収穫祭のテントにて





「いやぁ、今年の1年生も優秀な子が多いですねぇ!」

そう言って、私のすぐ隣で嬉しそうに笑うダリ先生。 彼の右手には、箸。 左手には、鍋が盛られた取り皿。 呑気にもっもっと口いっぱいに鍋を頬張る彼に、私は思わず呆れた視線を向ける。

ぬくぬくと暖かいこたつの中、ダリ先生から目の前のモニターへと視線を移せば、鬱蒼としたジャングルの中を満身創痍で彷徨う生徒の姿が視界に入る。

ひんやりと肌寒くなってくる、秋の中頃。 バビルスの裏庭に設置された巨大森林ジャングルで今年も例年通り、1年生最終実技試験である収穫祭が行われていた。

1年生の総決算であるこの試験。 参加している生徒たちは有終の美を飾るため、やる気に満ち溢れていて。 そんな彼らの勇姿を見届け、非常時にはすぐに助けに入れるよう、モニター越しに見守るのが、私たち教師陣の役目となっている。 …にも関わらず。

私の隣では、未だ熱々の鍋をつつき、食事をめいっぱい楽しんでいるダリ先生の姿。 そろそろ日が暮れ始めてくる時間帯。 現場に駆り出されている先生たちは今頃ピリピリと神経をすり減らしているんだろうなと考えて、申し訳ない気持ちが溢れてくる。

「ダリ先生…」
「ん〜?」
「この状況、本当にいいんでしょうか…?」

モニター監視役として、本部テントで待機している私。 教師統括であるダリ先生がここにいるのは納得できる。 全てを取り仕切る総司令官。 彼ほどの適任者は、他にはいない。 …呑気に鍋を食べているが、それはさておき。

モニターを見ていれば、嫌でも生徒たちが危険な目に遭っているのが視界に入り、居ても立っても居られなくなる。 ガタッと腰を上げてしまった回数はもう、数えきれないほどで。

そんな私の気持ちを知っているはずなのに、目の前の彼は呑気に笑うばかり。 私のはやる気持ちはずっと、から回っていた。

「いいのいいの! どうせ夜には慌ただしくなるんだから! 僕たちは今のうちに休んでおかないとね」
「でも… 私たちだけ、こんな…」

たらふく食べて満足したのか、彼の右手からはいつの間にか箸が消えていて。 それでも、呑気なのには変わりない。 夜になればというけれど、すでに他の先生たちは各々の持ち場へと向かっているのだ。

「なになに? 僕とふたりきりは嫌だって?」
「っ、そ、そんなこと言ってないですよ…っ」

とにかく生徒たちのために何かしたい。 そわそわと落ち着かない私を見て、ダリ先生はまた。 揶揄うように、笑う。

「…ねぇ、先生」
「っ、な、何ですか?」
「今、誰もいないですよ」
「っ、ッ…!」

ズイッと、途端に近くなる距離。 ひとり分空いていた隙間はいつの間にか無くなっていて。 触れ合う肩。 耳元で聞こえるのは、甘く優しい囁き声。 チラリと見た彼の瞳は、熱を孕み私をジッと見つめている。 それはプライベートの時に見る、"男の目" をした彼だった。

私がこんなにも、落ち着かない理由。 生徒たちが心配であること、業務にあたっている他の先生方への罪悪感… それは大前提として大いにあるのだが、それだけでは無くて。

"恋人であるダリ先生" とゆったりぬくぬくと過ごしてしまっている、この状況。 彼とふたりきりは嫌かって? …そんなの。 答えはとうに決まってる。

嬉しいと、そう思ってしまう自分に自己嫌悪しているのだ。

「だ、ダメですってば、ダリ先生…っ」
「え〜? ちょっとくらい、いいじゃないですか〜」
「でも… っ、ぁ…っ」

"ちょっとくらい" 。 彼の言葉に流されそうになる心に鞭を打ち、何とか平静を保つけれど。 グイッと腰を引き寄せられ、さらに密着する体。 こたつ机がガタリと揺れる。

「…忙しくなる前に、少しだけ。 元気になる "おまじない" 、いただけませんか?」
「っ、…ッ!」

またもや耳元で囁かれるのは、とんでもなく甘い言葉。 さっきまで肌寒かったはずの体は、汗ばむほど熱く火照っている。 ドキドキと鼓動を刻む心臓の音。 こうなればもう、私に抗うことなど出来なくて。

「…っ、す、少しだけ、なら…」
「はは、ほーんと。 かわいいなぁ…」
「っ、ん…っ」

チュッと啄むような優しいキスを何度も繰り返す、ダリ先生。 そのくすぐったい感覚に思わず漏れる熱い吐息。 彼の唇が触れるたびに温かな気持ちが溢れてきて、私の胸は幸せに満ちていく。

「っ、はぁ…っ 充電完了。 いやぁ、これで夜も頑張れますよ」

そう言って、満足そうに笑うダリ先生。 離れた唇が少し名残惜しいけれど、私も彼と同じ気持ちだった。 これから、恐ろしく長い夜が始まる。 だけど、大切な生徒のため、そして何より、大好きな彼がたくさんのパワーをくれたから…

「…わ、私も。 頑張れそうです…っ」
「……あー… やっぱり、もう少しだけ、」
「っ、えっ? ぁっ、ちょ、まって… ダリせんせ…っ」

何が彼の琴線に触れたのか。 終わったはずの甘いひと時がまたしても始まりそうになり、慌ててストップをかけるけれど。 目の前の彼の瞳は何故か、先程よりも色気を増していて。

ドサッと押し倒された、その直後。 タイミングが良いのか悪いのか。 私たちを呼びに来たカルエゴ先生がテントの中へとやって来る。 仰向けに寝転がる私と彼の目が合った、その次の瞬間。 それはそれは凄まじい彼の怒号がジャングルに響き渡るのだった。



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