「毎日毎日ほんと、あっついですねー…」
「そうですね…」
夏の放課後。 ふたりきりの職員室で、気怠げに言葉を発したのはダリ先生。 そしてそんな彼に同意する私。 うだるような暑さが続く毎日に、ほとほと嫌気がさす。
魔界最高峰の教育環境を誇るバビルスでは、空調設備も最先端。 夏は涼しく、冬は暖かく。 生徒たちが快適に授業を受けられるような環境が保障されているけれど… 主に教職員のみが使うこの職員室は、経費削減のため定期的に空調がストップされる。
熱中症や脱水症状に罹らないためにも、水分補給を欠かさず行いながら、毎回その暑さに耐え忍んでいるのだが… そのあまりの暑さに、ダリ先生は机に突っ伏している。 しかしその机でさえも暑さで熱を帯びていて、その不快さに彼はすぐに顔を上げた。 嫌そうに眉間に皺を寄せているその表情が少し可笑しくて、私は思わず苦笑い。
そんな私の笑い声に反応したダリ先生は、ちらりとこちらへと視線を向ける。 そして何故かそのままジッと見つめられ、目が合う私たち。 何だか目を逸らすのは憚れて、見つめ合うこと数秒。 机に頬杖をつくダリ先生が、徐に口を開いた。
「…今日は髪の毛、アップにしてるんですね」
「さすがにもう、この暑さに耐えらんなくて…」
「髪、長いですもんねぇ…」
普段はおろしている、私の長い髪。 今日は後ろの高い位置で結い上げていて。 動くたびにゆらゆらと揺れる私の髪を、しみじみと呟きながら見つめるダリ先生。 その視線が何ともくすぐったい。 決して嫌なわけではないが、何だか気恥ずかしくて、自然と少し俯いてしまった。
「どうして、切らないんですか?」
「えっ、?」
俯く私に投げ掛けられたのは、素朴な疑問。 他意の無さそうなダリ先生の態度とは裏腹に、私の胸はドキッと音を鳴らした。 私が髪を切らない理由。 それには、今会話をしている彼が深く関わっていて…
「それは、その…」
「…? あっ! もしかして、何か事情がおありでしたか? すみません、デリカシーのないことを…」
「い、いえ! そうではなくて…っ!」
思わず、詰まってしまう言葉。 そんな私の反応に、ダリ先生は慌ててフォローを入れてくれるけれど、それをまた私は慌てて否定する。 彼が謝る必要など、なにひとつとして無いのだ。
「以前、ダリ先生が…」
「? 僕が…?」
「私の髪を、綺麗だって、言ってくれたので…」
「え…っ?」
私の言葉に、ピシリと固まるダリ先生。 どうしよう。 夏の暑さに浮かされて、私はとんでもなく恥ずかしいことを言ってしまった。 そんな後悔の念が私に襲いかかる。 けれど、それも束の間。 デスクチェアから立ち上がり、ゆっくりとこちらへと近づいてくる彼の姿が、私の視界に入る。
「…そんなに可愛いこと言って、誘ってるんですか?」
「っ、なっ、そんなっ! ち、ちがいま、…っ、んぅ…っ」
目と鼻の先。 ダリ先生の悪戯な笑顔が目の前に迫っていて。 私は慌てて否定の言葉を口にするけれど。 突如奪われる、唇。 吐き出した言葉は、彼の口内へと消えていった。
「っ、ん、はぁ…っ、はぁっ」
「汗、かいちゃいましたね。 …続きは、やめておきますか?」
にやりとこれまた意地悪な笑みを浮かべながら、ダリ先生が私に問い掛ける。 額、頬、首筋。 いつもなら不快なはずの、ジトっと汗ばむ肌。 だけど今は、それすらも胸を熱くさせる材料でしかなくて。
「…あとで、シャワー浴びるから、いいです」
「っ、!」
だから、続きを早く。 そんな意味を込めて、私は彼の汗ばむ首に腕を回す。 そんな私に応えるかのように、彼はまた私の唇を奪っていった。