THE LAST BALLAD | ナノ
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#93 REVENGEANCE

 この5年という長い歳月は住み慣れた街を廃墟へ変えるには大した時間はかからなかった。人の手が付かない場所はあっという間にこの街を死なせた。
 その絶望に沈んだかつての活気があったこの街にエレンが巨人化した雷光が降り注ぎ、明るく照らす。
 その光はこのどこかに潜んでいるベルトルトとライナーからもしっかり見えている筈だ。巨人化したエレンから迸る硬質化の青く透き通る光がらせん状に渦巻き広がり、それはぽっかり空いた穴を完全に覆い尽くした。
 3ケ月前の巨人の本能に飲み込まれ暴走した自分とは違う。「この壁の穴を塞ぐ」と、しっかりと自らの目的を保ったままエレンは硬質化しつつある巨人のうなじから急ぎ顔を出した。敵に見つかる前に。
 巨人本体と繋がっていた筋組織を無理やり引きちぎり硬質化から抜け出し、顔を出したエレンが天を仰ぐように見上げれば開かれた瞼には自分に気付いたミカサが上空から降りてくる姿が見えた。ミカサはすかさずエレンの腰に腕を回して抱き抱え、そのまま壁上へと一気に上昇し、壁上に着地した。

「敵は!?」
「見えません!!」
「周囲の警戒を怠るな! くまなく見張れ!!」
「はい!」

 その壁上では厳しく周囲を警戒し見渡すハンジの姿があった。ワイヤーで壁下にぶら下がる兵士も状況を確認しながら、未だに敵や巨人の気配が無いからこそ余計に警戒心を高めていた。
 見えざる敵に進む作戦。こんなあっさりうまくいくなんて。敵が何も考えずに黙って見はっているだろうか、ミカサに助けられ壁上まで戻って来たエレンの顔には巨人化したことで融合していた肉を引きちぎった傷口が頬に生々しく浮かび上がって出来た筋が幾重にも刻まれていた。

「エレン!」
「立体機動装置は!?」
「無事だ。でもやっぱりマントは持っていかれちまった」

 心配そうに身体を気遣うハンジとミカサ、エレンのマントが巨人化により燃えてしまったことを知り、ミカサが即座にエレンをどこかに潜んでいる敵から隠すため自分のマントをエレンの肩に掛けてやるのだった。

「ありがとう」

 警戒しながらも巨人が居ないのを確認し、壁下に居た兵士にハンジが呼びかける。エレンの身も大事だが、エレンの硬質化で壁の穴はきちんと作戦の通りに塞がれたのか。周囲に緊張が走る。

「穴は!?」
「成功です!! しっかり塞がっています!!」

 壁下の兵士が緑の信煙弾を撃ち上げ作戦成功の合図を送る。五年前の「あの日」悲劇の元凶となったあの超大型巨人によって破壊され、巨人の侵略を許した忌まわしき穴は故郷を奪われ母を殺されたエレン自らの力で完全に塞がれていたのだった。

「やった……」
「調子は!?」
「問題ありません 訓練通り次もいけます!」
「では内門に向かう!! 移動時に狙われぬようしっかり顔を隠せ!!」

 外門が硬質化で塞がれたのを確認し、一斉に内門に向けて走り移動する中でハンジ達も、そしてエレンも、想定して準備していたライナー達から何の障害もなくあっさりと塞げたことに呆気に取られ、むしろ不安しか残らない。
 エレンは本当に五年前出来なかったことが自分の力で成し遂げられたことに驚いている。

「本当に塞がったのか? こうもあっさり、」
「そう。あなたがやった。自分の力を信じて」
「……あの時の穴が……」

 そうだ。五年前、ここから巨人たちはシガンシナ区へ侵攻を開始し自分達は帰る家も家族も全てを失い、そして故郷を追われたのだ。父が見せようとしていた地下室の秘密を残して。

「まだだ……! ヤツらが健在なら何度塞いでも壁は破壊される。ライナーやベルトルト。すべての敵を殺しきるまで、ウォール・マリア奪還作戦は完了しない」
「当然、……わかっています」

 塞いだ穴ならまた壊せばいい。そうして消耗戦に持ち込み自分達を追い詰めていく作戦かもしれない。奴等の出方がわからない以上安心はできない。決して油断してはいけない。こうしている間にも奴らがどこに潜んでいるか分からない。
 リヴァイの厳しい言葉を受けて外門を塞いだ安堵から再び厳しい表情へ戻る。引き続き警戒しながら走り続け、内門を目指した。

「どうした、アルレルト」
「エルヴィン団長、発見しました、見て下さい、ここに焚火の痕跡が…」
「敵がここで野営していたので間違いなさそうだな」

 一方、敵側の野営していた痕跡を見つけたウミとアルミンはエルヴィンの指示の下で野営の痕跡が残る壁上を手分けして調査していた。2人の視界にも作戦成功を知らせる煙弾の軌跡が見えたが、今は敵を探すのが自分達の与えられた役割だ。立体機動装置で壁下に舞い降りると、倉村に黒くくすんだ消し炭となった薪や、飲み物を飲んでいたのだろう、鉄製のポッドを発見した。
 どうやら自分達の接近に気付いたライナー達が慌ててここに居た痕跡を消す為に壁上から落としたと言う事で間違いない。落ちていたポッドにはまだ微かに飲み物が残っており、其処からは独特の苦みのある紅茶よりもどす黒い液体からは不審な香りがした。

「……いい匂い……何の飲み物だろう?」
「見せて……。ううん……紅茶にしてはドス黒いね……。でも、私、この独特な匂い……どこかで嗅いだことがある……」

 記憶は五感の中に眠っている。それはつまり、ウミはその香りの中から父親の面影を思い出していた。自分によく似た笑顔で、こっそり飲んでいた。これは高級品で香りもいい、ただ苦い、だから大人しか飲んではダメだと…。

「それって、つまり……」
「お父さんがこれは俺だけのスペシャルブレンドって……もしかして……!! この飲み物は壁外から持ち込まれた飲み物……!? それに、ポットの数も3つ……あるよ」
「……敵は、ベルトルトとライナーだけじゃないって事……?」
「敵が……もしかして……大変……エルヴィンに早く知らせなきゃ。やっぱり私たちがここに来るまでに確かに居たんだよ……!」
「あぁ、間違いない……行こう!!」

 内門側にいるエルヴィン団長たちも外門が塞がれた事に安堵しつつも未だに敵が現れないことを不信に思い警戒している。ディルク達が不審そう周囲の様子を窺いながら作戦成功の煙弾を見届けていた。

「とりあえず外側は成功か……。しかし、妙だな……。襲って来る気配がない。それどころかここに来て一匹も巨人が見当たらない。敵は俺達の強襲に対応できてないのか?」
「……だといいが……」

 むしろ何も起きないことの方が恐れている。とそこへ、先ほどの野営の痕跡を見つけたアルミンとウミが敬礼をし、見えざる敵に違和感を抱くエルヴィンの元へと駆け寄ってきた。

「調べてきました! 地面には野営用具が一式散乱しています。紅茶のようなものを飲んでいたようです。ポットは冷めきっていました。そしてポットの中身の黒い液体が注がれた跡があるカップ……それが少なくとも3つ、恐らくベルトルトとライナー以外にもう一人、三人が壁の上にいたようです」
「その飲み物は確か……珈琲って名前だよ。お父さんが飲んでた、間違いない」
「さ、三人だと!?」
「そうか……鉄製のポットが冷めきっていたのか?」
「はい」
「それはおかしい……」

 エルヴィンは保温性が高い鉄製のポッドが覚めていることがおかしいと指摘した。逆算すればするほど彼らは既に自分達がここに向かっていることをもっと前から知っていたのだと。

「え…?」
「!? ポ、ポットがか!?」
「そうだ。我々は馬と立体機動を駆使して、全速力でここに到達した。ここから我々の接近に音や目視で気付いたのなら、早くて2分前が限度のはず。使用直後のポットがたった2分で冷めるはずがない。敵は少なくとも5分以上前に我々の接近を知る何かしらの術を持ち、我々の接近に備える時間も十分にあったというわけだ」
「し、しかし、どうやって……!?」
「つ……、つまり……か、壁の上にいた3人以外の斥候が存在して……。イヤ、もっと大勢の敵が潜んでいると想定すべきで……」

 その事実が本当であれば敵は3人ではないと言う事だ。慌てふためくアルミンと見えざる敵の脅威に蒼白するウミが更に混乱しないように、冷静に、落ち着いた声調のまま伝える。

「ウミ、敵の数を今は考えるな。まずは敵の位置の特定を第一とする。アルレルト、君はその頭で何度も我々を窮地から救い出してくれた。まさに今その君の力が必要な時だ」
「え?」
「必要な数の兵士を動かし、内門周辺に敵が潜んでいないか、探り出してくれ」

 外門を塞ぐ際に邪魔をしなかったと言う事は向こうはまた別の手口を考えているに違いない、おそらく内門を塞ぐ機会を狙っている。敵は既にもう自分達がここに到達するのを遠くから見ている可能性がある。
 もう調査兵団の中に見えざる敵はいないだろう。明らかに自分達に気付いて急ぎ慌てて去ったようには見えない。ポッドの中の黒い液体を飲み干す時間も十分にあり、そして鉄製の容器の中身は既に冷め切っていたと言う事が動かぬ証拠である。落ちていた焚火の薪も触れるほどの温度。
 すぐさまエルヴィンが手を上げて周囲を探っていた兵士に合図を送れば内門近くを警戒していた兵団が団長指示により急ぎ集結した。

「周囲に異常は見当たりません!」
「これよりアルミン・アルレルトの指示に従い、捜索を続行せよ」
「了解!!!」

 エルヴィンからの命を受けた兵士たちは、自分達より年下の、まだ入団3ケ月の新兵の立場であるアルミンからの指示を聞けとの団長からの命令に本当に大丈夫なのかとでも言いたげに訝し気に眉を寄せるも、ベテラン兵士であり、これまでに幾多もの戦いで活躍したウミが珍しく大声で返事をし、敬礼したのでそれに倣う様に指示に耳を傾けた。

「壁は隅々まで調べ上げたぞ!!」
「さあ指示をくれ、アルレルト!!」
「……区外区内の二手に分かれて、内門周辺の建物を調べて下さい! 何かあれば音響弾で報せを……お……お願いします…」
「……了解!!」

 手練れの兵士たちに囲まれ気迫に押し負けそうになりながら人にこうして指示をするのは生まれて初めての事で今まで苛められていた引っ込み思案な幼少期の彼からすれば気後れしそうな出来事だ。
 戸惑いつつ、遠慮がちに指示というよりも頼み込みお願いするような形で依頼したアルミンに兵士たちは了解したと再び内門を囲むシガンシナ区と内門内の壁下にある建物へと散開して探索を開始した。新兵であるアルミンが戸惑いながら指示を下す姿を見ていたディルクがエルヴィンに告げる。

「……また大きく賭けたな」
「いや、実績を見て判断した。彼はまだ入団して3ケ月だが我々の大きな武器の一つだ」
「エレン達が内門を塞ぎに来るぞ。どうする? 敵を見つけるまで作戦は中断か?」
「続行する。この敵地で長期戦となれば勝機は薄い。我々には短期決戦にのみに活路が残されている。それもすべては敵の思惑通りと言うならそれに付き合うのも手だろう」

 そして、エルヴィンは左側のマントに隠した今回の作戦の為に開発された「ある物」に触れ低い声で意味深に呟いた。

「……まぁ何も、隠し事があるのは彼らだけではないからな……」

 その触れた先には今回の作戦で間違いなく脅威となるであろう鎧の巨人。あの硬質化のボディは自分達の立体機動装置はどう頑張っても太刀打ち出来ない。調査兵団は鎧の巨人には勝てないのだ。この考えを根底から覆すそれは鎧の巨人を打ち砕く希望の槍。
 エレン巨人の能力を外門と内門の硬質化で塞ぐことへ分散させるのならエレンの持つ巨人の力を鎧の巨人と戦わせる事に使うのは彼を疲弊させるだけ。硬質化で門を塞ぐことが出来なくなる。エレンが能力を使えなければ自分達の作戦はここで潰えるだろう。疲弊したエレンという希望を連れて行かれたら今度こそこの壁内人類は終わりだ。
 自分達を追い詰められる前にこちらもただやられっぱなしではないのだ。その冷たい銀の筒に触れながら。周囲を見渡すも敵が出て来る気配が無い。指示を下したのに探せば探すほどに自分の指示をしたことを聞き入れて行動する兵士たちを見てアルミンは内心焦りを抱いていた。
 顔面蒼白で暑くなどない筈なのに冷や汗が止まらない。そこへウミが急降下してきた。
 体調は悪くないようだ。症状が悪化すれば危険だが、悪化しなければ元々自覚症状がそんなに出る病気でもないからだろう。
 しかし、本人は痛みに鈍感なのか捨て身で無茶をするので下手に前線に出ないようにサポートとしてエルヴィンの周囲を飛び回っていた。彼女も何か違和感を抱いているのだろう。

「アルミン、大丈夫……? 顔が真っ青……」
「ウミ……(……どうしよう……。もうエレン達が内門を塞ぎに来る。敵がどこにいるかもわからないのに……何で敵は穴を塞がれても出てこない? こんなに探してもまだ見つからないなんて。まずい、どうする?失敗したらもう本当に後が無い…! 終わりなんだ、何もかも。やっぱり……「硬質化」で巨人の力を使わせエレンが疲弊したところを狙うため? 団長は作戦を止めないだろう。敵に絶好の機会を与えることになっても迎え撃つしかないんだ……。敵に時間を与えるほど、こちらは不利になるから……わからない……敵はいつもありえない方法で僕らの予想外から攻めてくる。僕らがいつも不利なのは……いつだって、僕らが巨人を知らないからだ……いつも……)」

 どうすればいいか……。必死に知恵を振り絞り考え込むアルミンの顔面はウミから見ても見るからに蒼白している。壁を伝い降りてきたウミと共に壁を見上げたアルミン。

「ねぇ、アルミン。なんだか、壁を見ると思い出すね……アニの時も、そうだったよね……あの時、女型・アニが壁をよじ登って逃げようとした時に空いた穴が……」

 何気なしにアルミンをリラックスさせるようにウミが言葉を口にした、しかし、そのウミの言葉と見上げた壁が重なり、脳裏にストへス区で女型の巨人捕獲作戦の後、女型の巨人により登っていた壁が剥がれ落ちて、その壁の断面から見えた不気味な顔をした死んだような瞳孔の開いたままのあの巨人の虚ろな目を、思い出したのだ。壁の中、そう。

「そうか……! ウミ、ありがとう……!」
「え?」
「音響弾使うから耳塞いでて。分かったぞ……!」

 アルミンは思わずウミの手を握りそう告げた。そうだ、壁の中だ…。ウミの姿からヒントを得たアルミンはすかさず周囲に知らせるべく金属の擦れる様な不快な高音で異変を知らせる音響弾を放った。その異音に気付いた調査兵団達が立体機動装置を使い、壁上へと一気に駆け上がると何か手掛かりを掴んだのかとアルミンを囲んだ。見えざる敵に怯えているのは皆同じ。
 まくしたてるように口々にアルミンに疑問をぶつけるものだからアルミンは自分が考えなければならないとすっかり委縮してしまっている。

「アルレルト! 見つけたのか!? 敵はどこだ!?」
「まだです!! 全員で、壁を調べてください!!」
「……壁はもう調べたと言ったろ!! どこにも隠れられる場所は――……「壁の中です!!」
「壁の中!?」
「はい!! きっと人が長い間、入っていられる空間が、どこかにあるはずです」
「なぜそれがわかる!?」

 アルミンからの指示を受け矢継ぎ早に兵士たちが次々質問を切り出す中でアルミンは根拠のない、しかし、もうこれしか、いやこれ以上の作戦は思い浮かばないとぼそりと口にした。

「……勘です」

 常に冷静であれと、理性的な兵士の作戦とは思えない、若き参謀からの言葉に兵士たちは複雑な表情を浮かべていた。内に潜む敵を暴き出す為に誰もが張りつめた空気の中必死に捜索している中、壁の中にいる可能性があると経験に基づいた意見ではなく思い付きだと「勘」で思いついたのかと誰もが言葉を失った。
 そもそも。こんな10代半ばの若者が調査兵団の重要な局面である今作戦に意見する事に対しても異議を唱えているのに。詰め寄る兵士たちにウミが何とか宥めようと間に立つも兵士たちの疑惑は非難へと変わる。兵士に肩を掴まれアルミンは硬直した。

「アルレルト! お前、今がどういう時だかわかっているのか!? もうそんなことにかける時間は無いんだぞ?」
「待ってください、アルミンの話を……最後まで聞いてあげてください、勘だけじゃないんです。それに、もうこれしか方法もない……」
「……敵は!! いつだってありえない巨人の力を使って僕達を追い込んできました! 誰でも思いつく常識の範疇(はんちゅう)に留まっていては……。到底敵を上回ることはできないのです!!」

 必死に自分達より立場も年齢も上の兵士へ説明をするアルミンのその言葉を聞いたエルヴィンは即座に「作戦中止」の赤の信煙弾を上空へ撃ち上げ、その合図にアルミンを取り囲んでいた兵士たちは黙り込んだ。そして、その煙弾は内門へ急いで向かうハンジ達にも見えた。

「作戦中止の合図!?」
「総員壁の上に散らばって待機だ!!」
「了解!!」

 立体機動で移動していたハンジらは赤い煙弾の軌跡を確認し、合図を受けて壁上へ上がった。

「時に厳格に。時に柔軟に。兵士の原理原則に則り最善を尽くせ。指揮系統を遵守せよ。我々は勝利するためにここに来たのだ」

 これが調査兵団の上に立つ者の風格か。エルヴィンの言葉が戸惑いアルミンに詰め寄る兵士らの迷いを一瞬で断ち切った。
 アルミンは団長であるエルヴィンのその言葉に強く覚悟を決め、先ほどまで遠慮がちに指示していたが、迷いを捨て兵士としての役割と果たす為に語気を強め、1人の兵士として若き参謀は指示を飛ばした。

「再び二手に分かれ壁面の調査を!! 扉の上部から入念に……捜索開始!!」
「りょ、「了解!!」

 アルミンの声に兵士らは壁上へアンカーを射出すると、そのまま下まで降りながら、内門付近の壁内に怪しい空間がないか剣を打ちつけ、その空洞の音を聞き分ける確認作業を開始した。しらみつぶしに始まった確認作業に壁上で待機していたリヴァイ班達とハンジ班達はその様子を異様なものを見るかのような目で見ている。

「何してるんだ? いいのかよ……俺達、止まってて」
「あぁ。これじゃあ強襲作戦の意味がねぇ……けど……」
「アルミン……また何か考えが……?」

 カンカン、と嵐の前の静かさか、不気味なほどの静寂と周囲に響き渡る壁を金属が叩く小気味のいい音に耳を澄ませる。その真下の様子を壁上から見つめるジャン、コニー、サシャ経ち。見守りながらエレンはアルミンが主となってこうして壁の調査をしているのだと悟る。
 アルミンの指示を受けながらウミも言われた通りに壁の中を叩きながら壁の中に隠れているかもしれない敵を探す。皆は壁の中を調べろと言われて半信半疑だが、アルミンが今まで間違ったことは無い、彼を信じ壁を叩き続け下へ、下へと降下していた。

「(いつ何時エレンが壁を塞ぎに現れても対応できる位置。常に状況が見渡せる位置…そして時が来るまで安全に身を隠せる位置。もしそんな死角があるとすれば…僕らが壁の中の巨人を知っていると、敵が知らないなら……そんな発想はしないと、踏んでいるなら……あるいは――)」

 アルミンの近くにいたウミが壁をカンカンと叩きながら降下して一部の壁を叩いたその瞬間、明らかな異音がしたことに気が付いた。

「(あれ……???)」

 思わず壁上で自分の様子を見るリヴァイと視線が交じる。気になりもう一度壁を叩くとカン、壁が剣を弾く音、そしてもう一度違和感を感じた場所を叩く。この壁は巨人が居るはずだ……。
 しかし、ここだけ空洞がある。その異音を確認し即座に取り出した音響弾で知らせた。その直後、突如壁が動き、壁の一部をくりぬいてその中でいつでも隠れられるようにしていたライナーが姿を現したのだ!

「(ウミ……!?)」
「ライナー……!!」

 まさか、自分が潜んでいたことに気付いた目の前の兵士がウミだとは思わず面食らったライナー。しかし、もう迷いを捨て、ウミは即座に敵の出現に持っていた剣を振りかざしそのままかつての仲間であるライナー、いや、故郷を奪ったすべての現況を躊躇いなく貫こうと攻撃に徹する。

「出てこい……卑怯者……!!」

 普段のいつも笑顔で周囲を見守っていたウミの顔つきは一気に故郷を奪い、何気ない日常、その平穏な生活を壊した元凶の出現に憎悪を秘めた顔へ変貌した。ライナーがウミを貫こうとするよりも先に、目にも止まらぬ速さで真上から重力に従いまるで獲物を狙い定めた猛禽類のように鋭いグレイの瞳だけで射殺せそうな勢いで急襲したリヴァイの刃がライナーのうなじを一気に貫いたのだ!!

――「あのガキ共…よくもやりやがったな……。俺の女を傷モノにした……地獄の果てまで追い詰めて必ず償わせる」

 あの日のリヴァイの怒りの言葉がハウリングする。傷ついたウミの鼻を変形させ、手傷を与えたその時のカリを返してもらう。
 リヴァイの一撃がライナーを仕留めるべくうなじを貫いたままどこにそんな力が眠っているのか、持ち前の怪力で自分より何倍も体重のある体格のいいライナーを壁下へ引きずり落としながらさらに、その追い打ちをかけるように心臓をそのまま一突きしたのだ!!

 一瞬にして2か所の人体急所を寸分の狂い無く狙い定めたリヴァイの猛撃。ウミはリヴァイの急降下して吹き出されたガスの噴出音とその目にも止まらぬ速さと勢いに巻き込まれ、そのまま身軽な体躯は壁下へ吹っ飛ばされそうになった。が、手を伸ばしたアルミンにしがみつき、何とか堪えた。
 普通の人間ならば即死の一撃、白目をむいたライナーに絶命に成功したかに見えた、しかし、食らったライナーの眼が再びリヴァイを見据えた。人類最強の猛撃さえも意味が無いと言うのか。巨人化の力を持つ彼には。リヴァイはライナーにダメージがないと瞬時に判断してライナーを蹴り飛ばした。
 その衝撃でライナーはうなじに剣が刺さったまま地面へと突き落とされた。

「兵長!?」

 壁に着地したリヴァイが普段どんな時も冷静さを保っていた彼が悔し気に怒りをにじませた。

「クソッ!! これも「巨人の力」か!? あと一歩……命を断てなかった……!!」

 落下したライナーからまばゆい光と共に巨人化の落雷が落ち、瞬く間に壁下で鎧の巨人へと姿を変えた。それを見たエルヴィンが即座に指令を出した。

「周囲を見渡せ!! 他の敵を捕捉し――」

 それを合図だと、まるでエルヴィンの指令を遮るかのように、背後から耳をつんざくような轟音が響いた!突如、光の柱が迸ると、その地平を一気に駆けるように獣の巨人と無数の巨人たちの軍勢が一瞬にして現れたのだ!
 その光景に調査兵団達の驚愕の眼差しが向けられた中、姿を見せた巨大な獣の巨人はにたりと笑うと手元の大きな岩を掴み。そして肩に抱えるとー…その巨体で砲丸投げのように勢いよく振りかぶってそのままこっちに向かって岩石を投げ飛ばしてきたのだ。

「投石来るぞ!!! 伏せろおおおお!!!」

 エルヴィンの声に誰もがその衝撃に身構えるもそれは内門の壁上に居る自分達を狙ったものではなかった。ちょうど内門の落下付近で新兵達で待機していた中、兵士たちの馬を守っていたマルロが突如として起きた衝撃に驚いていた。

「うあ!? な……何だ!?」

 飛んできた投石の直撃を免れたと安心する壁上でエルヴィンはそこで獣の巨人の目的を知る事になる。

「外したか……」
「いいや。いいコントロールだ。ヤツは扉を塞いだ。馬が通れない程度にな。まず馬を狙い包囲する、我々の退路を断ちここで殲滅するために。我々は互いに望んでいる。ここで決着をつけようと。人類と巨人共……どちらが生き残り、どちらが死ぬか!!!!!」

 後ろを見ればエレンが塞いだ壁、そして。前には自分達を逃がさないと完全に包囲した巨人。馬を走らせることも出来ない、完全に袋小路のネズミ。追い詰められた調査兵団に退路は無い絶体絶命の状態へと追い込まれた。エレンは真下のライナーを睨みつけ、エルヴィンは地平の先で大量の巨人を率いて自分達を通せんぼする不敵な笑みを浮かべた獣の巨人と睨み合っている。
 あと少しで仕留められた、その筈だった……。しかし、自分の行動以上に敵(ライナー)は上手だった。人類最強の力を持ってしても絶命に至らず、リヴァイは己の不甲斐なさに悔しさをにじませながら先ほど仕留め損なった自らの手を血が滲む己の無力を握り締めていた。
 
850年 巨人に奪われたシガンシナ区にて。決戦は、獣の巨人の投石を合図に満を持してこの地に開戦した。

To be continue…

2020.06.03
2021.03.13加筆修正
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