君に伝えたいことがあるんだ





「あぁ〜 やっぱアクドル最っっっ高!!!」

教師寮の自室のテレビに映る、キラキラと輝く女の子。 そんな彼女たちを見て大はしゃぎするのは、悪魔学校バビルス精神医学担当教師−− ムルムル・ツムル。

ペンライト両手に盛り上がりを見せる彼は、すぐ隣に座る女性の方へ向き直ると、興奮冷めやらぬ様子でその口を開いた。

「どんだけ仕事が忙しくてもさぁ! 彼女たちの笑顔を見れば疲れなんて吹っ飛ぶよなぁ…! ナマエもそう思うっしょ?」
「…………うん」

キラキラとアクドルの顔負けの笑顔で問いかけてくるツムルを前にした彼女−− ナマエは、両膝を抱えどこかつまらなさそうに返事をする。

しかしそんな彼女にも目もくれず、ツムルは再びテレビへと向き直り、そして−−

「うぉぉお! クロムちゃん最高〜〜!! 可愛すぎ!!!」
「………」

画面いっぱいに映るアクドルを見て、またしても大はしゃぎ。 夢中で画面を食い入るように見つめるツムルを横目に、ナマエは彼に気づかれないよう。 本日何度目か分からないため息を吐き出した。




ナマエとツムル。 彼らは互いに、多忙を極めるバビルス教師という職につく身。座学のテストやその他の試験など… イベントが盛り沢山であったこの数ヶ月。 恋人であるにも関わらず、彼らは碌にふたりきりの時間を過ごせていなかった。

休日出勤なんて当たり前。 生徒のため、学校のため。 身を粉にして働くことを誇りに思うけれど… やはり不満や疲れは蓄積されるもので。

やっと。 ようやく。 恋人であるツムルとゆっくり過ごすことができる、と。 そう思っていたのに。

かれこれ、数時間。 蓋を開けてみれば、"アクドルアクドル" と。 彼はテレビに映るキラキラ輝く女の子たちに、ずっと夢中になりっぱなしで。

最初はまだ、良かった。 彼も自分と同様に忙しい日々を送っていたことを知っているからこそ、彼の趣味である "アクドル鑑賞" を邪魔しようとは思わなかった。

しかし。 さすがのナマエにも、我慢の限界というものがある。

「ごめんツムル… 私、帰るね」
「………えっ?」

確かに彼にとって "アクドル" は、日々の疲れを癒す "心の支え" なのだろう。 それを否定するつもりも、文句を言うつもりも… ナマエには一切無かった。

けれど、彼女にとっては "心の支えそう" ではない。 キラキラと輝く彼女たちを見たところで、仕事の疲れが癒えることも、ストレスが発散されることもないのだ。

今、彼女がこの場にいる理由はただひとつ。 "ツムルとふたりきりの時間を過ごしたい" 。 それだけを楽しみに、彼の部屋までやって来たのである。

"帰る" と言ったその言葉通り。 立ちあがろうとするナマエの手を、咄嗟に掴むと同時。 ツムルは焦ったように、その口を開く。

「ちょ…っ! 何々、どしたの!? 今日は久しぶりにふたりで会えるから、俺… すっげー楽しみにしてたのに!!」
「……私だって、そうだけど、」

そこまで言うのなら、どうして。 画面上の女の子にばかり、笑顔を向けているのか。 私では、あなたの "癒し" にはなれないの?

そんな後ろ向きな考えばかりが、ナマエの頭に浮かんでくる。 本当はこんなこと、思いたくない。 けれど、今の彼を前にしてニコニコ笑っていられるほど、自分はお人好しでもなくて。

彼の趣味を否定することだけはしたくない、と。 ナマエは必死に自身の気持ちに蓋をする。

自分に会うのを楽しみにしていたと言う彼の言葉に、淡い期待を寄せて。 自分も楽しみにしていたということを、伝えるナマエだったが…

「それならさ、ほら! 一緒にライブ映像見ようぜ!」
「……」
「忙しかったから撮り溜めしてたんだよな〜! ナマエと一緒に見ようと思って、手つけてなかっ−−」
「……帰る」
「っ、えっ?」

ツムルから告げられた言葉は、無情にも。 ナマエの淡い期待を、悉く裏切った。

まだまだ物足りない、と。 テレビへと向き直るツムル。 そんな彼の背を見つめながら、ナマエは思う。

"私が居ても居なくても、同じじゃないか" 、と。

そんな考えに至った、その瞬間。 彼女の胸に広がるのは、ただただ虚しい感情だった。

特段、何かを求めているわけではない。 買い物に行ったり、料理をしたり、会話をしたり、キスをしたり。 そんなありふれた日常を、彼とふたりで過ごせれば。 それだけで良かったのに、と。

そんな苛立ちや不満が、ナマエの心の中を埋め尽くしていく。

「な、なんだよ? 何怒ってんのさ…!」
「っ、精神医学専門のくせに…っ! そんなことも分かんないのっ?」
「っ、な…っ!? そ、そんな言い方しなくていいだろっ! 俺はただアクドルたちを見て楽しく "ふたりで" 過ごせればって−−」
「っ、さっきからアクドルアクドルって! そればっかり…!」
「…っ!」

まるで何も分かっていない様子のツムルに対して、ナマエの口をついて出るのは可愛げのない言葉ばかり。 そんな自分のすぐそばのテレビには、可愛らしいアクドルたちがニコニコと笑顔を振りまいていて。

ナマエは自分が、惨めで惨めで仕方がなかった。 しかし、今の彼女には、溢れる想いを止める術はない。

「ツムルがアクドルを大好きなのは知ってるし、忙しかった分、それを満喫したい気持ちは分かるけど…っ、私だって、ふたりきりで過ごせること、ほんとに楽しみにしてたんだよっ?」
「ナマエ…っ」

彼の趣味や好きなモノに、口を出すつもりは一切無かった… はずなのに。

恋人である自分よりも、彼女たちアクドルの方が大事なのではないか。

そんな考えを一瞬でも抱いてしまった自分が、悔しくて、恥ずかしくて、情けなくて。

「っ、そんなにその子たちを見たいなら、ひとりで見ればっ? …むしろ、アクドル相手にヤキモチ妬く面倒な彼女なんて、居ない方が−−」
「ッ、そんなわけないだろ…っ!!!」
「っ、ッ−−−!!」

"私なんて居ない方がいい" 。 ナマエがその言葉を口にしようとした、その瞬間。

ガシッと掴まれる、両肩。 ナマエの顔を真っ直ぐ見つめながら、ツムルは彼女の言葉を強く否定する。

その切実な声と表情に、ナマエの胸にはキュウッと切ない痛みが走った。

「っ、俺だって…! ナマエに会えるの、本当に楽しみにしてたんだよ…!!」
「……そうとは、思えないもん」

楽しみにしていたというツムルの言葉を、今度はナマエが否定する。 彼女にとって、今日の彼との時間は "自分が居なくても" 成立することばかり。

"口では何とでも言える" … ナマエがそんなことを思った、その時だった。

「っ、…あ〜…っ、くそっ! 本当はもっと、カッコよく渡すつもりだったんだけどなぁ…っ!」
「っ、? な、にを……−−」

後頭部をガシガシと掻きながら。 何やら突然、不満を口にし始めるツムル。 そんな彼の行動の真意が分からず、ナマエは戸惑いを隠せない。

訝しげな視線を向けてくるナマエに対し、何かを決心したのか。 スー… ハー… と一度だけ、深呼吸。

そして真剣な眼差しで、ナマエを見つめながら。 彼はその口をゆっくりと開いた。

「…今日は "これ" を渡そうって、前から決めててさ、」
「 "これ" って一体、なに、を………」

"これ" 。 そう言って、ツムルがポケットから取り出したのは、片手に収まるほどの、小さな黒い箱。

その "箱" が意味すること… それが分からないほど、ナマエは決して、鈍感ではない。 むしろその意味を理解したからこそ、彼女は驚き言葉を失う。

「プロポーズの、指輪。 …いつ話を切り出そう、とか、どんな顔して渡そう、とか。 そんなこと考えてたら、どんどん緊張して中々言い出せなくてさ… ライブ映像見て、何とか緊張を解そうとしてたんだけど… って、それでナマエのこと悲しませてたら、意味ないよな… ほんと、ごめん…」
「っ、ツム、ル…」

今日のツムルの言動は全て、指輪を渡すためこのためだったのだ、と。 そこでようやく、ナマエは理解する。

よくよく考えてみれば。 相手の心の機微を読み取ることが誰よりも得意であるはずの彼が、ナマエの複雑な感情に気づかないわけがない。

余程、余裕が無かったのだろう。 プロポーズすることに気を取られるあまり、ナマエを蔑ろにしてしまった、と。 彼は素直に謝罪の言葉を口にする。

そんな彼の本心を知り、ナマエの胸にはじんわりと。 温かい気持ちが溢れ出していた。

「こんな俺だけど… 結婚、してくれますか…?」
「っ、ッ!」

ナマエの前に跪き、ツムルはパカッとケースの蓋を開けた。 ケースの中にはもちろん。 キラリと輝きを放つ綺麗な宝石が埋め込まれた、可愛らしい指輪がひとつ。

"こんな俺だけど" 。 そう言って少し自身なさげにプロポーズの言葉を口にする彼が、何だかとても可愛く見えてしまって。

「…ふたりで居る時、アクドルの話ばかり、しない?」
「っ、しない! 約束する…!」
「私、今日まで気づかなかったんだけど… ほんとはすっごく嫉妬深いみたいなの… それでも、嫌いにならない…?」
「っ、! ならない! むしろ嬉しい…!! もっとして!!!」
「…! ふっ、ふふっ」

ここぞとばかりに。 結婚の条件を口にする、ナマエ。

しかし、そのどれもが。 ツムルにとっては、"可愛らしいお願い" でしかなくて。 食い気味に返事をする彼の必死さに、ナマエは思わず破顔する。

「…こんな私で良ければ、よろしくお願いします」
「っ、ッ〜〜!! っ、よっっっっっしゃあ!!!」
「っ、きゃっ、!」

彼の言葉を真似するように。 ナマエがツムルからのプロポーズを受け入れた、その瞬間。

嬉しそうに雄叫びをあげる、ツムル。 そしてその直後、彼はナマエをギューっと。 胸の中に閉じ込める。

"あー… めちゃくちゃ、緊張した…っ"

そんな言葉を耳元で呟く彼が、愛おしくて愛おしくて堪らなくて。 ナマエもまた、強く強く。 抱きしめ返した。



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