親しき仲にも





※このお話は、短編集の『旧知の恋』の続編となります。 『旧知の恋』を先に読むことをおすすめいたします。



「ナマエの姐さんが帰ってきてるらしいぜ」
「まじ!? 会いに行こうぜ!」

すれ違いざまに聞こえた魔物たちの会話の内容に、思わず足を止める。 そんな私の様子には気づくことなく 『いつもの場所で飲んでるらしいぞ』 なんて会話を続けながら、彼らはそのまま彼女が居る "らしい" 食堂の方へと向かっていった。

「( ナマエが帰ってる、だって…? )」

立ち止まったまま、私は思考を巡らせる。 彼女、ナマエとは、旧知の仲。 私の数少ない "同期" という存在。 魔王城ではなく、砦に勤務している彼女と会えるのは、年に数回程度。 気心知れた "友人" として、こちらへ帰ってくる時は必ず、事前に連絡をくれていたのに。

「( ま、まさかナマエのやつ、照れているんじゃ… )」

前回ナマエが魔王城に帰ってきた日の出来事を思い出し、そんな考えが浮かんでくる。 少し、いやかなり自意識過剰かもしれないが… 今の私には、そうとしか考えられなかった。

あの日の夜、ナマエが私のことを好いている "らしい" ということが発覚した。 夢だったのではないかと、何度も何度も考えた。 …それほどの衝撃だった。 本人に確かめようにも彼女は砦勤務。 会えるタイミングは私が砦へ出張する時か、彼女が帰ってくる時のみ。 "本当に私が好きなのか?" そんな馬鹿みたいな事を聞くためだけに通信玉を使う勇気を、私は微塵も持ち合わせていなかった。 それに…

「( 私はナマエのことを、好き、なんだろうか…? )」

彼女の気持ちを知ってから、ぐるぐると頭の中を回り続けている、この疑問。 確かに私は今、彼女を "女性" として意識している。 それは認めよう。 …好きだと言われて嬉しかったのも事実だ。 だけど、

「( それだけで 『彼女を好き』 だと結論づけるのは、どうなんだろう… )」

今まで "友人" としてしか見ていなかった相手に突然告白されて、その直後。 しばらく会えない日が続けば… 嫌でも意識してしまう。 食事をしていても、仕事をしていても、何をしていても… 常に頭の片隅に、彼女は居座り続けているのだ。

「( 帰ってきているのなら、ハッキリさせてしまいたい… こんな状態が続くのは、もう御免だ…! )」


「…私がいない間、精々悩んでろ。 …ばーか」


あの時の彼女の声が、薄らと赤く染まる頬が。 脳裏に焼き付いて離れない。 彼女が言った通り、あれから散々悩まされたのは何だか癪だが… そんなことを気にしていられるほどの余裕は、今の私には無かった。

「( とにかくナマエの気持ちをもう一度確認しよう… 話はそこからだ )」

そんな決意を胸に、私の足は再び動き出す。 行き先はもちろん。 …彼女が居るという、食堂だ。




「ナマエは相変わらず、強いなぁ」
「ふふっ。 睡魔さんは少し弱くなりました? お酒入るといつもより楽しそうになるのは変わらないですね」
「可愛い後輩にお酌してもらって、楽しくないわけがないだろう? 今夜はとことん付き合ってくれよ?」
「もちろんです!」

食堂の入り口手前で軽く深呼吸し、意気込んで食堂に足を踏み入れた私だったが… 中に入るや否や、私の視界に飛び込んできたのは、和気あいあいと酒を酌み交わすナマエと睡魔の姿だった。

「( …随分と、ふたりで楽しんでるみたいだな )」

そんな考えが浮かんだその直後、ズキッと痛む胸。 …は? ズキ? 痛む? 一体どうして…

「おっ、レオ。 お前さんも来たか」
「っ…!」

自分の中に芽生えた感情に戸惑う私だったが、睡魔の声にハッと我にかえる。 睡魔に呼びかけられ、そのまま彼らへと視線を向ければ…

「久しぶり、レオ。 あなたも一緒にどう?」
「っ、ぁ…っ」

およそ数ヶ月ぶり。 あの日以来、一度も会うことのなかったナマエが、目の前にいる。 この数ヶ月間、頭の中を支配し続けていた彼女が、私の目の前に。 そんなことを考えて、ドキドキと高鳴る鼓動。 何だか無性に緊張… って、

「( っ、いやいやいや…! 何を緊張することがあるんだ!? 半年、いや1年近く会わないことだって、ざらなのに…! これじゃあまるで、私の方がナマエのことを… )」
「おお、いいじゃないか。 この面子で飲むことも滅多にないことだしな」
「っ、いやっ、わ、私は…」

何とも言い表せない感情が、私の心を激しく揺さぶる。 このような状態で、呑気に酒など飲めるわけが無い。 とにかくここは冷静になるために、一旦この場を…

「あら、そう? それは残念ね」
「へっ?」
「まぁ無理強いするわけにもいかんしな。 ナマエ、気を取り直してもう一杯…」

私が断りを入れたことを、まるで気にも留めていないナマエの態度に、思わず呆気に取られる。 更に追い討ちをかけるかのように 『もう若くないんですから、あんまり飲むと明日に響きますよ?』 なんて甲斐甲斐しく睡魔の心配をする姿に、モヤっと広がる不快な感覚。 その不快感を感じたとほぼ同時、私の口は無意識に開かれていた。

「や、やっぱり! 私も一緒させて貰おうかな…」
「おお、そうか。 それじゃあ、レオの分も…」
「私グラス取ってきますね! レオは座ってて?」
「あ、ありがとう…」

私が席につくと同時。 パッと立ち上がり、グラスを取りに向かうナマエ。 その後ろ姿を、チラリと盗み見る。 ひらりと舞うスカート。 綺麗に纏め上げられた髪。 控えめだが、女性らしいメイクもしていたように思う。

「( …私と会う時だけじゃ、なかったのか? )」


「…こんなガサツな女が、同期と飲むってだけで、慣れないスカート履いて、メイクもして。 …こんな風にオシャレなんて、すると思う?」


それは以前、彼女の口から告げられた言葉。 "私の前でだけ可愛く着飾っているんだ" と、そう思っていたのに。

「( 何だか、面白くない… って、ナマエもナマエだ…! 私に気があるのなら、こんな紛らわしいこと… )」
「相変わらず、ナマエは気が効くなあ。 なぁ、レオ?」
「えっ?」

脳内でああだこうだと考えを巡らせる私だったが、またもや睡魔の呼びかけにハッとする。 向かいに座る彼に視線を向ければ… 頬杖を突きながらニヤニヤと楽しそうに笑っているじゃないか。 コイツのこの顔は、嫌な予感しかしない…!

「戦闘要員だからか少し荒っぽい面もあるが、器量良し。 気立ても良し。 日々鍛錬をしているから、スタイルも良い。 おまけに面倒見が良くて、部下にも上司にも気に入られて… 文句のつけどころがないな」
「……何が言いたいんだよ」

そんなこと、コイツに言われなくても分かっている。 ナマエの魅力なんて "同期の友人" として、1番近くに居た私が誰よりも… 誰よりも、知っている。 と、そんなことを考えたところで、無意識のうちに睡魔の言葉に対抗している自分に気がついた。 そんな私の対抗心に目敏く気づいているのか、睡魔は更に楽しそうにニヤついていて… くそ、腹立つなコイツ…!

「いつまでもグズグズしてるなら、オレが貰ってしまうぞ?」
「っ、なっ!?」

予想外の言葉に、思わず立ち上がる。 勢いよく立ち上がったせいで、机の上のグラスはゴトッと倒れてしまった。 中に入っていた酒がたらりと流れ出ているけれど、今はそんなことを気にする余裕はない。 睡魔の真意を探るべく、ジッと奴の顔を見つめる。 恐らく、私とナマエとの間に起きた出来事を奴は知っているのだろう… そして悩んでいる私を揶揄うために…

「今のもお前さんを揶揄うための冗談だと、そう思ってるんだろう?」
「ッ、!!!」
「くくっ… レオは相変わらず、分かりやすいなぁ?」
「ッ… お前はまた…っ!」

やはり私を揶揄っていたのかと、怒鳴りそうになるがグッと堪える。 ここで食ってかかれば奴の思うツボだと、キッと睨みを利かせるだけに留まった。 そんな私を一瞥した後、睡魔の表情は何故か呆れたようなものへと変わる。

「それにしても、お前さん… 気づくのが遅すぎんか?」
「? 何が…」
「誰がどう見ても、ナマエは昔からお前さんに惚れてるだろう」
「っ、ッ〜〜!!!!」

ハッキリとそう伝えられて、思わず赤面する。 第三者の奴から見てもそうだと言うのなら、この話は現実味を帯びてくる。 私の自意識過剰ではないのだと、奴の態度から見てもそう思えた。

「そうとも知らず、当の本人はデリカシーのない言葉ばかり…」
「うっ…!」
「しかも人間の姫に惚れ込んでると来た。 さすがのナマエも、これには驚いていたぞ」
「っ、そ、それは…っ」

それ以上の言葉は、出てこなかった。 実際、姫に惚れ込んでいたのも、気づかないうちにナマエを傷つけていたのも事実で。 何の反論も出来ない私に、睡魔はふぅとため息をひとつ。 そして、ジッとこちらを見つめた後、その口を開いた。

「…で?」
「…え?」
「どうするつもりだ?」
「どうする、って…」
「…今回、ナマエからの連絡がなかっただろう?」
「…えっ?」

唐突な問い掛けに、思わず呆気に取られる。 その話が、一体何の関係があると言うのか… そんな気持ちを込めて、睡魔へ視線を向けるけれど、奴の表情は真剣そのものだった。

「…確かに、無かった、けど」
「お前さんの返事を聞くのが怖くて、連絡出来なかったそうだ」
「っ、ッ!」

もしかして照れているのかも、なんて。 都合の良い考えばかりを浮かべていた自分が恥ずかしくなる。 想いを伝えることで、私たちの今までの関係が壊れるかもしれない… きっとそんな不安を抱えていたはずだ。 それでもナマエは、勇気を出して気持ちを伝えてくれていたのに。

「中途半端な態度で、傷つけてやるなよ。 レオ」
「……」
「振るならハッキリと振ってやれ。 もしも彼女の気持ちに応えてやるのなら… 姫への感情は綺麗さっぱり消さなければいかんぞ」
「……分かって、る」

睡魔の言葉が正論過ぎて、ぐうの音も出ない。 ナマエの告白を受けてからというもの、私は自分の気持ちに全く素直になれていなかった。 …ちゃんと、自分の気持ちに向き合わなくては。 心の中でそう新たに決意をした、その時。

「ごめん! お待たせ…! ちょっと後輩につかまっちゃって… って、どうしたのコレ…! 濡れてるじゃないっ! 早く拭かないと…!」
「おお、すまんなナマエ。 ちょっと話に夢中になって… なぁレオ?」
「…あっ、あぁ」

グラスを取りに行っていたナマエがテーブルへと戻ってくる。 放置したままの溢れた酒を見つけると、彼女は慌てておしぼりでテーブルを片付け始めた。 テキパキと動くその姿をジッと見つめていた私だったが、睡魔に呼びかけられ、ハッと我にかえる。

「ふたりして夢中にって… 一体どんな話してたの?」
「ん? あぁ、それはな…」
「っ、ナマエには関係ない話だよ!! …ぁっ」
「………」

睡魔との会話の内容を、今はまだナマエに知られるわけにはいかない。 そんな思いが先走り、つい口をついて出た言葉。 それは思いのほか、強い口調になっていて… 後悔するけど、もう遅い。 俯き黙り込むナマエに、私は咄嗟に謝罪の言葉を口にする。

「ご、ごめん、今のは…っ」
「そういえば! 私、魔王様に呼び出されてたんだった!」
「…えっ?」
「ってことで、私は先に上がるわ。 あとはふたりで楽しんで?」
「ちょっ、ナマエ…っ!」

明らかに、今思いついたかのような嘘。 私の呼び掛けも聞かず 『今日はありがとうございました! また飲みましょうね』 なんて、呑気に睡魔と挨拶を交わすナマエ。 そんな彼女の態度にじわじわと溢れ出す焦燥感。 何か言わなきゃ… そう思えば思うほど言葉が出てこない。 そんな私を知ってか知らずか、ナマエはくるりとこちらへ向き直り、そして…

「レオも、またね」
「っ…!」

いつも通りの笑顔。 今まで何度も聞いた『またね』という言葉。 その言葉が今は、何だか無性に寂しく聞こえる。 "また" なんてもう、来ないかもしれない。 何故かそんな気がして…

「ナマエ…っ!!」
「っ、!」

咄嗟に掴んだ、ナマエの手首。 それはビックリするほど細っこくて。 強く握った力を、少しだけ弱める。 そんな突然の私の行動に驚いたのか、ナマエは大きく瞳を見開いている。

「っ、レオ…?」
「っッ…!」

年齢性別問わず姐さんと慕われ、バリバリの戦闘要員として逞しく戦う、頼れる姉御肌。 それが、ナマエだ。 だけど、目の前の彼女にはそんな面影はどこにもない。 あるのは、涙目で不安そうにこちらを見上げる… か弱い女の子の姿だけだった。

「( っ、こんな顔、するなんて…っ )」

そんな普段とのギャップに、まんまと心臓を打ち抜かれる。 私以外にこんな表情は見せてほしくない… そう、思ってしまった。 これはもう認めるしかない。 私は、ナマエのことが…

「…レオ、もう、離して…っ?」
「……イヤだ!」
「え…っ?」
「離したくない…!」
「っ、そんなこと言われたら、私… 勘違いしちゃうわよ? いいのっ?」

今まで一度だって見たことのない、切なげに歪む表情。 あぁ… どうして今まで気づかなかったのか。 こんなにも私のことを想ってくれる人が、ずっとそばにいたというのに。

「…勘違いじゃないよ」
「っ、ぇ…?」
「…遅くなって、ごめん」
「っ、きゃ…っ!」

グイッとナマエの腰を引き寄せる。 腕の中にすっぽりと収まる小さな体。 たったそれだけのことで、愛おしさが溢れ出して止まらない。 私もこの想いを伝えたい… その一心で、真っ赤に染まる彼女の耳に唇を寄せた。

「私も、ナマエのことが…」
「はーい、ストップ」

何とも間延びした声が、私の一世一代の愛の告白を遮る。 こんな意地の悪いことをする男は、この場にひとりしかいない…っ!

「どうして止めるんだよ! 睡魔…ッ!」
「お前さんたち、お熱いのは結構だかなぁ。 …周りを見てみろ?」
「「…えっ?」」

周り…? 睡魔の言葉に、私とナマエは疑問符を浮かべる。 奴の言う通り、ぐるりと辺りを見渡せば… 何故か皆、真っ赤になって俯いているではないか。

「ここの魔物はみんなウブだからなぁ。 これ以上は、誰も見てないところでやってくれ」

そう言って、あっち行けとばかりにシッシッと雑に手を振る睡魔。 ナマエとのやりとりに夢中で、周りなど全く見えていなかった。 …こ、これは…っ!

「は、恥ずかしい…っ」
「………うん」

余程恥ずかしかったのか、ポツリと小さく呟くナマエ。 もちろん私も恥ずかしいのは山々だが、そんなことよりも… 目の前でぷしゅ〜っと湯気が出そうなほど真っ赤になって縮こまるナマエの姿から、目が離せない。 …照れるとこんな風になるんだな、なんて。

「( やばい、どうしよう。 ……可愛い )」
「……やれやれ。 こりゃあ、重症だなぁ」

そんな呆れたような睡魔の声が聞こえたけれど、文句を言う気力も失せるくらい、私の胸は実に幸せに満ちていたのだった。




短編一覧へ戻る




- ナノ -