持つべきものは





「ねぇ、ナマエちゃん」
「? どうしたの? ハーピィちゃん」
「……ナマエちゃんって、あくましゅうどうし様のこと、好きなの…?」
「…………………えっ?」

いつもと何ら変わりない、食堂でのランチタイム。 パスタをくるくるとフォークに巻き付け、口に運ぼうとしたその時。 向かいに座るハーピィちゃんの口から、とんでもない爆弾が落とされる。 驚くあまりピタリと手の動きを止めた反動で、口の中に入るはずだったパスタはぽとりとお皿の上に逆戻り。 私は間抜けにも、口を開けたまま固まるという状態となってしまった。

「あ、あれ…? 違った…?」
「ちっ、ちがっ、っていうかっ! ど、どうして急にそんなこと…っ!」

私の反応が思ったものと違ったのか、ハーピィちゃんは自信なさげな表情を浮かべるけれど。 悪いが今はそんな彼女を気にしている余裕はない。 まさかこんな… ただの平日のランチタイムに! 誰にも知られることのないよう、大切に大切に胸に秘めていた恋心が明るみになるなんて…!

「えっと… 何だか最近あくましゅうどうし様のことよく見てるなあと思ったんだけど… ほら、さっきも!」
「さ、さっき…?」

人差し指を立てて、何か思い出したような素振りそぶりを見せるハーピィちゃん。 思い当たる節などない私は疑問符を浮かべる。 そんな私にニッコリ笑顔を向けると、またしても彼女はその笑顔には似つかわしくない、とんでもない爆弾を落とした。

「料理が出来上がるの待ってたら、あくましゅうどうし様が食堂に入ってきたでしょ? その時、ずっと目で追ってなかった?」
「っ…!」

ドカン! と、爆発。 大ダメージ。 私は思わず言葉に詰まってしまう。 恥ずかしさのあまりカアッと身体が熱くなる感覚に、今すぐこの場から立ち去りたい衝動に駆られるけれど、そんなことをしてしまっては 『はいそうです』 と認めているようなものだ。 ここはあくまで冷静に… さりげなく否定を…

「今日だけじゃないよね? 廊下ですれ違う時とか、広場に集まった時とか、伝説の銭湯で見かけた時とか…」
「ッ〜〜!! はっ、ハーピィちゃん…っ! もう分かったから…っ! ストップストップ…っ!」

ハーピィちゃんの更なる追撃が、私を襲う。 …こんな猛攻を受けてしまっては、冷静になれるわけなど無かった。 ドッカンドッカンと次々に落とされる爆弾に私はついに限界を迎える。 惨敗。 …これは潔く負けを認めるしかなさそうだ。

「…ふふっ! ナマエちゃん、今すっごく可愛い顔になってるよ?」
「っ〜!! も、もうっ! からかわないでよぉ…」

おそらく真っ赤であろう頬を押さえながら、私を揶揄うハーピィちゃんを恨めしげに睨みつけるけれど、全く効いていない。 むしろ、楽しそうに笑っている。 あんまり楽しそうに笑うものだから、私の羞恥心はむくむくと膨れ上がっていく一方だ。 …くそう、私の反応で楽しんでるな。

「でもまさか、ナマエちゃんがあくましゅうどうし様のこと好きになるなんて思わなかったなぁ。 どうして好きになったの?」
「ど、どうしてって、言われても…」
「何かキッカケとかなかったの?」

直接的な質問に、思わずたじろぐ。 しかし改めて考えてみれば、その答えは自分でもすぐには思い浮かばなかった。 …ハッキリ好きだと自覚した瞬間は、無かったように思う。 気が付けば彼を目で追っていて、気が付けば彼を好きになっていて。

「…私にも、分からないの。 無意識のうちにあくましゅうどうし様のことを探していて、見つけた瞬間… 胸がぶわっと熱くなって…っ」

例えば、物腰が柔らかなところとか。 すれ違った時にお洗濯の良い匂いがするところとか。 落ち着きのある優しい声とか。 挙げ出したらキリがないくらい、彼の好きなところが次々と浮かんでくる。 どれも些細なことだけど、それが積もりに積もって、いつの間にか特別な存在になっていたのかもしれない。

「…なんかいいね、そういうの! 素敵だよ!」
「…ありがとう」

ハーピィちゃんがまるで自分のことのように嬉しそうに笑うものだから、さっきまで揶揄われていたことなんて吹き飛んじゃうくらい、こちらまで自然と笑顔になる。 こんな風に陰ながら応援してくれる友達がいるなんて、本当に私は幸せ者だ。 …やっぱり、持つべきものは友達だよね。

「告白とかはしないの?」
「こっ!?」

前言撤回。 陰ながら応援、というのは語弊があったようだ。 爛々と瞳を輝かせながらこちらを見つめるハーピィちゃんに、私はたらりと額から冷や汗が流れるのを感じる。 …そういえば、この子。 恋バナとか大好きなんだった…!

「わっ、私なんてっ、そんな…っ! お、恐れ多いというか…っ!」
「そうかなぁ? ナマエちゃんすっごく可愛いし、あくましゅうどうし様も告白されたら嬉しいよ、きっと!」
「そ、そんなこと…っ!」

親友の贔屓目を多分に含んだ言葉に、思わず否定の言葉を口にする。 私のような駆け出しの下っ端が魔王城の重鎮である彼に告白するだなんて、烏滸がましいにも程がある。 それに自分が彼とどうこうなるだなんて、考えたことも無かった。 あまりにも恐れ多すぎて、ぶんぶんと両手を振る私だけど、ハーピィちゃんの口が閉じる気配はない。

「それにさ! あくましゅうどうし様って、恋人とかいなさそうだし…」
「! そっ… そうなの、かな…?」
「しかも押しに弱そうだから、ぐいぐい積極的に行けばOKしてくれそうじゃない!?」
「えっ、えぇ…っ?」

『恋人がいなさそう』 彼女のその言葉につい反応してしまう。 彼とどうこうなるつもりはないなどと言っておきながら、これだ。 自分の意志の弱さが恥ずかしくて、言葉尻が小さくなるけれど、彼女の勢いはまだまだ止まることはない。 …確かに優しい彼のことだから、強引にお願いすれば断れなさそうだけど… って、何考えてるの私!! こんな彼の優しさにつけ入るようなことを…

「告白が無理でも話しかけてみようよ! …あっ! ほら! あそこ!」
「えっ!?」
「席が空いてなくて困ってそうだよ! ここの席、座ってもらいなよ!」
「ちょ、ちょっと、ハーピィちゃん…っ!?」

グイッと腕を引っ張られ、思わず立ち上がる。 『こっち来た! ほらほら、早くしないと行っちゃうよ!』 と急かしながら、私の背中を押す力は思いのほか力強い。 そんな細い体のどこにそこまでの力があるって言うの…!

「は、ハーピィちゃんっ! やっぱり私、無理だよ…っ」
「女は度胸だよっ! ナマエちゃん!」
「きゃ…っ!」
「わぁっ… っと…!」

私の抵抗も虚しく、ドンッと背中を押されて一歩前へと足を出す。 つんのめりバランスを崩した私を咄嗟に支えてくれたのは…

「大丈夫かいっ?」
「っ、」

優しい柔軟剤の香りは、いつもよりはっきりと私の鼻をくすぐって。 私の肩を支えてくれる腕は、思いのほか逞しく。 すぐ側から聞こえる声は、いつもの穏やかなものとは少し違って、心配の色が浮かんでいて。 突然やって来た情報量の多さに、上手く頭が回らない。

「あっ、君は…」
「ぁ、ぅ… 」

目と目が合って、ドクンと脈打つ心臓。 こんな至近距離で彼を見つめることになるなんて、誰が予想していただろうか。 心の準備なんて、出来ている訳がない。 何か言わなきゃ… そう思えば思うほど、喉が詰まるような感覚に襲われて、ぱくぱくと口を動かすことしかできない自分が酷くもどかしい。 ドキドキと煩いくらいに胸が鼓動を刻んで、今この状況に耐えることで精一杯の私。 だけど彼は無情にも、更なる爆弾を私へと投げつけた。

「ナマエちゃん、だよね…?」
「っ、ぅ、ぇっ? あっ、なっ、なんでっ、名前…っ」
「あっ、ごめんね…っ! 勝手に呼んだりして…」
「っ、ッ!!」

『ナマエちゃん』 彼の口から出たのは、まさかのまさか。 私の名前で。 そのあまりの破壊力に、カアッと急激に熱くなる頬。 胸のドキドキは加速するばかりで一向に治る気配はない。 戸惑う私の態度を見て嫌がっていると勘違いしたのか、謝罪の言葉を口にする彼。 せめて誤解だけでも解かなければと、私は必死にぶんぶんと首を横に振る。

「よかった… それにしても驚いたよ。 怪我は無い?」

私が嫌がっていないと分かって安心したのか、ホッと息を吐き出すあくましゅうどうしさま。 そんな仕草を間近で見ることが出来ただけでも嬉しいのに、その上、私の心配までしてくれて。 せめて何とも無いことを伝えるため、今度は必死に首をぶんぶんと縦に振る。

「でもまさか、ここで君に会うことになるなんて」
「っ、ぁっ、えっ… それはっ、どう、いう…っ?」
「実はね、魔王様やアルラウネから、よく君の話を聞いてるんだ」
「えっ、……?」

魔王様やアルラウネから話をよく聞いている… その言葉に思わず固まる体。 もしかして、私… 何か気づかないところでとんでもない失敗をしているんじゃ…! そんな懸念が私の胸を襲うけれど。 それも一瞬のこと。 チラリと見たあくましゅうどうしさまは、とんでもなく柔らかいを微笑みを浮かべていて…

「真面目で良く働く、とっても良い子だってね」
「っ、ッ−−−!!!! ( もっ、むり…っ、ただでさえ、こんなに近くにいるのに…っ、こんなに、優しい顔されたら…っ )」
「っ!? ナマエちゃんっ!?」
「だ、大丈夫かい!?」

一度に大量の情報を詰め込みすぎて、私はついにキャパオーバー。 頭が真っ白になる感覚に、思わずその場にへなへなと座り込む。 そんな私に驚きの声をあげるのは、近くで見守っていたであろうハーピィちゃん。 彼女に続き、あくましゅうどうしさまもこれまた心配そうに私を覗き込んできて…

そこで私の意識は完全にシャットアウト。 次に目覚めた時、すぐそばにあくましゅうどうしさまがいてまたしてもてんやわんやすることになるのだが… それはまた別の話。



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