寂しさを飛び越えて





「( 今日もまた、ひとりきりの休みかぁ… )」

仕事のない休日。 自室のベッドでひとり、ナマエはゴロゴロと暇を持て余す。 今日は何もする気が起きないと、それはそれはダラダラとだらしなく過ごす彼女。 そこまで彼女が無気力なのには、ある理由があった。 それは…

「( 今日は付き合って1年目の記念日… なんだけどなぁ )」

さほど広くもないひとり暮らしのワンルームの隅の方。 小さなチェストの上に置いてある卓上カレンダー。 そちらへ視線を向ければ、今日の日付は "赤いハート" に囲われていて。

「( こういう記念日とか、結構まめなタイプなのかと、そう思ってたんだけど… 意外と淡白なのかな、ダリくんって )」

今、ナマエの頭の中をいっぱいにしているのは恋人である、ダンタリオン・ダリ。 通称、ダリくん。

学生時代の同級生であるダリとナマエが再会したのは、昨年開催された同窓会。 バビルスの教師統括という忙しい身である彼が、同窓会に参加するのはとても珍しく、もう何年も顔を合わせることがなかったのだが…

久しぶりに会って話してみれば。 ぴったりと合う波長。 お酒の力も相まって、すっかり意気投合するふたり。 お互いに歳をとり大人になったからか、そこからの関係はトントン拍子に進んでいき、ちょうど今から1年前。 ふたりは晴れて、恋仲となったのだ。

「( 今日も休日出勤って言ってたもんなぁ… 忙しいだろうから、私から会いたいなんて連絡するのは、気が引けるし… )」

学校が休みであるはずの休日でさえ、身を粉にして働く彼の立場を思えば、"会いたい" なんていう子供じみた自分の我儘を押し通す気にはとてもなれなかった。

それに、それほど忙しい日々を過ごす彼が、記念日をうっかり忘れてしまうのも無理はないと、諦めの気持ちがナマエの胸の大半を占めていて。

けれど、心の片隅に僅かに残る "もしかして" という淡い期待。 もうそれほど年若くもない。 それなりに歳を重ねている自分が、うら若き乙女のような考えを抱いてしまっている現実に、湧き上がるのは虚しい感情。 ただそれだけだった。

「( こんなこと、考えるだけムダムダ! むしろまじめに働くハイスペックなイイ男だってことを、喜ばないと…! )」

このままの状態では、ネガティブな思考に陥ってしまうことが目に見えている。 そのあたりはやはり、年の功。 これまでの経験上、そんな結論に至るナマエ。 無理やりにでも前向きにならなくてはと、良い方に良い方に。 思考を変えようとするけれど…

「……やっぱり、会いたいなぁ」

それはポツリと無意識に。 口をついて出た言葉。 心の片隅に追いやったはずの本心が、ひょっこりとまた顔を出す。

口に出したことで更に気持ちが膨れ上がってしまって。 ナマエの胸にはポッカリと、寂しさだけが広がっていく。

ダリに会いたい。 その大きな体でキツくキツく、抱きしめて、甘く優しい声で名前を呼びながら、キスしてほしい。 そんな気持ちが溢れ出した、その時。

ピンポーン。

部屋に響く、インターホンの音。 心の片隅に追いやったはずの淡い期待が、ナマエの胸の中にむくむくと膨れ上がる。

はやる気持ちを抑えることが出来なくて。 ナマエはベッドから飛び起きると、そのまま玄関へと一直線。 ガチャガチャと急いで鍵を開け、扉を勢いよく開けたと同時。 彼女の視界に入ったのは…

「っ、…ッ」
「ッ、うわっ、ビックリした…!」

会いたくて会いたくて堪らなかった、ダリの姿で。 突然開いた扉に驚く姿でさえ愛おしくて仕方がないと、ナマエは痛いくらいに胸を高鳴らせる。

「ダメだよ〜? 誰なのか確認せずに扉を開けちゃ、…っと」

焦り慌てて扉を開けたナマエに対し、優しく諭すように語りかけるダリ。 そんな彼の柔らかい雰囲気に、ナマエはもう、居ても立っても居られなくて。

目の前に立つ彼の体に、彼女は勢いよくギュッとしがみつく。 胸元に顔を埋め、ぐりぐりと。 ダリの存在を確かめるかのように、強く強く抱きしめた。

「こりゃまた随分と、熱烈なお迎えだねぇ」

安心する、ダリの匂い。 柔らかな口調、声。 更にはポンポンと頭を撫でてくれるのは、大好きで堪らない大きな手。 ダリの全てに触れて、ナマエの心にはどんどんと幸せが満ちていく。

「なになに? そんなに僕に会いたかった?」
「……うん、会いたかった」
「あはは、今日はえらく素直だなぁ…」

ケラケラと。 嬉しそうに笑うダリ。 彼の胸元に顔を埋めたままのナマエは気づいていないが、彼の瞳もまた、それはそれは愛おしげに彼女を見つめていて。

暫しふたりは、そのまま。 ギュッと互いの体を抱きしめ合った。




「そうだ、これ…」
「…?」
「今日は付き合って、1年の記念日でしょ? …いつもありがとう、ナマエちゃん」
「っ、…! 覚えてたの…っ?」
「もちろん。 …あ、もしかして! 今日は僕に会えないかと思って、寂しくなっちゃった?」
「…っ、し、知らない…っ!」

顔を真っ赤にしてプイッとそっぽを向くナマエ。 その仕草がダリには堪らなく可愛くて愛おしくて。

それから暫くの間。 事あるごとに、この件で "イジられる" こととなるのだが… それはまた、別のお話。



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