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 白だらけの瀞霊廷内で、黒い羽をひらひらと靡かせて、地獄蝶が飛んでいるのは目立つ。辺りに誰も居ない空間でぽつんと飛んでいる蝶に思わず足を止めると、導かれるようにして蝶は此方に寄ってきて、わたしの出した指先にとまる。わたしへと飛ばされた地獄蝶だったようだ。

「…………」

 六番隊の隊士からの伝令だった。聞き馴染みのある声に心臓がざわめく。
 ……旅禍が捕えられたという内容だった。八番隊の京楽隊長と、十三番隊の浮竹隊長がそれぞれ一人ずつ旅禍を拘束したらしい。死亡ではなく、拘束。それも、四番隊舎の牢に入れられている。治療もきちんと行われているとみていいだろう。相手が良かったのだ。
 黒崎一護か、他の旅禍か。この伝令だけでは分からない。

「……阿散井も起きたみたい」

 阿散井も目を覚ましたと報告が入っていた。一緒に、「三席、今どちらにいらっしゃいますか」とも。隊舎に戻るべきか、迷った。けれどあても無く廷内を彷徨っていても、きっと旅禍を見つけることはできないだろう。わたしは身体の向きを変え、六番隊舎に向かって走り出した。


△△△


 牢屋ってのは狭ぇし暗ぇしじめついてて嫌になるもんだ。……牢が快適であっては意味が無いのだが。それは分かっている。だがこの冷たい鉄格子を好きになれるとは思えない。傍に置かれた蛇尾丸も戦えずに苛立っているのがじりじりと伝わってくる。……ここは、外の情報が伝わりにくい。どんくらい時間が経ったのか、それすらも、分かりにくくて嫌になる。包帯が巻かれた傷を掌でなぞった。

「元気そうじゃん」
「睦さん!」

 牢のある部屋に入って来たのは睦さんだった。指先に部屋の鍵をぶらつかせながら、俺の身体の傷をまじまじと見つめている。その後、食器へと視線を移して空になっていることを確認すると、満足そうに頷いた。

「ご飯もちゃんと食べられてるみたいだね」

 そのまま睦さんは牢の目の前まで来ると、指先を鉄格子に触れさせて、困ったように笑ってみせた。

「ごめんね。牢越しで。……傷はもう良くなった?」

 はい、と頷いた俺の声に、睦さんは安心したようにほっと息をついている。
 この人の姿を見るのが酷く久しぶりに感じた。そんなことは無い。……俺は確かに薄らいだ意識の中で、この人が斬魄刀を抜くところを見た。……そしてその刀を、収めたところも。
 牢の中で傷が癒えるのを待ちながら、この人に会ったら、聞かなきゃいけねぇとずっと思っていた。

「なぁ、睦さん……あの時、いつからあそこに居た?」
「…………」

 一言で伝わった筈だ。俺と一護が戦ったときのことだ。……答えは表情が、何よりも物語っていた。申し訳なさそうに眉を下げながら、俺の顔を見つめている。睦さんは「……ごめんね。聞いちゃった、色々」と言葉を零した。
構わない。俺の昔話を聞かれたのも、その後の俺の叫びも、聞かれたのに構いはしないのだ。それよりも俺が知りたかったのは、何故聞いたはずのそれを、隊長にも誰にも報告しなかったかということだ。「ルキアを助けてくれ」などという旅禍へ向けた言葉が上に伝わっていたのなら、牢での拘置などで収まっている訳がない。

「……何で報告しなかったんすか」
「黒崎一護、更木隊長に勝ったよ」
「!」

 俺の質問には答えないままで、睦さんは牢の柵ギリギリまで近づいて、俺の顔を真っすぐに見つめている。「ここからでも、二人の霊圧は感じたかもしれないね」そう彼女は一人で呟くように言った。

「どこまで聞いたか、分からないけど。……旅禍が二人、捕まったみたい。黒崎一護ではないよ、さっき確認したら、少なくともオレンジの頭じゃないことは確か」
「なんでそれを……わざわざ俺に」
「知っておいた方がいいでしょ」

 見透かされているのだろうか。俺が何を考えているのか。何をしようとしているのか。
 そのまま睦さんは傍に置かれた蛇尾丸に視線を移す。蛇尾丸はもう万全の状態だった。今にも戦いたくてうずうずしているくらいだ。

「残り数日だけど、わたしもできることは全部やるから。……とりあえず、その傷、全快させておいてね」

 睦さんは俺の返答を聞くことなく、そう言い残してこちらに手を振った。




 傷は癒えた。俺も、蛇尾丸も。今やるべきことは、少しでも力をつけることだ。
 死覇装へ袖を通し、額へ手拭を締めた。刀を振り下ろして、目の前の、嫌になるほど黒い鉄格子を破壊する。

「よし」

 いくぜ。相棒に声をかけて、走り出した。


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