一肌脱ぐのは嫌いじゃない





「アズアズってさぁ〜 ナマエちゃんのこと、どう思ってるの?」

1日の最後の授業が終わった直後。 教科書とノートを整理するアスモデウスの目の前にひょっこりと現れたのは、同じ問題児アブノーマルクラスのリード。 そして開口一番、彼が口にした突拍子のない言葉にアスモデウスは、思わず面食らう。 しかしそれも一瞬のこと。 元来、真面目な性格の彼は、リードからの問い掛けに顔色を変えることなく淡々と返事を返した。

「どう、と言われてもな。 ナマエは私のクラスメイトであり幼なじみであって、それ以上でも以下でも…」
「うっそだぁーーーッ!!! あっっんなに可愛い子がずっと近くにいて、何にもないなんてことある!?!?」

それはまるで、ムンクのように。 あり得ないと心の底から叫ぶリード。 その声の大きさと大袈裟すぎるリアクションに、アスモデウスは不快そうに顔を顰めた。

リードが必死に可愛いと宣う、ナマエ。 彼女はリードやアスモデウスと同じく問題児アブノーマルクラスの一員の女子生徒。 そして、アスモデウスとは幼い頃から付き合いのある、いわゆる "幼なじみ" の関係だ。

まるで妹のように、そして時には姉のように。 共に過ごしてきた日々を顧みれば、ナマエと恋仲になるなんてことはあり得ない、と。 アスモデウスは、すぐさまそんな考えに辿り着く。 そんな分かりきったことを聞いてくるリードに内心呆れながらも、彼は丁寧に言葉を返した。

「何を勝手な想像をしているのか知らんが… 私とナマエが、そのような関係になることは絶対にあり得ん」
「えぇ… 言い切っちゃったよ、このひと… 大丈夫? あとで後悔しない!?」
「後悔などするわけないだろう。 私とナマエは家族も同然。 そのような目でアイツを見たことなど一度も…」
「ふ〜ん。 それじゃあさ…」

キッパリと。 ナマエとの関係の進展を否定するアスモデウス。 念を押すようにしつこく問い掛けてくるリードに、彼は再度ハッキリと否定の言葉を口にするが、その直後。

「俺がナマエちゃんのことを狙っても、文句はないってことだよな?」
「! っ、な…っ!」
「じゃ、ジャジー…!? 突然どうしたんだよ…っ?」

突然入ってきた横槍に、アスモデウスとリードは驚きを隠せない。 しかもその槍を突き刺してきたのは、意外も意外。 問題児アブノーマルクラスの兄貴分、アンドロ・M・ジャズ。 そんな彼の突然の登場に、リードのみならず、アスモデウスまでもがあんぐりと口を開けていた。

「いや俺さ、前からナマエちゃんのこと可愛いな〜って思ってたわけよ」
「えっ!? それは僕もだけど!?」
「リードの可愛いは、いろんな子に当てはまるだろ?」
「いや、まぁ… それは確かに、そうだけど…」

普段から積極的にサバトに参加したりなど、不特定多数の女子に愛想を振り撒いているリード。 そんな彼の "可愛い" とは重みが違うのだと、ジャズはキッパリと言い張った。

「俺のはもっと本気マジなやつ。 アスモデウスがいつも近くにいるから黙ってたけど、本人がその気はないって言うなら、話は早いよな?」
「っ、…!」
「今日からナマエちゃんのこと口説かせてもらうけど、いい?」
「そんなこと… 私に聞かずとも勝手にすれば…っ」

更にはまるでアスモデウスを挑発するかのような口ぶりに、 彼は思わず言葉に詰まる。 ジャズがどうしようが自分の知ったことではない… はずなのに。

口説いてもいいかと問うてくるジャズに対し、湧いて出てくるのはモヤモヤとした感情。 何故か今、アスモデウスの胸には何とも言い難い複雑な気持ちが芽生え始めていた。 しかしナマエとアスモデウスの関係は、あくまで幼なじみ。 そんな自分には、ジャズの行動を縛る権利などありはしない。 いくら家族同然と言えど、彼女の恋愛関係にまで口を出すようなみっともない真似は出来ないと、彼は自分の気持ちに気づかないフリをした… のだが。

「アズくーんっ!!!!」
「っ、!」

自身の名を呼ぶのは明るく元気な声。 声が聞こえた方へと視線を向ければ… 心底嬉しそうに笑いながら、こちらに手を振るナマエの姿が目に入る。

「一緒にかえろーっ!!!」
「っ、ナマエ…」

まるでそれが当たり前かのように。 アスモデウスを誘うナマエ。 もしもジャズと彼女が恋人になってしまったら… このような日常も無くなってしまうのかもしれない。 そんなことを考えて、アスモデウスの胸は自然とキュウっと締め付けられた。

「…あぁー! もう…っ! 早く素直になれって!」
「えっ…?」
「は…?」

切ない声でナマエの名を呼ぶアスモデウスの姿に、ジャズはとうとう痺れを切らす。 ガシガシと後ろ髪を掻きながら、呆れたように声を荒げるジャズに、今まで空気を読み黙り込んでいたリードと、真剣にジャズとの会話に臨んでいたアスモデウスは呆気に取られた。 しかし、それも束の間。 ジャズが穏やかな表情で、アスモデウスに語り掛ける。

「そんな顔して、まだ意地張るつもり?」
「っ、…!」
「あははっ、ほーんと。 これはもう認めざるを得ないんじゃない? アズアズ?」
「ッ、わ、私は…」

まさにジャズの指摘通り、アスモデウスの表情は今までにないほど寂しそうに歪められていて。 リードもこれには呆れながらも、優しげな笑みを浮かべる。

先程から感じている胸の痛みの理由に気づかないほど、アスモデウスも鈍感ではない。 しかしジャズの気持ちを知った今、あれこれ言うのは虫が良すぎるというもの。

そんな彼の揺れ動く気持ちを察したジャズ。 彼はニヤリと笑みをひとつ浮かべると、言葉を詰まらせるアスモデウスへ自信たっぷりに呟いた。

「ちなみに、俺のは "嘘" だから」
「っ、な…っ!」
「今までのはお前を素直にさせるための、え・ん・ぎ」
「ッ−−! おっ、まえは…っ!」

ジャズから発せられた "演技" という言葉に、アスモデウスは驚きの声を上げる。 そんな彼を見て、ジャズは呑気にひらひらと指輪の付いた手を振り笑っていて。

咄嗟に込み上げてくるのは、怒り。 ぐわっと湧き上がる感情をぶつけるようにジャズに掴みかかろうとするアスモデウスだったが…

「まぁまぁ、そう怒んなって! …おかげで自分の気持ちに気づけたでしょ?」
「っ、!」

そう言って、ナマエの居る方へ視線を向けるジャズ。 そんな彼につられて、アスモデウスもその赤い瞳を彼女へと向ければ…

少し不安そうに彼らを見つめているナマエの姿。 しかし、アスモデウスと目が合ったその瞬間。 その表情は、みるみる内に嬉しそうなものへと変わっていく。 そんな愛らしい彼女の姿に、アスモデウスの胸にはこれでもかと熱い感情が込み上げた。

「早く行ってやんなよ。 一緒に帰るんだろ?」
「…すまない。 礼を言う…!」
「ははっ、どういたしまして」

『今までもどかしくて仕方なかったんだよなぁ〜 これで肩の荷が降りるわ』 そう言って笑いながら肩をぐるぐると回す仕草を見せるジャズ。 その表情は少しだけ。 無理をしているようなそんな気がして…

「なぁ、ジャジー… 本当は、ナマエちゃんのこと…」
「おいおい、そういうのは言わないのがお約束、だろ?」

ガシガシと頭を撫で付けてくるジャズに、リードはそれ以上何も言えなかった。

「ほんと、絵になるふたりだねぇ」

仲良く並んで歩くアスモデウスとナマエの背を見つめながら、ジャズはしみじみと呟くのだった。




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