ドライブ・ドライブ
免許をとって暫く経ち、わたしはやっとラパンを買った。ずうっと欲しかった可愛い車。コツコツお給料を貯めて、中古だけれど手に入れたマイカー。愛おしくて仕方がない。それなのに、高校からの友人達(主に、というかほぼ二人)からは腰が痛くなるとクレームの嵐だった。わたしの車なんだから、別にいいじゃないか。そもそも、皆身長が高すぎるのが悪い。
「なぁー、なまえ座席もうちょっと前にしてくれよォ」
「ムリ! 運転しづらいもん」
「腰が痛え……」
「我慢して」
後ろでずうっとぐちぐちと文句を言っているのは億泰。出発して暫く立ってからずっとあの感じだ。億泰が、若干ゆとりのある助手席に座る仗助に「そろそろ代わってくれよォ」と声をあげたけれど、仗助は手元のマップに目を落としたまま口を開く。
「い
けどよォ、代わりに道案内、コレ見ながらお前がやれよ?」
「うげ」
わたしの真後ろの席に座る億泰の顔は見えないけれど、多分本当に「うげ」って感じの顔をしているんだろう。想像するとちょっと面白くて笑った。
「俺、地図見んの苦手なんだよなァ」
「知ってるよ」
億泰は唸りながら地図を相手に格闘することと、座席の窮屈さを天秤にかけて、後者を選ぶことにしたらしく、その後は「代わってくれ」とは言わなかった。
億泰がその場所を代わりたい理由は、何もその腰の痛みだけではない。わたしはちらりとミラーに目を向けた。億泰の隣に康一が、その隣に由花子が並んでいる。由花子はいつも通り、車の中であっても献身的で、康一に幸せそうに微笑んでいる。完全に二人の世界って訳ではないのだけれど、まああのアツアツカップルの隣にずうっといるのは少々つらかろう。
お世辞にも大きいとは言えない車の中に五人ぎゅうぎゅうになりながら坂道を走っていく。
「わ、この道どっち?」
「ちーっと待って……えーっと、右の道」
「おっけー」
がたがた、がたがた。舗装されているのかいないのか、よく分からない荒い道。ガタン、と車が揺れて、思わずといった風に康一が「わあっ」と声を漏らす。すぐさま由花子から「運転が荒い! 康一君が怪我をしたらどうするつもり?」とダメ出しが入った。怖い。
「康一君どこかぶつけてない?」
「大丈夫だよ、びっくりしただけだから」
ごちそうさまです。そのあとまた段差があって車が大きく揺れ、天井に頭をぶつけた億泰が「いてー!」と声をあげたけれど、当然由花子からのダメ出しは無かった。康一の「大丈夫?」と気遣う優しい声がする。
また分かれ道に突き当たり、仗助が左、とスムーズに言って、わたしはすっとハンドルを切る。
「ほんと、ナビ役が居てくれるの助かる」
「本物のナビ買わねーの?」
「高いんだもん」
平坦な道路にたどり着き、信号が赤になった。ふう、と息をついて隣に目を向ける。暫くは真っすぐな道が続くのか、仗助も地図から顔をあげて、ちょっと疲れた顔をしている。ずっと地図を睨んでいるから目が疲れてしまったらしい。
「一人で運転するときとか、どーしてんの」
「どっかに車停めて確認する」
「すげー時間かかるだろ」
「まあね」
ついでというように、後ろからまた「すっげー狭いしよぉ、」と文句が聞こえてきた。むっとして、「次狭いって言ったら、億泰だけ降ろして走らせるからね」と言うと、すぐさま口を噤んだ。
「露伴先生はきみにぴったりで良い車だって言ってくれたのになあ」
「露伴が?」
「うん」
「って、待て。乗せたのかよ?」
ギョッとした仗助が飛び上がりそうなほど驚いて、その拍子に足の先をすぐそばのドアにぶつけた。ちょっと。じっとりと睨んだけれど、驚きが勝った仗助はちっとも気づかずに口を間抜けに開けたままこちらを見つめている。
乗せたと言っても、ただこの間、突然降った雨の日に、雨宿りしていたところに遭遇したから、家まで送っていっただけだ。最初は「きみの運転、大丈夫なのか……? 事故起こさないでくれよ」と微妙な顔をしていた露伴先生にも、わたしの運転は好評だった。車だって、「ぼくの趣味じゃあないが、きみの身の丈に合っていて良い車なんじゃあないの」と言ってくれたし。
「露伴先生って、そういうトコは信頼できるでしょ? 嘘言わないし」
「まあ、お世辞言うタイプじゃね〜けどよ」
「でしょ? だから露伴先生に褒めてもらって自信ついちゃった」
今回の旅行でわたしが運転を申し出たのも、あの人の言葉が嬉しかったことと、ただ単純に、この車を自慢したかったことが理由として大きい。だって可愛いもん、ラパン。
わたしの言葉に複雑そうにしている仗助が、じっとこちらを見つめている。
「仲いいよなあ、なんだかんだ」
「露伴先生?」
「オウ」
まあ、ちょっと面倒だけど、慣れればどうってことない。こういうもんって思えば、素直じゃないとこも可愛いじゃんって思うくらいだ。
そう言うと、仗助はあからさまにゲェって顔をした。可愛いって言葉を露伴先生に当てはめたことに心底ゾッとしたらしい。
「……なーんか、なまえ、怪しくねェ?」
「何が?」
「知り合いの漫画家センセーにしては仲良しだろ」
「普通じゃない? 露伴先生友達居な、……少ないからそう感じるだけだよ」
多分露伴先生に聞かれたらブチギレられる言葉を言ってしまったけれど、今ここに彼は居ないので何の問題も無い。そう返してもずっとムスッとしている仗助は、一体何に臍を曲げているのだろうか。
また分かれ道に差し掛かった。
「次どっち?」
「誤魔化してる?」
「何を?」
完全に地図を閉じて、仗助は真剣な顔でこちらに向き直っている。
後ろに車が来てしまってはいまいかとヒヤヒヤしてミラーを確認したけれど、後続車は居なかった。田舎道のいいところだ。
「この道どっちか教えてよ」
「いや、なまえがショージキに答えるまで言わねえ」
「何を正直に答えるの……」
「岸辺露伴との関係」
なんだかいつの間にか不思議な話に変わってしまった。そんな真剣な顔でトンチキなこと聞かないでよ、と思うけれど、いつの間にか車内は静まり返っている。文句だらけだった億泰の視線を感じるし、康一も興味が隠しきれていないし、康一以外に我関せずの由花子でさえわたしの言葉を待っている。え、なんでそんなに皆真剣なの、と戸惑った声が漏れた。
「カンケーも何も、皆とおんなじでしょ。康一の方が仲良しじゃんか」
「ホンっと―になんもねーの?」
「ない」
「これっぽっちも?」
「一ミリもないってば!」
「へー、そう」
散々聞いといてそれかい。間延びした声を漏らした仗助にじっとりとした視線を向ければ、やっと彼は地図に目を向けて「真っすぐ」と言った。けれどその声の色はさっきよりもずっと機嫌がいい。なんでそんなに機嫌いいの、と心底不思議だけれど、まあ、ぶすっと不貞腐れているよりはずっといいだろうと思いなおした。
ぶーん、とか、ごー、みたいな音を出して車が進んでいく。窓を開けると、柔らかい草の匂いがした。ミラー越しに皆を見れば、なんだか生温いような顔をしてこちらを見ていた。微笑ましげな顔をして康一がこっちを見ていて首を傾けると、さらに康一はおじいちゃんみたいな顔をした。へんなの。
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