「今も昔も」 / あくましゅうどうし視点


「牢の片付け、手伝ってくれない?」
「え?」

自室でゆったりとコーヒーでも飲みながら読書をしようと思っていた矢先のこと。 私の元に突如現れた、姫。 対面して早々、告げられたのは冒頭のセリフだった。

「あ、あの、姫…? 見ての通り、私は今から本を…」
「見ての通り、今日はお休みなんでしょ? 暇なんだったら、私の牢に来て」
「えっ、いや、ちょ…っ!」

グイッと強引に手を引かれ、思わず立ち上がる。 姫はそのまま部屋を飛び出す勢いだが、このような横暴な振る舞いに私も黙ってなどいられない。 反抗するようにこちらも脚に力を入れてグッと踏みとどまる。

「姫…っ! ちょっと待ってって…っ!」
「…待たないよ。 とにかく猫の手も借りたいくらいなの。 だから、来て」
「猫の手もって…! 一体どれだけ散らかってるんだ…!」

さすがの姫も男の私の力には敵わないと思ったのか、力を緩める。 だけどまだ諦めた訳ではないようで、明らかに不満そうな表情でこちらを見つめていた。 …何故、私が駄々をこねているような雰囲気になってるんだ!?

「…お姉さまも待ってるんだけどな」
「えっ……?」
「レオくんが来ないなら、他の男の人呼んじゃうよ? いいの?」
「なッ!?」

ここはガツンと言ってやらねば! と意を決したその直後。 聞き捨てならないセリフが耳に届く。 他の男を呼ぶだって…? そんなの… そんなの…っ!

「駄目に決まってるじゃないか…っ!!! 私が行くっ、絶対に行くよ…ッ!」
「フフフ。 素直でよろしい。 それじゃあ行こ!」

そうして、まんまと上手く乗せられた私は… 姫と共に彼女の牢へと向かうことになったのだった。




「あれっ? どうしてレオくんがここに…?」
「っ、ッ〜〜!!!!」

姫の牢に辿り着いた私を出迎えてくれたのは、キョトンと不思議そうな表情を浮かべたナマエちゃん。 そんな彼女の格好は、所々薄汚れたツナギ姿。 手には軍手をはめている。

「( 髪の毛アップにしてるの初めて見た… 手が小さいから軍手が大きく見える… ツナギも大きくてぶかぶかで… 可愛い… めちゃくちゃ可愛い… )」
「…レオくん。 見惚れてるとこ悪いけど。 早く中に入ってくれない?」
「っッ!!! ご、ごめんっ!」
「???」

入り口を塞ぐ形で突っ立っている私に、姫は後ろからボソッと呟く。 図星を突かれた私は慌てて牢の中へと移動した。 そんな私の行動を不思議そうに見つめるナマエちゃん。 どうやら姫の声は聞こえていなかったようで、ホッと胸を撫で下ろす。

「助っ人を呼んできたよ、お姉さま」
「助っ人って… もしかして、レオくんにまで手伝ってもらうつもりなのっ?」
「ウン。 男手もあった方が早く片付くでしょ?」
「もう! またそんな勝手な理由で…!」

どうやら私が来ることは知らされていなかったらしく、姫の勝手な行動にナマエちゃんは腰に手を当てて怒っている。 真剣に怒っている彼女には悪いけれど、ぷりぷりと怒る姿は全く怖くない。 むしろ可愛い。 そんな彼女の新たな一面に性懲りも無くキュンと胸が高鳴ってしまって、咄嗟に胸を押さえる。 そんな私をじとりと呆れたように見つめる姫が視界の端に映り込むけれど、気づかないフリ、気づかないフリ…

「ごめんなさいレオくん…! お仕事の都合もあるでしょう? 断ってくれてもよかったのに…!」
「えっ!? あっ、いや大丈夫…! 今日は休みだったから、心配しなくても…」
「! お休みの日なら、尚更よ! わざわざこんなこと手伝わなくたって…」

姫の横暴な振る舞いにすでに慣れっこな私にとって、彼女の反応はとても新鮮なもので。 私のことを考えてくれているのが、表情や声から伝わってきて、何だか少しくすぐったい。 …こんなに心配してくれるなんて、本当にナマエちゃんは優しい子だな。

「やだなぁ、お姉さま。 休みの日だからこそだよ」
「? どういうこと…?」
「そんなの決まってるじゃん。 レオくんは、お姉さまと…」
「っ! ちょっ、姫…!」
「むごっ、」

ナマエちゃんの優しさに感動していたのも、束の間。 先日、姫は協力してくれると言ったけれど、自分の気持ちをオープンにする勇気など、まだまだありはしない。 本当に油断も隙もあったもんじゃない…! と、余計なことを言い出す前に、姫の口を慌てて塞ぐ。

「私と…?」
「えっ、えーっと… ほらっ! 手伝っているのがナマエちゃんひとりだけだと聞いたから! 大変だろうと思ってね! あ、あはは…!」

なんとか取り繕って、この場をやり過ごす。 …嘘は言っていない。 女の子ふたりでの作業は大変だろうと思っていたし、助けになれれば嬉しい。 …まぁ本音を言えば。 ナマエちゃんによく思われたい、なんて下心は十二分に含まれているのだが…

「っ…! レオくん…っ! 本当にありがとう…! 正直、男のひとにも手伝って貰えたらって、思ってたの…! レオくんが来てくれて、本当に助かるわ」
「ッ…! ど、どういたしまして…!」

私の言葉にいたく感動した様子のナマエちゃん。 あまりにもキラキラと眩しい笑顔で見つめられ、思わず言葉に詰まる。 可愛すぎて、直視できない…ッ! 私が親切心だけで手伝っていると信じきっている姿に、若干の引け目を感じつつも… 私たちは作業を開始したのだった。




「…それにしても、どうしてこんなことに?」

改めて牢の中を見渡すと… 何故か崩れかけの壁。 倒れた本棚。 恐らく姫が寝具作りの為に集めたであろう様々な素材たちは、あちらこちらに散乱している。

「昨日、良い夢を見れるって言うアイテムを宝物庫から盗ん… 拝借したんだけど、」
「今、聞き捨てならない言葉が聞こえたような…」
「宝物庫って、スヤ… あなたそんな所まで…!」
「まぁまぁ。 今はそんなことよりも…」
「そ、そんなことって…!もう… 今回だけだよ。 次はないからね? 姫?」
「本当に重ね重ね妹がご迷惑を…っ」
「ナマエちゃんは悪くないからっ! 頭を上げて!」

結局、この部屋の有り様は姫が原因だったということが分かり、思わずハァとため息を吐く。 まさか大事な宝物庫に盗みに入るなんて… 本来なら罪に問われても何らおかしくないくらいの出来事だと言うのに。 …つくづく私も、姫には甘い。 反省の色が見えない彼女に代わり、ナマエちゃんが何度も頭を下げて謝罪してくれるのを慌てて止める。 …本当に、出来たお姉さんだよ。

「それが、良い夢が見れるんじゃなくて、悪夢を見るアイテムだったらしくて。 私、眠りながら暴れてたみたいなんだよね」
「一体どんな夢を見たらこんなになるまで暴れられるんだ…」

部屋の中は嵐が過ぎ去ったのかと思うような大惨事。 まさに災害レベルである。『あまりに凄い音だったらしくて、お姉さまが止めに来てくれたの』 と呑気に話す姫だけど、この部屋の様子を見れば分かる通り、姫は相当激しく暴れていたはずだ。

「そんな状況で、ナマエちゃんは大丈夫だったのかい…っ?」
「えっ?」
「これだけ派手に散らかってるんだ…! 無事で済むはずが…」

か弱い女の子であるナマエちゃんが、姫の暴走を止められるとはとても思えない。 どこか怪我でもしているんじゃないかと心配になるけれど…

「それなら大丈夫よ! こう見えて私、魔術には自信があるの」
「! ( そ、そうか…! 彼女は元々勇者パーティーに… )」

姫を救出するため、勇者と共に旅をしていた彼女。 そんな彼女なら確かにと、納得する。

「お姉さまの魔術の実力は人間界随一だからね」
「ふふっ。 ありがとう、スヤ」
「すごいね、ナマエちゃん…」
「レオくんも、ありがとう。 …でも、」
「?」

『でも』 そう言って、ナマエちゃんは言葉を途切らせる。 どうしたんだろうと、彼女を見つめれば。 かち合う視線。

「私、回復魔術はさっぱりなの。 …だから怪我した時は、レオくんが治してね?」
「っ、ッ〜〜!」

こてんと首をかしげながら。 あまりに可愛らしいことを言うものだから。 心臓が激しく音を鳴らす。 声にならない声が喉を揺らして、顔には熱が集まってくる。

「お姉さまも意地悪だねぇ。 レオくん、顔真っ赤だよ」
「っ、ちょっ、ひっ、姫…!?」
「ふふっ、本当! レオくんは相変わらず、ウブなのね」
「ウブというか、これはお姉さまのことを… んぐっ」
「とっ、とりあえず!!! 片っ端から片付けるよ!!!」

姫がまた余計なことを言い始める前に、口を塞ぐ。 慌てて作業を始めるよう促せば、素直に 『はーい』 と返事をするふたり。 そんな彼女たちにホッと息を吐き出しながら、私たちは部屋の片付けに取り掛かった。




「ふぅ… 大方、片付いたかな」

作業を始めて、数時間。 派手に散らかっていた本や素材を懸命に片付けて、どうにか元の牢へと近づいてきた頃。 ひと息つこうと、手を止める。

「2人とも、疲れていないかい? 少し、休憩しようか」
「そうね! そうしましょう!」

『私の部屋でお茶でもどう?』 そう言って、ナマエちゃんは自身の牢の方へと向かっていく。

「( 先日、お邪魔したばかりなのに…! また、入ってしまってもいいのだろうか… )」

やはりまだ、彼女の部屋は落ち着かない。 ソワソワと浮き足立つ私だったが、こんなことではまた姫に揶揄われてしまうじゃないかと、姫に視線を向けるけれど…

「…? 姫? どうしたんだい?」
「……」

こちらに背を向け、黙り込んでいる姫。 どうやら、手元にある "何か" を見つめているようである。

「…スヤ? 大丈夫? 一体、何を見てる、の…」
「? ナマエちゃん? 姫?」

姫を後ろから覗き込んだナマエちゃんまでもが、同じように黙り込み始めた。 不思議に思った私は彼女たちに近づき、同じように後ろからそっと姫の手元を覗き込む。 すると、そこにあったのは…

「っ!?!? ど、どうして、この写真が…っ」
「この写真に写ってるのって… レオくんなの…?」

悪魔の里にいた頃の、恥ずかしい自分の姿。 消し去りたい過去の写真を、何故か姫が握りしめていて。 今の私とのあまりの違いに、ナマエちゃんは戸惑いの表情を浮かべている。

「( 絶対にナマエちゃんに幻滅される… 終わった… )」

そんな言葉が頭の中で再生される。 絶対に知られたくなかった黒歴史を、あろうことかナマエちゃんに知られまうなんて… まるでこの世の終わりかのような暗い感情が、私の心をいっぱいにしそうになった、その時。

「き、れい…」
「…………えっ?」
「っ… すっっっごく! 綺麗な髪…ッ!!」
「へっ…???」

ポツリと、ナマエちゃんが呟いた。 その言葉はあまりに予想外のもので、聞き間違いかと思うけれど。 その直後、瞳をキラキラと輝かせながら私を見つめるナマエちゃんの反応に、私は間抜けな声を上げることしか出来なかった。

「サラサラでツヤがあって… すっごく羨ましいっ! どうして短くしちゃったのっ?」
「えっ!? あっ、いや、その…っ!」
「私、スヤと違って癖毛だから、本当に羨ましい…」
「っ、ッ〜〜!!!」

興奮した様子でズイッと私の元へ駆け寄るナマエちゃん。 心底羨ましそうに私の髪を見つめる彼女との距離の近さに、私の胸はドキドキと激しく鼓動を刻む。

「あ。 でも…」
「っ、な、なに…っ」
「今のレオくんも、とっても素敵よ?」
「っ、ッッっ、もっ、やめて…っ、」
「……あーあ、レオくん。 もうキャパオーバーだよ…」

この距離の近さだけでもいっぱいいっぱいだというのに。 ナマエちゃんは更に巨大な爆弾を落とす。 彼女からの怒涛の褒め言葉に、私はお手上げ、1ラウンドKO負けである。

ぷしゅ〜と湯気が出そうなほど真っ赤になる私を見て、姫は呆れたように呟くのだった。




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