「 優しいひと 」 / スヤリス姫視点


レオくんと別れてからもしばらく城内を歩き回っていた私たちだったが、息を切らしながら私たちを探していたタソガレくんに見つかったことで、お城の案内はそこでお開きとなった。

『大人しくしていてくれと言ったのに…!』 と半ベソをかいた彼に連れられてやって来たのは、これからお姉さまが暮らすことになるという部屋… もとい、牢屋。 そこは私の牢の隣に位置していて、いつでも行き来が可能となっている。 大人しく牢に入った私たちにタソガレくんは… 『頼むから今は!! くれぐれも… くれぐれも! 面倒事は起こさないでくれ…!』 と、切実な訴えを残し、ふらふらになりながらも去っていったのだった。




「隣同士で良かったね、お姉さま」
「ふふっ、そうね。 …ところで、スヤ」
「? なぁに? お姉さま」
「さっきの、えっと… レオくん? だったかしら…」
「ウン。 レオくんが、どうかしたの?」

お姉さまの牢の住環境を少しでも良いものにしようと、私の作った安眠グッズたちをお裾分けし、ひと段落ついた頃。 休憩がてら、話をしようと私から話題を振ったところで、お姉さまが唐突にレオくんの名前を口にした。 どうして彼の名前を出したのか? 不思議に思った私は、素直にその疑問を投げかける。

「…あの方がいつも、スヤを生き返らせてくれているの?」
「ウン、そうだよ。 私が死んだ時は、必ず蘇生してくれるの。 超過保護で、ちょっと擦りむいただけでもすぐに回復魔術で治してくれるんだ」
「そ、そう… やっぱり、さっきの話は本当だったのね… そんなにお世話になっている方なのに、私ったら失礼な態度を取っちゃったわ…! スヤの家族として、改めてお詫びとお礼のご挨拶に伺った方が…」

あわあわと焦るお姉さまは、普段の落ち着いた雰囲気とは違って、年相応の女の子のようでとっても可愛らしい。 私が何度も死んでいるなんて俄かには信じられなかったのか、さっきの話は冗談だと思っていたようだ。 …私が週一ペースで死んでいることは、絶対に秘密にしておこう。 そう心に誓った私は、これ以上この話題に触れないよう、話を進めていくことにする。

「……さっきのレオくん、見たでしょ。 今、お姉さまが会いになんて行ったら… 緊張しすぎて、ぶっ倒れちゃうんじゃない?」
「……ふっ、ふふっ。 それも、そうね」
「…! ( お。 この反応は… )」

あの時のレオくんの反応を思い出しているのか、口元に手を添えて上品に笑うお姉さま。 だけどその表情は、控えめな仕草に対して、とても嬉しそうに見える。 目尻を下げて優しく笑う姿は、妹の贔屓目抜きにしても、すっごく、すっごく可愛かった。 …もしやレオくん、脈ありなのでは…?

「彼って、いつも "ああ" なの…?」
「そんなことないよ。 私の前では、ただただ孫を可愛がるおじいちゃんみたいな感じだし…」

そう言って、私は普段のレオくんを思い浮かべる。 『お腹は空いていないかい? 姫?』 『髪をといてあげるから、こっちにおいで!』 …え? 本当に私のおじいちゃんなんじゃない? そう思ってしまうほどに、でろでろに甘やかされていることに改めて気づく。 …私に渡すために、常に帽子の中にお菓子入れてるみたいだし。

「…大人の女性が苦手なのかしら?」
「ぬ…! 私は大人じゃないってこと!?」
「! …ふふっ、ごめんなさい。 スヤも立派なレディだったわね」
「もうっ! …あーあ、私も早くお姉さまみたいに、綺麗で優しくて、誰もが憧れる… そんな素敵な女性になりたいよ」
「あらあら… そんなに褒めても何も出ないわよ?」

言葉とは裏腹に、とても嬉しそうに微笑むお姉さまの表情は、誰の目から見ても綺麗なのは明らかだ。 …嗚呼、レオくん。 私のお姉さまは、一筋縄ではいかないよ…? なんて、心の中で少し彼に同情する。 だけど、いつも沢山お世話になっている彼の為だ。 ほんの少しだけ… 協力してあげないこともない。

「ねぇ、お姉さま」
「? なぁに?」
「さっきのレオくんのことだけど、」
「うん?」
「…私が魔王城に連れられて来た頃から、ずっと。 私のことを甘やかしてくれた、優しいひとなの」
「…!」

これは、本当の話だ。 私が魔王城にやって来た当初から、レオくんには何度も何度も助けられている。 手を煩わせてばかりの私を、決して見限ることなく、いつも優しく向き合ってくれた。 そんな彼が、優しくないわけがない。

「もちろんレオくんだけじゃなくて、他の皆も、私のことを傷つけることは一度も無かったけどね」
「…そっか」
「だからお姉さまには、レオくんのことも、皆のことも… もっと沢山、知ってほしいって、思ってる」

ジッとお姉さまの目を見つめながら、正直な想いを伝える。 真剣な表情で黙り込んでいた彼女だったけど、しばらくすると、ハァ…と、何か吹っ切れたような、そんな溜め息を吐き出し、そして…

「もう、何だか複雑な気分…っ! 敵だと思ってた相手が、実はとっても良い人たちだった、なんて…」
「…百聞は一見にしかず、だよねぇ」

人間にとって、魔族は敵。 それが、私たちの当たり前だった。 だけど彼らは、私たちを害そうだなんて、微塵も考えていない。 彼らは彼らなりに、私たちに歩み寄ろうとしてくれている。 そんな彼らにきちんと向き合うことが、私たち王族の勤めだと… 魔王城で生活しているうちに、そう考えるようになったのだ。

「…私も覚悟を決めないとね」
「まぁ、そんなに深く考えず、とりあえずはここの皆と仲良くすればいいんじゃない?」
「……それも、そうね! よしっ、当面の目標は 『レオくんとお友達になること』 でいいかしら?」
「……死なない程度に、加減してあげてね」

『善処するわ』 そう言って楽しそうに笑うお姉さまの姿に 『絶対面白がってるじゃん…』 なんて少し呆れつつ。 『…どんまい、レオくん』 と、これから色々と大変な目に遭うだろう彼を労うのだった。


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