キスの味を教えて





「…今、何と言った?」

聞こえた言葉のあまりの馬鹿さ加減に、思わず眉間に皺を寄せる。 こちらの聞き間違いかと聞き返せば、ニコニコと楽しそうに笑みを浮かべながら、こちらを見つめる我が教え子。 その無邪気な笑みに、私の苛立ちは膨れ上がる一方だ。

「先生に、キスの味を教えてもらいたいんです!」
「馬鹿も休み休み言え! 何故私が貴様にそのようなことを教えねばならんのだ!」
「えー… だって… 先生、私の担任だし…」

そう言って、唇を突き出す彼女。 その無防備な姿は何とも危うい。 "担任だから" そんな理由で自分に問うてくる、その貞操観念の低さに思わずため息が出そうになる。

「誰がそんなくだらんことまで、面倒を見るか馬鹿者!」
「それじゃあ… 誰に聞けばいいんですか?」
「っ、ぐ…っ」

一体、誰に聞くべきか。 そう言われると、確かに。 "誰" とハッキリ答えられない自分がいる。 そういった色恋話は苦手だ。 ここはさっさと話を終わらせてしまいたい。 私はそんな気持ちでいっぱいだった。

「好きな男のひとりやふたり、いないのか…」
「好きなひと、ですか…?」

何だかんだと手の焼ける女だが、これで見た目はかなりの美人。 コイツなら、引く手数多だろう。 考える素振そぶりを見せる、目の前の彼女の長い睫毛を見つめながら、そんなことを考える。

そんな時だった。

俯いていた顔をパッと上げ、花が咲いたように笑顔を振り撒く、彼女。 その瞳はジッと、こちらを見つめていて。

「なぁ〜んだ! それじゃあやっぱり、カルエゴ先生に聞かないと!」
「は?」
「だって私… 先生のことが、大好きですから!」
「っ、−−−!」

屈託のない笑顔で、真正面からぶつけられる、純粋すぎる好意の感情。 まるで悪魔とは思えない眩しすぎるその表情に、不覚にも。 鼓動を刻んでしまっている自身の胸が、情けなくて仕方がない。

「? 先生? どうしたんですか、っ、んっ…ッ!?」

こちらの気も知らないで。 呑気に近づいてくる彼女の腕を掴み、こちらへと引き寄せる。 細い腰を抱き、頬に手を添えて。 驚きに見開く瞳を少しの間見つめたあと、私は彼女の唇を奪ってやった。

「っ、んっ…はぁ、…っ、せ、んせ…?」
「…どうだ?」
「…えっ、?」
「これがキスの味だ。 わかったか、馬鹿者」

振り回されてばかりは性に合わない。 余程キスが気持ちよかったのか、瞳をとろんとさせる彼女。 そんな姿を見て、自然とニヤリと上がる口角。 しかし、それもほんの束の間。

「先生、わたし…もっと味見してみたいです…っ」
「っ、な…ッ!?」

一体どこで覚えたのか。 ねだるように甘く囁きながら、しなだれかかってくる柔らかい体。 そんな彼女に反応してしまう自分がひどく情けない。 だがそれが何だというのか。 据え膳食わぬは男の恥。 そのまま誘われるかのように、私は彼女の唇をもういちど奪った。



短編一覧へ戻る




- ナノ -