love games…?





コンコンと。 扉を叩く音に、テーブルに向けていた視線を上げる。 どうぞ、と外へ聞こえるように声を出せば、ガチャリと扉が開いた。

「失礼します…!」
「あれ? ナマエ先生?」

扉から顔を出したのは、ダリと同じ魔界歴史学を担当するナマエ。 この春からバビルスに勤めている、新米教師だ。

現在、ふたりが居るのは魔界歴史学の準備室。 魔歴担当の彼女がここへ来ることに何らおかしな点はないのだが、何故かダリは彼女の登場に面食らっている様子。

それもそのはず、ナマエはつい30分ほど前にここを出て行ったばかり。 そんな彼女がここへ来る理由… ダリはすぐにその理由を思いつき、彼女へと言葉を投げかけた。

「何か忘れ物ですか?」
「い、いえ、その… 頼まれていた書類が出来上がったので、お持ちしました。 こちらのテーブルに置いておきますね…!」

そう言って、ナマエは書類の束をテーブルの上に乗せる。 それは先程ナマエがここを出る前に、ダリがお願いしていた授業用のプリントだった。 ダリの予想は見事に裏切られてしまったが、それはまさに "良い意味" での裏切り。 まさかこんなにも早く、頼んだ業務を終わらせてくれるとは思ってもおらず、ダリはまたもや驚かされた。

「えっ、もう出来たの? 相変わらず仕事が速いなぁ〜!」
「っ、あ、ありがとうございます…!」

憧れの上司であるダリに褒められたナマエは、素直に感謝の言葉を口にする。 その瞳は嬉しさからかキラキラと光り輝き、頬は熟れたりんごのように真っ赤に染まっていて。 ナマエのその可愛らしい反応に、ダリの胸にはほっこりと和やかな気持ちが溢れた。

「こちらこそ、ほんといつも助かってるよ。 ありがとうね」
「っ…! い、いえっ! そんな…!」

ダリからの優しい微笑みと感謝の言葉に、ナマエの頬は更に熱を帯びていく。 全身が喜びで満ち溢れる感覚に、ナマエは思わずギュッと拳を握りしめた。

ナマエは、直属の上司であるダリのことを心の底から尊敬していた。 誰にでも分け隔てなく接することの出来る、ずば抜けたコミュニケーション能力。 優秀な教師陣を取り仕切る、指揮官としてのリーダーシップ。 そんなダリの頼もしい姿に憧れを抱くまで、そう時間はかからなかった。 そしてその憧れが、恋心へと移り変わっていくのも時間の問題で。

新任の自分に何かと気を配ってくれるところ。 頑張った時に全力で褒めてくれるところ。 困っている時には誰よりも早く手を差し伸べてくれるところ。

それが部下に対する優しさなんだとしても、ナマエにとっては特別なもの。 そんな優しさを見せてくれるダリのことを、いつしかひとりの男性として意識するようになっていったのだ。

「そういえば今朝から思ってたんだけど…」
「? な、なんでしょうか…?」
「前髪、切った?」
「っ…!」

こんな風に。 自分の僅かな変化にも気づいてくれるダリに、ときめかない訳がない。 乙女心を鷲掴むダリの言動に、ナマエの胸は、はち切れんばかりにドキドキと鼓動を刻む。

「は、はい…! 昨日、切ったばかりで…」
「あ、やっぱり? …もうちょっと、近くで見せてよ」
「えっ、?」

"近くで見せてよ" そう言って、ダリはデスクチェアから腰を上げる。 そして、入り口近くのテーブルの前に立っているナマエの元へ、一歩、また一歩と近づいていく。

その様子を、ナマエはどこか他人事のように眺めていた。 このような状況になるなんて、夢にも思わなかったのだ。 非現実的な展開に、頭が追いつかない。 しかし、そうこうしてる間に、ダリは目の前までやって来ている。

「ダ、リ… 先生?」
「おでこ」
「えっ…?」
「見えてるの、すっごく可愛い」
「っ、ッ−−−!?」

そこで初めて。 これは現実なんだと、ナマエの頭は理解した。 息がかかるほどの、至近距離。 おでことおでこがくっついている今の状況に、一気に体は熱くなる。 更に追い討ちをかけるように吐き出されるダリからの甘すぎる言葉に、ナマエの頭は沸騰寸前だ。

「おっ、お褒めいただきっ、ありがとう、ござっ、います…! そっ、それではっ、私はこれで…!」

これ以上は体がもたない…ッ! そう判断したナマエは、しどろもどろになりながらも、何とかお礼を告げる。 サッと素早くダリとの距離を取り、急いで入り口へと向かっていくと、丁寧に一礼。 そしてナマエは、慌てて部屋を飛び出して行った。

「……… あー… どうしよ。 ……可愛すぎる」

ピシャリと扉が閉まった直後。 ポツリと。 ひとりきりになった室内で、ダリが呟く。 その声や言葉には、確かな熱が籠っていて。 それが彼の気持ちを正直に物語っていた。

そう。 何を隠そう、この男ダリも。 ナマエに "恋心" を抱いていたのだ。

何事にも一生懸命に取り組む姿。 尊敬の眼差しでこちらを見つめてくるキラキラした瞳。 そして、何より…

「( さっきの真っ赤になった顔… 本当に、可愛かったな… )」

ダリのことを意識していると言わんばかりに染まる、真っ赤な顔。 ダリはナマエの淡い恋心に、気づかないほど鈍感ではない。 彼女の気持ちを知った上で、あのような言動を取っているのだ。 …何とも意地の悪い男である。

「( もう少しだけ… あの可愛い反応を楽しませてもらおうかな )」

恋人として付き合う前の、駆け引きの時間。 この時間は、今でしか味わえない。 次は、どうやって真っ赤にさせてやろう… ダリはそんなことを考え心躍らせながら、再度デスクへと向き直るのだった。



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