる血が引き寄せ合うと信じ、辿る先でいつかその自分を捨てた両親に会えるとするならば、一体どんな目に遭わせてやろうか。そう。思っていたのに。
「人類最強」と謳われた男が現われた時、子供たちからは歓声が巻き起こり、まさに老若男女。誰もが羨望の眼差しで思った以上に小柄な英雄の姿を焼き付けた。
 自分を抱き締め何度も何度も繰り返し確かめるように謝り続ける姿に、どうしても、許せない思いよりもこの身体に流れる血が巡る陰謀に隠された悲劇を知った。
 心から消えない痛みを、血を流していたのは自分だけではなかった。
 耐えがたい苦痛を経て自分を世に産み落とした両親はずっと、自分を探し続けていたのだ。
 自由を求める事は止まらない。人は生まれながらにして自由なのだと。自由を求め続け進撃を続ける者達は永劫求め続けるのだろう。
 この空の青を求めて。誰もがこの壁の向こうは限りなく広く。見果てぬ自由があるのだと信じた。あの楽しくも穏やかで懐かしい記憶。
 それだけが戦場で絶えず聞こえる犠牲の声、砲弾の声に気を抜けば狂いそうな今の自分の心の支えだった。

「おい! 早く弾をもってこい。ありったけの弾丸だ!!」

 自由を求めて自分は一人海へ出た筈だ。自由の翼を持つ者達は決して自由などではないのだと、知り、言われるがまま。たった一人あの小さな島を出て、今は腕章を身に着け、世界から恨まれる存在へと。
 重たい銃器を抱え。ひた走る世界は限りなく広く、当たり前だが、壁など無いと思っていた。
 少年にはその銃の重さは人間の命の重さと等しく重たいのだと感じていた。
 これは玩具などではない、人の命を奪う道具である。
 壁がない。自由の世界だと、そう信じていた。ただそれだけのこと、しかし、今日もこの広がる世界では絶えず争いが続いていた。

 少年が求めていた自由など、この島を出たとしてこの広い世界でも同じことが繰り返されているだけだった。
 穢れた血を排他的に追いやり、似たような壁の中で暮らす事を強いる過酷なこの世界。

「(何が自由だよ……クソが、俺達が何をしたんだよ。悪いのは祖先で今は関係ないだろ)」

 ここに自由は何一つないのだと、まるで無言で鈍色の刃を突きつけられたときのことを思い出す。
 泣きそうな顔で自分へ刃を向けた父親の気持ちが今なら何となくわかる気がした。ふと、爆撃の雨が止み、静寂が訪れる。
 見上げた空には一羽の鳥が弧を描いて上空を旋回するように飛んでいた。

 手を伸ばせば届きそうな空、しかし空は何処までも遥か彼方。
 鳥は自由だ。何処までも、縦横無尽に空を飛びそして窮屈な三重の壁さえも越え、何処までも広がるこの世界を羽ばたいていくのだ。
 しかし、壁がないこの世界にも壁は存在した。民族と言う名の壁。人間がどれだけ憧れても自由の翼を持つ本当の「鳥」になどなれやしないというのに。

 この忌々しい腕章が遥か昔の「壁」の歴史を物語っている。自分達の祖先が犯した罪、しかし、今を生きる自分達に課せられたところでどうすればいいのか。
 この身体に流れる忌まわしき本能が、血が戦う事を命じる。だから自分は武器を手にこうして今も駆け抜けている。
 壁の外を超えた、海の向こう側、今も争いの火種は消えることなく、そして、戦争は絶えることなく今も、続いていた。
 そして、爆発は起きた。吹っ飛ばされたのは同じ候補生として共に戦場を駆け抜ける少年だ。
 戦場に横たわるまだ幼さの残る少年兵士が悠々と空を飛んでいく自由の翼をはためかせる鳥へと手を伸ばしていた。
 飛び交う戦場を行き交う中で敵国の榴弾を喰らったのだろう、頭から流血し、ぼんやりとした志向の中でうつろ目が空を見つめる。

「おぉーい……ここはあぶねぇぞ……飛んで行け……どっか……遠くへな……。せっかく、羽根ついてんだから……」
「ファルコ!!」

 「猛禽類」と同じ種族の自由にはばたく鳥のような。自由を名に込め、与えられた少年の元に、彼より歳上の青年兵士であり、そして血を分けた兄であるコルト・グライスが血相を変え、慌てふためいた顔つきでその場に急ぎ駆け付けた。
 どうやら敵兵の銃撃を喰らって自分は昏倒していたようだ。ファルコと呼ばれた少年は兄でもあるコルトに抱き起されながらゆっくりと周囲を見渡すと、同年代より年下の少年が銃弾を浴び頭から血を流して倒れている兵士を見て舌打ちをした。

「生きてるのか!? オイ!? 怪我は!?」
「あれ? 兄さん……どうしたの? その格好……「よし……掴まれ。口をきけりゃ上出来だ、走るぞ、捕まってろ!!」

 かつて「楽園送り」にされた、エレンの父親たちがマーレからエルディアの正しい歴史を取り戻しそして自由を得ようとしていた「エルディア復権派」の幹部だった叔父。
 そんな血族から楽園送りが出た事に対して世間からの非難はすさまじいものだった。両親が安心して暮らせる世界の為に、幼きながらも潔白を示すために兄・コルト共々「マーレの戦士」に志願した兄弟は過酷な戦場を互いに励まし合い、それでも生きていた。

「オイ、のんきに兄妹の無事を確かめてる場合じゃねぇぞ」

 その背後から、冷静にこの危険地帯からの離脱を提案し、果ての自分達の陣地の塹壕まで敵の砲弾を掻い潜りながらついてきた少年が毒づいた。
 急ぎ、弟であるファルコに帽子を被せるコルト。コルトと共にその背中からついて走っていた他の兵士が銃弾の直撃を受け血しぶきを上げ、そのまま地面に倒れ込んで動かなくなる。
 銃弾の雨を受けファルコが倒れ込んでいたのは銃弾飛び交う戦場。まさにここが生と死のど真ん中だ。

「状況は!?」
「もう駄目そうだな、早く戻った方がいい」

 弟の様子を窺うコルト、しかしまだ視線がおぼつかない状態である。かつて叔父の起こしたエルディア復興をもくろんだ計画、親族皆自分達もマーレに対し復讐心を持っていると疑われ、楽園送りにされない為に兄弟共にこうして知性巨人の能力を引き継ぎ三重の壁の強大な「始祖の巨人」の能力を持つ人間を探し当て奪還する任務を課せられたかつてのライナー達、その次の世代の戦士候補生へと名乗りを上げたのだ。
 そんな戦場のど真ん中へと送り込まれた悲劇の兄弟、まだ幼い弟は砲撃をまともに食らって一時的な記憶障害に陥ってとても走れる状況ではない。

「行こうぜ、コルト。行かねぇなら俺が先に行く」
「オイ!! 待て!!」

 応戦しながらも驚くほど冷静な少年兵が先陣を切る。
 急ぎこの場を離れないとこのままでは行き交う砲弾はいずれ命中し、自分達は死ぬ。家族を残して。
 焦る気持ちと砲弾行き交う戦場を走る事に震えながらもファルコをその広い背中に背負うコルト。
 戦う事を宿命づけられている兄弟はひたすら奔走した。しかし、その瞬間、背後の方では壁の穴から容赦なく連射機能の高い銃であるマシンガンが問答無用で二人の兄弟に向かって放たれたのだ。

「ああぁっ、クソッ!! うあああああああっ!!!!」
「叫んだとこで舌咬むぞ、」

 肉片とならなかっただけまだ不幸中の幸いの中、まさしくそれは鉄の雨だ。降り注ぐ銃弾を回避するべく迂回して必死に走り逃げるコルトたち。その先を走る、帽子から覗く柔らかな色素を纏う少年も歯を食いしばって機関銃を抱え難なく走る。

「早くしろ!! こっちだ!!」

 その少年の導きを受け、コルト達は自分達が掘り進んだ塹壕の中へと間一髪で飛び込むのだった。その塹壕では彼の身を案じていた切磋琢磨しあう、後に次世代のマーレの戦士となる候補生でありライバルの仲間達が待っていた。

「ファルコ!!」
「ケガを見せて!」

 すぐに駆け寄り、小柄な身体を引きずられるように塹壕で仲間達からの手厚い治療を受けるファルコだが、まだ意識がどこか朧気である。だが、これでひとまずは助かったと安堵のため息をつくのだった。
 傷つき負傷したファルコを介抱する戦士候補生のまだ幼さが目立つうら若き少年少女達、彼らは輪を囲んで心配そうにコルトを見守っている。

「酔っ払ってんのファルコ?」
「オレ達は……今何を……?」
「頭を強く打ったんだね」

 顔を覗かせたのは眼鏡をかけた衛生兵としての活躍を見せるウドと、過酷な戦況を目の当たりにしても冷静沈着で冷静過ぎて何を考えているのか分からない雰囲気を纏う銀髪のゾフィアが、ファルコの傷を治療しているのを横目に快活そうな大きな目を瞬かせた少女が冷静にファルコの様子を見ている。
 が、ファルコは相変わらずぼんやりしたまま突拍子もない事をブツブツと呟いている。

「お前たち……誰だ? てか……あれ? さっきまで剣持って飛び回ってなかったか? ぎゅーんってさ、巨人をさ、」

 虚ろな目をしたままのコルトの口から飛び出し、そして聞き慣れた単語に思わず鋭い目つきの少年が黙り込む。
 何故、その言葉が全く縁もゆかりもにない、それどころか故郷を攻め滅ぼす為にこうして必死に這いつくばる少年が知っているのか、と。
 そのひとりごとを訳が分からないうわ言だとでも言わんばかりに、快活な少女、ライナー・ブラウンのいとこでもあり、後にライナーの鎧の巨人の継承者と呼び声高く、ブラウン親族一族からもライナーと共に多くの期待を寄せられているガビがファルコの頭に向かって気付けに水を注いだのだった。

「俺達が4年も戦争してることは覚えているか?」
「あ? ……あぁ……そう? だった……な」
「こりゃ、イチから作戦を説明し直さなきゃだね……。耳だけ貸してな。ファルコ。4年も続いた戦争も今、ようやく大詰めなんだ。あのスラバ要塞さえ陥せば」

 ガビが指し示す目標までははるか遠くだ。円形の高台に聳え立つ要塞の周りは外壁で囲まれている。
 まるで、壁に覆われたあの島国のようだなと、内心その話に耳を傾ける自分も内容はよくわかっていないからだ。

 九つの知性巨人のうちマーレが有しているのは
「鎧」「獣」「車力」「顎」そしてもう一つ。それは軍の中でも上層部の人間しか知らない。

 そして、対してパラディ島の有する知性巨人は
「進撃」「始祖」「女型」「超大型」だ。
 その能力を引き継ぐものを決めるために命の期限が終わるとともにその能力は次世代の若き戦士候補生へと引き継がれるのだった。

「まぁ、正確には要塞のすぐ下にある軍港の中東連合艦隊を沈めさえすれば、この戦争は私達マーレの勝ちってことなんだけどね。でも、そのためには高台を守るこのスラバ要塞を押さえなきゃ軍港に攻め入るのは無理なわけ」
「マーレ海軍が海からやっつけてくれないのかな?」
「ゾフィア!? お前あの海軍に何の期待が出来るってんだよ!? 制海権を奪うのに4年も掛けやがった無能の肥え溜めだぞ!? それも、あれだけあった戦艦を半分ぐらい沈められてやっとの快挙だ!」

 ゾフィアの何気ないその願望にすかさず反論し早口でそうまくしたてたウドは興奮のあまりファルコの頭に巻いた包帯をギギッと力いっぱい締めつけた。

「いてぇ!」
「そのくせ俺ら「陸」には一丁前に要塞ぐらい陥してもらわないと困りますだとクソ野郎ぉぁぁああああああ!!!」

 普段大人しいウドがこんなにも興奮しているのも無理はない。苦戦を強いられている陸の戦場はまさに悪夢そのものだからだ。力いっぱいファルコの頭の包帯を締めていくウドにガビがすかさず止めに入る。

「ウド、ファルコの頭を千切ろうとするのはやめな!!」
「ああ……!! ごめん……ごめ……」
「それで…オレ達「戦士候補生」が何でこんな前線に駆り出されてるんだ?」
 ファルコの質問に先程の気の強さを顔に表したガビが真剣な顔つきで砂塵舞う中見えた青空を見上げる。
「そりゃ……見極めるためさ。私達の中から……次の戦士を」

 ガビの口から零れたその言葉にいよいよ迫る自分達のココに来た目的。ゾフィア、ファルコ、ウドの表情も険しいものへ変わる中、一人その少年だけが自分はまるで関係ないと言わんばかりの表情だ。

「「時期」が迫っている。マガト隊長は最終試験を最前線ここに決めたんだよ。次なる対局を見据えて……パラディ島制圧作戦の主力となる。「鎧の巨人」の継承者をね。一体誰が選ばれるだろうね。私かな、それとも、」

 向けられた目線に気付くながらも、少年は鋭い双眼で俺に振るなと首を横に振る。

「なんだ? ガビ。自分とアヴェリア以外の比較対象が他にいねぇって口振りだな」
「だあって……アヴェリアと私以外に適役はいないでしょ?」
 アヴェリア。確かに彼女は一人興味なさげに離れた場所で塹壕に凭れて空を仰いでいたアヴェリアを呼ぶ。アヴェリアと呼ばれた少年は鷹のような鋭い双眼を向けて、まるで俺に話を振るなとでも言わんばかりの表情だ。

「俺は巨人になる気はねぇよ。興味もねぇ、ただこの腕章がうぜぇだけだ」
「相変わらずだなぁアヴェリアは」
「まぁ私達とガビとアヴェリアじゃね」
「アヴェリア本当に素早いもんな、頭もキレるし、冷静だし、何かもう自分達とは別次元から来た人間に見えるよ。今の成績じゃあ二人には到底届かないよ」
「いいや、成績じゃないよウド。いつも言ってるでしょ? 私があんた達と違うのは覚悟だよ。エルディア人の運命を背負い、私達を苦しめるあの島の悪魔共を……。皆殺しにする覚悟だ。そしてこの世界に残るのは、善良なエルディア人だけだと、この戦いに勝って世界に証明する。私は負けない、私が収容区から皆を解放する」
「で……お前さっきから何してんだ?」
「これ? いいでしょ」

 相変わらずいつも自信満々。得意げに島の悪魔をペラペラとまくしたてるように話すガビに対し、内心舌打ちをしたのはアヴェリア。
 彼女の喋り方もかなり気に障るような言い方が目立つが、彼女は彼女で純粋に閉鎖された空間でこれまで生きて来て肩身の狭い思いを強いられてきたのだ。
 これまでの発言に対し、何か思うことがある様だ。正直彼女の発言が耳障りに感じるのは彼女がまだ何も知らない少女。彼女もまた、この国でパラディ島の悪魔と繰り返し繰り返し刷り込まれ、洗脳にもにた教育を受け正義感に目覚めただけ、自らの正義で突き進む犠牲者でもある。
 島の悪魔がどのような人間でどのような生活をしているのか、平穏を奪ったのはそちらとて同じだ。立ち位置が違えばこうも自分達島の人間はさぞや同じ民族でもマーレで暮らすエルディア人とは違うのだと、アヴェリアは噛み締めていた。
 ガビが用意したのは7本に縛られた手榴弾を手に持つガビだけが、この絶望的な戦況を自分はひっくり返すことが出来るのだと、根拠のない自信、そして覚悟だけが彼女の武器だ。愉快そうに微笑んだ。



 息を切らしへとへとのコルトの元にはこの作戦の指揮を執るエルディア人で結成された戦士隊の隊長でもあるマーレの将校、テオ・マガトの姿が塹壕の内部の作戦室から厳しい顔つきでその姿を見せた。厳格で厳しい顔つきだが、それでも悪魔の民族と蔑まれる彼らに対して偏見を持たない上に立つ者としては申し分のない男だ。

「コルト、状況は!?」
「榴弾の直撃で……前方のエルディア人戦士隊は吹っ飛びました!! 生き残ったのは俺達だけです」
「塹壕は?」
「これ以上掘り進めるのは無理です!!」
「無理? それは命令か? エルディア人が私に命令するのか?」
「オイお前!! 戦士候補生の分際がマガト隊長に何言ってんだ!!」
「ですが、我々歩兵の力ではあの機関銃の奥にある線路を破壊することなど到底できません。敵の塹壕は抜け目がなく付け入る隙はどこにも……。その状況に加え、要塞からの支援砲撃もあります。このままここに留まっていても、いずれ榴弾が降り注ぐだけです」
「何か考えがありそうだな、コルト」
「ここで「顎」と「車力」を放ちましょう。ガリアードとピークの二人ならやってくれます。一瞬でトーチカと塹壕の敵を殲滅できるハズです」
「ダメだ」

 時期戦士長の候補生、そしてジークが持つ調査兵団を肉片と化した強烈な投石攻撃を持つ知性ある巨人「獣」に一番今近い男の提案は即却下されるのだった。いったいどうして、そう言いたげなコルトに対し、マガトは平静を貫きながら非情に徹する。戦場を見極めて冷静な判断をしなければならない。
 今の時代、巨人の力は通用しなくなってきているのも事実だ。巨人が持つ強固な肉体を貫く重火器の開発は進んでおり、マーレはもう後がない状態だ。だからこそ、「始祖奪還作戦」は行われたのだが。

「カードの切り方を間違えれば負けだ」
「マガト隊長「奴」が現れました」
「「奴」……とは?」
「「奴」だ。装甲列車。その先頭と最後尾に計四問乗っかってる。連合の新兵器「対巨人砲」だ。あの150mm口径から放たれる徹甲弾なら、巨人を一撃で仕留められる。「九つの巨人」といえどな」
「しかし……我らの巨人は二体共素早いです……とても、うなじを撃ち抜くなど……「撃ち抜いたら?」
「…我々は…巨人の力と戦士を失い 再び巨人の力を取り戻せる保証はありません」
「そうだ。9年前から始まった「始祖奪還計画」が返り討ちに終わり、「超大型」と「女型」を失ったようにな……。マーレの軍事力は低下したと見なされ、今日まで続く戦争の引き金となり、パラディ島計画は後回しになったのだ。我が祖国マーレを超大国たらしめるものは何だ?」
「……巨人の力です」
「そうだ……これ以上失えば。この国は維持できない。巨人の力は絶対である。そうでなくてはならんのだ……」
「エルディア人部隊、突撃準備を急げ」
「ハッ!」
「ッ!! マガト隊長……! それは!!」
「何だ? エルディア人、お前達はマーレに忠誠を誓った戦士だろ? 我が祖国から栄誉を得るチャンスだぞ? ここにいる……800人のエルディア人がだ」
「ッ…….」
「全員立てぇ!! 突撃準備だ!! これより、貴様らエルディア人部隊は敵線路に突撃を仕掛け、これを撃破する!! いいか、これは貴様ら薄汚い悪魔の末裔がその汚名を返上し、我が祖国マーレから栄誉を受ける絶好の機会である!! 心して望め!!」
「「ハッ!!!!!」」

 マーレ人でもある上官からの命令は絶対だ。自分達には拒否権など用意されていない。
 恐怖に震え上がる兵士達。自らの身を持ってして特攻を仕掛けろとの命令、それはすなわち彼らに待つのはマーレからの栄誉ではなく、家族に会えないままここで死ねという、死に方を用意されただけである。
 爆弾を胴体に巻き付け自らが爆弾となり特攻を仕掛ける、すくみ上る兵士達を見てマーレ人はエルディア兵を人間ではなくあくまで使い捨てのきく駒としか見ていないのだと、痛い位に思い知らされる。

「お前達、戦士候補生はここで待機。戦士隊800の突撃をもって何としてでも線路を破壊しなくてはならん。あの装甲列車に要塞の周りをうろつかれているうちは鎧も獣もここに呼ぶわけにはいかんからだ」
「……しかし」
「コルト、お前も「獣」を受け継ぐ身なら、いい加減に上に立つ者としての覚悟を持て」

 巨人を放てばいい、巨人の力を信じ提案したコルトの意見を却下し、マガトは非情なる作戦を命じるのだった。うろたえる男に向け、ドン! と力強くコルトの胸に拳を打ちつけるマガトはエルディア人である彼をそれでも彼なりの激励で先へ進ませようとしているのだった。
 自分の意見を却下され、自分達の命を持ってして下された突撃命令に悔しそうに視線を落とすコルトをその弟のファルコとガビが見つめていた。やがて、順調に路線を進む装甲列車は自分達が潜伏している塹壕へと進路を変更し、自らこちらに向かって列車を走らせたのだ。
 あの装甲列車が要塞に行く前に自分達を一人残らずせん滅する気になったのだろう。

「マガト隊長!! 列車がこちらに向かってきます!!」
「何? 痺れを切らしてここを叩きに来たか……いいぞ。これは列車ごと破壊するチャンスだ……」
「それ、私にやらせてください」
「あ?」
「ジャーン!!!」

 まるでそれは死の花束だ。少女が持つにはふさわしくない7本に束ねた手榴弾を取り出すガビが得意げになって仮にも上官で在りマーレ人であるマガトに自ら提案する。

「私なら、一人で装甲列車を無力化できます」
「……オイ、ガビ……」
「お前らを鍛えるのに、国がいくら費用を掛けたと思ってる?却下だ」
「確かに私はファルコ達なんかと違って逸材ですし、今後私のような優秀な戦士は二度と現れないでしょう。しかも……凄くかわいいし」

 自分で自分をそう言い切る自信は何処から来るのだろう。その言葉に思わずアヴェリアのガビに対する苛立ちが沸点に達し、あまり気の長くない彼は成功するかどうかも分からずに過信にも似た自信で単独で作戦を決行しようとするその少女に似つかわしくない大胆で挑発的な眼差しに蹴りが出そうになったが、グッと堪えて無言で耳を傾ける。
「ですが、私が成功すれば800人のエルディア兵を失わずにすみます」
「失敗すれば?」
「一人の有望な戦士候補生と、7本の手榴弾を失います。やはり……私に800人のエルディア兵以上の価値があるとなれば仕方ありませんが、隊長殿がもし……私を愛するあまり800の兵を捧げるということでしたら……」
「わかった。行け」
「ダメだ ガビ……」

 どうして彼女の存在がこんなにも目に付くのだろう。常に自信に満ち溢れ、覚悟だけは誰よりも負けない。確固たる自信はこれまでの訓練で彼女が身に着けてきたものだ。
 確かに彼女は有言実行人間だ。もしこの作戦が失敗すれば、死ぬのを覚悟の上で挑むガビに淡い思いを寄せるファルコの表情は一瞬で青ざめていく。

「必ずや私が「鎧」を継ぐに値する戦士であることを証明して参ります!!」

 ガビがそう告げるなり、周りの目も気にせずに突然身に着けていた制服の上着を脱ぎだすのでマガトが怪訝そうに尋ねる。一体彼女は何をするつもりなのだと。

「何をしている?」
「作戦成功のため、今だけ腕章を外すことをお許し下さい」
「いいだろう」

 エルディア兵が腕章を外すなど言語道断。下手すれば楽園送りかもしれない中でマガトはガビの意志を優先させた。いそいそときていた服を脱ぎ捨て無防備に軽装になると、ガビは手榴弾を手に勢いよく塹壕から飛び出していくのだった。

「ガビ!!」

 心寄せる少女に。心配そうに走り行く彼女に向かって声を掛けたファルコにガビはその名前に似合う笑みで彼は微笑むのだった。

「……便衣兵は国際法違反ですが……」
「目撃した敵兵が生きていればな」
「あいつ……何でそこまでして……」

 先程彼女が話していた決意が今行動で示される。彼女の発言がいちいち癇に障るが、それでも彼女は最後まで自らの決めた事をやりぬく人間でもある。地面の穴から様子を伺うコルトたちにガビだけが必ず成功させるという強い気持ちと、そして戦士候補生の中からどの人間がどの知性巨人を継承するか選抜する役割を持つマガト隊長へ堂々とアピールをする絶好の機会だと、勇ましくも歩み出すのだった。



「オイ、向こうから誰か来る。しかも、一人で……」

 降伏の意志を見せるように大きく両手を上げて、ずりずりと足を引きずりながら、ゆっくりと敵の塹壕に近づいていくガビに対し、スナイパーライフルが容赦なく向けられ照準の中に彼女が映る。はたから見れば誰も彼女が次期「鎧の巨人」を受け継ぐ候補生だとは思わないだろう。

「女……? それも子供……投降しに来るようだ」
「いや待て、エルディア人かもしれんだろ!」
「しかし……様子がおかしい……足枷を引きずっているぞ」

 ずりずり……鈍い音を立てて。なかなか重量のある手榴弾を足に括り付けて歩き続けるガビが右脚に引きずっているのは足枷ではない。
 それは彼女が自らに装備した七本の手榴弾の束。それを見せないように引きずっていると見せかけ、もっと近くへと、ゆっくりと敵兵の塹壕へ近付いていくガビの姿を固唾を呑んで見守っていた。

「……近いぞ。きっとエルディア人だ。巨人化する前に撃て」
「バカ言え……やるならお前のライフルだろ……」
「ハァ〜クソ……」
 仮にもまだあどけなさの残る少女であるガビにライフルを構える敵兵士にもどうして自分が子供を打たねばならないのだという複雑な感情はあるだろう、しかし、ここは既に戦場だ。子供だろうと老人だろうと、躊躇っていては、敗北するのは目に見えている。

「ん!?」

 とその一種の隙をつき、−ガビが地面に転倒したように見せかけ、身を低くしてそのまま体をほふく前進で進みながらもゆっくり、ゆっくりと塹壕に近づいていくではないか。

「まだ……まだ……まだだ……まだ」

 列車がゴトゴトと音を立てて線路の上を駆け抜けていく。その様子を伏せた状態で横ばいになり見つめるガビ。

「来ないぞ……」
「構うな、撃て」
「ここ……ここ――ッ……だぁ!!」

 照準がガビに向けられたその瞬間、大声で叫んで装甲列車が自分が手榴弾を投げられる範囲内に来たタイミングを見てピンッと手榴弾のピンを抜くガビ。勢いよく立ち上がりながらちょうど装甲列車が通過する手前の線路の上に手榴弾を勢いよく遠心力をつけて投げつけたのだ。
 まさかの奇襲、そして狙いが装甲列車だとは思わず、面食らった敵兵達は驚きに一瞬攻撃の手を止めた。

「なに!?」

 線路にちょうどタイミングよく投げられた手榴弾は勢いよく爆発し。七本束ねられたその威力がどれだけのものかを物語る。ガビの手榴弾で戦車と塹壕は爆撃を受け一瞬で崩れ去ったのだった。

「ぎゃあぁはは!!! ひやっはっはっはっはっ」

 狙い通りに装甲列車を吹っ飛ばし、嬉し気にこの場には似つかわしくなく、人を馬鹿にしたような態度で馬鹿笑いをするガビ。
 はしゃぎながらも急ぎ、味方の塹壕に向かって走り去るガビは高らかに笑い声をあげてガッツポーズを決めた。
 作戦は成功した。彼女の活躍に彼女より何倍も年上の兵士達は信じられない光景を目にしたとでも言わんばかりに敵兵の崩れ行く塹壕と装甲列車を見つめていた。

「あのガキ!!! やりやがった!!」
「ガリアード、急げ!!」

 先代から「顎」の力を受け継いだ本来の持ち主で在るマルセル・ガリアード。しかし、パラディ島上陸後、長い間壁外を彷徨っていたユミルの捕食されその生涯を終えた。それから、「顎」の力を引き継いだマルセロの弟であるポルコ。
 知性巨人の力を得られなかった悔しさから尚更闘志を燃やす男が一人、天から降り注ぐ電の光に包まれ、巨人化し、立派な顎と跳躍力を持つ巨人へと姿を変えガビ救出へウトガルド城で戦ったユミルを超える俊敏な動きで走り出す。

「クソ……マーレの卑怯者共……だから、お前らを……思い通りにさせてはならんのだ!!!」

 不意打ちの爆撃を喰らい、自分達の戦況が真っ向からひっくり返り、その有様に怒りに満ちた敵兵は走り去るガビの背後から一斉にマシンガンを乱射したのだ。

「ガビ!」
「よせ!! ファルコ!!」

 ガビが危ない、彼女の危機に思わず身体が先に動いていた。アニの制止の声も聞かず、ファルコはガビを助ける為に自ら再び危険な銃弾飛び交う暴風の中へと駆け出していく。
 幾多もの弾丸が飛び交う中、急ぎ近くの塹壕へ必死で走っていくガビ。そして、ギリギリの所でガビに手を伸ばしながら塹壕に飛び込むファルコ、その時、マシンガンの銃弾が一斉に二人の方向へと向かっていく。その時、

「来た……」

 アヴェリアの目の前で、その姿が披露されたのは何度目か。目の当たりにする巨人の迫力は今も慣れない。こんな大きな巨人を相手に自分の両親は今も戦い続けていると思うと、自分は味方側ではあるが、あの島からすれば敵であり、自分の父親が戦うであろう相手の巨人、「顎の巨人」の姿に足がすくんでいた。「顎の巨人」へ姿を変えたポルコの腕がマシンガンの弾丸から守るように二人を塹壕まで逃がすのだった。
 大きな音を立て、どうにか滑り込むように塹壕へ落ちるファルコとガビ。その真上を見上げると、巨人化したガリアードが硬質化をも砕く強靭な顎とボディで二人を覆うように守っていた。

「ガリアードさん!!」
「ん?」
 何時の間に、自分を守るように危険を覚悟して塹壕に飛び込んで来たファルコを見て互いの無事を確認すると、ポルコはそのまま縦横無尽に戦地を四方八方に飛び交い、敵の戦車へと向かって行く。

「うわあああ!!!」
 目に見えない素早さと機動力を操る「顎」を前にしてマシンガンなどは効かない。懸命に敵兵はマシンガンを乱射しまくるも、ポルコの強大な爪が敵兵を戦車ごと押しつぶし見事、敵兵に沈黙を与えたのだった。
 巨人を従え幾多もの戦争に勝利し。いつかこれがパラディ島を舞台にまた殺戮は繰り返される。これがマーレが誇る無敵の巨人の力である。

「……はは、すげぇや。これが巨人か……」

 その光景を呆然と眺めながら、少年は自ら戦場の真ん中で自分達が置かれた島を見つめていた。もうおしまいだ。この兵力では、自分達の島など、あっという間に根絶やしにされてしまう。

「(なぁ。親父、親父のこれから戦う相手はこんなにもヤバい奴らなのか……こんな奴らを相手に戦わなきゃならねぇのか。親父……アンタが選んだ道は……こんなにも、過酷な道、なんだな)」

 戦いの中で少年は知る。
自分が歩む道がどれだけ過酷なものか。それを身をもって知っているからこそ、自分には平穏に生きて欲しい。涙ながらにそう訴えていた父の背中に、どうして自分は、もっと早く気づいてやれなかったのだろう。気付いて謝りたくても、もう二度とあの楽園には戻れないのに。

2021.01.24
2021.06.11加筆修正
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