(これの続きかもしれない)




「あ、あそこにいるのって」

「いろはじゃないすか」。鎌本が呟いた方向には、確かに、路地裏に縮こまるいろはがいた。

「何してんすかね」
「まーたなんも考えずにデマに引っ掛かけられたことでめそめそしてんじゃねーの」

嘲笑をこめて鼻で笑った美咲に、鎌本はこっそりと苦笑する。女性に滅法弱いはずの美咲だが、いろはにはこうしていつも強気に食ってかかるのだ。
同じチームの仲間だからなのか、

「ちっとアイツからかってくるわ」
「……うす」

いろはが女として見られていないだけなのか。
後者一択だと思う。

「……」

しかし、達した結論を披露する相手も意味もないので、鎌本は先にバーへ向かい歩きだすことにした。




「いろは、なぁにシケた面してんだよ。もしかしてあのことまだ気にしてんのか?」
「……」
「……おい」

膝を丸めた上に両手と顎を乗せ俯くいろはに、美咲もしゃがみ込むことで目線を合わせようとしたのだが、いろはの視線は地面一点。しかも無言。いつもなら大声で食ってかかってくるのに。
何か悪いものでも食べたのだろうか。覗き込んでみれば、更にふいっと視線を逸らされる。美咲はむかっとした。

「チッ、なんか調子狂うな。おいいろは、」
「……八田くん」

脅迫するような声に観念したのか、目は合わせないながらもぽつりと呟かれた言葉。

「あんだよ」
「わたしも一応……女の子……なん、だよね」
「…………は?」

それは、美咲を固まらせるに十分な攻撃力を持っていた。顔面右ストレートを食らった気分だ。
思わず聞き返してしまったのが悪かったのか、いろはは突然顔を上げて美咲を睨む。

「ほら、それ! 八田くんって女の子苦手なくせに、どうしてわたしにはへーきで悪態つくの!」
「そ、それは……」

ぐ、と言葉に詰まる美咲にいろはは眉をしかめた。いつもなら怒りのためにだが、これは、そういう感情の表れなんかじゃない。

(やべえ、泣かれる……!)

美咲は反射的に立ち上がった。いくら普段女扱いせずからかっていたって、泣かれるのはやはり美咲の仁義に反しているのだ。
返答の代わりに、自らの身体に立て掛けていたスケボーを地面に叩きつけて、いろはを驚かせてやった。とりあえずびっくりして泣くのは中止してくれればいい、そう思ったのだが。

「……草薙さんが自覚しろって言う、から、わたしわかんなくて」
「また何か吹き込まれたのか……!」

それがきっかけで更に泣きそうになるなんて。
美咲は耐え切れず、頭をかきむしった。どうしろと。どうしろと言うんだ。

「八田くううん! わたし一体どうすればいいのおお」
「こっちが聞きてえよ!」

美咲の逆ギレに身体を震わせたいろはは、涙目で見上げてくる始末。
そんないろはを見て、美咲は……

「……って、いやいやいや!」

思わず赤くなりかけた頬をべちんと叩いた。
頭の中に浮かびかけた考えを打ち払うつもりだったのだが、その意味を理解しないいろははきょとんとする。

「な、何してるの」
「うっせ! いろはがらしくねー顔すっからだろ!」

だから、調子が狂うんだ。
らしくないと言われたいろはは、呆けた表情のまま片手を頬に添えた。

「らしく、ない…………」

それから、数秒。

「……何よ、わたしらしくないって!」

さっきまでの泣き出しそうな声色はどこへやら、いろはは美咲を気圧そうとしたのか立ち上がった。が。
美咲は、その威勢ににやりと笑う。

「まんまの意味だ」
「きいっ! 美咲ちゃんのばか!」
「っ、美咲って呼ぶな!」

ほら、またいつもどおり。

「あーもう、八田くんに相談したわたしがばかだった。草薙さんに直接ご指導いただくんだから! 後悔しても知らないからね!」
「けっ誰がするかよ」
「な、なな……美咲ちゃんなんて知らない!」

つかつかと美咲の前から歩きだしたいろはに美咲は食ってかかろうと息を吸ったが、いろはは、美咲が言葉を発するより先に、「でもね、」と、ほんの顔だけこちらに向けた。

「八田くん、ありがと」
「あ?」
「らしくねー! ってやつ!!」

早口に言い残して、表へと走っていくいろは。
美咲は再び固まり彼女の言葉の真意を捕まえようとし、更にはどうして自分がこんなことを真剣に考えているのか悩んだが。

「……待ていろは! それより俺を名前で呼んだこと謝りやがれ!!」

そんな難しいことよりも、彼女のことを直接捕まえる方が手っ取り早いし性に合うのだろう。
曲がり際にもう一度振り返りこちらへ舌を突き出すいろはに、美咲は不敵に微笑み、スケボーから片足で地を蹴った。

slippery girl

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