放課後、職員室にて





「あれ? まだ残ってたんだ?」
「っ、!」

校内の警備体制の確認を終え、職員室へと戻った僕を待っていたのは… ぽつんとたったひとり、デスクに向かって仕事をする女性。 何やら必死でノートパソコンに文字を打ち込む彼女を視界に入れた僕は、思わず声を掛けてしまった。

その瞬間、ビクッと揺れる肩。 そっとこちらを振り返る彼女の瞳には、驚きからか薄らと涙が浮かんでいて。 その可愛らしい反応に、思わずドキッと胸が高鳴る。

「えいと、先生…?」
「…ごめんごめん、驚かせちゃった?」
「っ、す、すみません… 大袈裟に驚いちゃって…っ」

現れたのが僕だと分かった途端、安堵の表情を浮かべる彼女。 上目遣いで僕の名前を呼ぶ姿にも、ガシッと胸を掴まれる。 …もちろん他意はないのだろうけど。

ここに来たのが僕で良かったと思ってくれていたら、嬉しいな、なんて。 そんなことを考えてしまっている自分に気づき、ハッとする。 …いやほんと、男心をくすぐるのが上手いなこの子。

「もしかして、残業コース?」
「はい… 明日の授業で使う資料の作成が間に合わなくて…」
「ふ〜ん、どれどれ」
「っ、ッ−−!!」

眉を下げ、困り顔で。 仕事が終わらないと言う彼女。 そんな顔も可愛いな、なんて思いつつ。 キーボードに手を置き、顔だけをこちらに向けている彼女の後ろから、覆い被さるようにしてパソコンの画面を覗き込めば… ガチャガチャと揺れる、細くて白い指。

画面いっぱいに映し出される、作成中の資料。 真面目な内容の文末に、意味のない文字の羅列が追記され、思わずクスッと笑みが溢れた。

「あーあ、何してんの。 早く消さないと…」
「あ、あの、エイト、先生…っ」
「んー?」
「ち、ちかい、です…」

画面に向けていた視線をチラリと下に向ければ、可愛らしい彼女のつむじが目に入る。 サラサラと柔らかそうな髪の隙間からは、これでもかと真っ赤に染まった小ぶりの耳が見え隠れしていて。 彼女をこんな風にしているのは自分なのだと考えれば、自然と口角が上がっていく。

…もう少し、いたずらをしてみようか。
そんな好奇心が、僕の心に芽生えてくる。

「知ってるよ、わざとだし」
「えっ、? っ…!!」

僕の答えがよほど意外だったのか。 パッとこちらを見上げる彼女。 その瞬間、かち合う視線。 まさか僕が見ているとは思わなかったのだろう。 彼女は慌てて視線を逸らす。

「どっ… どうしてっ、そんな…っ」
「さて、どうしてでしょう?」
「そっ、そんなこと、言われてもっ、分からない、です…」

ここで正直に答えてしまっては、せっかくの楽しみが無くなってしまう。 そう思った僕は、質問を質問で返してみる。 そんな僕に対して、相変わらず耳や首を真っ赤にしながら "分からない" と答える彼女。 全く。 教師ともあろう者が、考えることを放棄するなんて。 …これは "お説教" が必要かな。

「これ終わったらさ、」
「…?」
「一緒にご飯でも、どう?」
「えっ、?」

お説教はその時に、なんて。 心の中で呟く。 もちろんそんなもの、ただの口実だ。 …こんなにも可愛い君を、このまま帰してしまうなんて。 もったいないにも、程がある。

「返事は?」
「ぁっ、えと、その…っ」
「ん?」
「…よろしく、お願いしますっ」
「うん、OK。 …それじゃあ、さっさと終わらせちゃおうか」

半ば強引に食事の約束を取り付け満足した僕は、すぐ近くにあった椅子を引き寄せる。 そこへ腰を下ろし、画面を覗き込めば、彼女もすぐに真剣な表情へと様変わり。 そんな彼女の先程までとのギャップにも、ドキッと胸を刺激されつつ。

早く早く。 もっと彼女を堪能したい。 はやる気持ちを抑えながら、僕も真剣にパソコンへと向き合うのだった。



短編一覧へ戻る




- ナノ -