「 息の仕方も忘れるほどに 」 / あくましゅうどうし視点


「よし…! これで全員生き返ったかな?」
「おう! いつもありがとうな、あくましゅうどうし!」

姫が溜めに溜め込んだおばけふろしきたちの蘇生を終えて、私はふぅ、と安堵のため息をこぼす。 生き返った彼らは私に一言礼を言うと 『次は絶対に俺たちが勝つ!!!』 と意気込んで、さっそく教会を出て行った。 姫のあの大きなハサミ相手じゃ分が悪いだろうに。 彼らも良くやるなあ… なんて彼らの執念深さに感心しながらも、半分呆れつつ… 私は一息つこうと、教会の長椅子に座り込んだ。

「( それにしても、近頃はおばけふろしきを蘇生する数も減ってきていたのに。 今になってどうしてまた……… あ。 もしかして… )」

あるひとつの可能性が、頭の中に浮かび上がる。 他にも思考を巡らせ原因をあれこれと考えてみたが、どれもピンとは来なかった。 ……やっぱり、これだけのおばけふろしきがやられている原因って、

「( 姫が… お姉さんの寝具を作るために、倒してるから、なんじゃ…? )」

先日会った、姫のお姉さん。 たった一度。 ほんの数分話しただけなのに、あまりに美しいその姿は私の脳裏に焼き付いていて… 今でも、鮮明に思い出せてしまう。 透き通るような白い肌。 姫と似た美しい銀色の髪は緩くカーブを描いていて、柔らかそうだなぁ… と思わず手を伸ばして触れたくなったことを覚えている。 大きな瞳はキラキラと輝き、少し垂れ目がちなのが庇護欲を掻き立てられて、目が離せない。 かと思えば、言動がしっかりとしていて、そのギャップがまた…

「( …って、ダメだダメだ…っ! 彼女のことは、考えないようにしていたのに…っ )」

脳裏に浮かぶ彼女の姿を掻き消そうと、必死にぶんぶんと頭を振る。 私がこれほどまでに彼女のことを思い出さないようにしていたのには、きちんと理由があった。 それは…

「( 『ひとめぼれ』 なんて、そんなの…っ 気持ち悪いに決まってるじゃないか…っ!!! )」

一目惚れ。 以前の私なら 『そんなことあり得ない』 と鼻で笑って一蹴していたことだろう。 だけど現に私の胸は、現在進行形でどっくんどっくんと早鐘のように激しく鼓動を繰り返している。 こんな状態に陥ってしまってはもう、潔く認めるしかなかったのだ。

「( ああ…っ もうっ! おさまれっ、おさまれ…っ! こんなの、心臓がいくつあっても足りないよ…っ! )」

彼女のことを考えただけで、これである。 魔王様からの言伝によれば、この数日で彼女は私以外のたくさんの魔物たちと交流を深めたようで、私とも仲良くなりたいと、そう言ってくれているらしい。 …ちなみに余談だが、その話を聞いた直後の私の舞い上がりっぷりは、説明するまでもないだろう。

「( 本音を言えば、私だって…… 彼女と仲良くしたい…! だけど彼女を前にすると、呼吸の仕方さえ忘れてしまうほど、頭の中がぐちゃぐちゃに乱されて、どうすればいいか分からなくなる… もうすでに恥ずかしい姿を見られているのに、これ以上醜態を晒すわけには…っ )」
「あの、すみません… 少し、お邪魔しても、よろしいでしょうか…?」

脳内で激しい葛藤をしていた私の耳に、突如。 高く凛とした声が届く。 遠慮がちに小さく呟くような声だったが、心をギュッと鷲掴みにするような、そんな声で… ハッと我にかえった私は、慌てて声の主の方へと振り返った。

「ご、ごめんね…っ ちょっと考え事をしていて…! 私に何か用… か… な……」
「あ、えっと……」

視界に飛び込んできた人物に、私はピシリと動きを止める。 私の視線の先。 教会の大きな扉を少しだけ開けて、顔をひょっこりと覗かせていたのは… 今の今まで、私の心を掻き乱していた、張本人。 そう。 姫の… お姉さんだった。 …えっ? いや、えっ? 本物? …………本当に???

「お久しぶり、です」
「っ、ッ、ぅぇえっ!? なっ、なんっ、なんで…っ ここにっ!? って、あっ、あいさつ…っ! ひっ、ひ、ひさしぶりっ! こっ、ここ、こん、こんにちは…っ!!!」
「………こ、こんにちは」

ただ固まるだけの私に、彼女は戸惑いがちに挨拶の言葉を告げる。 その声でまたもやハッと我にかえった私は、慌てて口を開くけれど… 口をついて出るのは、何とも情けない言葉の数々だった。

…実のところ。 声が聞こえた瞬間に 『今のはあの子の声なんじゃ…』 なんて考えが脳裏をよぎっていたのだが。 だけど、まさか、本当に。 目の前に現れるなんて、夢にも思わないじゃないか…! というか 『久しぶり、こんにちは』 って…! 小学生かっ!? しかもそんな簡単な言葉さえ噛まずに言えないなんて…!!

「っ、あっ、ああああの…っ! 」
「ふっ… ふふ…っ」
「ッ、っ…!?」

何とか挽回しようと、意を決して口を開いたその時。 私の耳に届いたのは、くすくすと控えめに笑う、何とも可愛らしい声。 まさかの展開に思わず驚き、言葉を詰まらせてしまう。 そんな私を知ってか知らずか、彼女は今だに笑い続けていて… その小さな肩がふるふると震えているのが、少し離れているこの距離でも、分かってしまった。

「っ、ご、ごめんなさい…っ! で、でもっ、おかしくって…っ! ふっ、ふふっ…!」
「っッ〜〜〜!!!!!」

必死に笑いを堪えようする彼女の可愛らしい仕草を見れたことと、情けない姿を見られたという羞恥心がごちゃまぜになって、胸はドキドキ、思考回路はショート寸前… まるでどこかの歌詞に出てくるような、そんな状態である。 きっと茹で蛸のように真っ赤になっているであろう私の顔を見て、彼女はさらに笑いが込み上げてきたようで… 控えめだった笑顔は、くしゃり、と目尻を下げるものに変わり、それがさらに私の胸をガシッと掴んで離してはくれなかった。 …もうっ、もう、やめてくれ…っ!! これ以上、私を悶えさせないで…っ!!!!

「っ、はぁ…っ、すみません…っ! 沢山笑っちゃって…っ」
「あっ、いや…っ! それはっ! 全然…! 構わないんだ
けど…っ」

私の心の底からの願いが届いたのか… その後すぐに笑いがおさまった彼女は、謝罪の言葉を口にした。 全くもって怒ってなどいない私は、すぐさまフォローを入れる。 そんな私に彼女はふわりと優しく微笑むと 『お邪魔しても、いいですか…?』 と再度、律儀に尋ねてくれて… 『どうぞ…っ!』 と何とか吃らずに答えることが出来た私は、ホッと胸を撫でおろす。 …よし! この調子でこのまま、話を続けなくては…っ!!

「そ、それにしても… 今日は、どうして、ここに…?」
「あの、実は…… 少し、怪我をしちゃって…」
「何だってっ!? 一体、どこを…っ」
「っ、!」
「ッ、あっ… ご、ごめん…っ!」

近くまでやって来た彼女に、やっと本題を尋ねることが出来て、再度ホッとしたのも束の間。 彼女の口から告げられたのは、予想外すぎる言葉で… 私は焦るあまり、声を荒げて彼女の肩をガシッと掴んでしまった。 しかしその直後、彼女がビクッと体を揺らしたことで、自分の軽率な行動に気がついた私は、慌てて彼女の肩から手を離す。 …や、やってしまった! 突然肩を掴むなんて… 怖がらせてしまっただろうか…っ!? そんな心配をする私の様子を察してくれたのか、彼女は何事もなかったかのように、話を元へと戻してくれた。

「…あ、あの、全然! 大した怪我じゃないの! スヤと縫い物をしていたんだけど、考え事をしていたら… 針で指を刺しちゃって、それで…」
「! どこの指だいっ? 早く私に見せて!」
「っ、そ、そんな、大怪我じゃあるまいし、そこまで慌てなくても…」
「っ、ダメだよ! 例え小さな刺し傷だとしても、傷口から菌が入って… 魔術じゃ治せない病気になることもあるんだから…!!」
「っ、!」

私の言葉が衝撃的だったのか、一瞬だけ、怯えた表情を見せる彼女に、少し罪悪感を感じるけれど… 私は黙ってなどいられなかった。 もちろん、私が言ったようなことが起こる可能性なんて、限りなくゼロに近い。 だけど、万が一。 そんなことになってしまったら… 私は後悔してもしきれないだろう。 だから、

「…怖がらせてしまって、ごめんね」
「…ううん。 あくましゅうどうしさんの、言う通りだわ。 お手を煩わせて、申し訳ないけれど… 回復、してくれる…?」
「っ! もちろん…!」

ほんの少しだけど、砕けた口調で話してくれるようになったことに、何とも言えない嬉しさが込み上げる。 即快諾した私に対して、彼女は優しく微笑むと 『お願いします』 と遠慮がちに手を差し出してくれた。 その可愛らしい手に、そっと自身の手の平をかざす。 その後すぐに、魔術を発動させれば、私の周りは瞬く間に黒いオーラで包まれていった。

「( 小さい手だな… 白くて、シミひとつない、綺麗な肌… すごく、柔らかそうで… 触って、みたい… って、私はまた…っ!!! )」
「? どうかした…?」
「へっ!?!? あっ、いやっ、なっ、なんでも、ないよ…っ!!」

一言も発さず黙り込む私を不思議に思ったのか、キョトンとこちらを見上げてくる彼女に、ギクッと体を強張らせてしまう。 触ってみたい、だなんて… そんな事を考えていると知られたら…! 恥ずかしいどころの騒ぎではない。 良くて、ドン引き。 下手したら、人間と魔族の未来に禍根を残す重大な案件になる可能性すら… そんな最悪の事態を想像し、サアッと血の気が引くのを感じた私は、回復に集中する為、グッと気を引き締め直したのだった。



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