健康ミルクのお届けです





コンコンコン。

「( おっ、来たかな… )」

時刻は早朝、午前5時過ぎ。 部屋に響くノック音に、ソファに下ろしていた腰を上げる。 扉へ向かい鍵を開け、ゆっくりと開けば…

「おはようございます! あくましゅうどうしさま! 健康ミルクの配達でーす!」
「おはよう、ナマエちゃん。 今日も朝から元気だね」

明るく元気な声と共に可愛らしい笑顔で挨拶を告げるのは、牛乳配達員のナマエちゃん。 ミノタウロスくんの妹さんだ。 普段から早起きな私は、毎朝届けられる健康ミルクを、彼女から直接受け取るようにしている。 その訳は…

「それだけが取り柄ですから! ミルクと一緒に元気もお届け出来たらなあって!」
「ふふっ。 ナマエちゃんのその笑顔を見れるなら、どれだけ朝早くても、起きられる自信があるよ」
「へっ? あっ、ありがとうございます…!!」

そう。 彼女の笑顔が見たい。 彼女に会いたい。 彼女と話したい。 その一心で。 実際、この朝の僅かな時間のために早起きしていると言っても過言ではない。

「( あぁ、今日も本当に可愛いなぁ… )」
「? あ、あくましゅうどうしさま…っ?」
「っ、…」

彼女の可愛さを噛み締めるあまり黙り込む私を不思議に思ったのか、彼女はこてんと首を傾げる。 下から見上げるように見つめられ、ドキッと心臓が音を立てた。

「( それにしても… この可愛さで、しかもこんな格好で、色んな男の部屋にミルクを届けているなんて… )」

私の言う "こんな格好" 。 それは男心をくすぐる要素がたっぷりと備わっている。 筋肉質なミノタウロスくんとは違い、豊満で柔らかそうな身体。 特に目を引く大きな胸は、惜しげもなく谷間を見せつけるように、胸元が大胆に開いている。 短いショートパンツからは、むっちりとした太ももが曝け出されていて… 正直、目のやり場に困るレベルである。

実の所、彼女がミルクを届けてくれるようになった当初は、あまりに刺激的な姿にこちらがドギマギしてしまってまともに目線すら合わせられなかった。 出来るだけ彼女を見ないようにしてミルクを受け取り、届けてくれたお礼を伝える… たったそれだけのやりとりをしばらく続けていた、ある日。 "とある一件" が私の彼女への意識を180度変えてくれたのだ。




「おはようございます! 健康ミルクのお届けです!」
「あ、ありがとう… 毎朝、悪いね」

案の定、その日も私は彼女を直視出来ず俯きながらミルクを受け取った。 そんな私の冷たい態度をきっと不快に思っているだろうなと罪悪感や後悔の念に見舞われるのは毎度のこと。 毎朝欠かさず、元気いっぱいにミルクを届けてくれる彼女に感謝の気持ちがあるのは本心で。 きちんとお礼を伝えたいのは山々なのだが…

「( っ… ッ、やっぱりっ、私には刺激が強すぎる…っ )」

チラッと彼女に視線を向ければ、視界に広がるのは男のロマンがたっぷりと詰まった姿。 豊かな胸の谷間が視界に入った瞬間、私は慌てて視線をそらす。

「( 彼女を前にしたら、どうしても視線が胸元へ行ってしまう…! こんなんじゃセクハラで訴えられても言い訳できないじゃないか…っ! 大切な仲間の彼女にそんな風に思われるなんて絶対に… )」
「あの、あくましゅうどうしさま…」
「えっ!? あっ、どっ、どうしたの…?」

脳内でああだこうだと考える私だったが、遠慮がちに声を掛けられて思わず、どもってしまう。 いつもなら、このあたりで 『そろそろ次の配達に向かいますね!』 と笑顔でこの場を去っていくのだけど…

「少し、お話いいですか…?」
「へっ!? はっ、話、って…」

『お時間は取らせませんので』 と前置きをするナマエちゃん。 神妙な表情で黙り込む彼女を見て、私は…

「( あぁ、終わった… きっと、いやらしい目で見ていたことを、指摘されるに違いない…! )」

だらだらと背中を流れる、冷や汗。 作り笑顔を浮かべて何とか体裁を保つけれど、内心は絶望でいっぱい。 叫ばずにはいられないほど、焦っている。

「あくましゅうどうしさま、いつも…」
「いっ、いつも…っ?」

『いつも』 その言葉に過剰に反応してしまう。

『いつも私の胸見てますよね? …軽蔑します』
『いつもいやらしい目で私を見て、不快です』

蔑んだ目で言い放つナマエちゃんが次々に脳内に浮かび、サァっと血の気が引いていく。 …な、何とか、弁明を…っ!

「ナマエちゃん…! いつも不快にさせて本当に、」
「いつもミルクを受け取ってくださって、ありがとうございます!!」
「………へっ?」

とにかく謝ろう…! そう思った私は先手を打とうと謝罪の言葉を口にしようとしたけれど、それよりも大きな声で遮られる。 その言葉は予想していたものとはあまりにかけ離れていて、つい間抜けな声が出てしまった。 ミルクを受け取ってくれて、ありがとう…? 彼女は、そう言ったのか…?

「毎朝、時間も早いのに必ず顔を見せてくれて、それにお礼の言葉も… そんなあくましゅうどうしさまの優しさに、いつも助けられてるんです! 本当にありがとうございます!」
「っ、ッ…!」

彼女の屈託のない笑顔を目の当たりにして、ようやく私は気づいた。 彼女の魅力は、見た目だけじゃない。 真っ直ぐに感謝を伝えられる、素直なところ。 笑顔が満開のひまわりのように、キラキラと輝いているところ。 そして、人を思いやれる、優しいところ。

「( 良い子過ぎる…ッ!!!! 馬鹿みたいな想像をしていた自分が心底恥ずかしい…ッ!!! )」
「あっ! あくましゅうどうしさまも、何か言いかけてましたよね…?」
「えっ!?!? あっ、いやっ! あれは全然っ! 本当、気にしなくて大丈夫! うん…っ!」
「? そうですか…?」

不思議そうに首を傾げる表情は、あどけなく可愛らしくて。 思わず、くすっと笑いが込み上げてくる。 笑いを浮かべる私を見て嬉しかったのか、彼女も楽しそうに笑顔を見せてくれて。 …あぁ、ついさっきまで。 彼女を直視出来ずにいたのに。

「( 今はもう。 全然平気だ… 今までの私は一体、彼女の何を見てたんだろう… )」

彼女の色んな面を見れたことが、とんでもなく嬉しくて、じわっと胸に広がる温かい気持ち。 この気持ちが何か分からないなんて、そんなこと言うほど伊達に歳は取ってないし、ウブでもない。 『また明日も来ますね!』 そう言って元気に手を振り去っていく彼女の背中を見つめながら、明日も絶対に早起きしようと、そんなことを思った。





「あの、ミルクの受取りが終わったので、私はそろそろ…」
「あ…っ」

自分の世界に入り込む私だったが、またもや彼女の声にハッと我にかえる。 眉を下げて笑うその表情に、寂しさが込み上げてくる。 もう少し、彼女と一緒にいたい。 そんな気持ちが私の心を埋め尽くす。 …よし。 そろそろ、"アレ" の出番だ。

「そうだ! 実は昨日、おはぎを作り過ぎたんだけど…」
「!!!」

もちろん、作り過ぎたというのは真っ赤な嘘である。 甘いものが大好きなナマエちゃん。 以前、私の作ったおはぎを姫経由で食べる機会があったらしく、大層気に入ってくれたのだ。 そして今回はそれを理由に何とか引き止めようという、下心にまみれた汚い大人のやり口である。 案の定、彼女はキラキラと瞳を輝かせ、嬉しそうにこちらを見つめていて…

「っ、くっ、ふふっ… そこまで嬉しそうな表情してくれるなんて、作り過ぎた甲斐があるよ」
「っ!! す、すみませんっ、私ったら…! 欲しがってるのバレバレですよね…!」

『ごめんなさい、食いしん坊で…っ』 顔を真っ赤にして恥ずかしそうにそう呟くナマエちゃん。 そのあまりに可愛らしい仕草は私の心を鷲掴み、決して離さない。 溢れんばかりに彼女を好きな気持ちが膨らんで。 伝えずにはいられなくて…

「……本当のこと言うとね。 このおはぎ、」
「??」
「ナマエちゃんのために作ったんだ」
「えっ…?」

自分自身、こんな風に想いを素直に伝えられるとは思ってもみなかった。 だけど、私の口からは次々に言葉がスラスラと、溢れ出してくる。

「いや、ナマエちゃんのため、というよりは、ナマエちゃんの気を引くため、かな」
「っッ〜〜!!!」

正直に全てを伝える。 ここまで言えば、私の気持ちも伝わったみたいで、みるみる内に真っ赤になる顔。 この反応は… 嫌がってはない、よな…?

「私の部屋で、食べて行くかい?」
「………は、い」

勇気を出して、お誘いしてみる。 すると、恥ずかしそうにしながらも、小さく頷き返事をしてくれた。 …あぁもう、本当に!!!

「( 可愛すぎる…ッ!! …ハッ! 一緒に居たい一心で誘ってしまったけど… 私は我慢、出来るのだろうか…っ? )」

もちろん彼女の魅力は外見だけではない。 …ないのだが。 外見も魅力のひとつ、いや、むしろ好きになった女の子と密室で、しかも自分の部屋だなんて…っ!!!

「あくましゅうどうしさま!」
「ッ、はっ、はいっ、何かなっ!?」
「実はあの… 私、あくましゅうどうしさまが作ったおはぎ、大好きなんです…! えへへ! すっごく楽しみだなあ…!」
「ぅぐぅ…ッ!!」

欲にまみれた煩悩と戦う私を呼んだのは、元気いっぱい天真爛漫なナマエちゃんの声。 そのあまりに純粋な声や表情に私の良心はズキズキと痛み、思わず呻き声をあげる。

「だっ、大丈夫ですかっ? あくましゅうどうしさま…!」
「う、うん… ごめん、大丈夫。 大丈夫だよ…」

私を心配してくれる彼女の瞳は、キラキラと澄んでいて。 自分の浅ましさが本当に恥ずかしい…ッ!! 私はそのまま彼女を部屋へと招き、そして…

このあと、めちゃくちゃおはぎを食べた。 …よく我慢したな、私。



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