THE LAST BALLAD | ナノ
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#94 雷ノ槍

 互いが互いを睨み合ったままのウォール・マリア南突出都市・シガンシナ区を臨む壁上では緊迫した空気が漂っていた。1日の始まりを告げる朝なのに、照らす朝日は無い。曇天の空の下で決行される作戦。両者互いに様子を窺いながら悟った。退路が断たれたこと、そして、これから始まる消耗戦。ここでどちらかが死ぬまでエレンを巡って争うのだと。
 ウミはウォール・ローゼ南方にある訓練兵団で多感な時期の少年少女たちと共に過ごした三年間を思い返していた。多感な少女時代から父親と共に調査兵団の一員として壁外で巨人と戦い、血に塗れていた自分には到底味わえなかった青春時代を味わう事が出来たあの日。あの日は今となっては二度と帰らぬかけがえのない貴重な時間だった。
 見守り続けていたライナーとベルトルトとの別れ。自分達が故郷に帰れるように、そう励ましてくれた彼らが自分の帰るべき場所を奪い日常を変えたそもそもの因果であると知ったあの時の底知れぬ深い憎しみと、そして…大きな悲しみが今も焼き付いている。
 どんなに願ってもあの訓練兵団時代の日々は帰ってこないと少年少女たちは知って、それを受け入れてかつての仲間と戦う覚悟を決めたのだ。そして、今こうして帰りたくて焦がれた故郷で睨み合っている。
 自分に残された猶予。愛する人と共に生きて、残り僅かな生を謳歌したい。ウミの決意。そして自ら選んだ最後の場所。辿り着いたのは5年前と変わり果てた懐かしのシガンシナの街。
 思い焦がれたその街の一角で、自身の愛する者は容赦ない一撃でかつて共に過ごし見守っていたライナーの命を躊躇いなく奪おうとした。
 しかし、最愛のリヴァイの「人類最強」と呼ばれるその化け物じみた身体能力を持ってとしても、巨人化能力を得た戦士のライナーの命を奪うことは出来なかった…。
 彼は即座に項と心臓を貫いたと言うのに、果たしてどういう仕組みで人体急所でもあるうなじと心臓を狙われて尚も生き長らえていると言うのか、これが巨人化能力を得た人間の底知れぬ生命力なのだろうか。
 租の底知れぬ巨人化できる人間の自分達人間とは違う恐ろしさに、ウミは背後で自分達を見つめながらどこか嘲笑すら浮かべている獣の巨人の想像を超えるどこか王の風格さえ感じさせる風貌に圧倒された。
 何としても故郷を取り戻して真実を手にしなければいけないのに、それなのに、想像以上に立ちはだかる敵は強大だった。
 自分達は、一体どうなるのだろう、誰も死なずにウォール・マリア奪還出来るのだろうか。
 味方も援軍も居ない最悪の状況下で。
 足がすくむほど高い壁の上。そして、自分の目の前で貫かれたライナーの目つきとリヴァイの獣のような本性を剥き出しにしたその目つきに完全に委縮していた。

「ウミ、大丈夫……?」
「うん……平気」
「顔色が悪いよ、無理しないでね」
「ありがとう、アルミン……。でも大丈夫だよ、これくらい大した事ないわ。それに、新兵のあなたに心配されるなんて私も兵士失格ね。でも、アルミンの読みが当たったね」
「うん……だけど、僕がもっと早く気付いていれば……間に合わなかった」
「ううん、アルミンだけのせいじゃないよ……アルミンが思いつかなかったらきっとエレンは内門を塞いだ隙をついたライナーに狙われていた」

 もし、あの時リヴァイが居なくても、自分はライナーを躊躇いなく殺せていたのだろうか。本当に。
 ミカサこそ同期と戦う苦しさを抱えているのにエレンを守る為なら躊躇なく殺せるだろう、リヴァイもそう、それなのに自分はまだどこかで願ってしまう。
 またあの日々が帰ってくる事が二度と叶わない願いと知っているからこそ、余計に願ってしまう。
 普段どんな時も冷静なリヴァイが見せた、仲間を死なせてしまった時さえも見せなかった悔し気なその背中にそんなことを今も願う自分はとても声を掛けてやることが出来なかった。ここでライナーを仕留められなかったのは人類側にとってはかなり痛手だろう。
 ライナーがもしリヴァイの手で死んで居たら…。ウミはリヴァイがライナーを突き刺した時に見せた彼の同期でもある104期生のかつての友と戦い、そしてどちらかは死ぬ。だが仕方がないのだ、奴等は敵だ。

「ライナー……」

 ライナーが鎧の巨人と化して、このシガンシナ区に当たり前のように座り込んでいる。故郷を奪われた憤りは感じる。彼らが壊した壁の所為であの日々はすべて失われた。かつての同期と対峙するまだ若い104期生が心のどこかで残る友への未練を本当は誰もが隠して戦う決意をしたことを、彼らと三年間を共にしたウミも知っている。
 アルミンに支えられながら全員が壁上に立ち尽くし、互い互いに鎧の巨人と、背後では多くの巨人を引き連れた獣の巨人が鎮座しており動き出す気配はない。
 ウミはフードを深くかぶり直して周囲を見渡した。振り返れば周囲は壁に囲まれている。しかし、その目線の先には獣の巨人が呼び寄せたとする巨人たちがまるで壁のように立ち塞がり、先ほどウォール・ローゼを出発して自分達が通って来た戻る道は獣の巨人により完全い断たれた。シガンシナ区は投石攻撃により内門は馬が通れず、かといって馬で逃げようにも獣の巨人の配下の巨人たちが壁のようにその退路を阻む。
 調査兵団に退路は無い。自分達は完全に追い込まれた。

「エルヴィン……鎧が登ってくる」

 優秀な兵士は敵を仕留めそこなったとしても、すぐに次の作戦へ移れるように私情を捨て、感情を切り替えるべきである。ようやく普段の冷静さを取り戻したリヴァイがさっきから黙り込み険しい顔つきで作戦を練っているであろうエルヴィンに指示を仰いだ。
 強大な高質化の皮膚を持つ鎧の巨人へと姿を変えたライナーがストヘス区での戦いの際にエレンにより追い詰められた際に脱出しようとした女型の巨人の時のように、彼も硬質化の能力を用いて硬質化で尖らせた指先と足先で、助走をつけて走り出すと、そのままシガンシナの壁をよじ登り始めたのだ。とうとうシガンシナ区での決戦の開戦に周囲にこれまでにない緊張が走る。これは訓練ではない、実戦だ。

「総員!! 「鎧の巨人」との衝突を回避しろ!! 奴に近寄るな!!」
「了解!!」

 エルヴィンは自分達がこちらに来るのを待ち構えて静かにほくそ笑む余裕たっぷりな獣の巨人を見据えながらふと、獣の巨人の隣にいる巨人に目を向けた。
 獣の巨人の横には、四足歩行型の馬面の巨人が居て、その巨人は背中に鞍をつけてその背に樽や木箱などの荷物を抱えているようだった。
 向こうの装備か何か、兵器でも積載しているのだろうか。ウミもその巨人に気付きそっとエルヴィンに耳打ちする。

「ねぇ、エルヴィン、あの巨人……何か、普通の巨人っぽくないみたい。たくさん背中に荷物抱えてるし」
「気付いていたか……(あの「四足歩行型」荷物を運ぶ鞍がある。先ほど一斉に巨人化したものではないな……。だとすれば、あれが敵の斥候(せっこう)か? 我々の接近にいち早く気付きライナーらに伝えた……とするなら……)あの「四足歩行型の巨人」も知性を持った巨人だ。イヤ……もっといても、おかしくない。予想よりも敵の規模は大きそうだ」

 重量のある身体で全身を使いながら壁を登りこちらにむかってくるライナーもさすがに疲れが出るのか息を吐きながら登り続けている。その時、

「ウォオオオオオ!!!!」
「っ……」

 その時、まるでゆっくり壁を登る鎧の巨人を叱咤するかのように、背後で獣の巨人が高らかに咆哮を上げるとそのまま右手を振り上げ、勢い良く地面に叩きつけた瞬間、主である獣の巨人の拳に呼応したかのように2〜3m級の巨人らが一斉に奇妙な走り方で馬が待機してある場所に向かって走り出したのだ!

「動いた!! 2〜3m級ら多数接近!!」

 並んだ大型巨人より手前に居た小型の巨人達…奇行種が予測不能な動きで一斉に走り出した巨人にエレン達と共に獣の巨人と対峙していたハンジが警戒を促す声が響く。その様子を眺めながらエルヴィンは冷静に考えている、青い瞳は揺らがない。

「(ウトガルド城の襲撃の時と同じく……奴がまず狙うのは馬。敵の主目的は、エレンの奪取であるが。そのためにまず我々から撤退の選択肢を奪う。依然…巨人の領域であるここウォール・マリア領から我々が馬無しで帰還する術は無い。馬さえ殺してしまえば、退路を閉鎖するだけで我々の補給線は断たれる。一週間でも一ヶ月でも…動ける者がいなくなるまでただ待てばいい。敵は交戦のリスクを冒すことなく虫の息となったエレンを奪い去ることができるからだ……まさに今、敵の大型巨人が隊列を組んで動かないあたり。それ自体が檻の役割を担うものだと確信できる)」
「だ、……団長……鎧がすぐそこまで……!! それにベルトルトがまだどこにいるか……」
「あぁ、わかっている……(何より今、危惧すべき課題は「ライナー(鎧の巨人)」と「ベルトルト(超大型巨人)」に為す術なく馬を殺されることか……ならば……」

 ようやく考えがまとまったのだろう。ドンドン青ざめていく妻の顔を横目にリヴァイは指示を出すべく持ち前の大きな声を発するために息を深く吸い込んだエルヴィンに盛大に皮肉った。

「やっと何か喋る気になったか……。先に朝食を済ませるべきだった」

 残念ながらここに来て優雅なブレックファーストとはいかないようだった。いよいよ兵士たちが巨人との戦いの為に動き出す。
エルヴィンがそれぞれの班へ指示を出す。ウミも拳を握り締め、自分が重病人だという事を忘れ、兵士として与えられた決定に従うべく顔を上げた。

「ディルク班、並びにマレーネ班は内門のクラース班と共に馬を死守せよ!! リヴァイ班、並びにハンジ班は!!「鎧の巨人」を仕留めよ!! 各班は指揮の下「雷槍」を使用し 何としてでも目的を果たせ!! 今この時!! この一戦に!! 人類存続のすべてが懸かっている!!! 今一度人類に……心臓を捧げよ!!」
「「ハッ!!」」

 指示を受け壁から次々飛び降り内門を挟んで獣側とシガンシナ区側に分かれて散開していく兵士たち。ウミも初めて実戦で使う「雷槍」が想像以上に大きいと驚きながらミカサ達の元へ向かおうとしたその時。

「待て。リヴァイ、アルミン、」
「(リヴァイとアルミン? 何か重要なことでもあるのかしら…)」
「待て、ウミ。君もだ」
「え……?? わ、たし……も? どうして?」
「君たちがこの戦局を決める。リヴァイ班と言ったがお前とウミはこっちだ」

 覚悟を決め決戦の地と化したかつての故郷へ向かおうとしたウミに待ったの言葉を投げかけたのはエルヴィンだった。団長命令とあれば無視するわけにはいかない。束の間の瞬間でもいいからシガンシナ区の大地を踏みしめて戦いたかったのだが…。リヴァイも信頼に足るエルヴィンからの静止の言葉に怪訝そうに顔を上げればエルヴィンは何故精鋭の2人を敢えて鎧とエレン側に行かせないのか、その強大な敵を引き抜いた鈍色がその先を示した。

「……俺にエレンではなく馬を守れと?」
「そうだ。そして隙を見て、奴を討ち取れ。「獣の巨人」は……お前にしか託せない」
「……了解した。さっき鎧のガキ一匹殺せなかった失態は、そいつの首で埋め合わせるとしよう」

 獣の巨人を仕留めろ。エルヴィンからのその指示は訝し気に眉を寄せていたリヴァイだったがエルヴィンからの命令を受けたリヴァイは即座に頷いた。獣は俺が仕留める。ウミと言葉を交わすことなく、多くの兵士が犠牲になり、今残されている兵力の中で残された唯一である男は、エルヴィンの指示を受けて自分達とは真逆の壁の方向へとその場から飛び去って声を掛ける間もなく彼は去って行ってしまった。

「(リヴァイ……大丈夫。だよね……)」

 酷い胸騒ぎがする。彼が討ち取るにも精度の高い投石攻撃に、そしてあの体躯。知性を持った巨人との戦い、獣の巨人の本体がどんな人間なのか分からないからこそ恐れている。
 あまりのも強大な獣の巨人の底知れぬ笑みがたまらなく恐ろしくて…ウミはその背中に祈りを込めるしかなかった。もしこれが今生の別れかもしれない、そう思うと恐ろしくてたまらなかった。

「アルミン「鎧の巨人」用に作戦がある」
「はい!」
「人類の命運を分ける戦局の一つ……その現場指揮は、ハンジと君に、背負ってもらうぞ」

 ウミはエルヴィンがアルミンに静かに語り始めた作戦を耳にしながらも馬を守る為に走り出したリヴァイを見届けながら真下で登ってくる鎧の巨人を見つめていた。
 エルヴィンがアルミンに下した指示は敢えて敵の真の目的であるエレンを囮に使うと言う作戦だった。壁を登った後は鎧の巨人はすぐ真下の馬を狙うに違いない。そこに敢えてエレンをぶつけて馬からその気を反らす作戦だ。馬を失うのは多き痛手だ、ここで馬を失えば退路も断たれ、待つのは逃げ場のない消耗戦。ここで全滅するわけにはいかないのだ。

「ウミ、君は私とここで待機しろ。もし、リヴァイが――「エルヴィン。私はリヴァイ班の一員だよ。リヴァイなら必ずあなたの与えた指示通りにやり抜くはず。保険なんていらないよ、私も戦わせて。ここで何もせずに大人しくみんなが戦うのを見守るなんて出来ない。どうせこの先私は……どうせ死ぬ。今死ななくてもいつか、近い未来ここで潰えるのなら…それなら、……せめて、人類の、調査兵団の一翼として、私をシガンシナ区に眠らせて」

最愛の故郷を取り戻せるのなら、もし、何かを変えるのに何かを差し出せと言うのならこの命を差し出すまでだと。自分はこのまま死んでもいい。
ウミの揺るぎない決意を秘めた眼差しをエルヴィンはそっと告げた。

「駄目だ。君がそう簡単に、死ぬことは俺が許さない。君の経験が今までの君を生かしてきた。そう簡単に命を投げ出すな、」
「エルヴィン……」
「君の父親と母親に合わせる顔が無い。いや、もう俺はもう誰にも合わせる顔はない。もう生き残りの精鋭はリヴァイ、ハンジ、そして君だ。戦況を見て、獣側か、鎧側か…どちら側が困窮しているか判断して補助に回って欲しい。どちらにせよ、もし鎧を仕留めても、未だ潜んでいる超大型が居る以上、危険なことに変わりはない。獣がまた仕掛けてくる可能性もある。万が一、この二つの、戦局がどちらも潰えたのなら…君が最後の希望になるんだ」
「エルヴィン……」

 それは、こんな自分にはあまりにも重すぎる責任だった。どちらにせよ、いつ死ぬか分からぬ身で、最後の託された希望。その言葉にウミは身が引き締まる思いだった。この2つに別れた戦局の狭間に自分達は居る。自分の判断でこの戦況を見極めてどちら側に着くか、その選択肢が自らの手に委ねられたのだ。まだふたつの戦局の結末は見えない。
 ウミはエルヴィンの指示を受けてシガンシナ区へ降りていく5年前の彼とは違い勇敢な眼差しをしたアルミンへ声を掛けた。

「アルミン!!」

 嫌な予感がした。消えない。もしかしたらもう会えないかもしれない。様々な思いが巡る中でウミはこれは訓練ではない、生き残りを賭けたサバイバルなのだと、胸に刻み込む。
時間が無い、口早に信じてかつて親代わりになろうとした今はもうすっかり兵士として成長した、彼を精一杯送り出す。

「アルミン、本当に……気を付けてね……!」
「ウミこそ、無理しないでね……その身体で「雷槍」なんて使っちゃダメだよ!!」
「アルミンこそ、落としたら危ないから、ダメだよ」
「僕たちには雷槍は扱いは難しいかもしれないね…」
「うん……そうだね、でもアルミンにはその頭があるから……大丈夫だね」
「ウミ、」

 まだここで散るには若すぎる。彼の持つ頭脳を優しさがここで潰える事が無い様に、ウミは願いそして彼の笑顔を焼きつけた。いつも苛められていて、その度にミカサとエレンと助けに駆け付けていた記憶はもう懐かしい過去の記憶へと変えて。いつの間にか背も自分より追い越し、兵士としてあんなに逞しくなって。自分が心配されていてはベテラン兵士の面目まる潰れた。

「アルミン、分かってるよ。一緒に、海を見に行こうね…嘘つきじゃないって証明するんだよ!!」

 もし、ライナーが馬を選んだ場合…巨人化したエレンはそのままライナーへ回り込んで「獣の巨人」の背後を追い掛ける。リヴァイらの兵力、そしてエレンで「獣の巨人」を挟み打ちにして叩く事になる。
 アルミンの指示を受けたハンジ達が鎧の巨人がこちらをへ来るのを想定して作戦会議を開いている間も鎧の巨人はウミとエルヴィンの元へひとつひとる足と手を伸ばして迫る。

「そう上手くいかなくても エレンに逃げる動きをされたら、敵は混乱して包囲網を崩すしか無い。ライナーがそこまで読めるかどうかだけど……」
「おそらく奴なら……考え至るでしょう」
「よし! 鎧をシガンシナ区内で迎え撃つぞ!!」

 行動を起こしたハンジ班と班長の居ないリヴァイ班のメンバー達にアルミンが警戒を促す。

「あ! 待ってください!! もう一つ危惧すべきことが――……「超大型巨人(ベルトルト)」がまだどこかに潜んでいます」前回エレンは鎧をあと一歩のところまで追い詰めましたが……「超大型(ベルトルト)」の強力な奇襲を受け、連れ去られるに至ったのです。単純な対策ですが壁から離れた位置で、戦いましょう」
 ようやく壁上に登った鎧の巨人。その巨体が壁上から見渡す姿は恐らく壁下に居る全員にも見えている筈だ。周囲に兵士たちはすでに散開した後−その場にいるのはエルヴィンとウミ。

「エルヴィン、下がってて、」
「君こそ重病の身で危険だ。下がりなさい」
「でも……」
「君はここにただ突っ立っていろと言う指示はしていない。君がここにいる理由を理解してもらいたい」
「そんなの、分かってるわ……」

 しかし、司令塔である隻腕の彼に危害が及ぶなら自分が彼を守らなければならない、彼を失う事はこの壁内人類の大きな痛手だと言うのに彼はリヴァイの脅し文句にも屈しずここまでついてきたのだ。

「エルヴィン、私の病気の事はもう触れないで。症状が出ない限り私は兵士として最後の一人になるまで戦うから……」

 揺るぎない決意を。ここに来た以上は最後まで戦うと決めた。例え馬を殺され退路を断たれたとしても。

「万が一……馬を失い、獣に敗北し、鎧に「雷槍」が通じなかった場合」
「万が一の敗走の準備が出来る為に私をここに残したの……?? そう、なら……エレンを連れてあの子に乗って……動ける者達でストヘス区まで退避するわ……そして、増援と補給物資を持って……また戻ってくるから」

 スラリと剣を引き抜くウミの険しい顔つきがこちらを睨んだ。それに気付いた鎧にウミも警戒を強める。彼に聞きたいことは山の数ほどあるからだ。

「真実を確かめるまでは死ねない、そうでしょう? エルヴィン」
「……あぁ、」

 しかし、ウミとエルヴィンには目を向けず、ライナーはすぐ真下の馬が集まっている場所を確認しているようだ。やはり、エルヴィンの先ほどの読みは当たったようだ。

「(いた……。あの1か所に固まっている。あの馬を殺して、ウミを戦士長の元へ連れてここから離れる。それだけでいい……リヴァイ兵長がどれだけ強かろうと、俺達の戦士長には到底敵わないのだから)」

 リヴァイに危うく命を絶たれかけた巨人化した体の中。ライナーの本体の首に刺さっているブレードを見つ目、力を籠めるとリヴァイが突き刺したブレードが肉質な音を立てて抜け落ちた。

「(だが。さっきのは危なかった……ウミに気を取られて上空から襲ってきたリヴァイ兵長に気付かなかった。あの時……脳機能を全身に移すのが一瞬でも遅れていればあのまま即死だっただろう。……しかし、何だって「壁の中」なんて調べようと思ったんだ。アルミン…お前の判断か? イヤ……もういい、長かった俺達の旅も、ようやくこれで終わる……)」

 壁の中がどうなっているかなど、壁内の人類は知らないと思っていた。これはライナーの誤算だった。もし、自分があの場でリヴァイに殺されていたら最終手段として自分が倒れた時の最終手段に隠してあるベルトルトが予定より早く超大型巨人の力を使わなければいけない事になる。超大型巨人は自分達と違い格闘を使う巨人ではない。
 ふと、ライナーが再度真下のエルヴィンとウミに目を向ける。ウミは何やら鉄の棒のような長大な何かを立体機動装置にセットして自分を睨んでいる。訓練兵団時代、いつもにこやかに微笑んでいたウミがあらゆる憎悪を秘めたそんな恐ろしい顔つきをするなんて知らないままだった。

「(エルヴィン・スミス……ウミはどうして……何を持っている。イヤ、迷うな……先に殺すのは馬だ)」

 ライナーはウミ達を無視して背中を向けて馬に狙いを定めた、その瞬間だった。
 背後のシガンシナの街に雷が落ち、まばゆい光の中でエレンが再び巨人化したのだ。

「(エレン……!? なぜ……自分から姿を現した!? 俺達の目的がお前の存在であることは重々承知のはず……一体…何のつもりだ!? な……まさか!? 南から壁を越えて逃げる気か!? ヤツ一人なら、馬がなくても巨人の力でトロスト区まで逃げられる……そうなっては……俺達がここに留まって戦う理由もなくなる。ここで調査兵団を壊滅させることはできても、まだ……たった2ヶ月で硬質化を身につけてきたヤツを…再び壁内に戻すのはまずい……! ヤツが……完全な座標の力を身につけた後では手遅れだ――……)」

 思いがけないタイミングでの今回の目的である座標の力を持つエレンの登場に焦ったような表情を浮かべるライナーだが、ふと、あることに気付いた。

「(イヤ待て……。おかしい……本当に逃げるつもりなら立体機動で東か西の壁を伝った後に巨人化するべきだ。なぜわざわざ壁に囲まれたシガンシナ区の中で巨人化する? ……そうか……ヤツらの狙いは……俺の目標を…馬からエレンに移すことか……!!)」

 ライナーが鎧の巨人の意識の中で気付いた時には、エレンが正体を自ら的に表した事でもうフードを被ってカモフラージュする必要、意味は無い。ウミとエルヴィンはフードを外した。最果てで鎮座する獣の巨人と対峙したまま、横目でライナーを睨みつけた。

「(……考える時間もくれねぇってわけですか……ったく、団長……せっかくここまで登ったってのによぉ……」)

 さっきまで重たい巨体を持ち上げてやっとの思いで登り切った壁を仕方なくライナーは馬人背中を向けてそのまま滑るように壁を降りていった。
 全ては作戦通りだ、巨人化しエレンもライナーが下りて来たことに気付き戦闘態勢に入る。

「(よし! 食いついた!!)」

 あの時の勝負の決着を今度こそ。何処でベルトルトが様子を窺っているか、まだ助けに入られては不利だ。壁上からまた倒れ込んで助けに来られないようエレンは走りながらかつてシガンシナ区でよくたむろしていた噴水のある広場の元へたどり着いた。
 変わり果てた奪われた地平を望むエレン。ビキビキビキと音を立てて硬質化を指せた拳を構えファイティングポーズを取る。

「(ライナー……まぐれかもしれねぇけど……お前には一度勝ってんだ。あの時ベルトルトが邪魔に入らなきゃほとんど…勝ってた。一対一ならオレは勝てる……! 単純な格闘能力なら、アニの方がずっと手強かった……!)」

 エレンとライナー因縁の対決が幕を開ける。ウミは固唾を呑んで見守りながらどうか誰も死なないで欲しいと、誰一人欠けることなくエレンの家の地下室まで辿り着けるのならば、自分が必ず身体を二つにする勢いで、二つの戦局の狭間で見守っていた。
 母の眠る大地は五年間の沈黙を経て今大きな戦いの舞台となり激しい振動が周囲の建物を巻き込みながら二体の巨人の壮絶な格闘戦が繰り広げられる。
 ウミと同じ、故郷を奪われ母親を巨人に殺されそしてあの日を境に父親の貪り巨人を憎む巨人化能力者として目覚めたエレンは怒りを露わにライナーへ問いかける。
 この場所が、何処であるか。

「(お前には――ここがどこだかわかるか? ここは……オレの……、オレ達の……!)アアアアアアアア!!!!(故郷があった場所だ!!! 取り返してやる……お前らを、ぶっ殺して……!! お前らに奪われた……すべてを!!!)」

 エレンが振り上げた拳をかろうじて両手で受け止め防御するライナー。激しさを増す肉弾戦に巻き込まれないように気を付けながらもハンジ達は建物に隠れながらライナーへいつでも雷槍を見舞うためにライナーの周囲を取り囲み対比する道を奪い追い詰めた。
 その時、エレンの硬質化させた強烈な拳が鎧の巨人の顔面に命中し、そのまま粉々に硬質化された皮膚を砕いた!

「(実験の甲斐があった! この拳なら――戦える!! 硬質化は一点に凝縮させると、より強固になる。奴の全身に張り巡らせた鎧なら薄氷みてぇに砕ける!!)」

 エレンの強烈な高質化パンチをまともに食らってよろけるライナーにエレンは追撃を続ける。防戦一方の鎧の巨人がとっさにエレンの足を掴もうとしたが、エレンは即座に気付いて素早く切り抜け怒りの鉄槌を下した。

「(遅ぇんだよ!! ノロマが!!)」

 しかし、再びライナーがエレンの足元に飛び込んでタックルすると、今度こそそのままエレンの足首を掴んだ。そのまま宙高く振り上げ、エレンは足首を掴まれたまま上空に完全に立ち上げられ、そのままはるか下の地面へ勢いよく叩きつけられたのだ。

「(……クソ!!)」

 そのままエレンの頭部に上空から思いっきり振り上げた拳を叩きつけるライナーだったが、命中したかに見えたがエレンの後頭部をギリギリ紙一重で避け、かつて同期として対人格闘技や一緒に夜の散歩をしたり、同期たちにとっては年上の兄貴分で頼りがいのあったライナーがエレンに一方的に追い詰められていく。
 その光景を眺めながら戦う覚悟を胸に雷槍をブレードの代わりのトリガーの先に装着し、両腕の肘に固定したジャン達の104期生も固唾を呑んで見守っていた。
 大地を揺るがし、二人が争っている付近の建物は次々破壊されていく中で激しい格闘戦が続いていた。

「ハンジさん!!」
「まだだ!! 周囲を取り囲め!! 最初の攻撃にすべてが懸かってる!! 絶好の位置を取れ!! 何より……エレンが絶好の機会を作るのを我々は信じて待つんだ!!」

 その周囲を飛び回りながら立体機動装置でエレンと鎧の巨人がもみ合っている渦中へ飛び込んでいくミカサは言う。エレンがこのままではやられてしまう。と、危機を促すが、ハンジは未だ攻撃のチャンスを待てと、普段は冷静なのに、エレンの事になると冷静さを欠いた行動をするミカサへ静止を呼び掛けた。

To be continue…

2020.06.09
2021.03.16加筆修正
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