THE LAST BALLAD | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

Side.0 FOR DEAR.EREN

 所詮肉体は魂の宿る器に過ぎない。
 器があれば魂は幾度もこの御身に宿るのだろう。
――その者、世界の大地が再び
 巨大なる災厄に蹂躙されし時。
 自らの意思で再び目覚め。
 この災厄を沈めるだろう。
 再び私を求めよ、
 さすればこの腕と共に絶望は沈む
 初代ジオラルド家当主

「人は、生まれた時から宿命が決まっている。自らの運命を変えることは出来るだろう、しかし、与えられたこの宿命を変えることは誰にも出来ない。生まれながらに人は定められたその宿命に向かって生きているのだ」

 そうだ、これも、きっと最初から定められていたんだろう。なら、なぜこうして無惨に殺され死んでいく人間がいるのだろう、彼らはそのまま嬲り殺されるために生まれてきたのか??幸せになる為じゃないのか??
 意味もなく虐げられる人間の悲鳴、無残な生者が死者に変わる、声なき声が、聞こえる。
 -
「くそぉ……巨人めっ、よ、くも団長を……!!」
「俺達が何をしたと言うんだ!!」
「(そうだよな……あんたらは何にも悪くないよ……悪いのは……)」

 調査兵団がこうして命を散らしながらも壁外へ命懸けで馬を走らせ駆けていく姿を見つめていた。その背中に交差した自由の翼、それは彼ら誇りである。壁外に真実を探している彼らへ本当の残酷な現実をとても口には出来ない。
 これは、墓場まで持って行く秘密だ、彼らは知らない、巨人の発生源を、巨人の正体を。いつかこの島はゆくゆくは始祖奪還計画という恐るべき計画の名の元に、世界地図のほんの小さな島国に過ぎないこの仮初の楽園は自分達の大国によって攻め滅ぼされるのだ。
 その事実を壁の外に密かに隠すことにした。いつかきっと、見つけてくれると、そう信じている。この残酷な世界に終止符を。いつかこの島に本当の自由が、救いがもたらされる事をただ切に願いを託す。

――二千年も前の昔の事だ。このしがらみがいつか無くなる日をただ、願い続けても、世界はこの島を取り囲んでいる。
 遥か昔、悲しい歴史があった。繰り返される営みの中、その歴史は歪められ、異なる種族は睨み合い続け、その因縁はまるで爆発寸前の火薬庫のようだ。今再び、争いが火ぶたを切る。何の罪もない、過去の代償を今も支払わされる者達の嘆きが聞こえるか。決して途切れることなく語り継がれる歴史、その歴史の始まりを辿れば、それは紛れもなくこの身体に流れる祖先の血筋から続いている。

 ならばこの輪廻をこの代で断ち切ればいいのだろうか。
 遥か昔の言い伝えを今も馬鹿の一つ覚えのように信じ切っている者達を、まるで、あざ笑うかのように。
 まるで汚いものにでも触れる様な仕打ちに苦しむ住民たち。
 互いの歴史は歪められ、異なり、そして繰り返される憎しみは未来永劫、終わらない。何時になればこの憎しみは消えるのだろうか。
 迫害を受け続ける者、迫害を続ける者、双方には双方の正しいと信じた歴史がある。
 あまりにも滑稽だ、いつまでもいつまでも、二千年前に起きた巨人大戦の当事者などこの世には誰も存在していないのに。
 かつては敵国の非情なる民族浄化により根絶に追い込まれた国の恨みの歴史は深い。

「この薄汚い悪魔の末裔め!!」
「お前らは収容区から二度と出て来るな!!」
「すみません、すみません」

 幼少の頃から何故と問えば殴られ、蹴られ、そのまま暫く腹を空かして日中を過ごした。腕章をつけた人間とは悪の末裔だ。触れてはならないと叩きこまれた。
 ただ、一方的に腕章をつけていない人間達に容赦なく痛めつけられている腕章をつけられた人間が目の前で夥しい血を流してただひたすらに謝っている。
 この人は果たしていま彼らに何をしたのか、何もしていない、ただ、歩いていただけ。通行許可証もちゃんと持ち歩いているじゃないか。

 父親は言った。見ろ。奴等は自分達と流れる血も、魂も何もかもが違うのだ。と、彼らは遥か昔、自分達マーレの民をあまりにもむごい方法で男は死ぬまで働かせ、子供や年寄りは殺され、女は家族の前だろうとお構いなしに死ぬまで犯され望まない異民族の子を孕まされたのだ。自分達マーレの民を絶滅まで追い込み、むごい仕打ちをした罪がある。それは未来永劫許される罪では無いのだと、よく見ておけ、いずれ根絶やしにしなければならない悪の民族の姿を。

「……おとうさん、でもそれの話はあの人とは関係ないよね? 昔の物語の話でしょう? あの人が、俺達に直接何かをしたわけじゃ無いでしょう?」
「お前のような高貴な人間が見ていい人間ではない、口を慎め。また殴られたいのか」
「それは嫌だよ……お願い」
「お前も、この私に逆らうのか」
「どういうこと?」

 それは親から受ける教育の一環として。マーレ人やマーレで狭苦しい思いをしながら暮らすエルディア人にも等しく歴史書が配布され、夜ごと二千年も昔の物語を聞かされるのだ。幼少の頃から思考に刷り込まれてやがてそれは行動となり、また大人になればまた同じようにその子供へと語り継がれるのだ。終わらない負の連鎖。憎しみしか残らない。
 まるで催眠術のように洗脳され叩き込まれるのだ。「エルディアのユミルの民」「呪われた悪魔の末裔」「根絶やしにしなければならない」「三重の壁を築き上げ戦う事を放棄した島の悪魔の末裔」へ今こそ侵攻する時なのだと。
 生まれながらに収容区で生活をし、出る事も許されない過去の罪を償う何の罪もないただ、エルディア人と言うだけで。
 住人たちは見た目は自分達と何ら変わりない、生き血の通う人間、同じように、寝食をし、そして同じようにまた人を愛するのに。

 自分達と異なる民族とは、いついかなる理由があれど、触れてはならないのだ。まして、手を取り合うなど、許されはしない。まして、愛し合うなどもっての他だ。
 そして、地下室には絶対に入ってはいけない。生まれ落ちた時からたまにうるさいから耳が腐って捨てたくなるほど口うるさく言われ続け、成長と共に親へ反抗心を持ったり、自我が芽生えるのは人間として自然な原理だ。
 いつか、成長するにつれて子が親を超える時が来るのだ。
 駄目、止めろ、言われれば言われる程に芽生える反抗心。
 父は母親を亡くしてからより一層自分へつらく当たるようになり、生傷が絶えない日々が続いた。本当にこのまま殺されるのではないかと、感じた事のない死の恐怖を目の当たりにし、家から逃げ出した時もあった。
 そんな時、自分を匿い、助けてくれたマーレ治安当局の自分と大差ない年齢の男と出会うのだった。

 家族という温かく、ささやかな日常は、ここにはない。それならまだ腕章をつけられて宛がわれた領域。だが、それでも慎ましくささやかな暮らしをする悪魔の民族だと父親が忌み嫌う人間の方が、遥かに幸せに見えた。自分に纏わりつくのはろくでもない人間と香水臭い無駄に育った胸を押し付けてくる、連中ばかりだ。

「ジオラルド様!! お待ちしておりました!!!」
「ジオラルド様、ぜひうちの娘と会っていただきたいのですが」
「ジオラルド様、見ない間にすっかり立派な男性になられて……女性が放っておかないでしょう。今晩、ぜひどうですか?」
「ジオラルド様、先代の悪の民族を打ち滅ぼした血族の方とこうしてお話が出来とても光栄ですわ」
「ジオラルド様、ぜひあなたのお世継ぎは私と……」

 自分が生まれた時、確かに母が与えてくれた下の名を呼ぶ人間は居ない。誰もが二千年前のその呼び名で自分を呼ぶ。いい加減に二千年前の歴史書なんて全て許されるのなら燃やしてやりたいと思った。いちいち作り笑いを浮かべるのも、女の吐き気がする香水の匂いもうんざりで苛々して限界だ。
 耳も鼻も目も捨てれば、何も感じなくて済むのだろうか。これでは生きていると言えない、求めている自由など、はるか遠くに霞んでいくばかりだ。

 争いを好まない温厚な性格でもある自分がどんどん作り笑いの裏に冷め切った感情を隠した人間に変わるのにそう、時間はかからなかった。
 マーレ人とエルディア人の遥か昔の恨みあいにも、自分の祖先がその戦いを終わらせたきっかけになったとその肖像画を見せられうんざりした頃、研究員でもあるジオラルド家の現当主である父親が妻に先立たれた寂しさから逃れるように、いつのまにか日替わりで愛人を囲い、巨人学会を創設し、来る日も来る日も実験にのにのめり込むようになった。
 実験だ学会だ女だ、何だと没頭するうちに次第に家を空けるようになり、そこに反抗期真っ只中のこれまで押さえつけられてきた自分が何もしないわけがない。
 色々楽しみ、青春盛りの若さを縛る枷が外された瞬間、望んだ自由に外へ飛び出したのはごく自然の事だった。

「エレン!! エレーーン!!」
「おい、大声で呼ぶな。そんなに何度も大声で呼ばなくても聞こえる」
「煙草だ!! 早く、よこせ、よこせ、あ〜〜ヤニ切れでイライラするなあのクソ親父」
「全く……お前の父親に見つかったら俺は即処刑だろうな」
「あぁ〜大丈夫、大丈夫っと、あの変態科学者ならどうせ愛人の女共とよろしくやってるよ。俺の事なんて眼中にねぇだろうな、俺はお世継ぎで先祖代々一度も生まれた事が無い女の子を産んでもらえる相手とハメりゃあいいわけだからよ」
「お前は……それでいいのか」
「いいさ、いや、どうせ俺は家業は継がねぇ。だから女なら……後腐れの無い肉体だけの関係で十分だ。もうこの世界には心底うんざりした。マーレが数千年前の昔に蹂躙されたからと言って、俺達が今エルディア人に蹂躙されているわけでもないのにな。自分達がしたことを今度はエルディアにやり返ししてるだけじゃねぇのかよ。そんなんじゃあいつまでも憎しみの連鎖は止まらねぇよなぁ。あの家は相変わらず自分達エルディア人がマーレ人に行った過去の罪を償うためにとかなんとか、……今はもうエルディアに蹂躙されたマーレの人間は今はもう誰一人として生きちゃいねぇのにな。会う度過去の償いだ〜とか何とか、壊れたラジカセのようにな……」
「災難だな」
「お前、俺の生い立ち聞いて笑って楽しんでるよな?」
「そう見えるか?」
「いや、ごめん、嘘だって」
「冗談にしては、笑えないな」

 世間から隔離され安全な地を抜け出しては、暇を見て自分の目で、何故悪魔の民族と彼らは忌み嫌われて言われているのか、単純に興味を抱き、ちょうど俺の護衛にあたる中で他のやたらとへりくだりへこへこして自分の昇進を次期当主である自分へ、頼み込むかのような治安当局のこびへつらう人間が多い中で彼だけは違ったのだ。

 エレン・クルーガー。稀に見る美丈夫だが当の本人は深く帽子をかぶり、不愛想で何を考えているかよくわからない治安当局員の人間。
 家出した自分を匿って手厚く治療してくれた男に心を開いたのは初めての事だ。
 その日から、1人、一日を過ごすことが多かった彼は彼を時々話し相手兼護衛として傍に置くことにした。彼が担当の時だけ、自ら頼み込んでエルディア人の歴史についてやたらと詳しい彼に教えを乞うたのだ。
 世間知らずの次期当主にはなりたくなかった。
 幼少の頃から腐ったものにふたをされ続けて来てそして彼が自分の目で知りたいと、そう望んだのだ。
 エレンは真顔で平然と恐ろしいことをやってのけ、エルディア人への厳しい監視業務もこなし、マーレに仇なす者をこれまで幾度も壁から突き落としては「楽園へ送っていた」のだ。女だろうと、子供だろうと、平等に、そして淡々と。
 そして彼は楽園が見える景色の場所までたまに連れ出してくれた。

「お前のお陰で俺もだいぶエルディアの歴史とかなんとか詳しくなったと思わねぇか?」
「本当にお前はおめでたい人間だな、お前に教えた話などまだ氷山の一角に過ぎない。まだまだだ」
「そ、そうかよ。なら、もっと教えてくれ。そうだな、俺の権力でおまえを出世させてやるから。な?」
「……そういうものなら、俺には不要だ。お前はマーレ人だろうがエルディア人だろうが深く考えない、貴重な人間だ」
「お前のそれは、ただの世間知らずの戯言だ。カイト」

 所詮は世間知らずで金しかない自分の甘い戯言だと、同年代よりも落ち着いた風貌を持つ親友は夕日を眺めながらそう呟いた。

「この島は不気味なほど静かだな。本当に、王様が築いた三重の壁があって、それで、悪魔の末裔がひっそり暮らしてるのか?」

 そう呟いた男は柔らかな色彩の髪を風に委ねた。この島には悪魔が住んでいる。いつか滅ぼさねばならないのだと、大陸を離れ小さな島にとどまった楽園を見つめる。

「この島の住人は、周りを巨人に囲まれて、逃げる事も壁を出る事も知らずに俺達がこうして呑気に沈む夕日を眺めながら愛と平和について煙草スパスパ語っているとは、思いもしないだろうな」
「お前に煙草を教えた責任の為に毎回島まで気分転換に連れて行けとは本当に困った当主だな」
「シー……お静かに」

 ただ、誰も傷つかず、悲しまずに済むのなら、自らのこの立場を生かし、どうにかならないものか、いつも自分の警護は名ばかりで、今はよき話し相手の大事なたったひとりの、友人に相談していた。

 ここからは見えないが、彼のジオラルド家の祖先に打ち滅ぼされ、内側から反乱が起きた事で、巨人の力の大半を失ったエルディア帝国145代目カール・フリッツ王。彼は他の王とは違っていた。始祖の巨人を継承する前からエルディア人同士の戦いを憂い、迫害を受けるマーレ人に対して心を痛めていたらしい。
 島に移る際には彼の祖先に対しこの世界を支配した最強の「始祖の巨人」の能力を使わないと言ったそうだ。
 それが「不戦の契り」だが、その能力を使わないと言っておきながら、もし島に余計な干渉するなら大地の生きとし生きる生命全てを平らにする「地鳴らし」を、行うと。
 それだけを告げ、同じ血を持つエルディアの民を引き連れ、非エルディア人である現マーレに在住するマーレの血の混じるエルディア人は置き去りに、そして、マーレに取り残されたエルディア人たちも過去の迫害を恨むマーレ人と同等に島の悪魔を恨んでいる。
 島の人間は「悪魔」と呼ばれ、百年にわたり沈黙を続けるこの国に対し、その憎悪は膨れ上がるばかりだった。人は、先代のカール・フリッツ王が告げた「地鳴らし」の脅威を知らない。
 マーレはとうとう世界大戦に勝利すべく島を攻め滅ぼすこと、行動を移す事になる。

 三重の壁を築き未だに沈黙を保つこの島。この島で、巨人化できる遺伝子を持つエルディア人はことあるごとにマーレへの反抗の意志がある者は非マーレ人として大罪人として連れて行かれここで巨人にされるのだ。
 そして、罪びとは半永久的に荒野を彷徨うの。この島の壁の外にはおぞましい数の巨人で溢れている。この島に近寄れるものは居ない。巨人にでもならない限り、島の中心にある三重の壁で今も沈黙を保つ始祖の王へ近づくことは出来ない。

 同年代なのもあり、その感情の無い瞳は自分にいろんなことを教えてくれた。その目が死んでしまったのは、恐ろしい過去の記憶がもたらしたものだと言う事を知らずに。
 彼が恐ろしい呪いを受け、余命幾ばくもない事を。
 その過去も、彼が抱えた痛みも、結局は最後まで彼が明かすことは無かった。

「エレン、頼みがある」
「今度は何だ」
「俺を……。亡命させてくれ。この島に」
「そうか……」
「惚れた女が楽園送りにされた。俺のこの名前のせいで……」

 たったひとりのかけがえのない友人に頼み込んで。駄目だ駄目だと言われれば言われる程、逆らえば殴られ蹴りつけられ踏みつけられながらも頭を下げながら中指を立てて続け、いつかこの手で自分がこうしてこのくらいの高い身分として生まれたのなら、この権力を持て余すような。
 いい年して自分の年代よりもはるかに歳下の女に亡き母親の温もりを求め縋る様な父親にはなりたくない。自分はたった一人の人間に執着はしない、まして女など、女は単なる欲望を満たすだけの存在でいい。そう、思っていたのに。今もあの出会いを悔やむばかりだ、あの出会いさえなければ、彼女は両親を殺される事も、楽園送りにされる事もなかった。全て自分が招いたこと、悪の民族を忌み嫌われる島から見捨てられた悪魔の残党が何故今もこうして迫害を受け続けるのか、知りたかった。迫害を受け続ける彼らは迫害を受ける様な罪を、エルディアの悪魔は生きているだけで罪だと吐き捨てた父親の言葉を、否定したくて。

「あんた、殴られたのか」
「放っておいて」
「そういうわけにはいかねぇよ、家まで送ろうか」
「は……随分安っぽい口説き文句だね。そうやって、私をどこかに連れ込むつもりなんでしょう?」
「そんなことはしない、ただ……その傷は放置するのは危険だから、アルコール消毒くらいはな、一緒にどうだ」
「は……そんな口説き文句、初めて聞いたわ」

 エレンとの出会いは彼を変えた。エルディア人だろうがマーレ人だろうが、いい人もいれば悪い人もいて、血や過去の歴史などは関係ないのだと、知ることが出来た。エルディア人に興味を持った。彼らは自分と何ら変わりない同じ血が流れる人間だった。ただ巨人になるか、ならないか、単純に、それだけの事だと思っていた。

 人目を忍んで、エルディア人に成りすましエルディアの収容区の街を遊び歩くのは閉じ込められたうっぷんを抱えた肉体にはちょうどよかったのだ。
 誰もが酒を飲み、夢を語りマーレ人たちと同じように収容区の中で、制限されながらも思い思いに暮らしていた。しがらみの中、行きずりの年代の近い少女と彼が恋に落ちるのに時間はかからなかった。彼はエレン以外の人間に初めて心を許したのだ。
 これが自分が求めていたものなら、愛なら、何て心地がいいのだろう。

 それが運命の出会いで、後に彼を島へ追い立てるきっかけとなるのだ。
 毎日踏みしめるのは豪華絢爛な古より伝わる歴代の宝を飾る廊下、ジオラルド家の屋敷とも城とも言える堅い絨毯の感触ばかりを踏みしめ、この廊下を突き進んでも真実は得られない。
 何の不自由もないこの生活を送るだけでは世界を、歴史を変える事は出来やしないのだ。
 宿命が変えられないのならば、目の前で今繰り広げられている惨劇は……。何だと言うのだろう。ただ空に浮かぶ目の前の限りない自由を求めて。無邪気な子供が喜ぶだけのつかの間の時間さえも許されない。

「忘れるな、ヤツらは巨人になる。そしてさっきまで共に語らっていた人間に襲い掛かる「悪魔の末裔」なのだ」と。
 過去に民族浄化と言う残虐極まりない大きな罪を犯した人間達、ならばそれは今を生きる当時の住人ではないと言うのに虐げられるのか。

「助けて!! いや、いやあぁっ!! カイト、どうして、どうして私を騙したの!!」

 収容区に自分が好奇心で入ったばかりに、自分と出会い、恋に落ちた事で、マーレの人間と通じた罪は彼ではなく、悪魔の末裔である彼女の両親。その両親と共に楽園送りにされる彼女、だった。追いかけるのを止めたのは、それも彼だった、彼女は自分と会ったばかりの、宿命だったのだろうか。

「待て、行くな。お前が抜け出した事も見つかる」
「こんな、ことがあって……いいのか」
「これがエルディア人の現実だ、お前も父親に狙われている、国中がお前を探している。お前は早くこの国から逃げろ」

 次期当主の男がエルディアの人間と通じた事を聞きつけた彼の父親が鬼のような形相で、殴り込みに来たのは当然の事だった。友人は逃げろと言ったが、彼は最愛の女を奪った父親に対してこのままのんきに逃げるつもりは一切なかった。逃げる気は顔面が変形するのではないかと思う程強かに殴られ蹴飛ばされ、そのまま地下室の階段を転がり落ちながら、彼は自分の死を悟るのだった。

「さんざん俺の立場に恥を晒したな、このクソガキ。今までどれだけお前に不自由ない暮らしを与えたのか、その恩も忘れてよりにもよって、悪魔の民族と情を通じるなど……お前は一族の恥だ、やはりその身体に流れる血はお前の母親と同じ悪魔の血だな、エルディアの悪魔め。お前はここで母親と同じ方法で、この世から抹消だ」

 殴られながら無理矢理連れ込まれた地下で男が見た光景は、思わず目を覆いたくなる光景だった。

「か、あさん……??」

 絶対に立ち入る事を封じられた地下に投げ込まれるように。男の目の前で信じがたい光景が、広がっていた。そこには確かに美しい面差しをした自分によく似た瓜二つの顔をした母親だった筈の人間が、醜い巨人として隔離されていたのだ。
 人間が今は何とも巨大な醜い巨人として拘束されて生き長らえていたのだ。まさか男は絶句し、全てを悟った。ここで巨人化させられ、一生飼い殺しにされていたのだ。ここに巨人が隔離されているなどと知れば、マーレはたちまち大混乱に陥るだろう。初めて目にした巨人の姿、おぞましさにエルディア人はこの醜い姿が本体なのだと、知らされ絶句した。
 そして、気付いた。

「親父……俺にも……。エルディアの血が、流れているってことか……」

 ジオラルド家の代々行われてきた人的非道なおぞましいその過去を。彼は身を持って目の当たりにしたのだった。

「初代ジオラルド家当主。彼女が存命していた時代、巨人化の起源とされる大地の悪魔と契約した始祖の巨人、ユミルがなったとされるすべての始まりである「原始の巨人」をマーレは島に引きこもり我々では手出しが出来ない。ならば、その巨人を、マーレの技術でこの世に蘇らせるために。始祖の彼女は自ら非検体とし、ジオラルド家の血にエルディアの血を少しずつ混ぜる事で我々はこうしてエルディアの血を体内に取り入れながらもマーレを栄光へ導いた英雄の末裔として繁栄し、いつか生まれる女児に原始の巨人の胚を植え付け、エルディアの悪魔と呼ばれる始祖ユミルをこの世に実体化させるために今まで秘密裏にここまで隠してきたのだ」
「何のために……人工的に遺伝子操作してその、「原始の巨人」を作るなんて、そんな、悪魔みたいなことを、マーレがやるってのかよ」
「お前が知る必要はない。もうお前の役目は不要だ、初代ジオラルド家当主の願いは虚しく何故か生まれるジオラルド家の子は皆、男児ばかり。そしてお前が生まれた。あまつさえ、お前の母親は他の男とも関係を続けていた淫売だ」
「やめろ。親のそういう事情を息子にわざわざ話すなよ、意味が分かるから余計に知りたくねぇや。お前は母さんがエルディアの悪魔だから、産ませるだけ産ませて、生まれたのが俺だったから。産んでしまえば後は用済みだったんだろう? 釣った魚に餌をやらなきゃ女だって欲求不満で逃げたくなるさ、こんな無駄にでかい家で閉じ込められて、娯楽も何もない」
「男児しか生まないエルディア人に用など無い。これがエルディアの悪魔の本性だ。奴等は俺達と違いこんな醜い化け物になるしかないのだ。それは、カイト。お前の身体にも流れているもの、お前もここで、醜い巨人として生きる淫売女と共に永遠に飼い殺しだ。醜い姿のまま生きていけ、所詮、悪魔の子は悪魔だ」

 信じたくなかった。自分の母親が父親以外の人間と情を通じていたなど、しかし、その母親を放置していた父親も父親だ。

「お前も今同じ存在にしてやる。動くなよ」

 そうして、向けられたその注射の中の液体が何かなど、聞かなくても分かる。その液体が巨人化能力の注射薬だと、知っているからこそ。

「うるせぇ!! お前なんか、もう父親だとは思わねぇ……あいつはもう俺の腕の中に、返ってこない、本当に初めて、だったのに、誰かを、こんな風にすきだと、守りたいと思った女はあいつだけだ!! てめぇこそ俺はもう殴られて蹴られまくりの小さいガキじゃねぇ!!」

 自分は怒りのままその注射を逆に怒りに任せて父親へ突き刺していた。いつの間にか背丈も体格も何もかもが父親を超えていた。暇を持て余し肉体を鍛え自ら高めた肉体で彼は父親を殺し、そして、巨人化した母親を燃やして、自分も、そのままこの呪われた血をエルディアの悪魔から始祖の巨人が持つ全ての巨人を支配し、世界を討ち取る能力を奪うためにこんなおぞましい実験を繰り返していたのか、しかも……自分達の遺伝子を利用して。この意味の分からない先祖代々続くおぞましいこんなこと、狂っている。神でもないのに、許される事ではない、人の身体をまるで玩具のように弄繰り回して。

「こんなのが、あってたまるか、許されていい筈がねぇ、俺も、お前らも」

 巨人は捕食しなくても半永久的に生きるそうだ。久方ぶりに見つけた人間に嬉しそうに手を伸ばしてくる美しかった母親の面影はもう何処にも感じられないし、もう……あの母親が戻ってくることは無い。
 男は自らの命もここで潰える事をこの一族を自分の代で根絶やしにする事を決め、そして彼は自宅にそのまま火をつけたのだ。

「これでいい、これで……すべてが終わる」

 燃え盛る炎の中で、彼は燃えていく父親の死体と巨人化した母親を自らの手で燃やし、そしてこのまま自分も灼熱の炎の中で消えていくことを望んだ、その筈。だったのに。

 燃え盛る炎に包まれていた身体が消し炭になることは無かった。自らの命を絶つことは許されないのだと、まるで、与えられた宿命に従い最後まで全うしろと。
 気付けば、壁上から見える三重の壁の一番突出した壁の上に居た。夜の壁上は吹き荒ぶ風が冷たく感じられた、気付いた時にもう自分は楽園の行きつく果てがそれは、遥か気の遠くなるほどの何代にも渡る遠い自分の祖先の話だと知る。
 昔の先祖は勇猛果敢に巨人大戦に挑み勝利をつかみ取り生き延び、そしてこの国に巨人を持ち込んだ。
 その日から、この国は巨人を継承し、やがて「マーレの戦士」と呼ばれる
 そうだ。がどうだこうだと言われても、自分には縁のない遠い話だと思っている。

「なぁ、お前もそう思わないか、エレン」

 血塗られた一族の使命とか、背負わされた命など、そんなものはどうでもよかった。
 ただこうして与えられた命があるのなら、ただ無駄に消費することなく、人は生まれながらに必ず何か役目を持って生まれてきたと、言うのなら。その命をもってこの長い長い昔の争から生じた憎しみの連鎖が。いつか消える事を、ただ願っていた。

 二千年前。マーレ人を徹底的に迫害し、壊滅寸前まで追い込み、そして民族浄化を繰り返してきた暗い歴史は事実かどうか、定かではない。
 エルディア帝国とマーレ大国ではその歴史は双方食い違っており、その事実は今は闇の中に閉ざされたままだ。
 迫害を受け続けるマーレに残されたエルディア人、壁の王に見放され、収容区で細々と時に、管理局に気まぐれの玩具にされそして、幼い夢見ていた可愛らしい少女がまたひとり、その儚い命を散らした。

「カイト、俺は、お前は望み通り壁内で暮らし、そして、この壁で暮らすエルディア人がどのような人間か、探れ」
「お前は、どうするんだよ、何で、ここまで俺に、それに、どうやってここまで辿り着いたんだ?」
「カイト、また、すぐ会える。俺は俺ではないかもしれない姿になっているかもしれないが、必ずお前とまた会えそうな気がする。俺じゃなくても、俺の代わりの俺に、その時は、必ず分かる筈だ。俺は、お前がジオラルド家のカイトだからこそ、ここまで連れて来たわけではない。エルディアとマーレの間に行き交う悲しみの連鎖を断ち切る、お前の言葉に俺は心底救われた。そして、希望を見出すことが出来た。新らな希望なら。お前が作れ。この狭い、壁の世界で」

 それが、友人と交わした最後の言葉、だった。
 だが、またすぐに会える、その言葉を信じ彼は壁内へと潜り込み、見つからぬよう、そのまま浮浪者で溢れる王都の地下へと、そのまま流れつく。そして、彼は手にする、壁内の人類の恐ろしい事実に。王に記憶を改竄された者達は信じていたのだ、この壁の外には巨人しかいない、そして、その巨人の領域へ挑み続ける自由の翼を持つ、彼らの存在の事を。

「あんたが――……カイト・ジオラルドか」
「何で、お前が、その名前を知ってやがる……」
「は、え?、いま、何故、急にあんたの、名前が」
「まさか」
「(俺達は……同じ、生き血の通う人間だ。なぁ、そうだろうエレン……。お前、そこに居るんだろう、お前には……俺が見えているのか)」

 その声を最後に焼き付けて、ゆっくりと目を閉じた。呼びかけた声は誰に聞かれる事もなく、かつての「友」へと。今は亡き友の行方を知る者はもう誰も居ない、彼は死んだ、自らの正体を明かし、そしてその思いは新たに継承された男へと。
 死に際に自分の人生が見えると言うが。それはあながち、間違いや嘘ではないらしい。
 これまでの半生が走馬灯のように巡るのは事実だった。全身から込めた部分からゆっくり力が抜けていく。
 有無を言わさず、そして振り返る。ただ、その自分の「名」が持つ権力や歴史や使命。意味の分からないものにばかり支配されていたんだと今になって感じる。

 ー「見えているさ、全部グリシャ越しに見えていた」
「エレン……お前……か?」

 カイトは、グリシャ越しに、グリシャはカイト越しに彼を見ていた、二人を繋いだ人間が残したもの、二人が同じ時期に家を建て、同じ時期にシガンシナ区で居を構えるのは必然だった。

「お前が望んで自らここに辿り着いたんだろう。この島に。それで、昔の答えを教えてもらえるか?」
「あん?」
「国を捨て、ジオラルド家の名も捨て名誉や、全ての使命もこの先の安泰した暮らしも、何もかも捨てた何もない、ジオラルドではない男として、楽園に辿り着いた意味は、あったか? マーレにいれば巨人の恐ろしさも知らずに居られた、無様に散ることも無くな」

 死に際に見せた次に見た光景は懐かしい世界だった。よく自身の職務を放棄してはこうして無茶を言ってこの壁の上から沈む夕日を眺めたものだった。

「あぁ、あったよ、確かに意味はあった。愛の意味を知れた。可愛い大事な存在に……全て教えてもらえたよ。それに、愛の中で生まれた愛が、また新たな愛を。産んで、その愛は、後世へと継がれていくことも、その中にはお世継ぎとか、マーレ人だろうがエルディア人だろうが関係ないんだ。本当の、何のしがらみもない、本当の家族に、俺は会えた。俺は、この島に来てよかった。だからこそ、マーレの奴らに島の悪魔だとか、攻め滅ぼすとか、まして、ユミル・フリッツが契約を交わして当時なったと言われている原始の巨人をこの世にもう一度、巨人科学の力で復活させる。そんな計画なんて、しなくていい。あの島は誰も侵しちゃいけねぇんだ」

 この身体は天から授かった魂が宿る借り物で。いつかは返上しなければならないもの。それが遅かれ早かれ、いつか自分も二千年の歴史が紡がれてきたように、そして土に還るだけ、それだけの事であって。決して悲しくはない、また、この景色を見ることが出来て嬉しい気持ちが溢れていた。

 この世界は、いつ、争いをやめるのだろう。
 壁の中の悪魔の末裔と忌み嫌われ、外側から攻め滅ぼされる恐怖すら知らない凪の中で、マーレ人と何ら変わりないというのに、たった二千年前の歴史の上に起きた出来事に縛られ続けている。
 双方異なる歴史の解釈の中で、求めているものはただひとつ「始祖の巨人」が持つとされる「座標」の力、その無敵の力があれば、マーレは事実上この世界の支配者となるのだ。

「グリシャ、産まれたんだな、名前は?」
「エレン、エレンだ。カイト」
「そうか、エレン……俺はカイトだ。また会えて嬉しいよ。よろしくな。少し歳は離れてるが、俺の娘とぜひ、遊んでくれよ」

 自らの最期の前に。死の淵の間際で思う。これが、自分に課せられた宿命なのだと。託すべき時が来たのだ、未来へ、この手には未来が見える。
 自ら望んでこの島に来た日のことを思い出す。そのきっかけとなった。母親も、楽園送りにされた恋人も、みんなマーレだって悪魔の化身、争いは消えない。

 自らの選択肢に問いかける。古の歴史にこの世界は縛られているのだと気付いた事でこの運命を変える事は出来た。
 二千年前の今はもう遥か昔の遠すぎる出来事。だと言うのに、人類はその歴史に今も縛り続けられている。自分は知っている、血とが人間とかどうとか、そんなもの関係ない。今まで悪魔の末裔と罵られてきた民族は壁の中でしっかりと、自分達の楽園を築き上げていたのだ。王が持つ始祖の巨人の能力だろうか、壁の外には人類が居ると、その情報だけがスッパリと抜け落ちて。

「ジオラルド家」は生まれながらにして、死よりも重い使命を背負っている。そのしがらみの中で生き続けていた。それが、生まれながらに与えられたものだと、言い聞かせるように。
 祖先の女当主は勇猛果敢に長い髪を切り落としエルディア人でありユミルの民だけが行使できる巨人の力を奪い返し、戦果を挙げた。そして自ら巨人化の原理を解き明かし、自分を実験に使い、あらゆる知恵を与え、今日の巨人学会の礎を築いた。

 彼女は始祖の抜け殻から採取した細胞から同じ原始の巨人の遺伝子を作り上げ、その肉体を宿す自身と同じ魂を持つ女児を待ち続けているのだ。今も。ここではない場所で。

 巨人化できる呪いを受けたエルディア人悲劇の連鎖を食い止めるには、巨人化できる力を持つ彼らをこの世から根絶させることでした。
 その使命を背負う事になった。マーレはある計画を密かに進めていた。
 ジオラルド家は始祖ユミルが初めて巨人化した際に見せた「原始の巨人」になれる遺伝子を持つ人間をこの世に、蘇らせる研究を始めた。
 始祖ユミル・フリッツにしか干渉できない、「原始の巨人」が持つ能力をこの世に甦らせるために。

「彼は悪魔の末裔の未来を憂い、エルディアに寝返りました。彼はマーレに欺き、「原始の巨人」再生計画の当時の代表者であった父親を殺し、家を燃やして何もかもを捨て去りパラディ島へ亡命したのです。彼の写真を渡す。この当時よりもかなり老けているだろうが、もし、カイト・ジオラルドに遭遇したら「始祖」と共にマーレに連行しろ。
 万が一、あの島で悪魔の子を宿した場合、その赤子が男なら悪魔の子として壁内の人間と同じように殺して構わない。だが、その子供がもし女児だった場合……何としてもマーレにお連れしろ。彼女は我々マーレを救う、神より遣わされた初代当主の復活の贄となるのだ」

――Diese Person, wieder die Erde der Welt
Wenn Sie von einer großen Katastrophe überrannt werden.
Wachen Sie von sich aus wieder auf,
Es wird dieses Unglück versenken.
Frag mich nochmals,
Mit diesem Arm sinkt übrigens die Verzweiflung

そして私は生まれた。
原始の巨人となる為に。
始祖ユミルは私の遺伝子を通じて
現世に再び蘇るのだ。
その為にジオラルド家の女児を私に捧げよ。

2020.09.22
2021.03.17加筆修正


prevnext
[back to top]