空で見つめて→
単純に瞼を閉じて一瞬のうちに開いたつもりだった。
つまり意識の中では、瞬きをした、だけ。だが違ったようだ。
「え?あれ?」
「…気がついた?」
私は自分の席について授業を受けていたはずなのに。ピントが合わない視界からではよくわからないが、三半規管の認識と背中の感触からすると私は今、横になっている。
手の甲で目を擦る。ぱちぱち瞬きを繰り返して視力を取り戻せば、見えたのはやはりというかなんというか、天井だった。
「私の、部屋…」
「寝不足だって。具合悪そうだったから保健室に連れていったんだけど、ね」
聞き馴れた声がすぐそばで耳をくすぐった。「錫也?」首を竦めるように向けて名前を呼ぶと、「ん?」と返ってくる。近い。吐息が掛かるほど、顔と顔との距離はほぼ無に等しかった。
間近に見る幼馴染みの顔は、笑顔ながらも少し疲れを含んでいる。この前のように、心配させてしまったのだろうか。
さっきまでの記憶が夢でなければ、私の意識が途切れたのは天文学の授業中だったはずだ。エイプリルフールの時とは違い目の前で起こってしまっては、前科があるとはいえ冗談だと疑うこともなかっただろう。
「…ごめん」
「いいよ、謝らなくて」
「でも、それならどうして私の部屋に?」
「星月先生が、ただの寝不足だから部屋に連れてって寝せてやんなさいって。…ちょうど自分が寝ようとしてたみたいでさ」
「ああ…」
やり取りの状況が目に浮かぶ。職務怠慢とは、あの先生のための言葉だと思う。
「…で。運ばれてる時さえ起きないなんて、昨日の夜は何やってたんだ?」
「あはは…」
「誤魔化すんじゃありません」
「…ごめんなさい」
やっぱりお母さんみたいだ、と可笑しくて顔を背ければ、「またお母さんみたいって思っただろ。顔に出てるよ」と指摘された。
正解です。さすがお母さん、もとい錫也。伊達ではない。
「課題に使えそうな資料探してたら、昔のアルバム見つけちゃって…。うっかり夢中になって見ちゃいました」
「アルバム?」
「そう!」
取って取ってと、机に広げたままのアルバムを指差す。
快く持ってきてくれたアルバムを受け取ろうと、上半身を起こそうとしたら錫也に制された。仕方がないので、横になったまま話す。
「錫也と哉太が可愛くって」
「へぇ?」
「懐かしいでしょ」
「うん。"すずちゃん"って、もう呼ばないもんな」
「…呼ばれたいの?」
「いや。今思えば女の子みたいだし…、呼び捨ても特別なカンジがして嬉しいよ」
ぺらり、ぺらりと、一枚一枚捲る音が響く。アルバムに視線を注ぐ錫也を眺めながら、ふと考えた。昔とは顔つきが変わったな、と。
「…ん?どうした?」
私の視線に気づいて、錫也がこちらを向いた。ドキッとしたのは気のせいではないはず。
「んー、昔は可愛かったのになーって」
「今は違うって?」
「うん。……その、悪い意味じゃなくって。かっこよくなった、かな?」
「え、」
暫し沈黙が流れた。
サラッと後先考えずに言ってしまったから、何と続けていいかわからない。語尾に疑問符を付けてしまったものだからますますだ。
錫也が何か言ってくれればいいのに。私が思案をめぐらすうち、錫也のほんのり赤みがかった頬が、嬉しそうに持ち上がった。
「えっと…、」
詰まった会話と、翳る視界。そのまま間近に気配が迫り、私の頬に柔らかいものが触れた。
少しして離れて、上から覗き込むような体勢で錫也が笑む。
「お前はもっと可愛くなった」
とろけてしまいそうなほどに、にこり。優しくて甘い、昔と変わらない空色の瞳が、私を見下ろしていた。
(090730)
企画:)星が囁いた様に提出。
参加させていただき、ありがとうございました。