「 囚われの姫のお姉さん 」 / タソガレ視点


「…とりあえず、ここに入っていてくれ」

ギィィと錆び付いた扉を開く音が不快なのか、眉間に皺を寄せる目の前の女性。 そんな彼女に取り繕うかのように、我輩は慌てて口を開く。

「こ、このようなところですまない…! 突然のことで、客間の用意が無かったのだ。 ま、まさか、我輩について来るなど、思ってもみなかったし…」
「…このような 『牢』 に入れだなんて、私 『も』 囚われの身ということ?」
「っ、」

キッと鋭い視線で睨みつけられ、思わずたじろぐ。 そのツンとした強気な態度に少し理不尽さを覚えるけれど、よくよく考えてみれば… 彼女のこの態度は至極真っ当なものだった。

我々魔王軍は、何も思いつきで彼女の妹… スヤリス姫を拐ったわけではない。 不当な扱いを受けている魔族のため、人族と向き合う機会を得るため… 人間界から姫を拐うことでお互いに今までとは違う感情が生まれるのではないか、そう考えての行動だった。 とはいえ、拐おうとしている相手は王族。 その強固なセキュリティを破るのは、一筋縄ではいかない。 まずは情報収集が大きな鍵となると思い、姫の身辺情報はかなり慎重に調査をしていたのだ。

「( オーロラ・名前・リース・カイミーン… 偶然とはいえ、まさか囚われの姫の『実の姉』までもがこの城に来てしまうなんて… )」
「……返事ぐらいしたらどうなの?」
「っ、す、すまない…! そなたの処遇についてだが… 我輩の一存では決められない。 ただ絶対に! 悪いようにはしないと約束する。 …この件については、今から仲間と話をつけてくるから、少しの間ここで待機しておいてくれないか…?」
「…わかった。 でも、ひとつだけ。 お願いがあるの」
「……お願い?」

このような非常事態にも関わらず、ひどく冷静な彼女に、さすが王族だな、と思わず感心してしまう。 あくまで強気な態度なのも、おそらく侮られないようにと思っての行動だろう。 一貫してこちらに隙を見せない彼女だったが 『お願い』 そう口にした、その瞬間… 大きな瞳が、僅かに揺れるのを、垣間見たような気がした。

「…スヤに、会わせて」
「っ!? そ、それは……っ」
「あの子は、無事なの…? 決して弱い子じゃないから、ひとりでも十分やっていけるだろうとは思っているけど…」
「し、心配しなくとも! ここ魔王城にて大切に保護している…! 決して不自由な生活などは…!」
「お願い…! 私、どうしても会いたいのっ! だってもう、随分と長い間… 会ってないんだから…っ」
「っ、」

余程切実な願いなのだろう。 先程までの凛とした態度とは一変、今はすっかり妹を想う姉の顔になっていて、その苦しそうに歪められた表情に我輩は良心の呵責に苛まれてしまいそうになる。 だが、ダメだ。 今の姫を彼女に会わせる訳には…!

「…悪いが、ダメだ。 そなたの妹には、会わせることは出来ない」
「どうしてっ!?」
「っ〜〜!!!」

ズイッと距離を縮めてくる彼女に、思わずたじろぐ。 雰囲気は姫に似ているものの、近くで見ればその違いはハッキリとしていた。

姫よりもやや高い身長と、少し大人びた容姿。 大きな瞳は姫と同様にキラキラと星が散りばめられているが、少し垂れ目がちだ。 そして、1番の違いは…

「( 発育は、姉の方が…… )」
「ちょっと! 聞いてるの!?」
「っ、あ…っ! いや、すまないっ…! そのっ…」

何も言わずにいる我輩に痺れを切らした彼女の声に、ハッと我にかえる。 恥ずかしい話だが… このような年頃の女性に免疫の無い我輩にとって、このような近距離での会話はかなり厳しいものがある。 カアっと熱くなる顔がバレないように、後退り距離を取った、のだが…

「っ、もしかして…っ! やっぱり、スヤの身に何かあったんじゃ…っ!?」
「えっ!? あっ、い、いや! 決してそのようなことは…っ!!」

せっかく取った距離は、またもやすぐに詰められてしまう。 姫が危険にさらされていると勘違いした彼女は我を忘れてしまっているのか、我輩の胸元まで顔を近づけ下から覗き込んでくる慌てぶり… いや、ちょっと、待て…っ!

「( むっ、胸が…っ! あ、当たって…! っ〜〜!! )」
「…タソガレくん? そんなところで何やって… えっ? …お姉さ、ま?」
「「えっ、?」」

突然後ろから聞こえた声に、我輩たちは同時に振り向く。 聞き間違いでなければ、今の声は…! そんな嫌な予感は的中。 振り向いた先に立っていたのは… 大きな袋を背負いながら、瞳を見開いている姫だった。

「っ、なっ!? ひっ、姫っ!? な、何故ここに…っ」
「スヤ……? スヤなのっ!?」

姫の姿を視界に捕らえると、彼女はすぐさま姫の元へと駆け寄っていく。 そして、その存在を確かめるかのように強く強く抱きしめた。

「うぐっ… お姉さま… 痛い…」
「っ、ご、ごめんねっ! あまりに久しぶりだったから、つい…っ!」

感動の再会も束の間、姫が呻き声をあげたところで抱擁が終了する。 それでも姫に会えたことが余程嬉しいのか、彼女は姫の手をギュッと握りしめたまま 『怪我はしていない?』 『ご飯はちゃんと食べてる?』 なんて、まるで母親のように甲斐甲斐しく問い掛けている。 そんな彼女に姫はうんうん、と大人しく返事を繰り返していて… そのあまりに微笑ましい光景に、思わずほっこりと胸が温かくなった。

「それにしても、どうして人質のスヤがこんなところに…」
「あぁ、それはね。 今、寝具の素材を探してて…」
「寝具の、素材…?」

呑気に仲睦まじい姉妹を見つめていた我輩だったが、姫言葉にハッと我にかえる。 『今日は大漁だよ〜』なんて言いながら、大きな袋からたくさんの素材を取り出し始める姫の行動に、我輩はサアッと血の気が引いていくの感じた。 一方、彼女はと言うと…

「…えっと、す、スヤ? あなた、人質なのよね…?」
「? うん。 そうだよ?」
「ど、どうして牢から出ているの…? それに、その素材って… 魔王城の大切な資源なんじゃ…?」
「あんな牢じゃ安眠できないもん。 自分でDIYしてベッドとか枕とか布団とか… 全部作ってるの!」
「ぜ、んぶ… 作って、る…?」

姫の予想外過ぎる魔王城での生活っぷりに、戸惑いを隠せない様子の彼女。 これは、まずい… これ以上、姫の傍若無人な姿を、人間の、しかも 『王族』 相手に知られるわけにはいかない…!! 魔族が甘く見られてしまう…! このあたりで止めておかなければ…!!

「あー!! いやっ、その…っ! 姫には出来る限り自由に行動できるようにと外出を許可しているのだっ! なぁ! そうだろう!? 姫!?」
「えっ? あ、ウン。 でも時々、お城の素材の使い過ぎで皆に怒られちゃうけどね。 でも中々快適な暮らしをさせてもらってるよ?」
「こ、こらっ!! 余計なことを…っ!!!」

姫の人質とは思えない口ぶりに、思わず姫の口を塞いでしまいそうになるが… 目の前で困惑する彼女を目の当たりにし、我輩は動きを止めた。

「素材の使い過ぎ…?? それに快適って…? え? いや、あの… ちょっと待って??? 頭の処理が追いつかない…!」

『スヤは拐われたのよね…? えっ? もしかして、全部夢だった…??』 とひとり呟く彼女が、何だか哀れになってくる。 …これが普通の反応なんだよなぁ…!

「ところで、お姉さまはどうして魔王城に…?」
「えっ? あ、あぁ… スヤを助けるために勇者パーティーに参加したんだけど… 魔王城に向かう旅の途中で魔王に出会してね。 ワープで逃げようとしたから咄嗟にしがみついたら、ここに…」

『まさかスヤが、こんな生活をしてるとは思わなかったけどね』 そう呟いた彼女は、何とも言い難い表情を浮かべていた。 拐われてしまった妹が、慣れない地でこんなにも逞しく生活している… その事実に、嬉しさ半分、寂しさ半分、といったところだろうか。 姫を助けようと必死だった彼女からすれば、当然の反応だろう。 少し寂しそうに笑う彼女の複雑な心境に気づいたのか、姫はジッと彼女を見つめる。 そして…

「あのね、お姉さま。 …私ここに来て、少し考え方が変わったの」
「考え方…?」
「ウン。 だからお姉さまも。 しばらくここで生活してみるといいと思うよ」
「……は??」

珍しく、真剣な表情で語る姫。 その言葉に耳を傾けていた我輩だったが… 予想外の言葉に思わず間抜けな声をあげてしまう。 …ちょっと待て。 今、なんて言った?? 聞き捨てならないセリフが聞こえたような…

「……スヤがそこまで言うのなら、そうしてみるのも、悪くないかもしれないわね」
「はっ!? えっ!? ちょ、ちょっと待て…っ! そんなこと、我輩は…っ!」
「魔王さん」
「っ、何だ…?」
「…まだ、貴方を信用したわけではないけれど」

予想外の展開に慌てふためく事しか出来ない我輩とは違い、ひどく落ち着いた様子の彼女。 同じ王族だというのに、格の違いを見せつけられたような気がして、何だか少し悔しい。 『魔王さん』 凛とした声で我輩をそう呼んだ彼女にせめてもの抵抗を… と、我輩も精一杯の虚勢を張って返事を返せば、彼女は静かに口を開く。 そして…

「妹を… スヤを傷つけないでいてくれて、ありがとう」
「っ、…」

王族としてでは無く、ひとりの姉として。 心の底から感謝していると伝わってくる、とんでもなく優しい笑顔。 その美しさに、思わず息を呑む。

「スヤの言う通り、私もしばらくここでお世話になることにするわ」
「えっ!? い、いや、だからっ! それは我輩の一存では決められないと…!!」
「今更、人質のひとりやふたり増えたところで、どうってことないでしょ、タソガレくん。 …それに、」
「そっ、それに…?」

『もし、お姉さまと離れ離れにするつもりなんだったら… 私、何するか分かんないよ?』 悪魔顔負けの表情で、そんなことを言い出す姫を相手に為す術などありゃしない。 こうなってしまえば、姫の意見を聞くしか道はないのである。

「っ、あーっ! もうっ! 分かった分かった…!! 皆には、今から我輩が伝えに行く…っ! その代わりっ! 頼むから、今は大人しくしておいてくれ…!」
「…まぁ、それもそうだね。 あ! それじゃあ、今から私の部屋でお話しようよ!」
「ふふっ、そうね。 久しぶりの家族水入らずで、積もる話もあることだしね?」

人質に懇願する魔王… なんて情けない姿なのか。 威厳も何もあったもんじゃない。 心の中で愚痴をこぼす。 思わずハァとため息を吐くけれど、そんな我輩なんて気にも留めず、仲睦まじくキャッキャッとはしゃぐふたりが目に入り、何だか無性に虚しくなった。 …我輩、完全にナメられてるな、これ。

「ねぇねぇ、お姉さま。 …眠くなったら、いつもみたいに、膝枕してくれる?」
「…ええ、もちろん。 いつでも膝を貸してあげる」
「やった! ありがとう、お姉さま」

本当に仲が良い姉妹なのがひしひしと伝わるほど、嬉しそうに頬を緩めるふたりに、先程までの虚しさなど忘れ、ついこちらまで嬉しくなってくる。 予期せぬ出来事の連続だったが、これで良かったのかもしれない… そう思えるくらいに、彼女たちの表情は、とても温かく、優しいものだった。


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