1秒でも





『もうすぐ魔王城に着くので、一度通信を切りますね!』
「うん、了解。 気をつけて帰っておいでね」
『ふふっ、ありがとうございます! 魔王様への報告が終わったら、レオくんの部屋に向かいますね!』

『それじゃあ、またあとで!』 そう言ったあと、プツン… と通信玉の音が途切れる。 今の今までナマエちゃんの声が聞こえていたのがまるで嘘かのように室内は静寂に包まれた。 しかしそんな寂しい部屋の様子とは打って変わり、私の心中は……

「( よし…っ!!!! )」

今にも踊り出しそうなほど、浮かれまくっていた。 ぶわっと胸の中に溢れ出す喜びの感情。 嬉しさのあまり思わず立ち上がりガッツポーズをしてしまうほどである。 一体何故、こんなにも私が喜んでいるのか… その理由は、

「( やっと… やっと…っ! ナマエちゃんに会える…っ!! )」

そう。 最愛の恋人、ナマエちゃんに会える。 ただただそれに尽きる。 ただ会えるというだけで何を大袈裟な… そんな疑問が浮かぶかもしれないが、現在私たちに置かれている状況は、少し。 普段とは異なっているのだ。

「( 2週間… ほんっっとうに、長かった…っ!!) 」

それは先々週のこと。 急な出張が入り、私は魔王城を1週間離れることとなった。 そして無事に帰ってきたその日、入れ違いでナマエちゃんにも出張の仕事が入ってしまい… 一目会うことも叶わず、そのまま彼女は出張先へと向かってしまったのだ。 最後に彼女に会ったのは2週間前… 『頑張ってね』 と、私を見送ってくれた笑顔が脳裏に浮かんでくる。

「( あの可愛い笑顔を、何度思い出したことか…っ! )」

職場が同じである私たちは、ほぼ毎日顔を合わせていた。 お互いに出張が入ることもあったが、どちらか一方のみ。 今回のようなケースは初めてで、これほどの長期間会えないことなど、今まで一度たりとも無かったのだ。

「( 本当に… ナマエちゃんがいない生活なんて、今では想像もつかないなぁ )」

彼女と恋人となって、それなりの時間を共に過ごしてきた。 彼女との大切な思い出がどんどんどんどん、積み重なるにつれて、彼女への想いも膨らんでいくばかり。 たかが2週間… だけど私にとっては永遠とさえ感じるほどの、長い長い、時間だった。

「( …ああっ! もうすぐ会えると思ったら、居ても立っても居られない…!! )」

ウロウロと、部屋の中を何度も往復する。 ただ待っているだけと言うのがどうにも落ち着かない。 そこでふと、私は先程の彼女との通話を思い出した。

「( まずは魔王様のところへ報告に行くと言ってたから、執務室まで迎えに行けば… )」

そうすれば、少しでも早く会える。 しかしそんな余裕のない姿を晒すのは情けなくないか… だけど、とにかく早く会いたい… 会ってあの可愛らしい声で 『ただいま』 と言うナマエちゃんの笑顔を堪能したい。 そして、あの柔らかい体を目一杯抱きしめて、それから…

「( って、私は何を…っ!!! )」

我に返った私はぶんぶんと頭を振って、バカみたいな妄想を掻き消す。 何が柔らかい体を目一杯抱きしめて、だ…っ!!

「( 男はドンと構えているくらいの方がいいんだ…! その方がきっと、ナマエちゃんも… )」

チラリ。 私は時計を盗み見る。 先程ナマエちゃんとの通話を終えた時刻から、すでに30分程経過していた。 …そろそろ、彼女が魔王城に着く頃だろうか。

「…………」

時計と扉を、交互に見つめる。 …行くか、行くまいか。 私の心は揺れ動き、そして…

「っ、」

自室の鍵をガシッと鷲掴み、そのまま扉へと向かう。 部屋から出て素早く戸締りをした私は、足早に歩き出す。 行き先は、言わずもがな…

「( 魔王様の執務室、ここから遠いんだよなぁ…! )」

今日ほどこの距離を恨んだことはない。 心の中でボヤきやがら、私は歩くスピードを速めた。




「( やっと着いた…! ナマエちゃんは… いた…っ! )」

最早ほぼかけ足となっている私の視線の先には、執務室の扉。 その扉の前には2週間ぶりに見る… 愛しい愛しい彼女の姿。

「ナマエちゃん…っ!」
「えっ…?」

本当に、無意識だった。 彼女の姿を目にした瞬間、名前を呼んでいて。 私の声に反応して、パッとこちらへ視線を向けるナマエちゃん。 彼女の大きな瞳と視線が重なった、その瞬間…

「レオくんっ!!」
「っ…!」

これでもかと嬉しそうに笑いながら、彼女は私の元へと駆け寄って来る。 それは想像した通り、いや、それ以上に愛らしい、私の大好きで堪らない笑顔で。 彼女は勢いそのままに、私の胸へと飛び込んで来た。

「ふわぁ… 久々のレオくんだぁ…」
「っ、ッ〜〜!!」

スリスリと私の胸に顔を埋めて、そんな可愛いことを言うものだから… 嬉しいどころの騒ぎじゃない。 どうにかなってしまうんじゃないかと思うほど、胸が幸せいっぱいに満たされていく。

「ナマエちゃん… 会いたかった…」
「…ふふっ、私もです」

ギュッと腕の中に閉じ込めるように、力強く抱きしめる。 本当に会いたくて会いたくて、堪らなかった。 そんな彼女が私の腕の中にいる。 絞り出した声は、なんとも頼りないものだったけれど… そんな私の背中を愛おしげに撫でながら、優しく呟くナマエちゃんに、私の胸はまたしてもきゅんと締め付けるように熱くなる。

「…もうしばらく、出張は行きたくないなぁ」
「そうですよね…」

『魔王様も意地悪ですよね…! 入れ違いに出張だなんて…!』 そう言って、ぷんぷんと怒る仕草を見せる彼女が可愛くて、愛おしくて。 …あぁ、本当に帰ってきたんだな、なんて思ったところで、大事なことを伝えてないことに気づく。

「ナマエちゃん」
「っ、はい…」

気づけば自分でもびっくりするほどの甘い声で、彼女の名前を呼んでいて。 彼女もそんな私の声に驚いたのか、少し緊張した面持ちでこちらに視線を向ける。 …彼女に伝えたい大事なこと。 それは…

「おかえり」
「! …ただいま! レオくん!」

私の『おかえり』に、元気よく答えてくれる『ただいま』。 そして彼女はまた、私の大好きで堪らない笑顔で、笑うのだった。




「感動の再会のところ悪いのだが……」
「「あっ…」」
「執務室の前でイチャつくのはやめてくれないかッ!?」
「「っ…ッ!!!」」

そんな魔王様の叫びが響くのは、もう少し後の話。



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