「 頼りになる協力者? 」 / スヤリス姫視点


今日も今日とて快適な睡眠を求めて魔王城内を巡っていた私だったが、うっかり。 腕に怪我をしてしまった。 些細な切り傷だったのだが、お姉さまに見つかると後が面倒だ… そう思い、私が向かったのは悪魔教会。 突然の訪問にも関わらず、すぐに治療を開始してくれたレオくん。 『また無茶をして…!』 なんて文句をこぼす彼を、何の気無しにジッと見つめる。

「( …そう言えば、このあいだはお姉さまの怪我も治してくれたんだっけ )」

脳裏に浮かぶのは、先日。 ひとりで悪魔教会へと向かったお姉さまのこと。 教会から帰ってきたお姉さまの様子とその後のふたりの雰囲気から察するに、あの時ふたりの間に "何か" があったことは確かなのだが… 私は詳細を知らされていない。 もちろん、大の大人であるふたりの関係を、根掘り葉掘り尋ねるつもりはない。 そう、ないのだが…

「レオくんって、お姉さまのことどう思ってるの?」
「へっ……?」

妹として、姉の色恋沙汰が気にならない訳がない。 これくらいのお節介は許してね。 と、心の中でお姉さまに謝罪しておく。 私からの突然の問い掛けに、唖然とするレオくん。 ぴたりと動きが止まっているあたり、思考も停止してるんじゃないか…? なんて心配した、その直後。 ぼぼぼっと火がついたかのように顔を赤くする彼に要らぬ心配だったかと考えを改めた。

「どどどど、どうって…っ!?」
「そんなの決まってるでしょ。 "恋愛対象としてどう思ってるのか" ってことだよ」
「れぇっ!? …っ、ごほっ、げほっ」
「 ( …何をそんなに驚いてるんだか ) 」

馬鹿みたいに声を裏返すレオくん。 驚き過ぎて、咳き込んでるし。 確かに唐突過ぎたかもしれないが、そこまで驚くほどのことだろうか…? と、私は首を傾げる。 先程、根掘り葉掘り尋ねるつもりはないなどと言ってはみたものの、やはり気になるものは気になる。 それにこれは非常に重要な話なのだ。 彼の返答次第では、私のこれからの立ち位置は180度、変わってくるのだから。

「それで? どうなの、実際」
「どっ、どうもこうもないよ…! 私と彼女はただの…」
「ただの?」
「っ、」

言葉を詰まらせるレオくんの顔を、ジッと見つめる。 バチっと視線が合うけれど、それも一瞬のこと。 気まずそうに逸らされた視線は、しばらくの間ウロウロと彷徨い、そして…

「っ… ゆっ、友人だからっ! 恋愛なんてそんな、大それたことは…っ」
「…ふーん」

『友人だから』 そう言い切った言葉とは裏腹に、レオくんの表情は暗く曇っているのが丸分かりだった。 …そんな表情をするくらいなら、嘘なんて吐かなければいいのに。 相変わらず不器用な人だ。 …仕方ない。 ここは私が一肌脱いであげようではないか。

「そっかぁ、私の勘違いか。 …私の見立てとしては、お姉さまもレオくんのこと、気になってるんじゃないかと思ってたんだけど…」
「えっ……?」
「それも私の勘違いかもね?」
「っ…!!」

ニヤリと笑みを浮かべて揺さぶりを掛けてやれば、簡単に動揺を見せるレオくん。 もっと詳しく話を聞きたい! と、言わんばかりにそわそわとし始める彼には悪いけれど。 そう簡単に協力してあげるほど、私も甘くはない。

「…あっれ〜?? レオくんはお姉さまのこと 『友人としか見てない』 んだよねぇ〜???」
「っ…! そ、それは…っ!」
「どうしてそんなに気になるの? ねぇ? どうして?? ねぇ??」
「ぐ…っ!!」

悔しそうに唇を噛み締めるレオくんを尻目に、ニマニマと嫌味ったらしく笑ってやる。 一国の姫であるお姉さまと結ばれたいのであれば、こんな些細なことでウジウジとされては困るのだ。 それにお姉さまは私の大切な大切な家族。 ハッキリと真っ直ぐに。 好意を伝えてくれる人にしか、彼女を任せることなど出来やしない。

「……何も言うことがないなら、もういいや。 治療ありがとう、それじゃあね」
「まっ、待って…っ!!!!」

この場を立ち去ろうとする私を、レオくんは咄嗟に呼び止めた。 その切羽詰まったような声に、私はピタッと立ち止まる。 くるりと振り返れば、これまた切羽詰まった表情でこちらを見ている彼に、私はふぅとため息をひとつ。

「…なに?」
「…わ、私は、ナマエちゃんのことが…っ」
「お姉さまのことが?」
「………っ、す、」
「……す?」
「………好き、です」

たった一言 『好き』 というだけで、顔を真っ赤に染めるレオくんに、私は再度ハァ… と大きなため息をつく。 どれだけうぶなの、この人。 こんなんじゃ、先が思いやられるよ、全く。

「…もう。 初めから素直になってればいいのに」
「ご、ごめん。 だけど私なんかが、彼女のような素敵な女性を好きになるなんて、烏滸がましいというか…」
「そんな馬鹿なこと考えるくらいなら、もうちょっと上手く誤魔化しなよ。 バレバレだよ?」
「っ! もっ、もしかして… 彼女も気づいて…っ」
「…それは無いかな。 お姉さま、自分のことにはてんで疎いから」
「そ、そっか…」

私の言葉にホッとしたのか、胸を撫で下ろすレオくん。 誰が見てもレオくんがお姉さまに好意を持っているのは明らかなのだけど… お姉さま自身、レオくんの態度を 『女性に慣れていないから』 だと勘違いしている。 …本当に。 世話が焼けるふたりなんだから。

「でも、どうして突然協力なんて…」
「…私ね、レオくんには沢山お世話になってるでしょ?」
「えっ? そ、そう、かな?」
「…すごく感謝してるの。 だから少しでも恩返し出来たらなぁって」
「( そう思うのなら、もう少し大人しくしてくれれば… )」
「……今、失礼なこと考えてなかった?」
「へっ!? い、いや! そんなことは…っ!!」

慌てて首を振るレオくんを、ジトッと睨み付ける。 そんな彼の様子を怪しみながらも、私は本題へと意識を戻すことにした。

「…まぁ、いいや。 それでね、考えたの。 私がレオくんにしてあげられることって… お姉さまとの仲を取り持つことなんじゃないか って」
「…っ!」
「もちろん、お姉さまを不幸にするようなひとなら、こんなこと絶対にしないよ。 だけど…」
「…だけど?」
「レオくんだから。 お姉さまのこと、きっと幸せにしてくれるかなって」
「っ、! しっ、幸せにって………っ」

魔王城で過ごしてきた日々の中で、レオくんの為人ひととなりは十分に理解できたと思う。 人間と魔族。 相容れないものだとばかり思っていたが、実際はそんなこと、全く無くて。 だから私も、願ってしまったのだ。 …お姉さまとレオくんが、上手くいく恋人になることを。

「そっ、それはっ! まだ気が早いんじゃないかなあっ!? ナマエちゃんが私のことを、そのっ、すっ、好きかどうかは… まだ、分からないし…っ!」
「たぶん、もう好きだよ」
「へっ!?!?!?」

私だって、鬼じゃない。 もしお姉さまが全くレオくんに興味が無いと分かっていたら… わざわざこのような面倒なことをしようと思うわけがないのだ。 それにレオくんには 『たぶん』 なんて言ったけれど、私は確信している。 その理由は…

「お姉さまのことだから、自覚してないかもしれないけど。 あんなに笑ったり、怒ったり… 家族以外に素を見せるお姉さま、見たことないもん」
「っ…!」

王族として、感情を抑えるための教育は今まで嫌と言うほど受けて来た。 それはお姉さまも同じ、いや… 妹である私とは比べものにならないくらい、厳しく育てられてきたと聞いている。 そんな彼女があのように、たった一度会っただけの相手のことを気にかけたり、仲良くなりたいと願ったり… ころころと表情を変えて感情を露わにするだなんて。 母上が聞いたら、また魔王城に飛んできてしまいそうだ。 …父上に関しては、うん。 『レオくんがんばれ』 としか言いようがない。 心の中で少し同情しながら、チラリとレオくんへ視線を向ければ、私の言葉に嬉しさを抑えられないのか、顔を真っ赤に染めながらそわそわとどこか落ち着かない様子である。 …レオくんは、分かりやすすぎなんだよね。

「…ところで、レオくん」
「えっ?」
「さっきも言った通り、いつもお世話になってるレオくんに協力するのはやぶさかでは無いんだけど…」
「…う、うん?」

大好きなお姉さまと、魔王城で1番仲良くして貰っているレオくんに協力するのは、私としても本意である。 だけど、何をするにも "対価" は必要なわけで。 話の流れが変わったのを感じ取ったのか、レオくんは笑顔が若干ぎこちないものになっている。 …察しが良いひとは、嫌いじゃないよ。

「寝具の素材が、足りないんだよねぇ…?」
「…なっ!!」
「私、まだまだ作りたいものが沢山あるの。 …もちろん "協力" してくれるよね?」
「…っ!!」

敢えて "協力" という言葉を強調する私に、反論できないのか、黙り込むレオくん。 しばしの沈黙のあと、ハァと諦めにも似たため息をこぼした彼は、コクリと首を縦に振った。

「ふふっ。 持つべきものは仲間だね」
「( ……何だか上手く利用されただけじゃ? )」

少し恨めしそうにこちらを見つめるレオくんを尻目に、私は上機嫌に歩き出す。 教会の扉を出る直前、くるっと振り返り 『作戦はまた今度伝えるね』 と告げた私に彼は、呆れながらも優しい笑みを向けてくれて。

「( こうやって私のわがままにも、しっかり付き合ってくれるもんね。 …こんなに優しいレオくんになら、安心してお姉さまを任せられるよ )」

少し頼りないところはあるけれど、そんなこと気にならないくらいのお人好し。 そんな彼だからこそ、協力しようと思えたのだ。

「( さぁ、どうやってふたりをくっつけようかな…? )」

これからのふたりのことを想像して、私は自然と笑みがこぼれるのだった。




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