THE LAST BALLAD | ナノ
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sideG. 彼方よりここではない世界

 幼い頃、これが自分に生まれた時に与えられた宿命なのだと体感した時、己の身に宿るその宿命さえも呪った。
 繰り返される歴史。消えない過去として、罪を犯した自分たちの祖先。エルディアの民が数千年昔の過去にマーレ人に行った非人道的なその罪を償うため、死ぬまでこの狭い世界で暮らすのだと不条理を課せられた。
 その単語を飽きるほど聞き続けてきた。いつまで語り継がれるのだろうか。何時まで、この歴史は繰り返されえるのだろう、彼らの血が、浄化され、根絶やしにされるまで、終わらないとでも言いたいのだろうか。

 過去の過ちなど。今を生きる今の時代の者達には何一つ、関係ない、これからの時代は憎むだけの歴史を重ねていくのではない。いつか、マーレとエルディアが共に手を取り合い、歩んでいける懸け橋に、そう願った。
――私は、まず何から語るべきか考え、あの日を思い浮かべた。この世の真実と向かい合った。あの幼き日を。

「すごいなぁ……。あれどうやって飛んでるの?」
「あの中に水素がつまっててそれで浮いてるんだよ。プロペラは電池が動力源なんだってさ」
「へぇー……誰が乗ってるの?」
「そりゃぁ、金持ちだろ」
「おーい! あぁ……行っちゃう」
「いいなぁ。いつか私もお金持ちになったらあの飛行船に乗れるかなぁ」
「……何言ってんだよ、俺達が金持ちになれるわけないだろ」
「うん。でも……いいなぁ……あそこから何が見えるんだろ……? あ、行っちゃった……」

 この壁の向こうに広がる自由を、同じ不自由に生まれ虐げられては寄り添ってきた。素直で可愛らしい妹に少しだけ見せてやりたかった。
 だが、それが全ての始まりだった。妹であるフェイの悲しそうな呟きを聞き、妹に私はもっと飛行船を見せてやりたいと思った時、私はまだ小さな彼女の手を引いていたのだ。

「行くぞ、フェイ」
「え? 兄さん?」
「飛行船の発着場は近くにあるって先生が言ってたんだ。見に行こう」
「えぇ? でも、お母さんが壁から出たらダメだって……」
「いいんだよ、少しだけなら!」
「ん!? 待て、お前ら!!」
「すぐに戻ります!」

 この収容区から出るには許可がいる。だが、待っていたら飛行船は行ってしまう。見張りをしていたマーレ当局の人間の目をすり抜け、妹の手を引き、私達は束の間の自由を飛行船を見に壁の外へ走り抜けた。

 壁の外にはマーレ人が暮らす美しい街並みが広がっており、車がゆったりと駆けていく。壁の外の風景を見て立ち尽くすフェイは不安そうな表情で立ち竦んでいた。

「どけよ、ドブネズミ」
「う!!」
「なんだ。悪魔の血か。エルディア人がこんな所をうろちょろと」

 自分たちが腕章を付けて慎ましく収容区で暮らすのには理由があった。流れる「悪魔の血」ぼんやりと壁の外から見た光景に立ち尽くす中、自分たちは過去の歴史の行いからマーレ人には悪魔だと蔑まれ、酷い時にはもっと大変な目に遭うのも覚悟の上で妹につかの間の自由を求めて飛び出したのは間違いだったのかとさえ、軽はずみに収容区を飛び出したことを後悔した。

「……兄さん」
「大丈夫だよ……もう慣れっこだろ?」

 私たちは”壁の外”マーレの人間からは蔑まれている。それは妹もわかっている。だけど不安な妹を私はなだめ、そしてここまで来たからこそ手を取り飛行船が発着している場所を指した。

「ほら!もうあの土手の向こうだ!」

 飛行船の発着所に向かって目の前の直線の路地を抜けて、二人土手を登ってゆくと、その川の先には先ほど私たちの上空を空を飛んでいた飛行船が停まっているのが見えた。

「おっきいなぁ――……わぁ」

 間近で見た飛行船を見て、目を輝かせ嬉しそうに微笑むフェイの表情に私も先程の不安を取り払い、ここまで妹を連れてきてよかったと、そうかみ締めていた。
 だが、それも一瞬の出来事だった。
 その時。

「お前たちも飛行船を見に来たのか?」

 たまたま、土手の草むらに寝そべって職務を放棄して休憩していた治安当局の男達が声を投げかけてきた。

「は……はい……」
「レベリオ収容区の者だな? 外出許可証を見せろ」
「え……え〜〜〜と…………持ってません」
「と、なると……お前たちは、無許可で市内に入ったんだな」
「はい」
「どうなるかわかっているな?」
「……はい」
「労働か? 制裁か?」
「……制裁を……」
「兄さん……!?」
「ほぉ……親に迷惑は掛けたくないか」
「はい。僕が妹を無理やり連れ出しました……!! 妹の分も僕に制裁を下さい」
「わかった」

 制裁を受けることを私は選択した。その時、目の前のどことなく冷めた目をしたマーレ政府の一員である治安当局の男は私の胸倉を掴み、膝で脇腹を殴りつけてきた。子供だろうとマーレ人はエルディア人に対して容赦はしなかった。星が飛び、意識が混濁する私を妹は泣きそうな顔で呼ぶ。

「兄さん!!」
「もう一発だ」
「うぅ〜〜〜」
「まったく……容赦ねぇな。クルーガー。ほら、嬢ちゃんは先に帰ろうね」

 フェイの手を取り歩いてゆく治安当局の男の声を耳に私は妹の分まできっちり制裁を受けるのだった。河川敷で倒れ込む私の傍らでその男は煙草を吹かしながら静かに私に話し掛けてきた。

「腕章を外さなかったことは賢い。たとえガキでも外で腕章を外したエルディア人は「楽園送り」だからな」
「もう……帰ります」
「待て。飛行船を見に来たんだろ? せっかくだから見て行けよ」

 それが、私とエレン・クルーガーとの出会いである。私はその言葉に促され、クルーガーの横で飛行船をしばらく見つめていた。

 妹は先に着いているはず。しかし、家に帰ると妹はいなかった。懸命な捜索の末、妹は翌日、川で変わり果てた血まみれの姿で発見された。その遺体はあちこちを食い荒らされ、明らかに人的ではない何かに襲われて殺されたのだと、その壮絶な姿が物語っていた。

「私があの子を送ったのはレベリオの手前までだ。仕事が忙しくてなぁ。そもそもエルディア人の子供が許可も無く街をうろつくのが悪い。お前の息子は自分の一族の立場をよく理解していないようだが…しっかりお前らの先祖が犯した過ちは教育しているんだろうな?それが十分じゃないならしっかり首輪で繋いでおけ」

 私にはこの昨日フェイを送っていった「マーレ治安当局」の男が嘘をついていることがわかった。彼らは仕事をサボって、川原で寝てたのだ。忙しかったわけがない。
 娘の死に母は悲しみに暮れ……父は……。

「ご指導いただきありがとうございます。我が愚息の方には私から教育し直しておきますので、どうかご安心ください」

 この男達にへりくだったのだ。私は父に、この男に、目眩のするような憎しみを覚え、それ以上に――自分の愚かさを呪った。

「今から1820年前。我々の祖先「ユミル・フリッツ」は「大地の悪魔」と契約し、巨人の力を手に入れる。ユミルは死後も「九つの巨人」に魂を分け、エルディア帝国を築いた。エルディアは古代の大国マーレを亡ぼし、この大陸の支配者となる。そこからは暗黒の時代だ。巨人になる力を持った「ユミルの民」は他の民族を下等人種と決めつけ弾圧を始めた。土地や財産を奪い、民族が死に絶える一方で、エルディア人は他民族に無理やり子を産ませユミルの民を増やした。その民族浄化が約1700年間続いた。だが、かつての大国マーレは増長を極めたエルディアに内部工作を挑み。初代ジオラルド家の当主が勝利されただけではなく、さらには「九つの巨人」の内の七つを手駒に従え80年前の「巨人大戦」に勝利されたのだ。当時のエルディアの王はフリッツ王は残された国土この「パラディ島」に三重の壁を築き国民と共にそこへ逃げ込んだ。だが、全員ではない。我々非マーレ派のエルディア人残党は島の悪魔の奴らに見捨てられ、この大陸に取り残された。本来なら……我々はマーレによって根絶やしにされてもおかしくない立場だ。だがその発想こそが我々が悪魔の末裔である由縁であろう。寛大なマーレをお救いになられたジオラルド家の皆様が我々を殺さずに生きる土地を与えて下さったのだ。ジオラルド家は今も名高い名家として、英雄として尚このマーレの国を守り続けているのだよ」

 娘を失った直後の父親にしては饒舌だった。後に英雄と謳われた「ジオラルド家」の子孫は反旗を翻した者により放火され、一族が全員死に絶えたと言うのに。それで尚もこの男はご主人様の言いつけを守り嬉々として己の祖先を卑下する姿は、犬さながらであった。

「あの男は嘘をついてた。何か都合の悪いことがあるから嘘をついた」
「言うな、グリシャ。この建物は壁が薄い」
「きっとあの男がフェイを――「黙れ!! 言っただろ? 我々の祖先は大罪人なんだ。優生思想に走り民族浄化をやったこの体にはその悪魔の血が流れているんだよ」
――「俺もフェイもそんなことしてない!! 街を歩いただけだ!!」
「お前は何だ? そんなに父さんと母さんと一緒に「楽園」に行きたいのか?」
「は、ああっ……」
「イェーガー一家は治安当局を疑い恨みを抱いている。そんな噂が流れただけで我々はおしまいだ。いいかグリシャ?我々が直接の加害者じゃなくても、被害を受けた側の長い歴史にとってみれば関係無いことだ。我々にできることは…この収容区でただ慎ましく、沈黙し、生きることだ。頼むから……父さんと母さんをフェイと同じ目に遭わせないでくれ……グリシャ」

 間違っているのはどちらだろうか。フェイを死に追いやった私か、この世界か

「うん、わかった……」

 恐らくは両方だろう。私は無知で愚かで、世界は理不尽で狂っている。
 それから数年が過ぎた。ジオラルド家の末裔が火災で焼け落ち死に絶えたことで英雄ジオラルド家の伝統はそこで潰えた。
 だが私にはジオラルド家の末裔など関係の無いことだ。そんな私が己の道を見つけたのは18の時。何の感慨もなく父の診療所を継ごうとしていた頃だった。

「この十字の切り傷は……どうしました?」

 診療所にてある患者を診察していると、その患者の肌が露出している右肩には十字の傷が記されていたのだ。

「これは同胞の証です」
「……同胞??」
「あなたの妹はマーレ当局の男に殺された。我々にはマーレ政府の内通者がいます。そのものが、そう言ってました。グリシャ・イェーガー様。もし、我々に協力すれば詳しい話をお聞かせしましょう。我々「エルディア復権派」に力を貸すなら」

 私が医療従事者であること。私がマーレ政府に強い憎しみを抱いていること。
 その二点に注目した反体制地下組織「エルディア復権派」が私を勧誘しに来たのだ。そして、そこで妹の事件の真相を知った時、私は心に誓った。本当の悪魔はどちらか教えてやる。我々の祖先がやったことは正しかったのだ。再び世界を正すためには、エルディアを復活させなくてはならない。
 マーレ政府の内通者は「フクロウ」と呼ばれ 姿を見せることなく復権派を導いた。我々に武器や資金を流し、今のエルディア人が知り得ない歴史文献を提供した。

「見ろ! これが真実だ! 「我々の始祖ユミルは巨人の力に目覚め、荒れ地を耕し、道を造り、峠には橋を架けた! つまり、始祖ユミルが人々にもたらしたものは富だ!人々を豊かにしこの大陸を発展させたんだ!!」
「やはり俺達が今まで学校で教わった歴史はすべてマーレに都合のいい妄想だったわけか!!」
「そうだ!! 馬鹿どもは騙せても!! 俺達、真のエルディア人は騙されないぞ!!」
「しかしグリシャ、お前よくこの古語が読めたな」
「いいや、まだ殆ど解読できてないんだ」
「では、なぜ真実がわかった?」
「そんなことすぐにわかるだろ? なぜなら俺は始祖ユミルを信じている!! 俺達は選ばれし神の子!! ユミルの民だ!!」

 それからは、私がいつの間にかエルディア復権派のリーダーとして反政府を掲げ、エルディアを復権の為にあらゆる行動を開始した。中で私は運命の出会いを果たす。

「同志よ!! フクロウが人を遣わしたぞ!!」
「皆さん、始めまして。こんなにも多くの同志と出会えて光栄です。私はダイナ・フリッツと申します。王家の……血を引く者です」

 私は運命に導かれるままに。その身を委ねた。巨人大戦末期、島に逃れることを拒み、敢えて大陸に留まった王家の一族が存在した。その末裔は現在は彼女一人のみとなっていた。
 彼女らの一族はエルディアが再び立ち上がる日を待ち続け、王家の持つ巨人の情報と共に収容区に潜伏していたのだ。彼女が復権派にもたらした情報。それはフクロウがもたらしたまさしく勝利への活路だった。

「間違いない!! フクロウが流したマーレ政府の情報と照らし合わせてはっきりした!! 「始祖の巨人」フリッツ王が壁の中に持ち去った「始祖の巨人」! これこそがエルディア復活の鍵だ 「始祖の巨人」他の巨人すべてを支配し操ることができる!!これさえ手にすれば我々は再びマーレを討ち滅ぼすことができる!!」
「ジオラルド家はエルディアの力を得るためにその「始祖の巨人」を復活させようとしていたらしい、それが露見し始末された、やはり、それだけマーレが逆に欲しがるほど求める力が「始祖の巨人」にはあるんだ!」
「しかし……フリッツ王はそのような絶対的な力を持っておきながら、なぜ島まで退くことに……?」
「それは……戦うことを否定したからです。そもそも「巨人大戦」とは145代目の王が「始祖の巨人」を継承したことが始まりですが、それまでも八つの巨人を分けた家同士では争いの絶えない時代が永らく続いていました。それでも王家が「始祖の巨人」を呈することでエルディアは均衡を保つことができていたのです。しかし、145代目フリッツ王はその役目を放棄し、辺境の島に都を移したのです。私の家とはそこで折り合わず決別することになりました。私達の……この惨めな日々は、王が争いから目を背けたことから始まったのです」
「戦おう。やるべきことは明確だ。我々を見捨て壁の中に逃げた王から「始祖の巨人」を取り戻す。そして、我々エルディアの民のために大陸に踏み留まった真の王家に!! 「始祖の巨人」をお納めするのだ!!同志諸君よ!! マーレを打倒し!! 偽りの歴史を正し!! エルディアの誇りを取り戻すのだ!!」

 私の言葉に感銘を受け、長らく迫害を受け不遇な時代を過ごしたカノジョは涙し、そして翌年私達は結婚し男子を授かった。
 天使のように愛らしい息子へ最初に与えた名は、ジーク。

「王家の血を引く子だ……きっと、この子は私達を勝利に導いてくれるぞ」

 時代は移り、人は変わる。ジオラルド家の末裔の事件が消えた頃、世の中が急速に発展してゆく中でエルディア復権派は転機を迎えるのだった。

「聞け、エルディア人よ!!我々マーレ政府は貴様らユミルの民から「マーレの戦士」を集う!! この度マーレはパラディ島に逃げた悪の化身フリッツ王から宣告を受けた!! 近くエルディアは世界を支配し再び恐怖でこの大陸の覇者として君臨すると!! 我々はその浅ましき野望を打ち砕くべく!! これより数年をかけ大陸各地の収容区から戦士を選出しこれに備える!! 集いし戦士は五歳から七歳の健康な男子女子とする!! されど!! 選ばれし戦士は極少数に限られる!! なぜなら戦士は我々マーレ政府の管理下にある−「七つの巨人」を継承するに値する器でなくてはならないからだ!! なお、選ばれし戦士となる一族には「名誉マーレ人」の称号を与え、この国での自由を保証する!! エルデイィア人よ!! 今こそマーレに忠誠を示したまえ!!」

 マーレ政府が、我々ユミルの民から七つの巨人を継承する器として、マーレの戦士を募ったのだ。

「どういうことだ?」
「フリッツ王が宣戦布告したのか!?」
「いえ、それは考えにくいことです」
「一体何が」
「来たぞ!! フクロウからの連絡だ!!」
「読むぞ……「今回マーレ政府が動き出した理由。それは……来る資源争奪の時代にいち早く対応するためである。知っての通り、近年の軍事技術は目覚ましい進歩を遂げている。今日のマーレを世界の指導者たらしめる力「七つの巨人の力」が絶対でなくなる日も近い。これからは燃料を背景とする軍事力が物を言う時代と移りゆくだろう。その時代を迎えるにあたり、莫大な化石燃料を埋蔵するとされるパラディ島は決して無視できるものではなくなった。しかし、パラディ島を征服するのは未だ容易なことではない。依然フリッツ王は壁に籠もったまま音沙汰がないが、80年前に言い残した言葉がある。「今後我々に干渉するなら、壁に潜む幾千万の巨人が地上のすべてを平らにならすだろう」
「この脅威が健在であるうちは、何人たりとも正面から手出しはできない」つまり……マーレ政府の目的は我々と同じ フリッツ王を刺激せぬように壁内に侵入し「始祖の巨人」を奪還することである」
「どうする……このままじゃ、我々の計画が……」
「あと数年でマーレに先を越されてしまう……」
「そうなったらもう……!!永久にエルディアは日の目を見れないぞ……!!」
「いや……我々にも手段は残されている。我々の息子ジークを「マーレの戦士」にするのだ!!」

 こうして私は息子にエルディアの誇りを託しつつも、敵国に忠誠を誓うマーレの戦士になるよう仕向けた。

「いいかジーク。お前は我々エルディア人を導く王になるべくして生まれたんだぞ?マーレの人間が言ってることは全て間違ってる。だが、お前は誰よりもマーレの教えに従順に従わなければならない。いいかジーク…もう我々には勝利しか残されてないんだ」
「エルディアの屈辱は、あなたが晴らすのよ」
「うん、わかった」

 しかし、私は、知っていた筈だ。王家の血を引く子でも、エルディア復権派の希望でもなく、夜な夜な祖父祖母に預けられて出かけていく両親を寂しげに見つめるジーク自身と向き合ったことが一度でもあっただろうか。
 果たして、私はあの日の愚かな子供のままだったのだろうか。
 やがて、ジークは7つになった頃、私達夫婦をマーレ政府に密告した。
 気付いた時には、すべてが遅かった。なんにせよ、ジークは自ら祖父と祖母の安全を選んだ。愚かな両親をマーレ政府に差し出すことにより。私は知っていたはずだ。親が子を自らの思想に染め上げる罪深さを。

「うん……わかった」

 なぜあの時の自分と重ねることができなくなったのか。

「王家の血を引く子」でも「エルディア復権の希望」でもなく、息子のジーク自身と向き合ったことが一度でもあっただろうか。何にせよジークは我が子を危険に晒す親を見限り、自らと祖父祖母の安全を選んだのだから。これが私たちの誤った子育ての結果なのだ。愚かな両親をマーレに差し出すことと引き換えに。

「ジーク……許してくれ」



「あああああああああ!!!」
「答えろ!!「フクロウ」は誰だ!?」
「だから……!! 俺達は誰も知らないんだ!」
「それは残念だ!! もう一本いこう」
「たのむ……もう、やめてくれぇ……知ってることはもう全部話した。もう何も−」

 激しい拷問を受け、その末に何も知らないというのにそれでも執拗に繰り返される尋問に精神は消耗していた。マーレ当局員は容赦なくハサミで口を割る、いや、知らないのだから割れる口もないというのに私の指を切り落として行った。

「あああああああ」
「どうだ、何かわかったか?」
「フクロウの正体がまだです」
「まったく…フクロウは恐ろしい奴です。我々当局の内部にいながらエルディア復権派を組織していたなんて。さらにはマーレの戦士にスパイのガキを忍ばせて、パラディ島には焼死したはずのジオラルド家の末裔を逃亡させ……マーレの巨人兵力を無力化する計画まで立てていたとは……」
「同時に「始祖の巨人」力を引き合いに東のマーレ敵対国に支援と亡命を呼びかける所まで進めていたようです。こいつのガキの密告がなければ危ない所でしたよ」
「船の時間だ 「楽園」に行くぞ」

 切る指が無くなる頃、拷問は終わりを迎えた。目隠しをされ、私は言われるがままにあんなにも脅えていた「楽園」へと向かう蒸気船に乗せられるのだった。
 私を覗き込んだその男は、見たことのある顔だった。私は蒸気船の中で必死に記憶を辿った。これから待ち受ける過酷な運命から逃避するかのように――。

「着いたぞ」

 目を覚ますと、防波堤の上に居た。エルディアの悪魔が逃げ込んだパラディ島の「楽園」に到着し目隠しを外され瞳を開くと、真っ白な防波堤のような場所に我々「エルディア復権派」のメンバーが並び拘束されていた。

「ここが……」
「そうだ。ここがエルディア人反逆者の流刑地。パラディ島、楽園との境界線だ。お前達は国家反逆罪によりここで終身刑となる。知性の無い無垢の巨人となってな。人を感知し、人を追跡し、人を喰らう。ただそれだけを死ぬまで繰り返す。だが…問題は死ぬ術が殆ど無いということだ」
「俺は…あんたと会ったことが…ある。子供の頃に」
「覚えていたか」
「あの日のことを……忘れるものか」

 マーレ当局員に連れられているエルディア復権メンバー達を横目に私は最初の出会いよりも幾分も老け込んだ目の前の男の顔を見つめる中、ボソボソと恐怖から救いの言葉を求める同じ志を持った同胞の声を聞く。その声は当時妹を失ったままの喪失感を抱えたまま父親の進道をそのまま進もうとしていた何も知らなかったあの時の私をスカウトし、「エルディア復権派」に引き入れた男グライスだった。
「……グライス……」
「グリシャか!? オイ!? どうなってる。何でジークが俺達を密告するんだ!? お前の息子だろ!? どういう躾をしたら親を売るガキに育つんだ!? お前に問題があったんじゃないのか!? なぁ、グリシャお前は!! 調子がいいだけの役立たずだったな!? お前にすべてを託したのが間違いだったんだ!! 復権派も!! ダイナも!! 何とか言えよ!!」
「すまない」
「何で……こんな奴に……エルディアは……終わりだ」

 絶望から涙を流し私へとそう吐き捨てたグライス。遥か下で待つかつての同胞たちは私の息子の密告によりこれから待ち受ける恐ろしいその末路に。向けられた注射針から流れるその液体に、私は何も口にすることが出来なかった。

「活きのいいのがいるな。お前は――自由だ」

 その治安当局の男はこともあろうか突如グライスの背中に蹴りを入れ、そのままはるか下の壁上へと突き落としたのだ。忘れもしない忌まわしきあの日の記憶、この男であるのは確か。こいつは私の妹であるフェイを死に追いやったマーレ当局員の男だ。その顔をずっと脳裏に描いていた。忘れるはずもない、この男はあれから出世したのかグライスの運命をまるで食事を選ぶかのように選択したのだ。

「グライス!!」

 グライスは、遥か壁下に広がる流砂の柔らかな30メートル下の砂丘へとそのまま突き落とされ、地面へと倒れ込んだ。

「オイ!? グライス!!」
「北に真っ直ぐ走れ!! 運がよかったら壁までたどり着けるぞ!!」

 言われるがままにグライスはこの後に待ち受ける醜い巨人と化したかつての同胞たちが一斉に自分を捕食しようと大口を開けて襲いかかる。その前に。早く壁のあるパラディ島の中心地である方角、北へ向かって一目散に走り出したのだ。

「グロス曹長?」
「ん? お前ここは初めてか? こうしておくとこれから生みだす巨人共があいつに引かれてさっさといなくなる。まぁすぐに食われるがな。そうだろ、クルーガー」
「まぁ」
「さぁ今回は数が多いぞ!! どんどんやっていこう!!」

 その男、グロス曹長と呼ばれた小太りの男の指令に従う様に壁上に並んだ同胞たちへと次々と巨人化注射器を準備するマーレ当局員達に指を切り落とされ拘束された自分はどうすることも出来ず、絶望に打ちひしがれるしかない。

「あぁっ……!! みんなぁ……」

 力なく脆弱で無力だった私の声が響く。共に長い間迫害を受け不自由な思いをしていた中で辿り着いた希望が、エルディア復権派メンバーらが一斉に注射を注入され巨人化薬の薬を撃ち込まれていく。注射器からの薬液の注入が終わりを迎えると、一斉に砂丘に蹴り落されていく仲間達、それを目に焼き付け必死に走るグライスの姿がどんどん遠くなっていく。
 地面に落下した次の瞬間――。私の目の前で黄金色の光が夕焼けを照らし、そして一斉に巨人化していく復権派のメンバー達の姿にただ言葉にならない深い悲しみが襲う。全ては私が招いた、全員仲間達はみんな醜い巨人の姿に返られてしまった。そして彼らは今必死に走るグライスを捕食対象とみなし、かつての仲間達にもうその声は届かないのだ。

「おい……やめろっ、みんなあぁ……やめろおぉぉ!! グライスだ!! わからないのか!?」
「おいクルーガー。早くそいつも巨人にしろ。うるさくてかなわんぞ」
「イヤ……こいつにはまだ尋問したいことがある。先に進めてくれ」

 しかし、まだ私の順番は回ってこないらしい。私の背後で待機するクルーガーと呼ばれた治安当局の男は何も答えない。まるで無機質な宝石のような。あらゆる感情を感じられない瞳はただ壁下の壮絶な光景を見つめても淡々と上官へそう答えるだけ。

「おっ、次は女か。もったいねぇ。悪魔の血じゃなきゃなぁ……」

 マーレ当局員に連れられ姿を見せた「女」と言うその単語にぞわりと背中に嫌なものが伝う。どうか、頼むから違うと、言ってくれ。その願いもむなしくやけに早鐘を打つ心臓の鼓動。エルディア復権派メンバーの女と聞き、どうか違うと、愛と誓い共に改革を成し遂げるためこれまで共に戦い続けてきた彼女ではないことを願い目を向けたが、その先では妻であるダイナが拘束され、私の顔を見るなりそれでもどこか安心したような、変わらず王族の名にふさわしい気品ある頬笑みを浮かべていた。

「……ダイナ」
「あなた……」

 彼女も壮絶な拷問を受けたのだろうか、目隠しを外され自分を見つめた彼女は最後に会話した時よりも驚くほどにやつれ切ってしまっていた。

「……なぜ……ここに?? おい、俺は洗いざらい全部話したぞ!! お前らマーレにとっても彼女は王家の血を――ぶっ!!「黙れ」

 その瞬間、その事実を伏せるかのように突如私の背後からその先の言葉を紡ぐのを阻止するかのように、封じ込むように、勢いよく口を塞いで壁上の硬い壁へとクルーガーは私を叩きつけた。

「んんんん(なぜだ……!? 俺はこいつの部下に言ったぞ!? まさか……こいつが揉み消したのか!? 一体どうして)」
「グリシャ…私は…どんな姿になっても…あなたを探し出すから」

 押さえつけられた私にこれから待ち受ける運命を受け入れながらもそれでも全てを受け入れたようにおとなしくなる妻の姿に、溢れる涙を抑えることが出来ない。巨人化注射を打たれながらも共に愛を誓いあった、ダイナはそう告げると満たされ安堵したかのようにその重圧に苦しめられこれまで生きて来た人生に悔いはないと微笑むようだった。

「ハハッ、そりゃあいい。巨人同士でよろしくやってろ」

 無情にも、その微笑みが最後の会話となった。最愛の妻であるダイナをあざ笑うかのように私の目の前で遥か下の壁下の流砂の中へと突き落とすグロス曹長。砂丘に激突し、そのまま勢いと自重により転がり落ちていく妻の姿に押さえつけられながら、それでも私は声の限り彼女に向かって叫んだ。

「ダイナアアアアア!!!!」

 その瞬間、私の叫びと共に、ダイナは温かく慈愛の溢れる笑みから一転、巨人化の注射薬の効力により歪んで不気味な笑みを携えた醜い巨人へとその姿を変えたのだった。

「ハハハハハ!! 見ろ!! お前には目もくれずにグライス君を追ってるぞ! 本当はあっちの男に気があったようだな!! これは面白い!! いいものを見学させてもらったな!! ハハハハハハ」

 巨人化した妻の変わり果てた姿に涙が止めどなく溢れ視界がどんどん滲んで見えなくなっていく。私の元からグライスの元へと一直線に走り去る私の最愛の妻の巨人化した変わり果てたその姿を見つめて指差しあざ笑うその治安当局の男に激しい怒りと憎しみがより一層募るが今の私はただ同じ運命をたどる末路しか残されておらず、戦う術も奪われただ泣くことしか出来ない。あまりにも無力だ。誰も救う事もなく仲間達は皆一斉に醜い巨人と化してしまったのだから。頭を地面に着け、止めどなく溢れる涙。そして私は今まで抱えていた憎しみを全て爆発させた。最後の瞬間まで、それでも抗う事を。

「黙れ」
「んん?? 今何か、言ったか?」
「お前だろ……15年前…俺の妹を犬に食わせたのは……未だ当時8歳だった私の妹を!! 犬に食わせたのは! お前だろ!!」

 私の突然の告発に舌打ちした目の前の男は私の怒りの問いかけには応えず、マーレ当局員に連れられるエルディア復権メンバーの男を見て声掛けした。

「そいつで最後か?」
「ハイ」
「よし、俺にそいつをよこせ。お前らは全員先に船に戻ってろ」
「了解です」
「どういうことですか?」
「ここからは曹長の趣味の時間だ。新入り、まぁあまり触れてやるな」
「しかしエルディア人とはいえ八歳の娘にまで手が及んでいたとはな…」

 その男の指示を受けた他のマーレ治安当局員達は言われるがままにそのまま港に停泊しているマーレ行きの船へと戻っていいくのを横目に、のんきに煙草の火をつけ煙をくゆらせるグロス曹長は私を拘束したままの後ろのクルーガーと呼ばれた男を見つめている。

「クルーガー。尋問はもう済んだろ? 今回はそいつに踊ってもらうぞ」
「……!? 踊る!?」
「思い出したよ少年。お前は巨人にしないでやる。その代わり……彼に食べてもらうことにした」

 目隠しされたままのエルディア復権派メンバーの男の肩に手を掛けたグロスは淡々とした声調で私に向かってそう告げた、一体それはどういうつもりか。問いかける間もなくグロス曹長は言葉を続ける。

「そうだな……3〜4mぐらいの巨人に調整するから、お前はぜひこいつと戦ってくれ。それもできるだけ長く抵抗してくれると助かる」
「…あんたは何で…こんなことするんだ?」
「……何で? 何でって…そりゃ、面白い…からだろ? 人が化け物に食われるのが面白いんだよ。そりゃあ、そんなもん見たくねぇ奴もいるだろうが、人は残酷なのが見たいんだよ。ほら? エルディアの支配から解放されて何十年も平和だろ? 大変結構なことだが、それはそれで何か物足りんのだろうな。生の実感ってやつか? それがどうも希薄になってしまったようだ。自分が死ぬのは今日かもしれんと日々感じて生きてる人がどれだけいるか知らんが、本来はそれが生き物の正常な思考なのだよ。平和な社会が当たり前にあると思っている連中の方が異常なのさ、俺は違うがな。人は皆いつか死ぬが、俺はその日が来てもその現実を受け入れる心構えがある。なぜなら。こうやって残酷な世界の真実と向き合い、理解を深めているからだ。当然、楽しみながら学ぶことも大事になる。あぁ、お前の妹を息子達の犬に食わせたのも教育だ。おかげで息子達は立派に育ったよ」

 断末魔のような叫び声と共に注射薬を注入した最後になったエルディア復権派の仲間を無情にも砂丘へ蹴り飛ばすグロス曹長はまるで雑談でもしているかのような口ぶりで私にそう告げるのだった。

「あんたは……心は、痛まないのか?」
「まぁ、言いたいことはわかる。もし、息子が同じ目に遭ったらと思うと胸が締めつけられる。その子が何か悪いことをしたわけでもなかったのにな」
「あぁ……そうだ!! 妹は飛行船が見たかっただけなんだ! あれに乗ってどこか遠くに行く夢を見たかったんだ!! それをあんたらは!!」
「ああ…かわいそうに。エルディア人でさえなければな」
「は?」
「まぁ、あれをよく見ろ。そもそもな、あれがお前らの正体なんだぞ? 巨人の脊髄液を体内に吸収しただけで巨大な化け物になる
 これが俺らと同じ人間だとでも言うつもりか? こんな生き物はお前らエルディア帝国の遺した悪魔の末裔「ユミルの民」以外に存在しない。こんな人の皮を被っただけの怪物が大量に繁殖しちまったのは、まさしく悪夢だよ。まぁ、今でこそ平和だが、そいつらの支配からようやく解放されたと思っていても、たまにお前らのようなネズミが湧くからな。わかるか? エルディア人をこの世から一匹残らず駆逐する。これは全人類の願いなんだよ」
「何だと?」
「家に住みついたネズミを放置すれば深刻な伝染病を招く恐れがある。ならば当然ネズミは駆除しなければならない。心は痛まないのかって? 痛むわけないだろ? 人を殺してるみたいに言うなよ。いいか、人殺しはそっちだろ? お前らエルディア復権派は俺達マーレに何をしようとした? かつてのエルディア帝国と同じ道を辿ろうとしたよな? 心は痛まなかったのか?」
「……嘘だ。お前らの歴史は全部嘘だ。俺は真実を知っている! 我々の始祖ユミルは……巨人の力で荒れ地を耕し道を造り峠には橋を架け、大陸の人々を豊かにしたんだ。あんたらマーレは歴史を歪曲している」
「あぁ、わかったよ。偉大な歴史があったんだろ? それなら下にいる友達と語り合うといい」

 最後にそれが私に許された言葉だとでも言わんばかりにそのままはるか下の砂丘へ落そうとするグロス曹長に私は必死に抗った。このままではまた同じ歴史が繰り返されるだけ、悲劇は終わらない。

「やめろ!」
「バカ言うな! お前が巨人に食われるのが見たいんだ! 陳腐な食われ方だけはやめろよ!? まだ見たことのないパターンを見せてくれ」
「クソ野郎ふざけるな!!」
「そう怒るなって、こういう娯楽も必要だって話はしたろ!? もっと前向きに考えろよ! ほら!? 妹が呼んでるぞ!?」
「うわぁ!! くそおぉおおお――!!」

 このまま突き落とされると言うのか、私の目の前には絶望だけが残された。ここで自分は仲間だったかつての友に食われて死ぬのだと、涙が視界を埋め尽くし、無残にもその身体が重力に従い、地面へと落下してゆくのだとそれでも抗い続けていてたその瞬間だった。次に感じたのは柔らかな流砂の感覚ではなく、どん、と言う音が響いた。
 私の代わりに砂丘に突き落とされたのは、クルーガーと呼ばれた男はまるで自分の娯楽のように楽しみながら仲間達を巨人の姿へと変貌させ妹を犬に食わせて殺したグロス曹長だった。
 砂丘から転げ落ちたグロス曹長が見上げたそこには先程巨人化薬を打ち込まれた同胞の姿。断末魔の悲鳴を上げたのは、成す術もなく今まで聞いてきた虐げられたエルディアの民から聞き出した悲鳴が今度は自分から発せられたまま顔面から齧られていくグロス曹長の姿を見ても心が痛むことは無いが、それを見ても何も感じない。
 自分はまだ生きているのだとその生と、そして仲間達を犠牲に自分だけが生きている現実を噛み締める。帽子を脱ぎ捨てため息をついたクルーガーは私に変わらぬ冷静な口調で問いかけてきた。

「どうだ? グリシャ、これが面白いと思うか?」
「あ……あんたは……」
「この姿で直接会話するのははじめまして、だな。俺がフクロウだ」

 そう告げた治安当局の男であるクルーガーと呼ばれた男は自ら深く被っていた治安当局の帽子を投げ捨てたクルーガーは自らをそう呼んだ。復権派の人間が最後まで誰も知る事のないままその姿を明かさず裏で手引きした男である(フクロウ)の正体は、自分であると。私に告げたのだ。自分ではなくグロス曹長が落下した事で聞こえた断末魔の悲鳴を聞き付けた治安当局の人間達が船から降りて集まってくる。

「覚えておけよ、グリシャ。巨人の力はこうやって使う」

 その時、手に持っていたナイフを手にしたクルーガーが私の目の前で夕日を浴びながら勢いよく赤い血を飛び散らせて自らの手のひらをそのまま切り裂いたのだ。その瞬間、天空から突如として黄金色の落雷が彼に向かって落ちたかと思えば巻き起こる激しい旋風が吹きつけ次々と治安当局の人間達はあっという間に吹き飛ばされていった。
 光が止むと、私の目の前で繰り広げられていた光景に我が目を疑った。其処には何と、巨大化した大男が先ほど載せられてきた船を担ぎ上げて真っ二つにへし折っていたのだから……。

 巨人となったフクロウは我々を搬送したマーレ治安当局の蒸気船・兵士の持ち物。彼らがこの島に存在したすべての痕跡を粉々に砕き海へとバラ撒いた。
 程なくして当局の兵士は私の目の前で次々と無力にも皆果実の搾りカスのようになり、海に投げ入れられた。
「海」とは何かを説明しなければならない。「海」とは地表の七割を占める広大な塩水である。
 巨人体のうなじ部分から姿を見せたクルーガーは相変わらず無機質な目を宿し、その身と巨人体を繋いでいた筋組織を引きちぎりながら私の元まで歩いてくる。鼻からは夥しい量の血を流して。私を拘束する縄をナイフで切り裂き私は自由を生を得た事に今も信じられずに居た。上空を見れば夕暮れの鳥が海の向こうへと飛んでいく。
 唖然と立ち尽くす私に鼻血を拭きながら一気に静寂に包まれた港でクルーガーは私に問いかけてきた。

「それで……何か聞きたいことは無いのか?」
「……わからない何から聞けば……いいのか」
「悪いが、そんなに時間は残されてない」
「……フクロウ あんたは何者だ?」
「俺はエレン・クルーガー。今見せた通り『九つの巨人』の一つをこの身に宿している。つまりはお前と同じ『ユミルの民』だ」
「マーレ人に成りすまし当局に潜入したのか……? 血液検査はどうした!?」
「医者に協力者が一人いれば済む話だ。医者は諜報員に向いている。実際お前はよくやってくれた。結果こそは……グライスが嘆いた通りだったがな」
「その通りだ……俺は……ダメな父親で、ダメな夫で……ダメな男だった。なのに、なぜ俺だけが人の姿のままここに、つっ立っているんだ……ダイナは王家の血を引くユミルの民は特別だ。巨人の力の真価を引き出す。そんなのマーレの歴史教科書で習ったエルディア人の子供でも知ってる史実だぞ? お前が揉み消したりしなければダイナは少なくともここで我を失う化け物にされずに済んだはずだ」
「よせ、指が痛むだろう」
「お気遣いに感謝するよ……人の指をちょん切るのは気にならないらしいがな。なぁ!? あの巨人でもっと早く暴れてくれれば、みんなも巨人にされずに済んだんじゃないのかっ? 俺達エルディア復権派は何のためにここで巨人にされたんだ!?」

 私が全てきり取られた指先からじわじわと血がにじむのも構わずに仲間達が全員巨人へと姿を変えてもその正体を最後まで明かさなかったエレン・クルーガーは鼻血を垂らしたままその場に力なくガクンと崩れ落ちてしまった。

「どうした!? 急に顔色が」
「同胞……だけじゃない。何千人ものユミルの民の指を切り落とし何千人もここで巨人にしてきた。女も子供もだ。すべては……エルディアのためだったと信じてる。時間が無い、グリシャ、お前に最後の任務を託す。他の誰かではなくお前にだ。あの日、お前に初めてであったあの日だ。あんなことが無ければお前はここまでマーレに強い憎しみを抱くことは無かっただろう」
「それが……俺を選んだ理由か?」
「それもある。敵国・父親・自分・お前の目に映る憎悪は、この世を焼き尽くさんとするばかりだった。かつては俺もそうだった。大陸に留まった王家の残党は革命軍となり、父はその一員だった。しかし、何も成し遂げることなく、生きたまま焼かれた。幼かった俺はその様子を戸棚の隙間から見ていることしかできなかった。ただただ恐ろしくてな。家が焼け崩れる頃に父の仲間に救われ……それ以来、マーレへの復讐とエルディアの復権を誓った。だが、俺が実際にやったことは同胞の指をつめ、時には皮を剥ぎここから蹴落とし巨人に変えることだ。それに徹した結果今日まで正体を暴かれることはなかった。俺は未だあの時のまま戸棚の隙間から世界を見ているだけなのかもしれない」
「教えてくれ、フクロウ……。俺に残された任務とは何だ?」
「これから壁内に潜入し、「始祖の巨人」を奪還しろ。俺から巨人を継承してな」
「何だって? じゃあ……あんたは」
「巨人化したお前に食われる。同じようにして「始祖の巨人」の持ち主から力を奪え」
「なぜ、あんたがやらない?」
「「九つの巨人の力」を継承した者は13年で死ぬ。俺が継承したのも13年前になる。ユミルの呪いと言われるものだ。「九つの巨人」を宿す者が力を敬称させることなく死んだ場合、巨人の力はそれ以降に誕生するユミルの民の赤子に突如として継承される。あたかもユミルの民と、皆一様に見えない何かで繋がっていると考えざるを得ない。ある継承者は、「道」見たと言った。巨人を形成する地、そしてその道は全て一つの座標で交わる。つまり、それが、「始祖の巨人」だ。そして、その始祖の巨人を現代によみがえらせようと巨人科学の持つ全てで秘匿として扱われてきた「始祖の巨人再生計画」その首謀者であり、かつての巨人大戦でマーレに勝利をもたらした一族の末裔、それがジオラルド家、その唯一の生き残りである男も、今壁内人類の中で始祖の巨人を探している」
「何だと、確かジオラルド家は前に大規模な放火で一族は全員行方不明、となった筈……まさか」
「それを手引きしたのも、我々だ」

 次々と明かされていく事実に思考回路が追い付かない、だが、それでも分かる確かなことは目の前で繰り広げられた口径は夢ではない、この指先の燃えそうな痛みも流れる血も、全て現実だ。マーレの英雄がまさか壁内人類の中で今も生きているとは。

「つまり「魔法」はあると言いたいのか? さしずめ始祖ユミルの正体は魔女か? 一体何なんだ?」
「マーレ政権下では「悪魔の使い」エルディア帝国の時代では「神がもたらした奇跡。有機生物の起源と接触した少女」そう唱える者もいる」
「……は?」
「この世に真実など無い。それが現実だ。誰だって神でも悪魔にでもなれる。誰かがそれを真実だと言えばな」
「ダイナは王家の血を引く者だと言ったのも、あんただ。それもあんたの「真実」か?」
「残念なことに、ダイナが王家の血を引くのは「事実」だ」
「ではなぜ見捨てた!?」
「王家の血を引く者だからだ。敵の手に渡すべきではなかった。ジークはマーレにすべてを話す前に」
「それでも」
「それでも? 死ぬまで敵国のために子を産まされ続ける生涯の方が、良かっただろうか……? 実際…人を食う化け物に変えられるのとどっちがマシか。彼女に聞いたわけじゃなかったが、あの最期を見る限り間違ってなかった………と思う。……とはいえ他の同胞達を救えなかったのもすべては俺の力が足りなかったからだ。俺は務めを果たした。お前もそうしろ。ここまで生きてたどり着けるのは、巨人の力を宿した者ただ一人だけ」
「正直に言って、俺に務まるとは思えない」
「お前がやるんだ。お前にしか出来ない、あいつが待っている、俺がいつか来ることを信じて、それでも見知らぬ国で必死に手掛かりを探し求めて今も走り続けている」
「それなら、そのジオラルド家の末裔に頼めばいいじゃないか。俺を見ろよ。生きたまま巨人に食われて死んだ。あんたは俺に聞いた「これが面白いか?」って。面白くなかったよ。奴の断末魔は聞くに堪えないおぞましさだった。あんたが、あんたの部下を握り潰したのだって同じ感想だ。俺はただ……恐ろしかった、何もわかっていなかった…仲間を失うことも。妻と息子を失うことも、指を切り落とされる痛みも。これが自由の代償だとわかっていたなら、払わなかった。悪いが…とんだ見込み違いだ。すまない…俺はもう何も憎んでいない」
「立て、戦え。エルディアに自由と尊厳を取り戻すために。立て」
「俺は……もう」

 失意に暮れる私に戦えと訴えかけてくるクルーガーは尚も私に一縷の望みってやつを託そうとしてくる。うなだれていた私に、一枚の写真を差し出してきた。

「見ろ。お前の家から持ってきた」
「見られない」
「見れない・立てない・戦えない。タマもない……か? マーレに去勢されたか?」
「俺に憎しみを思い出させようとしても無駄だ。俺に残されたのは……罪……だけだ」
「それで十分だ。お前を選んだ一番の理由は、お前があの日壁の外に出たからだ。あの日お前が妹を連れて壁の外に出ていなければ、いずれお前は父親の診療所を継ぎ、ダイナとは出会えずジークも産まれない。大人になった妹は今頃結婚し、子供を産んでいたかもしれない。だがお前は壁の外に出た。」
「俺達は自由を求め、その代償は同胞が支払った。そのツケを払う方法は一つしか無い。俺はここで初めて同胞を蹴落とした日から。お前は妹を連れて壁の外に出た日から、その行いが報われる日まで進み続けるんだ。死んでも、死んだ後も」
「これは――……お前が始めた物語だろ」

 手渡された写真を胸に、私はゆっくりと、私に訴えかけるフクロウ、エレン・クルーガーに向けた立ち上がる。夕日を背に、私は彼を見据えた。

「「九つの巨人」にはそれぞれ名前がある。これからお前へと継承される巨人にもだ。その巨人は、いついかなる時代においても、自由を求めて進み続けた。自由のために戦った。名は、進撃の巨人」

 これから私は巨人になる。先ほど見たあの光景を今度は自らの手で果たすと言うのか、壁の王は戦わない。エルディアが再び罪を犯すと言うのなら、我々は滅ぶべくして滅ぶ。「我は始祖の巨人と不戦の契りを交わした」壁の王は大陸の王家にそう言い残し、壁の門を堅く閉ざした。「壁の巨人が世界を平らにならす」とも言い残したはずだが、それは間違いだったのだと聞けば、クルーガーは私にその言葉は抑止力になる束の間の合間の僅かな楽園を築くと告げたのだ。壁の王は壁内の民から記憶を奪い、壁外の人類は滅んだと思い込ませた。無垢の民に囲まれ、ここを楽園だとほざいている。民を守らない王は王ではない、「必ず見つけ出して、戦いに臆した王から始祖の巨人を取り上げろ」それが俺達の使命だ」私に指名を与え、注射器を注入する前に最後にこう言い残した。

「家族を持て」
「は?」
「壁の中に入ったら、所帯を持つんだ。あの男と、同じように」
「何を言ってる? 俺にはダイナがいる……それに巨人になる直前の記憶は、もうなくなるんだろ?」
「そうとは限らん。後で誰かが見てるかもしれん。妻でも、子供でも、街の人でもいい。壁の中で人を愛せ。それができなければ繰り返すだけだ。同じ歴史を、同じ過ちを何度も。ミカサやアルミン、みんなを救いたいなら、あの子を犠牲にしたくないのなら。使命を全うしろ」
「ミカサ? アルミン? あの子だと?? 誰のことだ?」
「さぁ? わからない。誰の記憶だろう?」

 そのやり取りが最後の記憶だった。私は、それからは無我夢中だった。壁内ですぐに彼は私を迎えてくれた。自由の翼を背に彼は自ら無垢の巨人と戦い続ける自由を求め進撃を続ける壁内人類の中の光の中に居た。彼は壁の中でエルディアの血を引く女の子を宿した女と将来を誓い合っていた。しかし、彼は志半ばで命を落とす。彼と言う希望もなく、だが、希望はしっかりと、引き継がれていた。私の息子、そして、彼の娘、二人なら、きっとやり抜くはずだと、そう、信じて。

2020.12.05
2021.03.17加筆修正
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