イノセント・ラバーズ





「カルエゴくんって、どういう子が好みなの?」
「……は?」

とある日の、放課後。 多くの生徒たちが師団バトラ活動に励む中、教師であるカルエゴとナマエは明日の授業の準備のため、資料室へと訪れていた。 黙々と必要な資料を探し出すふたりだったが、突然。 ナマエが突拍子もないことを口にする。 その斜め上すぎる問い掛けに、カルエゴは強い口調で疑問符を返すことしか出来なかった。

「うーん。 例えば… 可愛い系とか、美人系とか!」
「…見た目へのこだわりは、特にない」

普段から人を寄せ付けない雰囲気を持つ、カルエゴ。 しかしそんな彼をものともせず、気安く話しかけるナマエ。 そんなふたりの様子をもしもバビルスの生徒が目撃したならば、誰もがきっと驚くに違いない。 元々同級生であるカルエゴとナマエだったが、その事実を知る者は多くなく、更に教師という立場上、普段は敬語で話すように徹しているため、ふたりの間柄を知る者は限られていた。 ただ、今のようにふたりきりの状況となれば、話は別である。 誰の目もない状況下では、自然と砕けた態度で接することが彼らの常であった。

それだけ長い付き合いであるにも関わらず、カルエゴは未だにナマエの唐突な言動に慣れることはなかった。 学生時代からその天真爛漫な性格に振り回されて、今日に至る。 カルエゴの性格上、本来ならばナマエのような "厄介者" をわざわざ相手にするようなことは滅多にないはずなのだが…

「えっ? そうなの? 体つきは? お尻が大きい方がいいとか、おっぱいは大きい方がいいとか…」
「それ以上くだらん事を話すつもりなら、帰るぞ」
「わぁあ! ごめんごめん…って、もう資料集め終わったの!? 相変わらず仕事が速いなぁ…!」

あけすけにカルエゴの好みを聞き出そうとするナマエの言動に、これ以上放っておくと碌なことを話し兼ねないと判断したカルエゴは、バサリと容赦無く会話の腰をへし折った。 そんな彼に慌てて謝罪するナマエだったが、同時にカルエゴの仕事の速さに気がつき、思わず感嘆の声を上げる。 『私もすぐに終わらせるね!』 そう言って、資料を探しに部屋の奥へと消えて行くナマエの背を見つめる、カルエゴ。 そんな彼の口は、無意識のうちに開いていた。

「…そもそも、何故そんなことを気にする?」
「え?」
「…お前は別に、俺の女の趣味など興味がないだろう」

しまった、と。 自分が発した言葉を、カルエゴはすぐに後悔した。 自然とスネたような口調になった自分にも、ほとほと嫌気がさす。

カルエゴが、ナマエを邪険に扱わない理由。 それは至極、単純な理由だった。

カルエゴは、ナマエに惚れていた。 いくら陰湿で厳粛なカルエゴでも、惚れた相手を突き放せるほど、鬼ではない。 しかし彼の性格上、素直に気持ちを打ち明けられる訳もなく… 一途に想い続けて、十数年。 今この時。 初めてそれらしい言動を取った、カルエゴ。 あまりにも素っ気ない言葉だったが、これがカルエゴの精一杯のアピールだった。

「えっ!? めちゃめちゃ興味あるよ! 私!」
「っ、」

彼の初めてのアピールは、見事報われた。 部屋の奥へと消えたナマエだったが、カルエゴからの思わぬ言葉にすぐにまた彼の元へ逆戻り。 再びカルエゴの目の前に現れたナマエの瞳は、爛々と光り輝いている。

「私の知る限り、カルエゴくんって浮いた話も全然無いし! モテるはずなのに、どうして?」
「…っ、それは、」

『それはお前のことが好きだからだ』 素直にさらりとそう言えたなら、どんなに楽だろうか、と。 カルエゴはらしくもなく考える。 カルエゴも、男だ。 ナマエと恋仲になることを想像しなかったと言えば嘘になる。 それでも今まで想いを伝えなかったのは、今の心地よい関係が、崩れてしまうのを恐れていたからだ。

「あ! もしかして… 好きな相手がいるとか!?」
「っ…!!」
「えっ? …もしかして、図星??」

カルエゴは、あまりに突然の核心を突く言葉に、動揺を隠せなかった。 そんな彼の反応を見て、ナマエはきょとんと呆気に取られる。 何故こういう時だけ、勘が働くのか。 カルエゴは早急に否定しなければと、瞬時に判断する。 だがしかし、口をついて出た言葉は、思いのほか焦りを含んでいて…

「…っ、断じて違う! 」
「………ふ〜ん」

焦りから語尾を荒げる、カルエゴ。 そんな普段のカルエゴらしからぬ言動に、ナマエの中のセンサーはビビビッと反応したようだ。 彼女も伊達に長く、目の前の堅物と友人をやっていない。 これは十中八九、図星だろう。 そう踏んだナマエはそのままあろうことか、大きな勝負に出た。

「ねぇ、カルエゴくんの好きな相手… 当ててあげよっか?」
「っ、だから! 違うと何度も…っ」
「私でしょ?」
「っ、ッなっ…!?!?」

博打も博打、大博打。 ナマエは、今世紀最大の大勝負に出たのだ。 何を隠そう、ナマエもカルエゴのことを何年もの間、密かに想っていたのである。 もちろんそんなことなど知りもしないカルエゴは、またしても核心を突いてくるナマエの言葉に、驚きを隠せない様子。 しかしナマエもまた、そんなカルエゴの反応は予想外で…

「…あ、あら? ほんとに当たっちゃった…?」
「っ、違う! 俺はお前のことなど…っ」

何度も何度も、馬鹿の一つ覚えのように "違う" と連呼するカルエゴ。 長年付き合いのあるナマエでなくとも、分かる。 カルエゴはムキになっているだけだ、と。

あと一押しで彼を籠絡できる…! そのためにはどうすればいいか… ナマエは判断に迫られる。 しかしそこは流石、優秀なバビルス教師。 ナマエは、瞬時に最適解を導き出した。

「…ほんとに? …シチロウ呼ぶよ?」
「…っ、」

ふたりの同級生である、バラム・シチロウ。 彼の家系能力の正確さを知り尽くしているカルエゴは、思わず言葉を失った。 しかし、このまま黙ってなどいられない。 何か良い策はないかとカルエゴは必死に頭を働かせるが…

「…こんなことに、シチロウを巻き込むな! それでも奴に確認したいのなら、勝手にしろ! 何と言われても、違うものは違う! 俺は認めんからな…っ!」

残念ながら。 カルエゴの頭に良い策は、浮かばなかった。 あのバラムのことだ。 もしナマエに、カルエゴが嘘をついているかどうかと尋ねられたら、正直に話してしまうに違いない。 そうなれば、カルエゴに逃げ道などある訳がなかった。 故に、最後の悪あがきをするしか方法がなかったのである。

「そ、そんなに否定する…? さすがに私も傷ついちゃうよ?」
「…何だ。 何か文句があるのか?」

しかしそんな頑なな態度が功を奏したのか、ナマエはしょんぼりと縮こまる。 何故そこまで落ち込む必要があるのか。 ナマエがこんなにも必死になる理由が、カルエゴには全く想像ができなかった。 だが、それも無理はない。 ナマエがカルエゴを好いているということは、ナマエのみぞ知る事実。 …バラムにバレている可能性は大いにあるが。

「…せっかく、両想いだと思ったのになぁ」
「………………は?」

またしてもそれは唐突に。 突拍子のないナマエの言葉に、カルエゴは呆然とする。 今、この瞬間。 初めてナマエの想いを知った、カルエゴ。 そこでようやく、合点がいった。 何故ナマエはあんなにも、必死に自分への想いを認めさせようとしていたのか。 その答えが今ハッキリと理解できたのだ。

「っ、本当にお前は、いつもいつも…っ!」
「えっ? っ、わっ、何…っ?」

振り回されてばかりなのが悔しくて、カルエゴはナマエの細い腰をグイッと引き寄せる。 今の関係を壊さないようにと、意地を張っていた自分が馬鹿みたいじゃないかと、カルエゴは心の中で悪態を吐いた。 肝心なところで言葉が足りない。 勘がいいのか悪いのか。 文句のひとつでも言ってやらないと気が済まない。 そう、カルエゴは、陰湿なのである。 しかし突然抱き寄せられ驚き慌てるナマエの表情を見て、彼の溜飲は少し下がったようだ。 だけどまだ、確認しておくべきことがある。

「あ、あの、カルエゴくん… 一体どうした、」
「……嘘じゃ、ないだろうな?」
「えっ?」

言葉が足りないのは、カルエゴも同じ。 ナマエが頭に疑問符を浮かべているのを見て、カルエゴはようやく心を決めた。 『…両想いと言う、言葉がだ』 ぼそりとそう呟いて、ソッポを向くカルエゴ。 そんな彼の仕草に、ナマエもようやく、全てを理解したようだ。

「ふふっ、嘘じゃないよ。 あ、シチロウ呼んで確かめてもらう?」
「…だから、こんなことにシチロウを使うな馬鹿者」

コツンと頭を小突かれて、ナマエは反射的にカルエゴを見上げる。 そこで見た彼の表情は、今まで見たどの表情よりも、ひどく優しく穏やかで。 ナマエの胸には幸せが溢れ出す。 湧き上がる嬉しさに居ても立っても居られず、ナマエはカルエゴの胸にギュッと抱きついた。



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