「 素敵な手 」 / ナマエ視点


スヤに促されやって来た悪魔教会。 入り口の大きな扉をそっと開ければ、長椅子に腰掛けている彼が目に入り、ドキッと胸が音を鳴らす。 『彼の仕事の邪魔にならないかしら…』 『今は休憩してるみたいだし、大丈夫…?』 脳内でああだこうだと考える私だったけれど、これじゃあ埒があかないと覚悟を決める。 勇気を振り絞って出した声は、何とも頼りないものだったけれど… 彼の耳にはしっかりと届いたようで、すぐに振り返ってくれた。 …そこから起こった出来事は、彼の名誉のために今回は割愛させてもらうことにする。 …ふふっ、今思い出しても、つい笑っちゃいそうになるけれど。

…そして、現在。 私は彼に、回復魔術を施してもらっている。 本当に些細な怪我だったのだけど、彼の治療に対する真摯な態度を目の当たりにして、無下にすることなど出来なかった私は、その好意に甘えることにしたのだった。

「魔族の方の回復魔術って、こんな感じなのね…」
「そ、そうだね。 私の魔術は、その、見た目は少しアレだけど… 効果は保証するから…!」

焦ったようにそう口にする彼に、誤解させてしまったかと申し訳ない気持ちが込み上げる。 ただ単純に関心を持っただけなのだが、確かに彼の言う通り。 黒いオーラのようなものが床から立ち昇り、私の手を包み込んでいる様は、何だか少し禍々しい。 だけど…

「こんなに柔らかくて、温かい魔術なんだもの。 疑うわけないわ」
「っ、ッ〜〜!!!」

みるみる内に真っ赤に染まる、あくましゅうどうしさんの頬。 初めて会った時にも感じたけれど… 全く女性に慣れていないらしく、私の言葉一つ一つに大袈裟に反応する彼が "悪魔" だなんて、本当に嘘みたい。 名前も "悪魔修道士" と言うくらいなのだから、もっと荒々しい性格でも良さそうなものなのに。 彼は全くもって、そうでは無いらしい。

「( やっぱり魔族も人間と同じで、人それぞれってことなのね。 …それにしても。 こんな風にあくましゅうどうしさんとふたりきりで話すのは、初めてよね… )」

この数日間。 沢山の魔族の方たちとお話してきたけれど、彼とは初日に会って以来、初めての交流だ。 今日の反応を見る限り、嫌われてはいないと思うけれど… おそらく私を避けていたことは、間違いない。

「( …せっかく話せたんだもの。 また避けられるのは寂しいし… もっと仲良くなれないかしら…? )」

このチャンス、逃してなるものか。 そう決意した私は、彼のことをもっと知るために、ここぞとばかりに彼を観察することにした。

サラサラの深い藍色の髪に、スッと通った鼻筋。 背もすらりと高く、距離が近いと見上げるのが少し大変なくらいである。 私の言葉に顔を真っ赤にしながらも、真剣に回復魔術をかけてくれる姿はとっても頼もしい。 魔族であろうが人間であろうが、種族など関係なく怪我人を助けようとする彼は、本当に優しい心の持ち主なんだろう。

「( 大きくて、優しい手… 何だかとっても、安心する… )」
「っ、ッーーーーっ!?!?」

本当に、無意識だった。 私の指にかざすように魔術を発動している彼の手を見つめていると、どうしても触れたい衝動に駆られてしまって… もう一方の手で、そっと彼の手に触れる。 その瞬間、彼はビクッと体を揺らして、後ずさってしまった。 ほんのりと温かく私を癒してくれていた回復魔術はピタリと止んで、黒いオーラも瞬く間に消え去っていく。

「なっ…! な、ななっ、なにをっ…!?!?」
「…ご、ごめんなさい。 とても素敵な手だなぁ… と思ったら、つい…」
「すっ、すす、すてきなっ、手ぇっ!?!?」

私が触れた部分をギュッと握り締めながら、おろおろと顔を真っ赤に染める彼の姿に、私の胸はきゅんと音を鳴らす。 …やだ、どうしよう。 真っ赤な彼を見ていると、何だかすっごく意地悪をしたくなってきた。 スヤには加減してあげてと言われたけれど… 少しだけならいい、よね…?

「…ええ、とっても素敵だわ。 余所者の私にもこんなに親切に治療してくれるなんて… 本当に優しいのね、あくましゅうどうしさんって」
「っ、ッ!! あっ、あまり、私を揶揄わないで…っ これ以上はっ! 心臓が…っ!」

今度は胸を押さえながら、ギュッと目を閉じて懇願される。 そのいっぱいいっぱいな彼の姿に、私の胸は更に激しく音を鳴らし始めた。 …ああもうっ! そんな可愛い反応をされたら…!

「……さっき、考え事をしてたって言ったでしょう?」
「っ、えっ? あっ… は、針で指を、刺した時…っ?」
「そう、その時。 …私ね、その時、」
「っ、?」
「………あなたのこと、考えてたの」
「……………へっ?」

彼の間抜けな声に思わず笑ってしまいそうになるけれど、グッと堪える。 決して、揶揄ってなどいない。 本当の本当に。 私はあの時、目の前の彼、あくましゅうどうしさんのことを考えていたのだ。 嘘偽りない、事実である。

「あなたに会えなくて寂しい… 早くあなたと仲良くなりたいなぁ… って」
「っ、&@%#☆$ーッ!?!?!?」
「( …あら? 少しやり過ぎちゃったかしら? )」

声にならない声をあげて、あくましゅうどうしさんはその場で真っ赤になって固まってしまった。 これ以上は彼のキャパが限界だと感じつつも… 私にはまだ、彼に伝えたい言葉があった。 それは…

「あくましゅうどうしさん…」
「っ、な、何だい?」
「いつもスヤのことを大切にしてくれて… 本当にありがとう」
「っ、!!」

人質として連れられてきたスヤを、彼はいつも優しく見守ってくれていたと、聞いている。 そんな彼に最大の感謝の気持ちを込めて。 私はゆっくりと頭を下げた。

「あっ、頭を上げて、お姉さん…! 君にそんな風に言って貰うほどのことは、何も…っ、」
「…ナマエ」
「へっ…?」
「私は "お姉さん" じゃなくて、ナマエ!」
「っ、えっ!? あっ、えっ、えっと…っ」
「ほらっ、呼んでみて…?」
「っ、ナマエ、ちゃん…っ?」

『ナマエちゃん』
彼にそう呼ばれ、心の距離がぐんと近くなったようで、すごく嬉しくなる。 胸いっぱいに広がる喜びに何だかくすぐったくなって、思わずふふっ、と笑いが込み上げた。

「ふふっ。 はい、ナマエです。 …今日は治療してくれて、ありがとう。 "レオくん" 」
「っ、ッ!?!? いっ、い今っ、なっ、なまえ…っ!!」

名前を呼ばれただけで慌てふためく彼が、やっぱりとても可愛くて。 私はもう、大満足。 お腹いっぱいである。 そんな私とは打って変わり、本当にこれ以上は心臓が持ちそうにない彼を横目に、私はるんるんと教会の扉へと向かう。

「それじゃあ、またね。 レオくん」
「っ、ッ〜〜!!!」

扉を出る間際、笑顔で再度彼の名前を呼び、別れの挨拶を告げた途端。 へなへなと床に座り込む彼に、私はついに堪えきれず… くすくすと声を出して笑ってしまった。

「( 本当に、うぶなひと )」

ここへ来る前の不安な気持ちとは一変。 今はただ、ほっこりと温かい気持ちが私の心を埋め尽くしていていた。




「ただいま、スヤ」
「おかえり、お姉さま。 …レオくんとはちゃんと話せた?」
「ふふっ、あれはちゃんと話せたうちに入るのかしら?」
「…… あー… ウン。 …何となく、想像ついたよ」

私の返答に呆れた表情を浮かべたあと 『加減してあげてって言ったのに』 と呟くスヤに私は一言。

「だって彼、可愛かったんだもの」
「……レオくん、死んでない? 大丈夫?」
「っ、ふっ、ふふ…っ! きっと大丈夫! それにもしダメージを負っていたとしても… 彼、回復魔術が得意でしょ?」
「……魔術で回復出来るようなダメージじゃない気がするんだけど」

最後に見た彼の姿を思い出し、自然と笑いが込み上げてくる。 そんな私を終始呆れ顔で見つめていたスヤは、ハァと一度大きなため息を吐くと 『レオくん、ご愁傷様』 と小さく呟いたのだった。


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