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ゆらゆら

ぷかぷか浮かぶボートに揺られながら、ぼんやりとしてきた頭をどうにか覚醒させようとする。全然寝れていないのだ、仕方ない。本当は周囲に気を張っていなければならないのに、一度窮地を脱し気が緩んだからか眠気が顔を出してしまったのだ。

ジョースターさんの操縦で海面への緊急着陸は無事に成功し、わたしたちも乗客と共に香港沖にて救助された。
着陸前、「盾を貼れ」と静かな瞳で言う承太郎君にほんの少し戸惑ったものの、わたしは「盾、出せる?」とホーリー・スフィアーズを見上げた。わたしの不安そうな顔に気づいたのか、優しい掌が落ち着かせるように頭を往復する。
そうして彼女が手を目の前に翳すと、わたしの周りを透明な膜が覆った。手の甲で叩いてみるとこつん、という音が鳴る。

「……わたしだけだと、ちょっと」

一応盾らしいそれは出せたものの、きっちりとわたしだけを取り囲んでしまっている。ううん困った。わたしが彼女に「もう少しだけ範囲を広くできるかな?」と尋ねてみると、彼女は一度は首をこてりと傾けた。けれどすぐに頷いて、再び掌を目の前に翳す。ぐぐぐ、と球体が膨らみ、隣に立つ花京院君も包まれた。
もう一度ホーリー・スフィアーズを見上げるけれど、彼女はふるふると首を横に振っている。

「これが限度っぽい……です」

約直径2〜3m。それがこの球体の限度らしいが、ぎちぎちに詰まれば恐らく三人……入れるかもしれない、というくらいの些か心もとない大きさだ。わたし以外は皆かなり大きいので、かなり厳しいかもしれない。思案するわたしを他所に花京院君は隣でにっこり笑っているけれど、それは一体どういう感情なのだろう。
申し訳なくなって、控えめに手を挙げたわたしを承太郎君が真っ直ぐに見つめていたので大変心苦しかった。

「回復ができる君だけでも盾は貼っておこう」

アヴドゥルさんが、真面目な顔をしてそう言うのでわたしは更に申し訳なくなってしまう。

「……そうだな。じじいがしくじった時お前が無事でいた方が良い」

承太郎君の言葉にジョースターさんが怒るでもなく微妙そうな顔をしていてわたしはまた慄いた。恐怖を煽らないで欲しい。
しかし幸いと言おうか、ジョースターさんの操縦で墜落は免れたのである。不時着後も割とわたし以外の皆はけろりとしていて、格の違いを思い知った。……ただ単に、顔に出ていないだけかもしれないけど。


そうしてわたしは救助ボートに揺られながら承太郎君と花京院君を見上げていた。2人ともやはり背も高くガタイがいいので、ずっと隣で見上げていたら首が痛くなってしまう。わたしは手を抓って眠気を誤魔化すと二人に向き直った。

「あの、口の中の傷、治療しますね」

二人とも何故か平然としているけれど、先程スタンドに攻撃されたばかりだ。承太郎君の手の傷は既に塞がっているものの、口内にはまだ傷が残っている筈だった。
承太郎君はまた「大した怪我じゃねえ」だなんて突っぱねるのかと思っていたけれど、案外素直に向き直ってくれたので拍子抜けしてしまう。

「なんだか、…素直ですね?」
「……しつこいからな」

首を傾けたわたしに、承太郎君が呆れたようにため息をつく。
……しつこくした覚えなんてないけれど。

「花京院君も、いいですか?」
「ああ、ありがとう聖さん。……先に承太郎を看てやってくれ」

ふわりと人の良い笑みを浮かべる花京院君は、やはり紳士だ。落ち着いた物腰につられ、わたしも安心してくるのだから不思議だった。わたしは彼の言葉に頷いて、ホーリー・スフィアーズを発現させる。
手を翳すと、柔らかな光が辺りを包んだ。

「……あ」
「ぶふっ、」

間抜けな声を出したわたしの横で吹き出したのは花京院君だ。……決してわたしじゃない。
予想外のことが起こり、わたしは思わずぴしりと固まってしまった。承太郎君は訝しげな顔でこちらを見つめている。
今まで気づかなかったけれど、わたしのスタンドは治療する際に、「球体」という形を崩すことができないらしかった。そういえば、彼の手を治す時も、それを覆っていたのはまんまるだった気がする。盾だって、そういえば球体だった。
わたしの目の前で承太郎君の顔をすっぽりと覆うような、透明の球体。なんというか、

「う、宇宙飛行士みたい……」
「ぶはっ、」

また花京院君が吹き出した。彼は肩を震わせて笑い続けている。
なんとなく自分の状況を察したのか、承太郎君の顔が歪んでいく。……正直、かなり怖い。

「……次にこうなるのはお前だぜ、花京院」

花京院君がぴたりと動きを止める。淡々と言う承太郎君はやはり凄みがあって怖かった。