サンタさんへのプレゼント





「あれー? ナマエ先生、まだ残ってたの?」

陽も沈み、外もすっかり暗くなっている時間帯。 校内の悪魔もまばらになる頃。

デスクに向かって書類と睨めっこをしていたナマエにかけられたのは、陽気で明るい声だった。

「ダリ先生…! すみませんっ、ちょっと業務が立て込んでて…」

その声の主へ返事をするために。 ナマエはすぐさま、くるりとデスクチェアを回して振り返る。 振り返った先。 そこには、彼女が予想した通り。 上司である、ダリの姿があった。

すでに帰宅したのか、自分以外に残業している者はおらず。 静かな職員室には、目の前のダリと自分だけ。

遅くまで仕事をしていることを咎められるかも… と、ナマエは咄嗟に謝罪の言葉を口にするけれど。

ナマエの心配は杞憂に終わる。 ダリはそんなことなど気にも留めず。 ナマエが睨めっこをしていた書類へと視線を向けた。

「どれどれ? …あぁ、そういえば! ナマエ先生、来月の新年会の幹事でしたね〜」
「長期休暇に入ると色々忘れちゃいそうなんで、今のうちに出来ることはやっておこうかと…」
「いやぁ、さすがです! その慎重で計画的なところ! ほんと見習わないとなぁ」

ニコニコ笑顔で褒めてくれるダリの言葉が、どこまで本心なのかは定かではないが。 尊敬する上司に褒められて、悪い気はしない。 お世辞も存分に含まれているだろう言葉に、嬉しいと思ってしまう単純な自分が少し気恥ずかしくて。

"それで、残業してたら意味ないんですけどね" と、ナマエは照れ隠しに呟いた。

「あれ? でも確か… ライム先生も幹事じゃなかった?」
「あっ、はい。 でも、今日はどうしても外せない予定があるみたいで…」

ナマエと同じく幹事であるライムの姿が見えないことに、ダリは疑問を抱く。 もちろん。 彼女はドタキャンをしたわけでも、サボっているわけでもない。 今日は予定があると事前に知らせてくれていたということを、きちんと説明すれば… ダリはうーんと頭を捻り始めた。

「外せない予定ねぇ… あ、そういえば今日、クリスマスか」
「クリスマスに予定があるなんて、ほんと羨ましい限りですよね」

"恋人との予定ではないって言ってましたけど… 本当のところは、どうなんでしょうね?"

そう言って、呑気にあははと笑うナマエ。 そんな彼女の言動に、ダリは思わずピクリと反応を示す。

「…ナマエ先生は、ないの? クリスマスの予定」
「ふふっ、見ての通り。 "仕事が恋人" 状態です」
「なるほど。 お互い、 "寂しい独り身" ってわけだ」

目の前の書類をひらひらさせながら。 ナマエは茶目っ気溢れる言葉を返した。

可愛くて、美人。
それでいて、気さくでノリが良く。
仕事には真面目に取り組む、しっかり者。
かと思えば、ちょっと抜けてるところがあったり。

そんな魅力溢れる悪魔である彼女が、今夜の予定は無い、と。
ハッキリとそう言った。

その言葉は、ダリの心の中で長い間、育んできた "感情" をゆさゆさと揺さぶってしまったようで。

「それじゃあさ、その恋人に…」
「??」
「僕が立候補、してもいい?」
「…………へっ?」

ずっと胸の奥に閉まっておくつもりだった、恋心。 しかし、クリスマスという "特別なこの日" に巡って来た、またとないチャンス。 世の中が浮かれ気分の今、その勢いに便乗してしまおうと。 ダリは意を決して、その言葉を口にする。

それが余程、予想外だったのだろう。 ポカンと口を開け、間抜けな表情を浮かべる、ナマエ。 そんな顔も可愛いな、なんて。 考えている自分に思わず、ダリは苦笑い。

「あはは、ビックリした?」
「っ、ッ… そ、そりゃあ、ビックリしますよっ! えっ、ちょ、ちょっと待って、私の聞き間違−−」
「僕が君の恋人に立候補してもいいかって聞いたんだけど?」
「っ、!! そっ、そんな、なっ、なんで…っ」
「何でって、それはもちろん−−」

何でなんて、そんなもの。 答えはひとつに決まっている、と。 ダリの手はナマエの頬へと伸ばされる。

するり。 滑らかな肌を優しく撫でながら、ダリは愛情をたっぷりと込めた声色で囁いた。

「ナマエ先生のことが、好きだからだよ」
「っ、ッ〜〜〜!!!!」
「おっ、その反応! 満更でもない感じ?」

"好きだから" 。 そう口にした、その瞬間。 一気に赤く染まる、ナマエの頬。 ダリのあまりにストレートな物言いに返す言葉が見つからないのか、ナマエは言葉を詰まらせる。

そんな彼女の反応に気分を良くした、ダリ。 この波に乗って、彼はさらにグイグイと。 アプローチをかけていく。

「それで、どう? 自分で言うのもなんだけど、割と好物件だと思うんだけどねぇ」
「っ、ど、どう、と言われましても… 全く実感が湧かないと、言いますか…!」
「実感かぁ… なるほどなるほど」

戸惑うナマエのデスクに寄りかかりながら。 ダリは彼女の顔を覗き込むようにして問いかけた。 その普段とは違う、甘さを含んだ微笑みにタジタジとなりながらも、自身の気持ちを素直に告げるナマエ。

確かに。 突然好きだ何だと言われても、信じられないのも頷ける、と。 ダリはひとり納得するような仕草を見せる。 そして…

「よし、それじゃあ! 今日はふたりで、飲みに行こう!」
「えっ!? きょっ、今日ですか!?」

いかに自分がナマエを好いているのか。 それを今日はとことん分からせてやろう。 そんな考えに至る、ダリ。

これまた突然のダリからの誘いに、驚き慌てふためくナマエだったが…

「優しい優しいダリサンタが、ナマエ先生のお仕事を手伝ってあげるから! ほら、さっさと片付けちゃいましょう!」
「そ、そんな…! ダリ先生にそこまでしていただく訳には…っ」
「いいのいいの! むしろナマエ先生と飲みに行けるなんて、最高のクリスマスプレゼントなんだからさ?」
「っ、ッ〜〜!!」
「あはは、照れてる照れてる。 これはやっぱり… 脈ありかな〜」
「っ、もう…っ! 揶揄わないでくださいっ」

今やすっかり。 ダリのペース。 それがクリスマスという特殊な日であるからなのか、それとも相手がダリだからなのか。 それは定かではないけれど。

すぐ近くで香る控えめな香水の香りだとか。 デスクの上に乗せられた大きな手だとか。 楽しそうに笑う、いつもと少し違う笑顔だとか。

そんな些細なことを意識している自分に、気がついてしまって。

ドキドキとうるさいくらいに鼓動を刻み始める心臓を前にして、もう後戻りは出来そうにないな、と。 そんなことを思う、ナマエなのだった。



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