誰かを愛するのは簡単だけれど、誰かに愛されるのは難しい。
一人を愛するのは簡単だけれど、世界中の全てを愛するのは難しい。

難しい事は出来るだけしたくはない。
だから私は、ただ一人をひっそりと愛していた。
それが気付かれようが気付かれまいが、関係なく、またそれを伝えることはしなかった。
伝えたところでふられて気まずい思いをするのは嫌だし、相手にとっても迷惑になるだろうし。
自分を押し殺して生きていくことは辛いが、自分だけが辛くて済むなら、それでもいい。

…一方通行のままでも良いと思ったのに。
“彼”はそうさせてくれなかった。

「アルエちゃんが好き」

そう聞かされたときは驚いたが、彼はその言葉をよく口走っていたので、冗談なのだろうと思っていた。

「レイヴンさん、冗談でもそんな言葉を軽々しく言っては駄目ですよ?」

いつものように笑ってあしらった。
(心の中ではなんて辛い冗談なのだろうと泣いていたが)
だが、今日の彼は飄々とした笑みではなく、普段見せない真面目な表情で。

「おっさんは本気なんだけどね」

もう、自分を押し殺すのは止めにしないか、なんて言われているような気さえして。
“過去に愛した男性”には申し訳ないけれども、もう一度だけ、誰かと愛し合う事を許してくれませんか。
世界中の全てを愛するのは難しいけれど。
先ずはこの人と愛し合う事から始めさせてください。



彼女は気付いていないだろう。
俺が、過去に彼女に愛された男だと言うことを。
そりゃそうだ。
名前も変えた。あんな真面目腐った性格も、騎士の剣も鎧も。何もかも捨ててしまったのだから。
…否、捨てたという表現は正しくはないだろう。
現に俺は未だにアレクセイとそれより過去の亡霊に囚われ、彼方と此方を行き来しているのだから。

逆に捨ててしまったのは…“アルエ”だけなのかもしれない。

それの罪滅ぼしというわけではないのだが、“レイヴン”として彼女を愛することを決めた。
…それを彼女が許してくれるかどうかはわからない。
それを決めるのは俺ではない、俺に決める権利などはない。



「私も、好きです」

嘘でも、彼女の口からその言葉を“もう一度”聞くことが出来て嬉しかった。
彼女は過去の自分にではなく、今の自分に対して言ったのだろうが、既に過去の自分のことは忘れてしまったのだろうか。
正直、忘れてくれていたほうが気が楽になるが、それはそれで悲しい気にもなる。
もっとも、今の自分に同情の余地なんてないのだが。
すべてのものを愛し続けるなんて俺には出来ないが、アルエだけは愛し続けられる気がする。
否、そうしなければならない。


――それが、彼女を解放するただ一つの方法なのだから。



この世界のすべてのものを愛し続けることはとても難しいけれど

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