大通りから少し外れた裏通り。小洒落た建物が並ぶ、そこに煉瓦造りのカフェが一見建っていた。
カフェの名は“セシリア”。
「こんにちは」
「おや、久しぶりだね、瑠李嬢」
ドアベルが来客を告げ、初老の男性が顔を上げる。彼の視線の先にいたのは、久しぶりに見る顔だった。頬が緩んだまま、彼は彼女のお気に入りのカフェオレを作り始める。
彼女ともそろそろ三年の付き合いになるだろうか。
「今日はね、人と待ち合わせをしているの」
「珍しいねぇ」
彼女が人と約束をしているなど、本当に珍しい。そもそも、この国に彼女の知り合いがいることが彼には驚きだった。
「いつも通り抜け出して、ふらふらしてたらこんなのを拾ったの」
ニコニコと笑って彼女がバックから取り出したものは、どこかの中学生の生徒手帳らしい。裏面には中学と持ち主の名前が記載されている。
その名前と写真に見覚えがあった彼は目を丸くしたが、瑠李がそれに気づくことはない。
「探しているんじゃないかと思って、電話したら 「電話したのかい?」 うん」
眉を顰めて険しい顔をしたマスターに、瑠李は眉をへにょりと下げた。マスターのカフェオレを入れる手も止まっている。
「なにか、ダメだった?連絡先が書かれているのは、そういう時にひつようだからでしょ?」
困惑と不安を綯い交ぜにした表情に、今度はマスターが眉を下げて苦笑した。
「悪いわけではないよ。むしろ、褒められるべきことをしたね、瑠李嬢。だが、最善の選択は警察に届けるべきだった、ということさ。世の中、そういう縁からどう転ぶかなどわからない。君はこんなことで思うかもしれないが、世界のどこに行っても危険はついて回るものだよ。だから、むやみやたらとこんなことをしてはいけないよ?」
「……うん、わかった」
眉根を寄せて難しい顔をする瑠李に、マスターは苦笑する。一応は納得してくれたらしい。出されたカフェオレを飲む彼女に、彼は人知れず深いため息を吐いた。
「まあ、不幸中の幸いなことは、彼が悪い子ではないことか」
バックから文庫本を取り出して読み始めた瑠李に、彼の小さな呟きは届かなかった。
―――*――*――*―――その少年がセシリアに来店したのは、お昼を少し過ぎた時間だった。
「こんにちは、征十郎君」
「こんにちは、マスター」
朱色の髪を揺らして会釈した少年は、挨拶もそこそこに店内をキョロキョロと見回した。そんな彼の様子に、マスターは苦笑した。
「君が捜している子は、多分あそこの子だよ」
マスターが指したのは日当たりが良い窓際の席だ。
そこに座っていたのは、小さな少女だった。自分よりも2、3歳年下であろう少女だが、紫がかった黒髪を太陽が艶やかに煌めかせて大人びた印象に見せていた。紅茶色の瞳がやさしげに細められていて息をのむ。心臓が大きな音を立てて止まってしまったのだろう。息をするのが苦しい。
赤司は彼女の表情に一瞬で心を奪われていた。それは自分でも知らないうちに。
そっと、音をたてないように赤司は彼女に近づく。
「こんにちは」
肩をたたかれて、集中していた瑠李の視界に広がったのはあまりにも鮮やかな夕日色だった。彼女は驚いたように目を丸くして、刹那、ふうわりと微笑んだ。
「こんにちは。初めまして、赤司征十郎さん」
またひとつ、心臓が揺す振られる。清廉でいて凛とした声が、耳から離れない。
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