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2000年1月某日 夜



「───これで終わり。色々お願いしてごめんね、狐珀」

「良い。気にするな」

「ありがとう」



少女は “弟” に会いに行った後、誰にも邪魔されぬよう場所を移し、己の持霊にいくつかの願いを託した。
用意周到、と言えるほどの頼みに、狐珀は溜息を吐く。


妾も覚悟を決めなくては


哀しみと苦しみ。怒りと歯痒さ。
複雑に絡み合う思いは、簡単に受け入れる事など出来ない。

大切な主のために、もっと何かしてやれなかったのか、何かしてやれないのか。
そんな思いばかりが胸を締め付ける。



「……ねぇ、狐珀」

「何じゃ」

「誰の事も……何も、気にしないで話せるの、これが最後かもしれないね」

「…そうじゃな」

「もう少しだけ、二人で話さない?」



零れ落ちそうな涙を堪え、螢は微笑む。
心配をかけまいとするその眼差しに、狐珀は同じ瞳を向けながら微笑み返した。



「………螢よ」

「なぁに?」

「其方は…幸福、だったか?」



その言葉は、少女にとって残酷な問いだろう。
自身の幸福を拒絶する主への、禁句とも呼べる言葉だ。

しかし、狐珀は誰よりも螢の幸福を祈っている。
その “幸福” の一つになっていたいと願っている。
これから訪れる残酷な現実を乗り越えるためにも、肯定してほしいと切望した。



「………」

「……すまぬ」

「謝らないで」



螢は泣き出してしまいそうな悲しげな瞳で夜空を照らす月と星を見上げる。
狐珀の問いかけには答えず。否、答えられぬまま。随分と長い時間、少女は星空をその瞳に映していた。

二人は何も言う事もないまま。押し寄せては引いていく波の音が辺りに響く。



「………私ね」

「…うむ」

「誰にも、嘘を吐かないで、生きられたらいいなって思ってる」

「……知っておる」

「───幸せだったよ。望んじゃいけないって、そんな資格ないって思いながら。私は、幸せだった」



そう言葉にした瞬間。
螢は溢れる涙を止める事が出来ず、両手でその雫を拭った。それでも頬を濡らす涙は止まらない。

少女のその言葉に、涙に、狐珀は安堵と罪悪感を覚える。



「螢…」

「狐珀も、葉も、アンナも………本当に、みんなの事が大好きだよ。私は間違った道を選んだと、後悔してる。でも、もうやり直せない……もう、止められない。過ちに気付くには遅すぎたの。私は間違ってばかり。後悔してばかりいる」

「そのような事を言わないでくれ。螢が、螢であればこそ…妾は其方と出逢えたのじゃ」

「ごめん……ごめんね……」

「謝るな。妾は其方と出逢えて救われた。幸福じゃった。螢が隣りに居てくれて、妾は………幸福じゃった」



泣きじゃくる少女を慰めるように、精一杯の愛情を込めて、狐珀は寄り添う。

少女との思い出が走馬灯のように駆け巡る。
絶望に塗れた己を二度も救い、絶対的な信頼を寄せ、優しさと愛情を与え続けてくれた、愛しい “娘” 。
何度 心を砕かれても、優しさと愛情を失わなかった強さ。
己を認められず、自身を愛せない弱さ。

“孤独” を体現したかのようなこの少女が、堪らなく愛おしいと想う。



「 “生きる” のは難しい……私が “私” でいるのって、本当に難しいね……」

「螢はずっと “螢” であった。妾が保証する。誰にも否定させぬ」

「あり…がとう……狐珀……っ」



ほんの少しでも幸福を感じていられる瞬間があったのなら、この長い旅路にも意味はあったのだろうと狐珀は思う。
少女が描く未来はささやかで、しかし実現するには難しい理想だ。

穏やかで、緩やかで、憎しみのない世界。
誰もが笑っていられる優しい世界。

憎しみと争いが蔓延るこの世界では、犠牲なくして成し得ない理想。
たった一つの小さな命で実現出来るのは、限られた枠組みの箱庭だけだろう。
そしてそれすらも叶えられるかわからない希望。

たとえ優しさと愛情だけを伝えても、その想いだけが遺るとは限らない。
心というものは複雑だから。誰もが同じ生き方など出来ないのだから。



「……弱音吐いてごめんね」

「構わぬ。螢はもっと甘えるべきじゃ」

「ありがとう……… もう、大丈夫。迷ってはいないの。私は私に出来る事をやるしかないって、わかっているから」

「…ならば、妾は妾に出来る事を成そう。螢の意思を引き継げるのは、妾だけじゃ」

「うん。狐珀がいてくれて、本当によかった。狐珀と一緒にいられて、私は幸せだったよ」



寂しげに、悲しげに。少女は弱々しく微笑んだ。
その胸中に渦巻くのは己への嫌悪感と罪過の念。消える事のない罪の意識は蠱毒となる。



「……G.Sには嫌われていると思っていたけど、そうでもなかったみたい」

「相当嫌われておると思うがな。じゃからこその布陣じゃろうて」

「ふふ…私にとっては最高の舞台だけどね」



そう言って笑う主に、狐珀は言い様のない歯痒さを感じる。
どこまで時を巻き戻せば、この少女は別の道を歩んでいたのだろうかと。



「何が遺り、どうなって往くのか…妾にはわからん」

「私もわからないよ。でも……」

「…何じゃ」

「新しい幕開けにはなる」

「……其方はどこまで先を見据えておるのじゃ」

「終焉まで描いてはいるよ。でも、どうなるかは予測がつかない。理想はあっても、そうなるとは限らないもの」

「…そうか」

「うん。だからこそ出来る事をやる。遺さなきゃならない」

「そうじゃな…」



それきり二人が言葉を交わす事はなかった。
星空を映し出す瞳には確かな後悔と諦め、そして僅かに安堵の色が滲んでいる。

間違えながらも、迷いながらも、微かな “希望” だけは遺せたと。
出会い、共に歩んできた大切な “仲間” 達の顔を思い浮かべる。



「───みんなの事が、本当に大好きだったよ。大切な、友達……仲間」



ポツリと呟いたその言葉は優しく。
哀しみと謝罪を込めた寂しい音色で響き、風に攫われていった。





どうか、1つ目の夢は叶いますように

もう1つの夢は叶わなくても構わないから
これ以上の願いは全て諦めるから

どうか その終焉が 光に満ちたものであらんことを





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