それはまるで炎のような





「初めまして…! 本日から事務職員として働くことになりました、ミョウジ・ナマエと申します。 不慣れな点もあるかと思いますが、1日でも早くお役に立てるよう精一杯頑張ります! どうぞよろしくお願いいたします…!」

何とも初々しく、フレッシュなその姿。 そんな彼女の自己紹介に、職員室内にはパチパチと大きな拍手が沸き起こる。

ある者はまるで妹を見るように、ある者は娘や孫を見るように。 目尻を下げ微笑ましげに新しい仲間であるナマエを見つめている、そんなほんわかとした空気の中。 ぽかんと口を開け、惚けている男がひとり。

「( ………やば、超タイプ )」

脳内でそう呟いたのは、イフリート・ジン・エイト。 彼の視線の先は言わずもがな。 たった今自己紹介を終えたナマエへと向けられていた。

透き通るような白い肌。 ぽってりとした小ぶりな唇。 パッチリと開く大きな瞳はまるで、宝石のよう。

「( いやマジで… どストライクなんだけど… )」

そんなナマエの容姿は、イフリートの好みど真ん中だったようで。 不躾だと分かっていながらも、ついつい。 思わずジッと見惚れてしまう。

可憐で愛らしく、それでいて美人。 おっとりとした雰囲気や、小柄ながらも抜群のスタイルなどなど。 どこをどう見ても。 むしろ見れば見るほど。 好きな要素しか見当たらない。 そんな彼女から目が離せなくて、ドキドキと。 イフリートの胸の鼓動はどんどんと速度を増していく。

「( "一目惚れ" ってマジであるんだ… って、あ… こっち、見た、 )」

バチっと合う視線。 これだけ見つめていればそりゃあ合うよな、なんて。 どこか他人事のように考える。 しかしそんな余裕も束の間。

ニコッと、目尻を下げながら。 愛らしい笑顔を見せる彼女。 その瞬間、激しく揺れる心臓。 ドキッと痛いくらいに音を鳴らす自身の胸に思わず手を伸ばす。

「( 笑顔の破壊力、はんぱな…っ あー…やばい、これはマジで、本気で好きに… )」
「? イフリート先生? どうかしましたか?」
「っ、い、いや… なんでもっ、なんでもないですので! お気になさらず…っ」
「? そうですか? …いやぁ、それにしても! ナマエさん、とても可愛らしい方ですね!」
「っ、ッ−−!!」

胸を押さえ俯くイフリートの姿を不思議に思い、声を掛けたのは、マルバス・マーチ。 一体どうしたのかと問いかければ、イフリートから返ってきたのは何やら余裕のない顔と言葉。

そんな彼の態度にまたしても疑問が浮かんでくるが、本人が何でもないと言うのなら大丈夫なのだろうと、マルバスは話題を変える。

先程自己紹介を終えたナマエへ視線を向けると、彼は明るい口調で何の気なしに言葉を放った。

"ナマエさん、とても可愛らしい方ですね!"
マルバスが放ったひと言。 それはイフリートの胸をこれでもかと揺さぶった。 何気ないひと言だということは分かっている、だけど。 ぶわっと燃え上がるのは嫉妬の炎。 メラメラと、熱く滾るようにそれは膨らんでいて。

「っ、ちょ、イフリート先生! 炎、炎…っ!!」
「……えっ? っ、ッ!!」

マルバスの焦った声に、ハッと我にかえるイフリート。 炎と叫びながら、自身を指差すマルバスを視界に入れた、その瞬間。 彼は己の失態にようやく気がついた。

自分を中心にして、轟々と燃え上がるのは美しい紫の炎。 近くにいた者たちは、その熱さから咄嗟に距離を取っていて。 イフリートはポツンとひとり、立ち尽くす。

「どうしたんです!? やっぱりどこか調子が悪いんじゃ…」
「い、いえ! そうではなく…! 少し、考え事を…っ、!?」

何だどうしたと騒ぎ始める教師陣。 先程のイフリートのおかしな様子が関係してるのではと、心から心配してくれるマルバスを前に、居た堪れない気持ちでいっぱいになるイフリートだったが…

「( も、ものすごく、見られてる… そりゃ、そうだよな… めちゃくちゃ格好悪いところ、見せちゃったし… )」

驚きの表情を浮かべながら、ジッとイフリートを見つめるのは、ナマエの大きな大きな瞳。 そんな彼女を視界に入れて、彼はずーんと肩を落とす。

感情に流されて、我をうしなって。 いい大人がみっともないと、イフリートが己の未熟さをこれでもかと悔やんだ、その時。

「あ、あの…っ!!」

職員室に響いたのは、何とも可愛らしい女性の声。 その声の出所であるナマエへと。 皆が視線を向ける。

「い、今の紫の炎… もしかして、あなたがイフリートさんですか…?」
「っ、えっ? あっ、うん… そう、だけど…」
「やっ、やっぱり…っ!!!」

おずおずと。 あなたがイフリートかと問うてくるナマエに、戸惑いながらも肯定した、その瞬間。 彼女の表情はみるみるうちに、喜びに満ち溢れていく。

「わぁぁ…っ! 私っ、火炎系魔術を見るのが大好きで…っ! まさかあの魔界一と称されるイフリートさんの炎を、こんなにも間近で見られるなんて…!」
「っ、…!?」

キラキラと輝く大きな瞳。 ほんのりと赤く染まる頬。 自身を褒め称える言葉を口にしながら、興奮冷めやらぬ様子でズイッと近くまでやって来るナマエ。 そして極め付けは…

「すっごく、すっごく…! 素敵な炎でした…っ!!」
「っ、ッ〜〜!!!」

その眩しいほどの満面の笑みに、イフリートは完全にノックアウト。 ぼぼぼっと、まるで火がついたかのように熱くなる自身の体。 …今回は炎は出さずに済んだようで、ホッとしたのはここだけの話である。


そうしてその日以来、普段は消していたはずの尻尾の炎が復活するようになったイフリート。 そんな彼を弄り倒す教師陣の姿が、度々目撃されるようになったとかならなかったとか。



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