世界を茜色に染める美しい夕陽。
出雲の “実家” の屋根に佇んでいるのは、空色の着物を纏った少女。
生前と変わらぬ柔らかな瞳には、色鮮やかな世界が映し出されている。
「此方にいましたか、螢さん」
「……懐かしい言葉だね、マタムネ」
「覚えておられたか」
「もちろん。あなたとの大切な思い出だもの」
「変わりませんね……本当に、螢さんはお優しいお人」
螢の前に姿を現したマタムネは、別れの時と同じ慈愛の微笑みを浮かべる。
あの日 G.Sへと還ったマタムネが少女と再会するのは、これが初めてだった。
「───否、貴女は今やシャーマンキング。螢様とお呼びせねば失礼か」
「それは寂しいかな。マタムネは今でも友達でしょう」
「…そうですね、螢さん」
顔を見合わせ、優しく微笑み合う。
螢はマタムネの視線が近くなるよう その場に座った。
「仲直り、できて良かったね」
「ええ。葉さんと貴女のおかげです」
「…ううん。葉達がハオを救ってくれたの。私は何もしてあげられなかった」
「それは違いますよ。小生が悔やんだ1000年、螢さんはハオ様を信じ続けておられた。小生が成せなかった事を成してくださっていた。其れは貴女にしか成せなかった事。 ……小生、心より深く感謝しているのです」
「マタムネ……」
思いもよらなかった言葉に、少女は驚く。そんな風に考えた事などなかったのだ。
マタムネはにっこりと微笑むと、螢の隣へと腰を落ち着けた。
煙管(キセル)を燻らせ、夕陽を眺める。
あの日感じた、何処かで会った事があるような既視感。それは間違いなどではなかったのだ。
己の大切なヒトと分け合った魂だったのだから。その優しさも、愛情も、強さも、弱さも。全てが似通っていたのだから。
そして、己自身が抱える後悔や痛みさえも似ていた。
この少女は、己と同じ痛みを背負っていたのだ。
真っ暗な孤独の闇の中で、真っ白な優しさを宿した人。
「貴女は不思議なお人だ」
「ふふ、よく言われる気がする」
「小生はね、螢さん。貴女をこう思っているのですよ。 “水鏡の君”」
「みかがみ…?」
「ええ。 “みずかがみ” でもあり “すいきょう” でもある。貴女は誰にとっても己を映し出す鏡のようなお人。其れでいて、己が在りたいと思う姿を見せる鏡のようでもある。何方の意味も含め、水鏡の君」
「……」
「ですが、貴女は貴女。鏡のように感じ憧憬を抱くのは、あくまでも受け取る側の思い。積み重ねた経験と知識、洗練された魂に惹かれてしまうだけ。小生も随分と救われました」
己を見つめ直すための鏡。誰もが無意識のうちに少女をそのように感じているのだとマタムネは言う。
穏やかで優しく、近付きすぎず離れすぎず。
何事も器用にこなすが近寄り難い完璧な人間などではなく、とても身近で親しみやすい。
振り返ればそこに居てくれるような、安心感を抱かせる人。
だがその一方で、烈しい怒りや身を引き裂く哀しみ、痛み、憎しみ、苦しみ、絶望…あらゆる負の感情も知っている。
争い止まぬ1000年を見つめてきたその瞳には、この地球(ほし) の闇が刻まれている。
それでも俯瞰から物事を見定める少女の在り方は、さながら物言わぬG.Sのよう。
「小生、約1000年もの間 世界中を旅してきたが、螢さんのようなお人は見た事がない。貴女があの方の、そして葉さんの姉君で良かった」
「…ありがとう。私ね、ずっとマタムネに伝えたかった事があるの。 ───あなたがハオと葉の友達で良かった。あの子達を愛してくれて、本当にありがとう」
目を細め、慈しみに溢れた心で感謝を述べる。
少女の言葉は、いつだって愛情が込められている。
貴女はまた、小生の心を救ってくれるか
その瞳は心を見透かし映し出す鏡のよう
欲しい言葉をかけて下さる その優しさ
誰もが真似出来る心ではありません
感謝の想いを心に仕舞い、マタムネは柔らかく微笑んだ。
「では小生、そろそろ行きます」
「うん。またね」
「ええ。では、また」
次の約束はせず、二人は姿を消す。
誰もいなくなったその場所に、優しい風が吹き抜けていった。
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