「 意外な一面 」 / あくましゅうどうし視点


「( …ふむふむ、なるほど。 これは見落としていたぞ…! この原理を使えば、蘇生魔術がもっと効率良く… )」

コンコン。
無機質なノック音に、ハッと顔を上げる。 そこで初めて、自身が魔術書に夢中になっていたことに気づき、慌てて視線を時計へと向けた。

「( っ…! うわっ、もうこんな時間…っ!? )」

時刻はとっくの昔にお昼を過ぎ、夕刻に差し掛かろうとしていた。 今日は久々の休みで、部屋の片付けをしていたのだが… 偶々手に取った魔術書が懐かしくなって、つい読み耽ってしまったようだ。

「( せっかくの休みが台無しに… って、違う違う! ノック…っ 誰か来てたんだった…っ! )」

先程のノック音を思い出し、慌ててソファから立ち上がる。 …それにしても。 こんな半端な時間に一体誰だろうか…? 今日は来客の予定は無かったはずだ。 姫はいつも、ノックなどしない。 忍び込んで待ち伏せしているか、勝手に入って来るかのどちらかだ。 魔王様か…? いや、この時間はいつも、夕食を食べに食堂へ向かっているはず…

ああだこうだと思考を巡らせる私だったが、再度。 コンコンコンと私を急かすように先程よりも強めにノックする音が聞こえ、急ぎ足で扉へと向かう。 すぐにドアノブを掴み、慌てて扉を開けながら、私は扉の向こうにいるであろう訪問者へお詫びの言葉を口にした。

「っ…ご、ごめんっ! おまたせ、」
「あ、やっぱりいた。 もうっ、遅いよレオくん!」
「えっ………? 姫…?」

扉の先に立っていたのは、先程予想から除外した人物。 いつもとは違う登場の仕方に、思わず唖然としてしまった。

「…レオくん? 間抜けな顔して、どうしたの?」
「そ、そりゃあ間抜けな顔にもなるよ…っ! 姫がちゃんと扉から入ってくるなんて… 何か変なモノでも食べたんじゃ…」
「ぬっ!! レオくん、超失礼!!」
「えっ!? あ、ご、ごめ…」
「ふっ、ふふっ…! 確かに、レディに対して少し失礼かもしれないけど… スヤもスヤよ? いつもはどうやって彼の部屋に入っているの?」
「えっ…?」

姫の後ろから聞こえた声に、ぴたりと動きを止める。 私の聞き間違いじゃなければ、今の、声は…

「こんにちは、レオくん。 …もう 『こんばんは』 の時間かしら?」
「っ…! お、おおっ、お姉さん…ッ!?!?」
「…!」

ひょっこりと姫の後ろから顔を出したのは、私の予想通り、姫のお姉さんだった。 思わず叫んでしまった私を見て、何故かムッと口をへの字に曲げる彼女。 しかしその直後、結ばれていたはずの唇はすぐに開かれる。

「…呼び方が元に戻ってるッ! お姉さんじゃなくて、 "ナマエ" !」
「っ、ッ…!」

まさにぷんぷんと言う効果音がピッタリと当てはまる。 怒っているはずなのに、腰に手を当てている姿が無性に可愛く思えて仕方なかった。 それに、こんな風に砕けた態度で接してくれるとは思いもしなかった私は、叱られているというのに、嬉しさが勝ってしまう。

「ほら、呼んでみて?」
「あっ、え、えっと…っ ナマエ、ちゃん…っ」
「ふふっ、よく出来ました」
「っ、ッ〜〜!!!」

『いい子いい子』 と頭を撫でられるという思わぬご褒美に、全身がカッと熱くなる。 一生懸命に背伸びをして私の頭を撫でる姿にきゅんと胸が締め付けられて、今にも倒れてしまいそうになるが、グッと我慢。 しかし、とても嬉しそうにはにかむ彼女の笑顔を見た、その瞬間。 胸が張り裂けそうな程、激しく音を立て始める。

「( っ、むっ、無理…ッ!!! こんな至近距離でっ、こんな顔、されたら…っ!!!! )」
「私の時と、随分反応が違うじゃん。 レオくん」
「…へっ!? そっ、そんなこと、は…っ!」

ジトーっと拗ねるようにこちらを見つめる姫が視界に入り、少しずつ鎮まっていく胸の音。 …もしかして。 私を落ち着かせようとしてくれたんじゃ…? そんな考えが頭をよぎって、チラリと姫に視線を向ければ… ぱちっと可愛らしいウインクを返してくれる彼女に、私の疑問は確信へと変わる。

「そ、それにしても、どうしてここに…?」
「あっ、そうだった。 本題を忘れてたよ。 …ほら、お姉さま!」
「えっ!? ええ…っ そうね…!」
「…?」

姫のおかげで何とか落ち着きを取り戻した私は、彼女たちがここへきた理由を問い掛ける。 すると、姫は何かを思い出したようで、ナマエちゃんの背中をぽんぽんと叩いた。 …どうやら、私に用があるのはナマエちゃんの方らしい。

「レオくん、あの…」
「…?」

何やら気まずそうに指を絡ませて、俯くナマエちゃん。 余程言いづらいことなのか、中々言葉が続かない様子である。

「あの、ね…っ」
「う、うん…? ( い、一体、何を… )」
「っ……私っ! レオくんの、炊き込みご飯が食べてみたいの…っ!!」
「………………へっ?」

炊き込みご飯。 予想外すぎるワードに、思わず間抜けな声が出る。 …えっ? ちょっと待って。 炊き込みご飯? 聞き間違いじゃ、ないよな…?

「た、炊き込み、ごはん…?」
「…うん」
「ほ、本当に?」
「……っ! スヤがっ! スヤが、レオくんの炊き込みご飯がすごく美味しいって…! それを聞いたら、居ても立っても居られなくて…っ」

何度も聞き返す私についに恥ずかしくなったのか、ナマエちゃんの顔がぶわっと真っ赤に染まっていく。 早口で訳を話す姿が、何だか叱られた子供のように見えてしまって…

「…………っ、くっ、ふふっ、」
「っ、ッ!!」

とうとう我慢できず、吹き出してしまった。 そんな私の反応に恥ずかしさが増したのか、ムッと膨れっ面になる彼女がこれまた本当に可愛くて仕方ない。 込み上げる愛しさが、私を更に笑いの渦へと引き込んでいく。

「ッ、ふっ、くくっ… ご、ごめんっ! 何だかすごく、面白くて…っ」
「っ…! もうっ! そんなに笑うところっ? スヤっ! あなたからも何とか言ってやって…っ!」
「……無理だね。 今のお姉さま、すっごく可愛いから。 何言っても無駄だと思うよ?」
「っ、かっ!? 可愛いわけないでしょうっ? こんなっ、食い意地の張った女なんて…」
「っ! …ふふっ、あははっ!」
「!! ほらっ、また…ッ!!!」

慌てふためく彼女には悪いけれど、しばらく笑いは止みそうにない。 いまだ笑い続ける私に、とうとう堪忍袋の緒が切れたのか、私を恨めしそうに睨みつける瞳には涙が浮かんでいて… そこで私はようやく息を落ち着ける。 『沢山笑っちゃって、ごめんね…?』 とすぐにフォローの言葉を口にした私に 『……炊き込みご飯、作ってくれたら許してあげる』 とイジけたように呟く姿に、また笑いが込み上げてくるけれど、何とか我慢。

「今からだと、作るのに少し時間がかかるけれど…」
「 !!」
「それでも、いいかい?」
「…もちろんっ!」
「やったね、お姉さま」

『すっごく楽しみね! スヤ!』 と心底嬉しそうに笑顔を浮かべるナマエちゃんの姿に、私の胸は懲りずにきゅんと音を鳴らす。 彼女の新たな一面を見れたことが、とても嬉しくて、自然と私も笑顔が浮かんでくるのだった。



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