◎ロ ッ ク マ ン


言いようもない、鈍い音。
ぎちぎちと鋼が食い込む、嫌な音。

それの全てを自身の両腕の下でナマエは味わっていた。
無防備な頭を深く静めて、肘から上の部分、パワーアームの裏面で針の山を受け止めていた。
ナマエはしばらく呼吸が出来ないでいる。

ーー俺、今人生3回目くらいかもしれない。

生きているが死んだ気分だった。

「…………」

動けずにいるとやがて、悔しそうに喚いていたトラップがぎりぎりと持ち上がっていった。
全身を食い潰そうとした重圧から解放されて、気が付けばそこはステージの入り口だった。
いつのまにか尻餅をついて、ようやく肩で呼吸を始めている。

「……人生4回目だ……」

ようやく音になった声でナマエが呟いた。


「……くっ……ふ……ははははっ!」
響いた笑い声にはっとして見上げる。
赤いロボットが建物を支える天井付近の鉄骨に腰かけていた。
鋸状の歯車とマスクを身に付けた紅色の機体、そして何よりこの遠慮のない笑い方。
待っていたメタルマンだった。
「人生4回目の気分はどうだ?」
言葉が返せずにぼんやりしていると、メタルは鮮やかに床へと着地した。かなりの高さだったが、黄色い装甲に守られた彼の脚部は衝撃を吸収し、最低限の物音しか立てない。
「傑作だな。兄弟達にいい笑い話が提供出来る」
かか、とメタルは笑う。
ようやくアッシュの中に、ふつふつと感情が沸き上がってきた。
「……わっ、笑い話じゃねぇよ! 死にかけたんだぞ!?」
「普通の人間なら目も当てられない姿で死んでいたな。このトラップから生き残った人間はお前だけだ。くくっ……いや、さすがに人間じゃないな」
「人間だ馬鹿!」
過ごした空白の分だけナマエは悲痛に叫んだ。パワーアームが無ければ本当に死んでいた、 と赤いロボットに訴える。
「というか、見てたなら助けろよ! 鬼! 悪魔!」
「馬鹿言え、俺だって見た瞬間コアが冷えたぞ。だが機械の腕を付けた人間が、アレを受け止めてしかもそのまま、ものの見事に静止してるんだ。常識外れにも程がある。そのまま野良犬のように逃げ帰ってくる様なんて……くっくくく!」

鬼だ。魔性の鬼だ……。

ロボットの笑いのツボは分からない。
頭垂れてナマエは思った。

「お前は俺を何回殺そうとするんだよ……」
「結果オーライだな。お前はつくづく強運の持ち主だ」
「どうだか」
このメタルは任務の時とは文字通り『思考回路が切り替わっている』と、ナマエは信じてやまない。
そうでなければメタルの口から結果論など飛び出すものか。意地が悪い。
「笑って悪かった。停止しているように見えて、トラップは予測不可能に動き出すから、手を出すなと忠告し忘れた俺にも落ち度がある。すまない。だが、お前が迂闊にステージトラップに触れるとは思わなかったのでな」
「……」
メタルの言うことはもっともで、こういった危険については整備士のナマエ自身がよく知っているはずなのだ。
見切り発車で行動した自身のミスとしか言い様が無い。
「返す言葉もないな。俺が馬鹿だった」
慣れた頃が一番怪我をしやすいという。
先程の自分ならそのまま標本になれるだろうとナマエは居心地悪く頭を掻いた。

「油断大敵、だな」
絶え間なく動き続ける歯車達を背にメタルが言う。
マスクで覆われた口元なんてもちろん見えやしないが、抜かりなくこいつは笑っているなとナマエは思った。
「さて、このくらいにしておいて、作業に入るか」
メタルが手を差し出す。
しかしナマエは一向にその手を取ろうとはしなかった。
「……? ナマエ?」
呼び掛けてみるが、眉間に皺を寄せたまま返事もない。
「まさかお前拗ねてるんじゃあ……」
「……ない」
「ん?」
「腰が抜けて、立てない」
暫し静寂が訪れる。
メタルマンがじっとりと目を細めていた。

「何しにここまで来たのか分かってるのか」
どうしようもない奴め。
視線だけでそう罵られる。
「申し訳ありません。すみません」
マスク越しに、大きな排気がひとつ。
戦闘用ロボットを相手にしながらのそれは、メタルにとって些か不服にも感じられたが、へたりこんで動けない人間への呆れの方が大きかった。
「今度にロボ酒を飲む時はお前の実費だな」
「あーくそ! ちょっと待ってろよ、すぐに治るから!」
「DWNをわざわざ動かすんだ、高くつくぞ」

工具箱から必要なものを漁り、メタルは自らさっさと修理に取り掛かり始める。
時間の都合というよりは、内にナマエに奢らせる口実作りだった。

「鬼! この鬼ロボットー!」
「くはは。何とでも言え、腰抜け」

意図を察した哀れな男の叫びと愉快そうなロボットの声だけが、機械音に閉ざされた基地の中に暫く響いていた。

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