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第14廻 その娘、浴衣美人





1998年 夏
都内某所



最近のハオ様はやたら機嫌がよろしい


ハオの腹心であるラキスト・ラッソはその様子に疑問を覚える。
イライラされているよりは良いが、頻繁に一人で外出することにいささか引っかかるものがあるのだ。



「ラキスト」

「はっ」

「出かけてくるよ。オパチョ、いい子に留守番しているんだよ?」

「わかった!オパチョ、るすばん!」

「どちらに行かれるので…?」

「君には関係ないことさ。すぐに戻るよ」

「ハオさま!いってらっしゃい!」



貼りつけたような笑みは目が笑っておらず、その威圧感にラキストは沈黙する。
背を向けた主はすでに部下のことなど考えていないのだろう、上機嫌になっていた。



























「花火?」

「ああ。僕の仲間が持ってきたものがあるんだ」



ランニングの休憩中に突然現れたハオは、にこにこと螢を誘う。
最近ではこのタイミングを見計らったかのように会いにくるので、初めから人の少ない場所を選ぶようになった。

水分補給をしながら う〜ん と悩む。
すぐに色良い返事をしてくれると思っていたハオは、少し落ち込んだ。



「イヤかい?」

「ううん、そうじゃなくて。ハオの仲間が持ってきたものなんでしょう?私が遊んでいいのかなーって」

「どうせ誰もやらないよ」

「みんなで遊んだりしないの?」

「…するように見える?」

「・・・見えないかな」

「だろう?置いといても邪魔になるだけなんだ」



食い下がる。



「うーん…」

「まだなにか気になるのかい?」

「んと…ハオが嫌がりそうなのにな、って思って」

「あぁ…空気が穢れるから、か」

「うん」

「僕のことをよく理解してくれてるね。嬉しいよ。その点についてはちゃんと考えてあるさ」

「考え……… あっ!結界張って、遊び終わったら浄化する?」

「正解。ダメかい? “姉さん” 」




螢は参りましたと言わんばかりの笑みを浮かべ



「ハオが浴衣着てくれるなら、いいよ」



条件を提示した上で了承した。
その小さな要望にハオは笑顔を浮かべ



「螢も着てくれるなら」



交換条件を提示した。
それにはすぐに首を縦に振る。

待ち合わせの時間と場所を約束し、ハオは部下の元へ、螢は家へと戻っていった。


























「ハオさま!おかえり!」

「ただいま、オパチョ。 ラキスト」

「おかえりなさいませ、ハオ様。いかが致しましたか?」

「すぐに浴衣を用意してくれ」

「浴衣…?」

「陽が沈むまでに頼むよ」

「…かしこまりました」



用件だけ伝えてさっさとテントへと戻っていく。
その後を腹心のオパチョが追いかけた。


























「ただいま」

「おかえり、螢」

「あれ?葉は?」

「ロードワークよ。追いつけなかったのね」

「あらら。とりあえずアンナに言えばいっか」

「なに?」

「夜、出かけることになったの」

「あら、そう。なら今日はもう終わりでいいわ。夕飯は?」

「ありがと。食べてくよ」

「そう」



どこに、誰と。そういった質問は一切しない。
それはアンナが螢を信頼している証拠。

友であり、姉であり、唯一無二の存在だからこそ。


























シャワーを浴び、夕飯を済ませ、螢は浴衣に着替えた。
柔らかい藤色の布地にあしらわれているのは無数のホタル。

先日貰ったシュシュで髪を一つに緩く結び、右肩に流す。
唇にほんの少しだけ桃色の紅を引き、準備を終えた。

そろそろ出かけようかと、みんなに声をかけるため部屋を出る。



「じゃあ、行ってくるねー」

「おー。いってら…」



振り返った三人が固まる。
反応は三者三様。

葉は口をパクパクさせ、アンナは驚きの表情を浮かべ、阿弥陀丸は赤面していた。



「どうしたの?」

「ね、ねえちゃん…!彼氏でもできたんか!?」

「え、なんでそうなるの。違うよ」

「…綺麗よ、螢」

「へっ!? あ、ありがとう、アンナ」



頬に手を当て照れる姿は愛らしい。
アンナは優しく笑みを浮かべ



「さ、いってらっしゃい。遅れるわよ」



そう言って玄関まで見送った。


あたしを見惚れさせるなんて、やるじゃない


少しだけ赤くなった頬の熱が引くまで玄関で時間を潰し、居間へと戻っていった。


























カラン コロン

規則的な下駄の音が静かな夜の街に響く。
喧騒から少し離れた道を選びながら、螢は歩いていた。

約束の場所まであと少し。
ふわりと熱い風が吹く。



「待ちくたびれた?」

「早く会いたかったから迎えにきたんだよ」

「ふふ… ありがとう。やっぱり似合うね、浴衣」

「螢こそ」



いつもと違い、少し大人っぽい姿。
他の誰かに見せるのが惜しくて、見つけた瞬間、攫うようにS.O.Fで捕らえた。

その美しさに息を飲んだ。
淡いブロンズの髪も、紅茶色の瞳も、身を包む浴衣から覗く素肌も。

少女を形作る全てが、美しかった。



「それ、使ってくれたんだ」

「うん。お気に入り」

「よく似合ってるよ」

「ありがとう」



ふんわりと優しく笑う。
いつもと同じ笑顔のはずなのに、ハオの鼓動は少しだけ早まった。

同時に、未だ “弟” としてしか見てくれていないことに、チクリと痛みを覚える。



「その荷物はなんだい?随分デカいけど」

「これは、ハオと、ハオの仲間に」

「僕達に?」

「うん。足りるかわからないけど、明日の朝にでも食べて?」



手渡された紙袋の中は御重が入っていた。
夕飯を多めに作り、詰めておいたのだ。



「気を遣うことないのに」

「花火もらっちゃうお礼だから」

「…そうかい。ありがたくいただくよ」

「うん」



目的地である河原に着くとS.O.Fから降り立つ。
街灯もない真っ暗闇の中、誰にも邪魔されない空間で、静かに花火を始めた。

初めは色を変えるタイプのものを。
次は据え置き型のものを。
最後は、線香花火を。

無邪気に笑いながら遊んでいた螢は、今はしゃがみながら小さな灯火を見つめる。



「綺麗…」

「そうだね」

「線香花火が一番好きかも」

「どうしてだい?」

「───儚いから、かな」



暗闇では顔を見ることは難しいが、その声音が寂しそうであることには気付いた。
先を促すように沈黙すれば、螢は小さく笑い、言葉を続ける。



「落ちる瞬間の…一瞬の輝き、って言うのかな。ホタルみたいなその輝きが、なんだか切なくて、悲しいんだけど…好き」



なんと言葉をかければいいのかわからなくなったハオは。
優しく、螢の頭を撫でた。



「物悲しさに、惹かれるのかも」

「美しいから、かい?」

「うん」

「なら、螢も線香花火… いや、ホタルみたいだね」



その言葉に、螢がびくりと肩を揺らす。
初めて動揺の反応を見せた螢に、ハオは少しだけ驚いた。

しかし、心の中はやはり静かで。



「…どういう、意味?」

「ホタルみたいな光になって、どこか遠くへ行ってしまいそうだからさ」

「私…生きてる、よ?」

「わかっているよ。でも、そんな危うさがある。だから僕は君のことが好きなのかもね」

「私もハオのこと、大好きだよ。大切な弟だもん」

「…血の繋がりはないだろう」

「それでも。 … “弟” なんだよ……」
















向けられる好意が本物であるのなら
───なおさら、受け取るわけにはいかない

私には そんな資格ないから………









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