THE LAST BALLAD | ナノ
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#48 Barricades

 多大なる犠牲の果てに無事にエレンを取り戻すことに成功した。
 エルヴィンの撤退命令が響く中、必死の思いでエレンを故郷へさらうつもりだったが奪われたライナーは悔し気に巨人に囲まれ吠えるしかなかった。
 その鎧の巨人の背後ではユミルと共に巨人に立ち向かい奮闘していたヒストリアの姿があった。

「うああああああっ!!」

 彼女はユミルが巨人に今にも組み敷かれそうになっていたのを見てすぐに救出にかかる。訓練兵団時代の練習ではなくいきなりの本当の実戦で補佐もなく自ら単独で勢いよく巨人のうなじを勢いよく削ぎ落としたのだ。討伐数1、それは初めて彼女が刻んだ討伐数である。

 トン、トンと地面を跳ねながら木の幹に移動し、安堵するヒストリア。

「やった……初めて倒した……ユミル!」
「クリスタ!」
「わ!?」

 するとその背後から馬を駆け片腕で軽々とヒストリアの偽名を呼びその肢体を持ち上げるコニー。その姿を見てヒストリアに助けられたユミルもついていく。

「何やってんだよお前ら!? 帰るぞ!!」
「早く帰って、ご飯にしますよ!!」
「コニー、サシャ、私はいいの!ほっといて!」
「は!?」
「ユミルが私を連れてかないと、ライナー達に殺されるって言ったの! 私を差し出せば、許してもらえるって!! 私達はあっち側に行くつもりなの!」
「何だそりゃ……ユミルが言ったのか?」
「そう!だから降ろして!」
「嘘ですよ!! そんなん絶対嘘やし…嘘に決まってる!!」
「サシャの言う通りだ。今さっきお前を助けるために死に物狂いで戦ってた奴がそう言ったのか?」
「……っ!」
「ユミルがやる気出す時なんて、お前を助ける時だけだぞ。まぁユミルがどうやって殺されんのか知らねぇけどよ、お前ら…少し落ち着け」
「そうですよ、どう考えても今ここに居たら2人とも死ぬ確率の方が、高いですって!!」
「そんぐらい バカにだってわかるぞ……」

 撤退命令が出たと、はるばる馬のないヒストリアを迎えれに来てくれた二人の言葉にヒストリアは無我夢中居たために気が付かなかったがその言葉の通りだ。サシャが普段口にしないように隠していたダウパー村特有の方言が出る程に。
 その時、三人の頭上を大きな巨人が降ってきたのだ。

「おおおおおおお!!」

 サシャの真上を通過していく巨人にサシャが絶叫した。
 コニー、ヒストリア、ユミル巨人の頭上を巨人が軌跡を描いて飛んでくるとそのまま地面に激突し、あたりに粉塵が舞い視界を奪った。

「んな!!?」

 大きな音を立ててまるで投石のように、次々と退路を塞ぐように投げ飛ばされる巨人たち。こんなことが出来るのは紛れもなく知性のある巨人しかいない。
 信じがたい光景に誰もが顔面蒼白し唖然としている…。
 エレンを奪還し日没まで残り僅かな時間を駆け抜ける調査兵団の足を止めるには十分だった。これでは本当にここでみんな全滅してしまう。

「ライナーの野郎…!! 巨人を投げて寄越しやがっただと!?」

 振り返り、投げてよこしてきた方向を睨みつけ、忌々しげに吐き捨てるジャン。
 このままみすみす壁内まで逃がしてたまるかと最後まで足掻くと言うのか。ジャンの目の前で落ちた巨人に巻き上がる粉塵。

 馬を走らせていたエルヴィンにもライナーがやけくそで投げまくる巨人が降ってくる。馬の速さでも距離が近いため今にも追いつかれそうな距離で迫る巨人にウミが囮になろうかとエルヴィンの後方へ下がった瞬間、四つ足歩行で走るユミル巨人が怒りを露わに自分達の元に向かって走ってきたのだ。
 エルヴィンの作戦のせいで自分やヒストリアまで巻き込まれて。

「(てめぇのせいで!! 計画がめちゃくちゃじゃねぇか!! 団長さんよぉ!!)」

 走りながらエルヴィンの元へ向かうユミル。それにウミとエルヴィンが気付いた時には、ユミルはそのままエルヴィンを狙っていた巨人へと飛び掛かり、そのまま一気に食らいついたのだ。

「(エルヴィン!!)」

 ユミル巨人がエルヴィンの背後を狙っていた巨人をなぎ倒してくれたが、その衝撃でエルヴィンがバランスを崩して落馬してしまう。ただでさえ右腕を失って重傷の彼にはこの壁外で生き残れるのか今の状況はどう見ても絶望的だと言うのに。馬から落ちその先を隔てるように巨人が立ち塞がっている。
 最悪な状況だ。命からがらエレンを取り戻し後は壁外に帰るだけなのに…!
 慌ててウミもタヴァサから飛び降りてエルヴィンに駆け寄りその巨体を抱き起す。

「(エルヴィン大丈夫!? しっかりして!!)」

 普段きっちりまとめていたウミの髪は乱れ、苦し気に呼吸を繰り返すエルヴィンを片手に庇いながら抜剣して周囲の巨人へ警戒を強めるウミ。この状況、本当に最悪な状態だ。しかし、自分達の代わりにユミルが周囲の巨人を捕食してくれている。今ならまだ逃げられる。まだあきらめない、何としてもエレンを連れ全員で帰るのだ。

「ユミル! コニー、あっち!」
「分かってる!」

 孤軍奮闘するユミルを助けようとコニーの馬に乗りユミルの元へと早くと急かし、走らせる駆け寄るヒストリア。

「団長!!」

 落馬したエルヴィンに気が付き、彼を心配して次々エルヴィンの元へ駆け寄る兵士。彼を守るように周囲を囲むウミ達を見てエルヴィンが青白い顔を浮かべ肩で息をしながら自分をここに置いていけと告げたのだ。

「私の代わりは…いる! それより……エレンを連れて離脱しろ!一刻も早く!」
「(そんな……! そんなこと、言わないでよ!! エルヴィンの代わりなんているわけないでしょう!! ……エルヴィンを置いていくなんて出来るわけないじゃない!!)」

 日没が迫る中でライナーが投げてよこした巨人に囲まれ絶体絶命の状況の中でそう指示したエルヴィンの言葉にウミはぶんぶんと大きく首を横に振り、今にも泣きそうな顔でそれは嫌だと声なき声で口元を動かしエルヴィンを背負う様に小さな身体で歩き出して逃げようと踏ん張る。

「うわああああー!!」

 右腕を喰われバランス感覚も失われ、出血多量により憔悴しきったエルヴィンは強靭な精神力で何とか今こうして何とか意識を保っているようなものだった。
 すると、先ほどの兵士が迫っていた巨人に捕まりそのまま頭から食われてしまったのだった。
 酷く絶望的な状況の中で鎧の巨人が放った巨人は、次々と雨のように降り注いでその被害をますます拡大していく。
 早くエレン達を助けに行かねば…、しかし、そのウミの傍では剣を杖代わりによろよろと立ち上がろうとするエルヴィンの弱々しい姿。
 取り囲む巨人に遮断され救出も困難、目の前で危機を迎えている彼を置き去りには出来ない。
 ウミは必死にエルヴィンに声を掛け、何度も彼を鼓舞した。

「(エルヴィン1?しっかりして!!)」
「ウミ…!! 俺のことはいい、早くエレンを助けに行け…」
「(でも……!!)」

 しかし、ウミとエルヴィンの周囲を巨人たちが既に囲んでいる。そしてウミのガスが残り僅かだと言う状況なのに…ウミはよくもやってくれたなと鎧の巨人を睨みつけながら目の前で手を伸ばしてきた巨人たちを見据えた。
 エルヴィンを守りながら早くこいつらを仕留めてエレンとミカサを助けに行かなければ…。
 その視界の向こうでは腹部を押さえるミカサは真っ青な顔をしており、明らかに先ほど巨人に捕まれたダメージが深刻だと言うことがうかがえる。

「っ……(邪魔、しないで!!!)」

 ゲホゲホと咳をしながら、ウミはゆらりと立ち上がった。
 この平地という巨人討伐において最悪の状況の中でそれでも戦い帰らねばならない。
 帰りを待つ人がいる。彼の為にも…必ず帰ると約束した。
 早く会いたい、今すぐ会いたい、こんな悲惨でボロボロな状況でも会いたい…。
 幾度も足掻いてこうして今も生きながらえてきた。悪魔に抗い足掻くべく、ウミはエルヴィンを守るように巨人に立ちはだかりそして地面を蹴り残り僅かなガスを蒸かして。取り囲む巨人へ無謀とも呼べる勇気を振りかざし果敢に挑んでいった。

 今度は一気に立場が逆転した。エレンを連れ去り故郷に帰ると言うライナー達の決意は揺らがない。なんとしてでも行かせないと、あっという間に鋼鉄の体を覆っていた巨人を引きはがしてどんどんこちらへ投げ飛ばし、地面へと叩きつけられた巨人から立ち上る粉塵を抜けてアルミンとハンネスが背後から聞こえた馬の声に振り向けばそこに居たのは…。

「ああっ!! エレン!!! ミカサー!!!」

 粉塵が風に流されたその視界の先の樹の根元ではアルミンが見たのはライナーが投げた巨人の直撃を食らい馬から放り出され倒れ込むエレンとミカサの姿だった。
 未だに両腕を後ろ手に回したまま拘束され、ミカサは先ほど巨人に捕まれた腹部の激痛に悶絶している。恐らく骨が折れているのか苦し気に腹を押さえ呻いている。
 幾ら野生動物のように獰猛なミカサだが彼女はいくら強くても生身の少女。不死身ではない。巨人が落下してきた衝撃で2人が乗っていた馬も逃げてしまい完全に逃げ場を失った。

「うッ……エレン……ううっ……!!!!」

 冷汗を浮かべたミカサとまだ両手は完全に回復していないエレンがゆっくり身を起こしたその近くで巨人の鈍い足音が響く。ズシン、ズシン、鈍く響く足音。
 2人がゆっくり顔を上げれば、その向こうから姿を現したのは…。
 エレンの脳裏に今も焼き付いて離れない親愛なる母の壮絶なる最期。
 そう、今二人の目の前にはあの日エレンの母親を捕食した不気味に微笑むあの巨人が経ってこちらを張り付けたように薄ら笑いを浮かべて見つめていたのだ−…!

 ――「エレン、あんたは男だろ!たまには堪えて、ウミとミカサを守って見せな!」
 ――「やめろぉぉぉぉぉー!!!」

 エレンの脳裏にフラッシュバックしたカルラの声。
 背骨から折られてその口の中に捕食されていく地獄のような光景。
 5年の歳月を経て調査兵団の一員として成長したミカサとエレンの目の前には壁を破壊された悲劇を呼び起こした、彼らを絶望に叩きつけたカルラを捕食した元凶である巨人の姿があった。

「エレン!!!」

 伸ばしてきたカルラを捕食した巨人の腕からエレンを守ろうとミカサは傷ついたその身で覆いかぶさり守ろうとした瞬間、二人の間に割り込んだのはハンネスの姿。ハンネスがその剣を受け止めていたのだった。

「ハンネスさん!!!」
「うらぁ!!!」

 勢いよく受け止めた剣。掴みかかってきたカルラを捕食した巨人の指先を切り裂き、ハンネスは嬉しそうに恩人の家族の仇をこの5年の歳月を経てリベンジが出来る事を喜び満面の笑みで受け止めていた。

「ハハッ!! こんなことがあるか!? なぁ!? お前ら!!!! 見てろよ! お前らの母ちゃんの仇を!!! 俺が!!! ぶっ殺す所を! 本当に!会いたかったぜ、お前に!!!!」

 今度こそ2人の目の前でカルラの敵を討ちそしてエレンとミカサを守るのだと。立体起動を展開して俊敏に動き回り巨人のうなじへと向かうハンネス。

「ハンネスさん!」
「うぅッ…」

 1人奮戦するハンネスに応戦しようとするミカサだったが先ほどの負傷で息をするだけでも痛み立体機動どころか歩くことさえもままならない。

「ダメだミカサ!!! そんな怪我じゃ! オレの腕をほどいてくれ!!」
「腕!?」
「早く!」

 構えた剣でエレンの両腕を拘束していた縄を切るミカサ、エレンは捕縛から解き放たれ
 叫んだ。自分の母親を捕食したあの忌まわしき因縁の相手と。

「オレがやんなくちゃなんねぇんだ!! オレがケリをつけねぇと!!」
「こっちだ!! うぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 戦うハンネスに自分達も加勢しなければ。
 よろよろと立ち上がり因縁浅からぬ仇の巨人に向かっていくエレン。
 まだ完全に手も生えてきたわけじゃないのに。ミカサが必死にその背中を追いかけるがあばら骨が動くだけでズキズキと痛みまともに動けない。

「エレン……待って! みんなあなたをここから……うッ」
「オレがケリをつけてやる……見てろ!」

 まだ完全に生えていない欠損したままの手に勢いよく噛みつくエレン。
 しかし、吹きだす血だけが噛んだ箇所から流れるだけで何も起こらない。
 巨人化の雷すらも落ちない。

「は……!?」

 ハンネスが戦う中、何度も何度も巨人化しようとむきになりガツガツと手の甲を噛むエレンだが何度噛んでも何も変化が起きない。
 何度も手の甲を噛むエレンの痛々しいその光景から目を反らすミカサは何もすることが出来ないままの自分を恨んだ。

「おっさんに続け!!」

 その遠くからジャンとアルミンもハンネスの応戦に向かう。
 しかし、その瞬間、

「うお!?」

 その行く末を遮るかのように鎧の巨人が次々と巨人を放り投げその行く手を阻んでしまい、近づくことが出来ない。

「邪魔すんじゃねぇよクソッタレがあぁ!!」
「何で!? どうして?? エレンが食われてもいいっていうのか!?」

 誰も近寄ることが出来ない最悪の状況の中ハンネスが立体機動でカルラを捕食した巨人を翻弄し宙を鮮やかに舞う中、ユミルの横を共に馬で駆けるサシャとコニーとヒストリアの姿があった。

「ユミルー!!」
「(…困ったな…どうすりゃいいんだ? ライナーがダメなら…調査兵団、こいつらに協力してここを切り抜けるか!? だが……その後はどうする!? 今この状況を生き延びることができたとしても…もう直、この壁の中が地獄になっちまうのは避けようがない……ヒストリアをあっち側に送れるのは今しかねぇのに…私の力じゃ守り切れるとは思えねぇ……!)」

 ヒストリアを守り自分が助かるためにはどちらに味方すればいいのか。
 絶望的な状況に思案していたユミルの額にアンカーが突き刺さり気が付けばヒストリアがアンカーを射出しユミル巨人の額に飛び移って大きく澄んだ青い瞳が自分を見つめていた。

「クリスタ!?」
「コニー、違うよ。私の名前は「ヒストリア」って言うの。ねぇ、ユミル……あなたが私を連れて行こうとする理由だけど、さっきコニーが言ってたことが正しかったら、自分が助かりたいからって理由はウソなの? ううんや……ウソなんでしょ? どうして? 何のためなの? 私……? また私は守られるの?」
「……巨人だ!」

 ヒストリアは先ほどの会話の続きを静かに話し始めていた。
 その時、二人の目の前に立ちはだかるように巨人が現れると、ヒストリアは覚悟を決めたように声を発する。

「ユミル! あなたが私に言った通り、私達はもう…人のために生きるのはやめよう!!! 私達はこれから! 私達のために生きようよ!! なんだか不思議だけど…あなたといればどんな世界でも…怖くないや!!」

 その声を最後にヒストリアが立体機動装置で鮮やかに夕闇の空を自由自在に舞いそして突撃していくと、それを合図にサシャとコニーも馬の背から飛び立ち、真っ向から巨人に立ち向かっていく。ユミルも果敢に巨人に挑んでいくヒストリアに続き、自らありったけの体力を使い巨人に向かって飛び込んでいく。

「アアァァァア!!!」

 それぞれが鎧の巨人が投げてよこしてきた巨人と死闘を繰り広げる。
 何としても帰る。強い意志を持ちそして調査兵団としてその身を賭け死地へ飛び込んでいく。
 あたりはすっかり紫色の夕闇が迫り星が輝いていた。

 その真下では刃を振りかざしエルヴィンを守りながら奮戦するウミの姿があった。しかし、次から次へと倒しても倒しても捕食対象を食い尽くせば生き残っている自分が狙われるから、倒しても倒しても本当にキリがない。

「(また、エルヴィン…を!!! あー…クソ!! 何でそっちに行くの、かなぁ!!!)」

 たまらず暴言が口をつく。本当に彼の影響を受けたせいなのかついつい乱暴な口調になってしまう。
 しかし、リヴァイは乱暴な口調で怖がられる事もあるが、彼は口のわりに根は誰よりも仲間思いで優しいだけで口調で損をしているのだ。
 育ての親が悪いと本人は口にしていたが。
 彼はエルヴィンに手を伸ばす巨人に怒りをむき出しにウミが既にボロボロになった剣を差し替える代わりにその剣を射出して視界を奪う。
 自分だけ戦うならまだいいがエルヴィンを守りながら自分も守りつつ襲い来る巨人に気を配りながら戦うのはなかなか至難の業。
 正直もう限界だ、力を抜けば今にも倒れてしまいそうになる。

 次々と巨人を倒しながら既に限界を超えている体力の中でウミはただ、リヴァイをこれ以上悲しませない、失うことを誰よりも恐れる彼の為に、その思いだけで動いているようなものだった。

 どうして涙が出そうになるのか。
 今すぐリヴァイに会いたくてたまらない。それなのに彼が今は酷く遠い。
 あの腕に抱いてほしい、そうでなければもう2度と会えない恐怖に支配され心が折れてしまいそうなのだ。

 五年間離れ離れだったあの時とはまた違う。あの時は自らの意思で彼の元を去った。
 しかし、今こうして彼とまた結びなおした絆があるからこそ余計にその寂しさを募らせ加速させる。

「団長!! 鎧が…鎧が来ます!!」

 森の向こう。エルヴィンが引き連れてきた巨人に纏わりつかれていた鎧の巨人が足音立ててエルヴィン達の前にその姿を現しとうとう自分達に追いつかれてしまった。
 行く手を阻んでいた巨人を自分達に放り投げながら両足にしがみついている小さな巨人を引きつれたままずんずんと歩き向かってくる鎧の巨人。
 これまでか。このままエレンを失うのか?

「(ハンネスさん!? ミカサは、エレンは!? 嘘でしょう……何であんなところにあいつがいるの!!!)」

 絶体絶命の窮地に追い込まれる調査兵たち。その向こうでハンネスが必死にエレンとミカサを守ろうと奮戦している光景が見え、そしてハンネスが奮戦しているその巨人は紛れもなく5年前、エレンの母親であるカルラを喰ったあの巨人だった。
 その光景にかつての悪夢が過ぎる。その瞬間、壁外だと言うのに一瞬思考が飛んだウミ。

「ウミ!!!」

 エルヴィンの声と共に慌てて振り向いたウミの目の前には鎧の巨人が自分に向かって巨人を振り回して投げ捨て、腕を振り上げている光景が見えた。

「急げ!! ミカサとエレンが―――」

 馬が持つ最大限のスピードでミカサとエレンの救助へと急ぎ向かうジャンとアルミン、しかし、先行していたジャンの頭上から降ってきた巨人がそのまま彼の進行方向の先で落下したのだ。

「ジャン!!!」
「うわああっ!!!」

 そのまま巻き込まれる形で愛馬から落下し地面から転がり落ちてしまいそのままジャンは鼻血を流して気を失ってしまった。

「ジャンッッ!!! しっかりしろ……!!」

 すかさず馬から飛び降りジャンを抱き起そうとするアルミンだがジャンは完全に意識を失ってしまっていた。
 その先ではハンネスが薄気味悪い笑みを浮かべて手を伸ばすカルラを捕食した巨人をワイヤーを巧みに操りながら舞うように翻弄していた。

「くっそおおお!! 何で!! 何でだよ!?」
「エレン……!!!」

 何度も何度もエレンの両手は痛々しい噛み痕にまみれ、肉すらも引きちぎるように痛みを忘れエレンが必死に巨人化になろうとするのに全く反応しない。血に染まっていく彼の姿を見てミカサは手を伸ばし、悲痛な顔をしていた、このままではエレンの手の肉がなくなる。
 気を失ったジャンを抱え剣を片手に集まってきた巨人に叫ぶアルミン。
 エルヴィンを守ろうと奮戦する中でまた一人、また一人、兵士が食われていく。
 エルヴィンも何とか立ち上がろうとするが出血多量によりもう歩くどころか逃げる事すらも出来ない。

「うぉおおおおお!!!!」

 巨人化出来ないエレン、そして負傷したミカサの前で奮戦していたハンネスがようやくカルラを捕食した巨人のかかとに狙い定めてすれ違い様に肉を削いだ。

「やった……!!」

 ガクリと膝をついてバランスを崩したカルラを捕食した巨人の姿を見てとうとう傷をつけることが出来たと。喜ぶハンネスだっただが、やはり彼はあくまで駐屯兵団の人間、壁外における巨人殺しの達人集団にはかなわないのだと身を持って知るのだった。
 鎧の巨人が走りながらエレンの元へ向かうのを追い掛けていたその瞬間、ウミは見てしまった。

「(……ハンネスさん!!!)」

 あのカルラを捕食した巨人の手の中に捕まりそのままゆっくりと持ち上げられていくハンネスの姿を。

「(今、巨人になんなきゃ…!意味ねぇんだよ!!!)」

 早く、早く巨人化してあの醜い巨人からハンネスを早く助けなければと躍起になり必死に自傷行為を続けるも、焦れば焦るほど全く変化のないエレンの無力さに負傷したミカサは何もすることが出来ないままでハンネスがゆっくりその口元へと運ばれていく…。

「(あ、ああっ――嫌だ…それだけは…!!
 やめて……やめて!!!!)」
 ――「そうか、お前ずっと三人の面倒ばかり見てきたもんな……そんで、ようやくお前は自分の幸せを、見つけたんだな」
「……はい、」
「天国のお前の両親も喜んでるだろうな。ま、お前の両親の代わりに落ち着いたら相手の事とかも詳しく聞かせてくれよ?一杯くらいおごるし、ご祝儀くらい渡してぇからな」

 ウミの脳裏には数時間前に会話したハンネスとのやり取りを思い返していた。自分が結婚することを報告したら嬉しそうに笑ってくれた、両親が居ない自分の代わりに彼にもし結婚するなら一緒にバージンロードでも歩いてもらおうか、だなんて思っていた。
 しかし、もう手を伸ばし辞めてと懇願してお願いが通じるような相手ではない。
 ハンネスが足をばたつかせて必死に抗うが、あの巨人はあの日と同じ笑みのまま。不気味な笑みを浮かべて何もできない自分達をあざ笑うかのようにそのままー…、

 ブシュッ!!!と、咲いていた紫色のかわいらしい野花がハンネスの血で赤く染まる。5年前の因縁の宿敵である巨人に立ち向かっていたハンネスの奮闘もむなしく彼はそのまま無残にも下半身を喰いちぎられ、ゆっくりゆっくりと…閉じていた瞼を見開きそして…その生涯を終えたのだった。

「ははは!! はははは!! はははははは!!」

 アルミンが、ウミが、その両目から流れる雫に気付かぬほどに。
 深い悲しみと衝撃に襲われていた。
 夕日を浴びて絶命したかつて幼少の頃からの付き合いだったハンネスが自分達を守り命を落とした。
 あまりのも残酷な光景を見てガクリとエレンは膝から崩れ落ち狂ったように笑うしかなかった。自分の無力さを、拳を地面に打ち付けてただ責め続けるしかなかった…。

「何にも変わってねぇな!! お前は!! なんッッに!! できねぇじゃねぇかよ!! 母さん……オレは何も……なんっにもできないままだったよ!!!」

 目の前でハンネスを食われてしまった悲しみに巨人化することも出来ず無力なまま地面に崩れ落ちて涙を流して血に染まったまだ指の生えていない噛み跡だらけの拳を叩きつけ悔し気に叫ぶエレン。
 その両手は今も蒸気を放つが巨人化する気配もなく、その血の匂いにつられてとうとう巨人が集まってきた。

「うあああああああああ!!!!」

 両手で頬張りながら余すことなくその遺体すら残さずにハンネスを捕食し尽くすカルラを捕食した巨人の不気味な笑顔だけが残っていて。
 カルラを捕食した時と同じ光景がそこに広がっていた。
 そうだ、あの時もこんな時間帯のこんな空の下、だった。

「(…ハンネス、さん…)」

 恩人が食われ呆然と立ち尽くす彼女の元にエルヴィンが追い付きその肩を抱いてくれる。彼は何も言わずに自分の悲しみに寄り添ってくれていた。
 幼少の頃からの付き合いだった彼が、自分の両親ともよく飲んでいたので自分が成人してからは一緒にその酒の席に加わって一緒に酒を飲んで、そして、この五年間ハンネスも妻子ある身で駐屯兵団の仕事も忙しいのに親代わりに見守っていてくれた大切な恩人までもが巨人に食われてしまったのだった…。

「(……どうして……何で……)」

 また、救えなかった。
 自分の一人の力では何も、何一つ変えられない。全員守って帰還すると誓ったのに。何のために壁外へ出たのか。自分はまた誰も救うことが、出来なかった。

「エレン……」
「ッ!?」
「そんなことないよ……」

 何も出来なかったと悔やみ続けるエレンの言葉を否定するようにミカサはこの地獄の中で涙を流しながらもにっこりと綺麗に微笑んでいた。まるでもうこれが最後の言葉であるかのように。エレンへの今までの気持ちを伝える。

 2人の背後で巨人と戦いながら無残に喰われていく兵士たち。
 巨人に囲まれながら奮闘するユミルやヒストリアたち。
 落馬したジャンを抱え、必死に巨人に刃を向け叫ぶアルミン。
 エルヴィンに寄り添いながらそれでも立ち上がり泣きたいのを必死に堪えてエルヴィンを守り戦うウミ。
 そして、その背後でハンネスの血に誘われるようにエレンの赤く染まった両手の傷口に誘われ、エレンたちの元へ忍び寄る悪魔の化身達の姿。

「エレン……、聞いて。伝えたいことがある」

 誰もがこのまま命の終わりを静かに迎えるのだろうか。
 絶望的な風景が流れる景色のミカサはエレンに呼びかけ、そっとその手に触れてミカサはこれまで過ごしてきた6年間の短くも濃厚な日々を共に過ごしてきた最愛の彼へ感謝の言葉を口々に告げた。

To be continue…

2019.11.16
2021.02.08加筆修正
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