おませなあの子は誰が好き?





※このお話は、リクエストにて作成した「おかえり、ただいま。」の続編となります。
先に前作をお読みになることを、おすすめいたします。
※前作は こちら から。

また、こちらのお話にはヒロインの子ども(女の子)が登場いたします。目次ページにて「ムスメ」と書かれたフォームに任意のお名前をご入力の上、お楽しみくださいませ。




「本当、大きくなったねぇ。 ムスメちゃん」

そう言って、なでなでと。 柔らかな髪を撫で付ける、バラムの手。 そんな彼の言葉と心地の良い感覚に "ムスメ" は嬉しそうに、顔を綻ばせる。

「わたし、おおきくなった…っ?」
「うん、もうすっかり立派で可愛いレディだね」
「ほんと? …ムスメ、かわいい?」

クリっとまん丸で、大きな瞳。 可愛いかと問うてくる小さな唇は、発色の良い綺麗な赤色。 紫がかった黒髪は柔らかく。 ふわふわと緩いカーブを描き、触り心地は抜群。

そんな大人顔負けの魅力を惜しげもなく振り撒く、小さな女の子、ムスメ。 彼女の視線に合わせるように腰を屈めたバラムはまたしても。 彼女の頭へと手を伸ばす。

「もちろん。 ムスメちゃんは "ママ" に似てとっても美人さんだし、素直で可愛い、素敵な女の子だよ」
「っ、ッ〜〜!!」

それはそれは、愛情をたっぷり込めて。 バラムは穏やかに囁いた。 そんな彼の優しげな声と表情に、ムスメの頬はカアっと瞬く間に熱を帯びていく。

「っ、…ねぇ、シチロウ!」
「ん? 何だい?」

この胸の高鳴りを。 どうしても伝えたくて。 ムスメはついに、決心する。 ずっとずっと伝えたかった、この気持ちを。 今こそ言葉にする時だと。 彼女は意を決して、その可愛らしい唇を開いた。

「わたし…っ、シチロウとけっこんする…!」
「…っ、ぶッ!?」
「ふふっ、ムスメったら。 おませさんねぇ」

"結婚" 。 何もかもをすっ飛ばしたその言葉に、すぐそばで聞き耳を立てていたカルエゴは思わず。 口に含んだコーヒーを吹き出した。 一方、少し離れたキッチンでムスメとバラムの様子を見守っていたナマエは、あらあらまあまあと。 微笑ましげに彼らを見つめている。

「あはは、結婚かぁ」
「シチロウはわたしとけっこんするのは、イヤ…?」
「イヤじゃないよ。 でも、ムスメちゃんの "パパ" が許してくれるかな…?」
「…パパ! わたしとシチロウのけっこんをみとめてください!」
「っ、誰が認めるか、馬鹿者!!!」

バラムの言葉を受け、 "パパ" の許可を得ようと。 すぐそばにいるカルエゴに、ペコリと頭を下げてお願いをする、ムスメ。 そんな彼女のお願いを "パパ" こと "カルエゴ" は、断固として拒否。 声を荒げ、頑なに認めようとしないその姿に、ムスメはムッと頬を膨らませた。

「どうして!? わたしシチロウのこと、だいすきなのに…!」
「っ、子どものお前に結婚など、まだまだ早すぎる! 大体、シチロウとお前でいくつ歳の差があると…」
「でもパパだって…! "おしえごのママ" に、てをだしたんでしょっ!?」
「っ、な…ッ!?」
「まぁ…っ!」

尚も食い下がってくるムスメを、何とか言い聞かせようとするカルエゴだったが… 思いがけない子供らしからぬ発言を繰り出すムスメに、またしても。 カルエゴは驚愕の表情を浮かべる。 先程は笑って見守っていたナマエも、さすがにこの発言には驚きを隠せないようで…

「どこでそのようなセリフを覚えてきたのだ…っ!」
「まえに、ダリのおじさんがいってたもん…!」
「ダリ先生ってば、そんなことを…」

全く余計なことをしてくれる…っ! と、カルエゴは心の中で悪態を吐いた。 ナマエもあまり言葉には出さないものの、呆れた様子でため息をついている。

そんなふたりに、不機嫌さを隠そうともせず、ムスッとした表情を向ける、ムスメ。

そんな彼らのやり取りを、呑気にも。 バラムは微笑ましげに、見つめていた。




ナベリウス・ムスメ。
すでにお気づきかと思うが、彼女はナマエとカルエゴとの間に生まれた、ひとり娘である。

あの堅物であるカルエゴが教え子であるナマエと結婚をした、その数年後。 ナマエのお腹には、新たな生命が芽生えていた。

世界で最も愛する妻との間に授かった、愛おしい生命いのち。 無事に生まれて来てくれた我が子を、それはそれは大切に、大切に。 育て、慈しんできた。

持ち前の仏頂面や無愛想なところが変わることは無かったが、ナマエとカルエゴ、ふたりからの愛情をたっぷりと注がれたムスメは、素直で愛らしい、可憐な少女へと成長を遂げる。

パパ、パパと。 笑顔で呼んでくる、天使と見紛うほどの愛らしい姿に、カルエゴはすっかり虜だった。

"メロメロ" 。 その言葉がしっくりくるほど、彼はひとり娘であるムスメを、それはそれは溺愛していた。

そのように愛して、愛して。 愛してやまない愛娘からの、まさかの "結婚する" 宣言。 しかも相手は、自身の同級生であるバラムときた。

そんなもの。 反対しない理由ワケがないと。 カルエゴは何とか彼女を説得しようと試みるが…

「どうしてパパがよくて、わたしはダメなの…?」
「…っ、〜〜 ッ、ぐっ…ッ!」

ムスメからの予想外の問いかけに、彼は思わず言葉を詰まらせた。

確かにムスメの言う通り。 教え子であるナマエに、手を出したのは事実である。 …もちろん、彼女が卒業をしたあとの話ではあるのだが。

それでも。 "歳の差" という部分に関しては、何も言い返すことが出来ないと、カルエゴにしては珍しく舌を巻く。

普段は、厳粛で陰湿。 誰に対しても厳しい態度を崩さないカルエゴだったが、彼もまた。 世の父親たちと、同様。 "娘" には非常に弱い生き物なのである。

「ねぇ、ムスメ」
「…なぁに、ママ?」

そんなカルエゴを見兼ねたナマエ。 柔らかな声でムスメの名を呼ぶ姿はまさに、母親そのもの。

父親とは違い、何でも気兼ねなく話すことができる存在だからか、ムスメは思ったよりも素直に返事をする。

そんな彼女が愛らしく、可愛くて可愛くて、たまらないナマエ。 ナマエはふふっと柔らかく笑ったあと、ムスメのふわふわの髪を撫でながら、優しい声で。 語り始める。

「結婚、っていうのはね。 本当に心の底から好きになったひと同士が、するものなの」
「っ…! わたしとシチロウも、おたがいのこと "だいすき" だよ…っ?」
「ふふっ。 好きにも、いろんな形があってね? 例えば…」

ムスメの脇に手を差し込んで。 ナマエは彼女を抱き上げる。 膝の上に向かい合わせに座った彼女と視線を合わせ、ナマエは飛び切り優しく、問いかけた。

「ムスメはママのこと、好き?」
「すきっ!! だいすき!!」
「ふふっ、ありがとう。 …それじゃあ、パパのことは?」
「だいすき! せかいでいちばん、すてきなパパだもん…!」
「っ、ッ〜〜!!!」

一生懸命に想いを伝えてくれるムスメの姿に、ナマエの表情は自然と笑顔になっていて。 さらには父親であるカルエゴに対しても、大好きだと。 さらには、素敵なパパであると。 ムスメは力強く言い放った。

これには思わず。 感情を表に出さないカルエゴも、感動のあまり天を仰ぐ。 鼻筋を押さえ、目尻に込み上げる涙をどうにかこうにか堪えた彼の肩を、バラムはポンと優しく。 慰めるかのように、数回撫でつけた。

「ほら、もうこんなにも。 ムスメには "好き" って気持ちが、たっくさん!」
「でも…っ、シチロウはママたちとは、ちがうもん…!」
「そうだね。 だけど…」

母親や父親。 バラムに対する気持ちは、家族への愛情とは違うのだと、ムスメの言葉には熱が籠る。

そんな彼女の言葉を、決して否定することだけはしないと。 ナマエは心に決めていた。 初恋とも言えるその初々しい感情を、大切にしてもらいたい。 心の底からそう思っているのだ。

しかし、甘い夢ばかり見させていては、この子ためにならない。 母親として彼女にしてあげられるのは、将来の選択肢を増やしてあげること。 それだけだ。

「これからムスメがどんどん大きくなって、大人になっていくに連れて… まだまだ沢山の、素敵な出会いが待っているわ」
「すてきな、であい…?」
「そう。 学校や職場、旅行に出掛けた先… 先はまだまだ長いんだもの。 バラム先生よりも、心惹かれるひとが現れるかもしれないよ?」
「ッ、シチロウよりすてきなひとなんて、いるわけないよ…っ!」

自身のバラムへの気持ちは本物なのだと、ムスメは必死に声を荒げる。 たとえどんな悪魔が現れても、バラムのことを想い続ける自信があると、その瞳が物語っていた。

"まさかここまでご執心だなんて! これはもしかすると…?"
十数年後のムスメとバラムの姿を想像して、クスっと。 ナマエには笑みが込み上げる。

「ふふっ。 あなたが大人になって、色んなひととの出会いを経験したあとも。 バラム先生のことが "1番大好きだ" って言うのなら… ママはあなたを全力で応援するわ!」
「…!」
「っ、…おい、何を言ってっ、」

そこまで言うのならと、ムスメの背中を押すように。 応援すると笑顔で言うナマエ。 もちろん条件付きとはなっているのだが、その力強いエールに、ムスメの瞳はキラキラと輝きを増していく。

そんな母と子のやり取りに、カルエゴはまたしても。 口を挟もうと試みるが…

「…わかった! いまはまだ、がまんする…!」
「ふふっ、いい子ね」
「あはは。 その時はよろしくね、ムスメちゃん」
「っ…! うん…っ!」
「っ、俺は絶対! 認めんからなァ…!!」

完全に、蚊帳の外。

しかしここで折れるような彼ではない。 絶対に認めないぞと。 感情的に叫ぶと、同時。 どこの世も父親は肩身が狭いのだなと心の中で嘆く彼なのであった。




「それにしても… まさかムスメが結婚に興味あるなんて… ママ、びっくりしちゃった」
「え〜? だってパパとママ、いつもとーーっても! しあわせそうなんだもん!」
「「…!!」」
「わたしもふたりみたいに "すてきなふうふ" になるのが、ゆめなの!」
「ふふ。 本当に。 出来た娘さんだねぇ、カルエゴくん?」
「……やはりお前には、絶対に。 …やらんからな」



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