「 怪我の功名? 」 / ナマエ視点


「お姉さまは、そっちをお願いね」
「はーい」

人質の牢とは思えないほど沢山の物で溢れるスヤの部屋で、私たちはただひたすらにチクチクと針を布に通す作業を繰り返している。 今作っているのは、私専用のベッドシーツ。 わざわざおばけふろしきを倒すのは可哀想だからと遠慮したのだけど… 『私に襲いかかって来る子を返り討ちにするだけだから大丈夫』 と、よく分からない説明を残し、スヤが大きなハサミを背負って牢を出て行ったのが、ほんの数分前のこと。 今、私の目の前にあるこの綺麗な布は何なのか… それは聞かないでおくのが、最も賢明な判断だろう。 …ごめんね、おばけふろしきたち。

「何だか不思議だね。 まさかお姉さまと魔王の城で、縫い物をすることになるなんて」
「ふふっ、本当ね。 この数日間は、初めてのことばかりで… すっごく新鮮だったわ」

私が魔王城にやって来てから、すでに数日が経っていた。 その間、スヤに連れられて魔王城内の色々な所を訪れたけれど、あんら〜さんや鳥ボーイくん。 それから、とげちゃんに、うしくん… 沢山の魔族の方たちと触れ合って、スヤの 『考え方が変わった』 というあの発言にも、すぐに納得がいったのだ。

「( 魔王さんにアルラウネさん、ポセイドンくん… 幹部の方々も皆、親切なひとばかり。 だけど… )」

初日に強烈な出会いをした、彼。 レオくん、もとい… あくましゅうどうしさんとだけは、あれから一度も話す機会が無かった。 偶々、と言うよりは… 何だか避けられているような、そんな気がして。 実のところ、私はとても悩んでいた。

「( スヤも彼にはお世話になってるみたいだし、私も仲良く出来ればと思ってるんだけど… もし私を避けているのだとしたら、会いにいくのは迷惑なんじゃ… ) っ、いた…っ!?」

考え事をしながらの作業で、つい油断してしまった。 ちくりと指に走る痛みに、思わず声を上げてしまう。 反射的に、痛む指に視線を向ければ… ぷくりと真っ赤な血の玉が膨らんでいるのが目に入った。

「お姉さま、大丈夫っ!?」
「え、ええ…っ、大丈夫。 ごめんなさい、驚かせちゃったわね」

突然のことで思ったよりも大きな声が出ていたようで、スヤがとても心配そうにこちらをみつめている。 大袈裟に痛がってしまった自分が何だか無性に恥ずかしくなって、照れ隠しに笑ってみせるけれど… スヤは黙って考え込む仕草をしたあと、何か思いついたかのように、パッと顔を上げた。 …この顔には、見覚えがある。 アカツキを追い返す方法を思いついた時にするような、悪魔顔負けの、悪い笑顔だ。 な、何だか嫌な予感が…

「…ねぇ、お姉さま」
「な、なぁに…?」
「今、 "怪我" したよね?」
「えっ…?」

何故か 『怪我』 を強調するスヤ。 彼女の意図するところが分からなくて、私は恐る恐る、疑問符を浮かべることしかできない。 そんな私にスヤは、淡々と言葉を続ける。

「怪我をしたなら、治療しないと」
「け、怪我って、そんな大袈裟な…」
「ダメ。 血が出てるもん。 ちゃんと "回復魔術で" 治療しなきゃ」
「…!」

『回復魔術』 そこまで言われて、やっと彼女の考えを理解することが出来た。 …スヤは私に 『彼に会いに行け』 と、そう言いたいのだろう。

「ってことで、レオくんのところに行ってらっしゃい」
「で、でも… シーツが…」
「そんなの私が作っとくから。 ほら、行った行った」
「ちょ、ちょっと…! スヤ…っ!」

グイグイと背中を押され、牢から放り出される。 私が外に出たことを確認すると、スヤはガシャンと扉を閉めて、中から鍵をかけてしまった。 牢の鍵を中からかける光景にとんでもない違和感を覚えつつも… そんなことに突っ込んでいられないくらいには、私は内心あたふたと焦っていた。

「す、スヤ…! あなたも一緒に…」
「却下。 私はシーツを作るという使命があるの。 …教会の場所なら知ってるでしょ?」
「しっ、知ってる、けど…」

『彼に避けられている』 そんなネガティブな考えが、私の中でモヤモヤと煙のように広がり、一歩踏み出す勇気をじわじわと奪っていく。 もじもじとはっきりとしない態度の私に苛立っているのか、スヤは眉間に皺を寄せていた。 そしてついに、中々決心できずにいる私に我慢ならなくなったのか、彼女は…

「もうっ! こんなのお姉さまらしくない! 悩んでる暇があったら、自分から会いに行けばいいじゃん」
「っ、」
「お姉さまがレオくんのことで悩んでるのは知ってる。 …レオくんと仲良くしたいって、思ってることもね」
「スヤ……」
「レオくんの男らしくない態度に一言文句言いたい気持ちは山々だけど… お姉さまもお姉さまだよ! 『レオくんと友達になる』 って、あの言葉は嘘だったの?」
「っ!!」

スヤの言葉に、脳をガツンと殴られたような、そんな衝撃が走る。 …そうだ、何を尻込みしていたのか。 避けられているかも、なんて。 そんな不確かなことに惑わされていた自分が恥ずかしくなる。 悩むのは、彼の真意を聞いてからでも遅くはないはずだ。

「…ありがとう、スヤ。 おかげで目が覚めたわ。 …よしっ! 私、彼に会いに行ってくる!」
「ウンウン。 それでこそ、お姉さまだよ」

『こっちのことは気にせず、ごゆっくり』 そう言って、ひらひらと手を振るスヤに、私はにこりと微笑んで、くるりと向きを変える。 目指すは… 彼が働いている、魔王城地下の悪魔教会だ。

「( …それにしても、どうして私が彼のことで悩んでるってバレちゃったの? …ああっ、もう…っ! 何だかすっごく、恥ずかしい…っ! )」

家族に異性関係の悩みを知られてしまい、何だか無性に恥ずかしさを覚える。 …今度スヤにもそう言った悩みがないか、探りを入れてみようかしら? 姉としての威厳を取り戻す為、そんなことを考えながら、私は悪魔教会へと向かうのだった。


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