妻問い念子の求愛行動





「あっ、オペラせんぱ…」
「おや? 可笑しいですね。 今の私はあなたの先輩ではなく "後輩" ですよ、ナマエ先生?」

つい、いつものクセで。 目の前を通り過ぎようとしたオペラを、"先輩" と呼んでしまったナマエ。 そんな彼女の声に、赤い教師服を身に纏った彼は、無表情なまま。 こてんと首を傾げてみせた。

「あなたが後輩だなんて、恐れ多すぎますよ…っ! 本当に勘弁してください…!」
「何をおっしゃいますか。 あなたはバビルス教師としては、私の "先輩" にあたる存在です。 至らぬ点などあればご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いしますね?」
「もう…っ! 絶対、楽しんでるでしょう!?」

現在、臨時教師としてバビルスにやって来ているオペラ。 カルエゴやバラムと同級生であるナマエは、彼の後輩にあたる。

バビルス教師としては "新米" であるオペラと、カルエゴやバラムと同期である "ベテラン教師" のナマエ。 確かに教師としては、ナマエが先輩となる… という理屈は理解できるのだが、しかし。

尊敬するオペラを後輩だなんて思えるはずがないと、ナマエは必死に彼に言い聞かせる。 が、それも虚しく。 彼はまた無表情のまま、後輩らしく教えを乞うような態度を見せてきて。

明らかにナマエの反応を見て、楽しんでいるオペラ。 そんな彼に思わず、じとりと恨めしげな視線を向けてしまうナマエ。 しかしそんな彼女の態度も何のその。 オペラは余裕ありげにフッと、穏やかな笑みを浮かべている。

「それはそうと、私に何か用がおありで?」
「あっ、そうでした…! ダリ先生がオペラせんぱ、」
「ん?」
「せっ、先生のことをお呼びでしたので…! 見かけたら、声を掛けるようにと…」
「ふむ、分かりました。 それではさっそく職員室へと向かうことにします」

ナマエを揶揄うのは楽しいが、あくまで今は職務中。 声をかけたということは何か用があったのではと、オペラはナマエに問いかけた。

そんな彼の言葉にハッとするナマエ。 本来の用事を思い出し説明しようとするが、またしても。 彼を先輩と呼んでしまい、さらにはそのことに目敏く気づかれて。

逐一、先輩と呼ぶなと圧をかけてくるオペラに従わざるを得ないこの状況。 内心面倒だと思いつつ、オペラの機嫌を悪くさせてしまうよりはマシだと判断したナマエは、すぐさま彼を先生と呼び直す。

そしてダリが呼んでいたことを報告すれば、今すぐ職員室へ向かうと言う彼。 自身も職員室へ向かう途中だったと告げると、そのままふたりは並んで歩き出した。

「…それにしても。 教師というのは、中々に楽しい職業ですね」
「…! そう、思いますか!?」

それはオペラが、何気なく放ったひと言。 職員室へ辿り着くまでの雑談として、とりあげた話題のひとつだったのだが。 ナマエはそこに思いの外、飛びついた。

あまりの反応の良さにオペラはチラリとナマエへと視線を向ける。 その瞬間、バチっと合う視線。 キラキラと嬉しそうに輝く瞳が、オペラを見つめていた。

「子供たちの成長を間近で感じられる喜び… この喜びは、他では早々味わえません」
「っ、そうですよね…!! 私も、それがすっごく嬉しくて…!」

入間を始めとした問題児アブノーマルたちの授業を受け持ち、少しずつだけれど確実に。 成長を見せてくれる彼らを見て、オペラは自分の心が喜びに満ちたことを思い起こす。

僅かな間ではあるが、この身をもって体験することで感じた喜び。 オペラの言葉は、嘘偽りない本心だった。

そんな彼の言葉に、全力で同意するナマエ。 彼女もまた、日々生徒たちが成長していく姿を見て、勇気をもらっている者のひとりなのだ。

「色々失敗したり、落ち込むこともあるんですけど… 子供たちの成長を見れた時、そんなものは全部、どうでも良くなっちゃって。 この仕事をしていて良かったって、心からそう思えるんです」
「それはそれは… まさに天職。 ナマエ先生は "教師の鑑" なのですね」
「っ、!? そ、そんな…! 私なんて他の先生方に比べれば、まだまだで…!」
「何もそこまで謙遜しなくても良いのでは?」
「えっ…?」

自分などまだまだだと、謙遜するナマエ。 同期であるカルエゴやバラムの実力を鑑みれば、そう思ってしまうのも無理はないかもしれない。 だがしかし、オペラはそうは思わなかった。

「校内の挨拶回りをしていたら、嫌でも気がつきます。 あなたがいかに、生徒や教職員の皆さんに信頼されているのかということを」
「っ、ッ−−!!」

オペラが臨時教師を受け持つことに決まった際、彼はバビルス関係者への挨拶回りを行っていた。 教師陣はもちろんのこと、用務員、食堂のスタッフ、他にも様々な場所へと赴き、これからバビルスの一員として世話になることを報告していたのである。

そんな中、挨拶の会話の流れで度々、登場する名前があった。 そのほとんどが自身が仕える主人の孫、入間の名前。 そしてもうひとり… それが、ナマエだったのだ。

「皆さん、口を揃えておっしゃっていました。 あなたほど、生徒のことを想っている先生は他にいないと。 生徒たちも皆、あなたのことをそれはそれは嬉しそうに話してくれましたよ」
「……っ、」

ずっと心の片隅にあった、わだかまり。 同期であるカルエゴとバラムに対する、劣等感。 比べられているんじゃないかと被害妄想に陥ることも少なくなかった。 しかし。

「あなたは "立派な" バビルスの教師です。 もっと胸を張りなさい。 そうでないと、あなたに教えを乞うた生徒たちが、自信を持って胸を張れないですよ」
「……そう、ですよね…っ」

オペラから聞かされた、予想外の周りからの評価。 思わぬところでその実情を知り、ナマエは胸を熱くする。 まるで激励するかのような温かい言葉に、彼女は打ち震えた。

「…とっても、自信が持てましたっ! ありがとうございます、オペラ先輩!!」
「コラコラ、また。 呼び方が元に戻ってますよ」
「あっ…! す、すみません…!」

感動のあまり、またしても。 オペラを先輩と呼んでしまうナマエ。 何度も繰り返すこのやり取りに、ナマエは申し訳なさそうに頭を下げる。

そんな彼女を一瞥すると、オペラはぴたりと動きを止めて何やら思案する仕草を見せた。 突然足を止めた彼を、ナマエは不思議そうに見あげる。

「話は変わりますが… 校内の至るところで、あなたとカルエゴ "先生" が交際しているという噂を聞きましてね」
「えっ? ………えぇっ!?!?」

それは唐突に。 衝撃の話題を繰り出すオペラ。 カルエゴに対しても、"先生" と敬称をつける徹底ぶりは大したものだが… 今はそれどころではないと、全くもって初耳であるその話に、ナマエは思わず驚きの声をあげる。

「そ、それっ… 本当ですか!?」
「ええ、本当ですとも」
「や、やだ…! そんなの絶対ありえないのに…!!」
「…ほう?」

"絶対ありえない" 。 ナマエのその言葉に、オペラはピクリと反応を示した。 たとえ有象無象の噂だとしても、火のないところに煙は立たない。 何かしら裏があると、そう読んでいたオペラだったが…

「 "絶対に" ありえないと?」
「も、もちろんです! 絶対にありえません! 私とカルエゴ先生は "ただの同級生で腐れ縁なだけ" であって… そのような仲になる関係では…っ」
「それならば…」

カルエゴとの恋愛的関係を完全に否定する、ナマエ。 これは早急に。 噂への対処が必要だと、あれこれと頭の中で対策を練る彼女だったが… 次のオペラの言葉に、そんな考えは遥か彼方へと吹っ飛んでいく。

「私があなたの恋人に、立候補しても?」
「…………はっ?」
「カルエゴ先生のみならず、様々な方たちがあなたのことを偉く気に入っているようでして」
「っ、! ちょ、ちょっと、オペラ先輩っ、何する…っ」
「オペラ先生、ですよ」

勝手知ったる、バビルス校内。 バビルス卒業生であるオペラは、人通りが少なく人目につかない絶好のポイントを熟知していた。

細い腕を掴みグイッと手元に引き寄せれば、グッと近くなるふたりの距離。 真っ赤なオペラの髪がナマエの頬に触れ、まるで色が移るかのように。 彼女の頬もほんのりと赤く染まっていく。

そして、またしても。 自身を先輩と呼ぶナマエに、オペラは呆れながらも愛おしげにソッと呟く。 耳元で聞こえる甘さを含んだその声に、ナマエの胸はドキッと大きく鼓動を刻んだ。

「柄にもなく、私は焦っているようです」
「…えっ、?」
「…あなたがここまで沢山の男を魅了しているとは、計算外でした」
「っ、あ…っ」
「もっとじっくりゆっくりと。 攻めるつもりでいたのですが…」
「っ、ッ〜〜!!!」

オペラから告げられる、怒涛の甘い言葉たち。 更にはナマエの両頬を包み込み、ジッと見つめるというオプション付き。

ずっと憧れ、尊敬していた先輩である彼にそこまでされて、冷静でなどいられるわけがない。 どっくんどっくんと脈打つ心臓。 顔は火が出るんじゃないかと思うほど、熱を帯びていて。

「ふふ、あなたのそのような表情を見られるなんて。 やはり、教師とは良いものですね」
「っ、もう…っ、からかわないでください…」

それはそれは楽しそうに。 オペラは、フッと優しい笑みを浮かべる。 そして、からかわないでと告げるナマエに対し、またしても。 『私は至って本気なのですが』 と、流れるように甘い言葉を吐く彼に、どうしようもなく。 胸を熱くする、ナマエなのだった。



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