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 霊圧を潜めながら隊舎の傍までやって来て、直前でやはり少しだけ迷った。

 もう、自分の隊に戻るつもりは無かった。協力者が少しでも欲しいこの状況下だが、旅禍の殆どは隊長達によって既に捕らえられてしまっている。だから、今はまず、四番隊の牢に入れられている旅禍たちを解放することに決めた。四番隊なら、隊舎内の構造も熟知している。大抵の隊士達の動きも。
けれど、動いたその時に、わたしは完全に護廷隊と敵対することになる。それに、傷が癒えた阿散井のことも出してやらなくてはいけないし。……阿散井なら一人でも出れてしまいそうではあるのだけれど。

 隊舎を囲む塀の外で、息をつく。慣れた場所ではあるはずなのに、指先が痺れるような緊張感があった。
 ……動く前に、二人に会いたかったのだ。会う、までもいかなくたっていい。ただ姿さえ見ることができれば良かった。ほんの、少しだけだから。
 日が落ちた空の中で、浮かび上がるような十一の文字を見上げた。隊舎の中には、更木隊長の霊圧が分かりやすく目立っていた。彼の規格外の霊圧は垂れ流しだ。すぐに分かる。傍に、一角と弓親が居るのも。

「ほんの、ちょっと、ちょっとだけ」

 言い訳がましく、そんな言葉を口の中で呟いて、門をくぐった。




 と、わたしは、それなりの覚悟をしてここまでやってきたのだが。

「……は、?」
「あはは! めそその顔、まぬけー!」

 どういうことだ。

 隊舎内に足を踏み入れ、霊圧の先の部屋に進んで扉を開いたら、思った通り、そこには更木隊長と一角と弓親が揃っていた。やちる隊長も機嫌が良さそうに笑っている。そして傍に、見た事あるような無いような髭面の隊士と、栗色の髪をした女の子が座っていた。

「ヒィ! お、あ、アンタ!」
「なんだ、睦じゃないか」
「よう」
「えーっと……」

 最初に声をあげたのは髭面の隊士だった。額に汗を光らせながら、こちらを見て口をあんぐりと開け、悲鳴のような声を漏らしている。何をそんな顔をしているのか、そう思いながら女の子へ目を向ける。不思議な霊圧だった。それに、十一番隊にこんな子が居たらきっと目立っているだろうに、わたしはその子を今まで見た覚えが無かった。

「その子は?」

 不思議な霊圧。けれどそれは若干の違和感に過ぎなかった。だから、どちらかというと何気なく質問をしたつもりだった。どのような答えが返ってくるのか、これ以上無いほどに気を抜いてしまっていた。

「旅禍だ」

 静寂が満ちた。答えたのは更木隊長だった。何の淀みも感情も無かった。わたしは何を言われたのが理解できず、その場に棒のように立ったまま、一言、言葉を落とした更木隊長を見つめ返すことしかできない。

「……え、? な、なんて言いました、今」
「あはは! めそその顔、間抜けー!」

 どういうこと。
 理解できずに口を間抜けに開けたわたしを指さして、やちる副隊長がきゃあきゃあと声をあげて笑う。
 呆然と今しがた「旅禍」と乱雑に紹介されたばかりの彼女に目を向けると、ちょこんと、緊張した面持ちで椅子に座って、ぺこり、とこちらに軽く頭を下げた。更木隊長が告げた言葉に、髭面の隊士が「隊長―?!」と声を荒げている。

「どうして、旅禍が十一番隊のところ、に」
「拾ってきた!」
「ひろっ?」

 慌てているのはわたしと、何故か髭面の隊士だけだった。更木隊長は表情をぴくりとも動かさずに黙っているし、一角も呆れた顔をしている。弓親はさっきからわたしの動揺よりも旅禍の子をじろじろ睨みつけているし、やちる隊長は満面の笑みだ。
全く理解できない。

「その子は、旅禍ってことは、」
「織姫ちゃんだ」
「井上織姫です!」

 情けない顔をしているわたしに、一角が付け足すように名前を言って、「織姫ちゃん」と言われた彼女が背筋をぴんと伸ばして挨拶をした。
 どうしよう、全然理解できない。当たり前だ。「旅禍を拾ってきた」ことと、その彼女が「井上織姫」という名前であることしか今のわたしには分かっていない。

「お願いだからちゃんと説明して……!」

 理解できないことが唐突に起きると、誰しもこうやって思考がままならなくなるはずだ。わたしは悲鳴のような引きつった声を漏らしながら頭を抱えることしかできなかった。



△△△



「それじゃあ、簡単にまとめると、」
「おう」
「涅隊長と戦闘していた旅禍二名のうち、織姫ちゃんをえっと……荒卷……くんが連れて離脱して……」
「荒卷くん…………」
「戦闘場所から離れているところにやちる副隊長が遭遇して、とりあえず面白そうだから連れてきた、……と」
「そうだよ!」
「……で、更木隊長は黒崎一護に会いたいが為に、彼女に協力することに決めた……と」
「…………」

 睦が神妙な顔つきで息をつく。暫くの間現状を整理していたらしい睦は、もう一度織姫ちゃんの顔を見つめた後に、深く息を吐き出した。
 なるほど、と口の中で呟くように言って、何故か俺と弓親を交互に見る。

「今日、わたし」
「なんだよ」
「そこそこ、結構、覚悟決めて来たのに」
「覚悟?」
「……なんでもない」

 拗ねたような、頭が痛いとでもいうような面をして、睦がまた息をつく。荒卷だけが他隊の席官がこの場に居ることにぐだぐだと言葉を零し続けていた。
 睦が朽木ルキアと親交があることは知っていた。時々話も聞く。刑がなんだのと、散々走り回っていたことも知っている。

「で、睦はどうするの」

 当たり前の顔で弓親が問う。睦は先程まで浮かべていた顰め面を解いて、唇を引き結ぶ。この真面目な表情は、俺にとっては未だに真新しく感じるものだった。

「ルキアちゃんを助ける為に、わたしも戦う。一緒に、戦うよ」
「ハァ?!」
「だよね」
「だろうな」
「やったあ!」

 この場で「正気か」という顔をしているのは荒卷だけだ。あと織姫ちゃんは若干驚いたように口を半開きにしている。
 他は概ね予想通りという顔だった。副隊長が満面の笑みで飛び跳ねている。

「どうせ皆黒崎一護が目的なんでしょ? 便乗する」

 真面目な表情を崩し、睦が歯を見せてくつろいだように笑った。見慣れた表情だ。

「それで、計画とかあるの?」

 部屋が静まり返り、睦が「ですよね」と呆れと安心が混ぜ込まれた表情でまた笑った。
 細かい計画なんざ立てる必要あるのかと、口を開こうとすると、窓の隙間から黒揚羽がするりと入りこんできた。そのまま隊長の指先にとまる。
 更木隊長の口の端が吊り上がる。

「朽木ルキアの処刑が早まった。明日だ。……分かりやすくていいじゃねえか」


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