25
大きな隊舎を仰ぎ見た。わたしの所属するあそこよりもずっと騒がしいこの場所を、わたしは案外気に入っているのだ。
「何の用だァ? てめぇ」
おや、と足を止める。わたしが訪れたここ――十一番隊の隊員らしい彼は敷地内に足を踏み入れたわたしに立ちふさがってその顔を歪ませている。なんだか懐かしい心地になりながら「六番隊の小宇都です。班目と綾瀬川に用が」と伝えると、彼は訝しそうな顔を隠すこともせずにわたしの頭からつま先までじっくりと見まわしてみせた。
「六番隊だァ? なんでんなお高く止まってる隊の女が……」
「おい! 何やってんだ新入り!」
わたしの所属する隊を「お高く止まってる」と称した彼は、そう呼ばれて振り返った。隊舎の入り口から一人の隊士が駆けてくる。全速力で走って来た彼は、わたしの前に立ちふさがる死神の頭を勢いよく掴むとそのまま前へ突き出した。すごい勢いで目の前の死神二人の頭が下げられる。
「失礼しましたァ! 小宇都三席!」
「は、三……?」
地面に向いた彼の口から心底不思議そうな声が漏れ出したのでわたしは思わず笑ってしまった。笑いながら「大丈夫だよ」と言うと、駆けてきた方の隊士の頭がおずおずと上がる。
「すいません、こいつ新入りで……」
「そっかそっか、おめでとう」
十一番隊に初手で配属されるなんてすごいね。そう続けると、新入りらしい彼が顔を少しだけ上げて未だに狐につままれたような顔をしているのが見えた。
彼の中で様々な思考がまわっていることが簡単に予想できる。
「もう顔、あげてよ、気にしてないし」
「ほんとすんません……よく言い聞かせておきますんで!」
「いいってば、……ただ」
今後は六番隊のこと、変に言わないでね。そう続けると目の前の彼は顔を真っ青にしてもう一度頭を下げた。新入りの彼は未だに目を白黒させている。
「班目三席と綾瀬川五席は道場にいらっしゃいますんで!」
「そっか、ありがとう。お疲れ様」
「はい! ありがとうございまァす!」
なんというか、この隊も変わっているようなあ。ガラの悪い学校の体育会系、と乱菊さんが称していたのを思い出した。暑苦しいったらありゃしない、と呆れ顔をしていた彼女を思い出して、そっと笑う。
道場に向かって足を進める。やっぱり面白い、十一番隊は。
「あのひと三席と五席とどういう関係っすか?」
「お前、あの人には絶対喧嘩売るなよ……」
△△△
道場の入り口から顔を覗かせると、まず最初に傍に立って居た弓親が気が付いて「ああ、睦」とその綺麗な顔をそっと緩めて笑う。うん、と声を返しながら竹刀を振り回す隊士たちを見渡した。ツンツンした頭のあの人が居ないのは霊圧で分かっていたけれど、一応、保険だ。弓親が笑いながら「隊長なら居ないよ」と揶揄うように言う。わたしの考えることなんてお見通しだったらしい。視線をさ迷わせているとその中心に見覚えのある坊主頭を見つけて、そっと息をついた。そのまま壁に背を預けて座り込む。
ぶつかり合う音が辺りに響いている。ここに居る誰もが、一角の剣を振る姿を熱心に見つめていた。わたしも例に漏れず、彼の剣筋から目を逸らせない。一角の戦う姿は、鮮烈で、美しくて、かっこよくて、目の奥に焼き付く。この姿が、わたしは好きだった。
相手の隊士が繰り出した突きをなんなく躱して、一角が胴に一撃を叩きこむ。がたん、どたん、なんて鈍い音を立てて、一角と打ち合っていた隊士が吹っ飛ばされた。一角はふう、と息をついてそのまま「次!」とぐるりと周りに目を向ける。ちらり、と目が合う。
「睦か」
「お邪魔してます」
「暇なら付き合えよ」
「嫌だよ。わたしじゃ一角の相手にならないもん」
「んなの分かってる」
一角は一瞬不機嫌そうに顔を歪めたけれど、次の瞬間にはにい、と口の端を吊り上げて笑った。「稽古つけてやるって言ってんだよ」竹刀を投げて寄越される。
わたしは面倒なことになったぞ、と頬をかく。一角の戦う姿を見るのは大好きだけれど、一角と戦いたいとはこれっぽっちも思ったことがない。それにわたしは剣術はからきしだ。この前は藤波と打ち合っている時に竹刀がすっぽ抜けて恥ずかしい思いをした。
弓親に助けを求めようと彼の顔を見つめてみたけれど、全く止める気はないようだった。今日は逃げようかな、と思って立ち上がる。
「めそそだー!」
「うっ」
どうやって誤魔化そうと視線を逸らすと、腹にどん、と衝撃がはしった。骨辺りがごき、なんて嫌な音が鳴った気がする。いや、鳴った。腰へ感じる重みをそのままに、わたしはその場に尻もちをついた。
鈍い痛みを感じながら腹部に張り付いた桃色に目を向ける。そこには可愛らしい笑みを浮かべた少女が首傾けていた。
「稽古の前にダウンさせてどーすんスか、副隊長」
「おはよう、めそそ!」
「…………おはようございます……」
「完全に入ったな」
一角は興がそがれたらしく、一旦竹刀を降ろして近づいてきた。呆れた顔をして震えるわたしを覗き込む。一方でお腹ををさすりながら引きつった笑みを浮かべるわたしなどお構いなしに、軽やかにやちる副隊長はくるくるとわたしの周りを回っている。
「今日は遊びに来たの?」
「はい、二人の顔を見ようかなと」
「むー、わたしは!?」
「もちろん副隊長にもお会いしたかったですよ」
ぷくりと頬を膨らませて、やちる副隊長はむくれている。可愛いなあ、と思いながら、このままでは機嫌が悪くなってしまいそうだったので、そっと彼女の前に飴の包みを差し出した。花の形をしたべっこう飴を見つけて、彼女が喜ぶだろうかと買ってしまったのだ。
「わー! かわいいね!」
「桃色もありますよ」
「きれー!」
きらきらと輝いた瞳で、彼女は手の中の飴を見つめている。可愛らしい笑顔に頬を緩ませていると、一角がぽつりと「お前も扱いが上手くなってきたな……」と呟き、弓親が笑いながら「一角よりもうまいよ」と肩を震わせている。人聞きが悪い。
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