「プレゼント大作戦」 / あくましゅうどうし視点


先日、姫という最強 (?) の協力者を得た私は、さっそく。 彼女からのアドバイスの元 、 "ある作戦" を実行しようと企んでいた。

「( 姫から聞いた話によると、ナマエちゃんは甘いものに目がないようだけど… )」

彼女の懐に入るにはまず、 "胃袋を掴む" というのが最も効率良く効果的だということは、先日の炊き込みご飯の件で立証済みだ。 …だからと言ってこのように物で気を引くなんて、何だか少し狡いような気がしないでもないけれど…

「( これが彼女と話すきっかけになるのなら… 誰にどう思われようと構わない…! )」

グッと握り拳を作り、心の中で意気込む。 朝からせっせと作ったおはぎを入れた紙袋を揺らしながら、私は彼女の牢へと向かった。




「( ナマエちゃんは、いるだろうか… )」

少し離れた廊下の角から、ナマエちゃんの牢の様子を盗み見る。 姫の牢のすぐ隣に位置するナマエちゃんの牢屋。 お互い近くで過ごせる方が良いだろうという、魔王様からの計らいだったのだが… ナマエちゃんが住み始めてまもなく、姫によるリフォームが遂行されたそうだ。 そうなれば言わずもがな、牢とは名ばかりの快適な空間へと様変わり。 ふたつの牢を隔てる壁は見事に破壊され、立派な扉が建て付けられていて、今では簡単にお互いの部屋を行き来しているようだ。

「( おばけふろしきの回収で姫の牢には何度も訪れているけれど… ナマエちゃんの牢へ自分から訪ねるのは初めてだ… )」

うら若き、けれども立派な成人女性、それも一国の姫であるナマエちゃん。 そんな彼女のプライベートな部分に踏み込むことは何だかいけない事のように思えて、意識的に避けていた。 ならば姫は良いのかという疑問だが、そこはご容赦願いたい。 姫とナマエちゃんでは、可愛いのベクトルが違う、とだけ言い訳しておこう。

「( 今の時間は、でびあくまのブラッシングがあるからナマエちゃんは必ず牢にいるって聞いたけど… ん? )」

うだうだと脳内で考え事をしていた私だったが、カツカツと響く靴音が耳に届き、意識をそちらへと向ける。 どうやら音の主は私とは反対方向からやって来ているようだ。 …一体、誰だろう? そんな疑問が浮かび、再度ナマエちゃんの牢へ視線を向けた私の目に映ったのは…

「( あれは、いっきゅん……? どうして彼がこんなところに、 )」
「ナマエ。 いるか?」
「…いっきゅんさん?」
「…っ!」

『ナマエ』 『いっきゅんさん』 仲の良さを表すかのようにお互いを名前で呼び合う彼らに、胸がざわつくのを感じる。 普段は魔王城に居らず、人間界や魔界の視察に出ていることの多い彼が、どうしてナマエちゃんとこんなにも仲良さげに話しているのか。 それにわざわざ、彼女の牢までやって来るなんて… そんなことを考えていた、その時。

「君に土産だ。 受け取ってくれ」
「! こ、これって、もしかして…っ!」
「やはり君なら知っているか! 先程人間界の偵察から帰ってきたんだが、今流行っているらしいスイーツが手に入ってな。 甘いものが好きだとさっきゅんから聞いていたから、持って来たんだ」
「( 甘い、もの…… )」

彼の言葉を聞き、無意識に自身の手元にある紙袋へと視線を向ける。 うだうだと悩む私とは違い、自然な流れでお土産をナマエちゃんに手渡すいっきゅん。 見目麗しい彼のそのスマートな立ち振る舞い方は、男の私から見ても惚れ惚れしてしまうほどで… 自分の情けなさ、彼への嫉妬心… 様々な感情が入り混じり、私の胸のざわつきはどんどん増していく。

「すごく人気のお店よね…! 並ぶの大変だったんじゃ…」
「それくらいなんてことないさ! …と言いたいところだが、これは貰い物なんだ。 さっきゅんと俺の分は取ってあるから、残りは姫と君とで食べてくれ」

『ありがとう』 そう言って、嬉しそうにいっきゅんにお礼を言うナマエちゃんの姿に、ついに私の胸はズキズキと痛みを伴い始めた。 彼女が受け取った可愛らしいお洒落な紙袋と、自分の手にあるなんの変哲もない地味な紙袋。 そのふたつを見比べれば、差は歴然。 …とてもじゃないが、渡す気になどなれなかった。 それに今のこの乱れた心情で、彼女とまともに話せる自信がない。 痛む胸を押さえながら、元来た道を戻ろうと、くるりと振り返った… その時だった。

「、レオくん…?」
「っ… ぁっ、」

こちらに気がついたナマエちゃんが、私の名前を呼ぶ。 まさか気づかれるとは思っていなかった私は、戸惑いを隠せず、情けない声を出すことしかできなかった。 そんな私を、不思議そうに見つめる彼女。 悲しくて、張り裂けそうなほど胸が痛んでいたはずなのに、名前を呼ばれて、こんな風に見つめられるだけで、嬉しい。 だなんて。 情緒不安定な自分の心に、ほとほと呆れてしまう。

「……それじゃあ、俺は部屋に戻る」
「あっ…! わざわざありがとう、いっきゅんさん!」

不自然な態度の私を見て何かを察したのか、いっきゅんは別れの挨拶を済ませると、くるりと踵を返す。 お礼を告げるナマエちゃんに軽く手をあげて応えたあと、そのまま元来た道へと帰っていった。

「レオくん、今日はどうしたの?」
「へっ!? あっ、えっと…っ」
「スヤに用かしら? でも、今あの子、どこかに出掛けちゃってて… ごめんなさいね」
「っ、あっ、いやっ! 姫じゃなくて、その…っ」
「あら、そうなの…? それじゃあ、どうして…」
「っ、」

不思議そうに頬に手を添えながら、こちらを見つめてくるナマエちゃん。 そんな彼女の腕には、先程いっきゅんから受け取った紙袋がカサリと揺れている。 それが視界に入ったその瞬間、私は無意識のうちに後ろ手におはぎを隠してしまった。

「…今、後ろに何か隠したでしょう?」
「えッ!? あっ、いや、その…っ!」
「……えいっ!」
「っ!?!? あっ…!」

今度はじとり、とこちらを怪しむように見つめる彼女にタジタジになる私。 何か言い訳を…! と、頭の中で考えていたその時。 ナマエちゃんは、スッと私の後ろに回り込み、紙袋を奪っていった。

「ッ、ちょっ、ナマエちゃん…っ!」
「これは………… おは、ぎ?」
「っ…!!」

無情にも中身を見られてしまい、思わず黙り込む。 彼女の両の手には、流行りのスイーツと古臭い手作りのおはぎ。 …どちらが貰って嬉しいかなんて、分かりきっている。 虚しさやら羞恥心やらでどうにかなってしまいそうで、私は思わず俯いた。 しかし、その直後。

「何これっ!すっごく美味しそう…っ!!!」
「……………へっ?」

ナマエちゃんの嬉しさを隠し切れていない声色が耳に届き、俯いていた顔を上げれば… 瞳をキラキラと輝かせておはぎを見つめる彼女の姿が目に入る。 予想外すぎる反応に、思わず呆気に取られ間抜けな声が口をついて出てしまった。

「もしかしてこのおはぎ、レオくんが作ったの…!?」
「ぅ、えっ? あっ、うん… 昔から、魔王様が好きで、よく作ってて…」
「すごい…っ! なんでも作れるのね、レオくんって!」
「っ、ッ〜〜!!!」

怒涛の彼女からの褒め言葉に、自然と頬が熱を帯びる。 屈託のないその笑顔からは嘘偽りなど感じない。 弱気になっていた心はいつの間にか影を潜めていて… 今なら、少し。 勇気を出せるかもしれない。

「君は甘いものが好きだって、姫から聞いて、それで…」
「私のために…?」
「で、でもタイミングが悪かったかな…っ! 今さっき、いっきゅんから、お土産を貰ってただろうっ?」
「えっ?」
「ご、ごめんね。 こんなに可愛らしくてお洒落なお菓子があるのに、おはぎなんて、古臭いモノ…」
「ッ、そんなことないっ!!」
「っ、!」

勇気を出すと言いながら、どうしても比べられてしまうことを恐れている自分が、ひどく情けない。 自分を貶めることで受けるダメージを少しでも減らそうとネガティブな言葉ばかりが溢れ出てしまうけれど、そんな私の言葉を、ナマエちゃんは力強い声で遮った。

「私、和菓子大好きなの。 それに…」
「それ、に……?」
「レオくんが私のために作ってくれたんでしょう? …そんなの、嬉しくないわけがないよ」
「…っ、ナマエちゃん、」
「ありがとう、レオくん」
「っッ〜〜!!!!」

こちらに向けられたのは、とんでもなく温かくて優しい笑みで。 その笑顔の破壊力に、火が出るんじゃないかと思うほど、全身が熱くなる。 声にならない声をあげる私を、微笑ましそうに見つめる視線に気づき、なんだか居た堪れない。

「そうだ! 今から一緒に食べましょうよ!」
「えっ!?」
「ほらっ! 私の部屋で!」
「っ、ぅええっ!? ナマエちゃんのっ、部屋で…っ!?!?」

彼女からの、願ってもないお誘い。 先程、彼女の牢を訪れるのを 『意識的に避けていた』 とかなんとか格好つけていたが、結局のところ… ひとりで行く勇気がなかっただけである。 …本当に、自分の情けなさにため息が出そうだ。

「……ダメ?」
「っ、だっ、ダメじゃないよ…っ!!」

私が躊躇っているのを何となく察しているのか、ナマエちゃんはこちらの顔色を窺うような表情を見せる。 その不安げに見上げてくる瞳に、私は完全にノックアウト。 すぐさま了承の意を返す。 そんな私の態度に、彼女の表情はパアッと花が咲いたように、明るい笑顔へと様変わり。

「ふふっ! 最高のティータイムだわ。 ありがとう、レオくん!」
「っ、」

またしてもとびっきりの笑顔でお礼を告げてくれるナマエちゃん。 その眩しさに、私は思わず言葉を詰まらせる。 早く早くと、私の手を引く彼女の背を見つめながら 『ありがとう』 と小さく呟いた。



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