何はともあれ





※このお話は、あくましゅうどうしさんがお相手ですが、タソガレくん視点となります。



「あくましゅうどうしに告白したい!?!?」
「ちょっ、声大きいよ…っ! タソガレくん…っ」

シィーッと口元で人差し指を立てるナマエを見て、我輩は慌てて自身の口を手の平で覆う。 そのままきょろきょろと辺りを見渡し誰もいないことを確認すると、ホッと胸を撫で下ろした。

「す、すまない… ナマエ…っ」
「もう…っ! ここだけの話だよって言ったのに…っ」

素直に謝罪すれば返って来たのは、涙まじりの声。 顔を真っ赤にして狼狽える姿に申し訳ない気持ちが膨らんでくる。 が、しかし。

「( これが叫ばずにいられるか…っ!? )」

またしても。 思わず、叫んでしまった。 今度は心の中に、踏みとどまったが。

ナマエとは、物心ついた頃からの付き合いだ。 父上とナマエの父上が古くからの友人で、毎日のように魔王城にやって来ては、ふたりで遊んでいたことを今でもはっきりと覚えている。 共に育ったも同然の、家族のような存在だ。 年頃の男女がそのような距離感にいて何も起きないはずがない… そう思われるかもしれないが、本当に。 不思議なくらいに我輩達はお互いを、本当の家族のように思っていた。 それほどまでに我輩と近い距離にいた彼女はもちろん、幼い頃からあくましゅうどうしとも交流がある。 我輩と同じく沢山彼の世話になっただろう。 …今思うと恥ずかしくなるような思い出話も山程あるはずだ。 そう、だから尚のこと。 まさか、ナマエが。 まるで親子、いや、祖父と孫のように過ごしてきた、あくましゅうどうしのことを……

「( "男として" 好いていたなんて…っ!!! )」
「と、突然こんなこと言われたら、驚くよね…っ?」
「っ、」

驚きのあまり黙り込む我輩を見て、照れ臭そうに頬を掻くナマエの表情は、今まで見たこともないような可愛らしいもので。 我輩は思わず言葉に詰まってしまう。 嫉妬や悲しみだとか、そういった負の感情ではない。 ただただ、驚きと戸惑いだけが、頭の中を埋め尽くした。

「彼とふたりきりになれるように、その… 協力、してくれないかな…?」
「……本気、なのだな?」
「………うん」

コクリと頷き、俯くナマエ。 髪の隙間から見える形の良い耳は、まるでりんごのように真っ赤に染まっている。 こんな姿を見せられては、協力する以外の選択肢など浮かぶはずもない。

「…分かった! 我輩も出来る限り、協力するぞ!」
「っ! …ありがとうっ! タソガレくんっ」

心底嬉しそうに笑うナマエに、我輩も自然と笑顔を返すのだった。




「あくましゅうどうし、少し良いか?」
「? はい。 どうかしましたか…?」

ナマエからの相談を受けて、我輩はさっそく。 あくましゅうどうしへとアプローチをかけていた。 書類仕事が一段落ついた頃合いを見計らい、声を掛ける。 改まった我輩を見て不思議そうに首を傾げている姿に、何だか少し気まずくなってくる。

「あー、その… ナマエの、ことなのだが…」
「ナマエ様、ですか…?」

ナマエの名前が出るとは思っていなかったのか、奴はキョトンとした表情を浮かべる。 先代魔王の親友の娘。 そして現魔王である我輩の幼馴染である彼女を、当然のように 『ナマエ様』 と呼ぶあくましゅうどうし。 ハッキリと上下関係を表しているその呼び名に、やはり彼女の気持ちは報われないのではないか… そんな不安が押し寄せてくる。

「あー… ナマエが今日も魔王城に来ているのだが、我輩は仕事があるから相手をしてやれなくてな。 少しの間、話相手になってやってくれないか…?」
「ふふ、分かりました。 ナマエ様は本当に魔王城ここが好きなんですね」

まるで孫を想うような目で、声で。 そんなことを言う。 慈しむように細められた瞳は、嫌になるほど穏やかだ。

「( やはり一筋縄ではいかなそうだぞ、ナマエ… )」
「? 魔王様?」
「えっ!? あっ、いやっ! そのっ、ナマエは客間で待っているから! よろしく頼むっ!」

慌ててナマエの居場所を伝えると、不思議そうにしながらも 『それでは行って来ますね』 と一礼して部屋を出て行くあくましゅうどうし。 バタンと扉が閉まる音が響いた途端、我輩ははぁ、と深く息を吐き出した。

「( …さて、どうなることやら )」

ナマエの淡い恋は実るのか。 はたまた儚く散ってしまうのか。 …正直言って、恋人として寄り添うふたりの姿は、全く想像がつかない。 涙を浮かべて報告に来るであろうナマエの姿は、容易に想像できるというのに。

玉砕した時の為、少しでも傷が癒えるように。 彼女が大好きな甘いお菓子を沢山用意しといてやろうと、我輩は重い腰を上げるのだった。




「魔王様っ!!!!!」
「ぎゃッ!?!?」

ナマエが大好きなクッキーやチョコレートなどの沢山のお菓子をテーブルに並べていた、その時。 我輩の名前を叫ぶと同時に、勢いよく扉が開けられる。 突然の出来事に、つい情けない声が出てしまうが、そんなことお構いなしにズカズカと目の前までやって来たのは、我輩が予想していたナマエ、ではなく… まさかの、あくましゅうどうしだった。

「…ど、どうした、あくましゅうどう、
「どうしたもこうしたもありませんよっ! ナマエ様がっ! ナマエ様が…っ!!」
「ナマエが、ど、どうかしたのか…?」
「…っ、何を血迷ったのか、わ、私を…っ、その、」
「ナマエが、お前を…っ?」
「すっ、す、好いている、と…っ!!!」
「! そっ、そうか…!」

どうやら当初の目的である告白は出来たようで、思わずホッと胸を撫で下ろす。 そんな我輩の反応を見たあくましゅうどうしの瞳は、突如何故かスッと細められた。

「………魔王様、反応が薄くありませんか?」
「えっ!? い、いやぁ!? 決してそんなことは…っ!」
「……やはり、そういうことだったのですねっ」
「え?」
「どうせ私をからかうためのドッキリなんでしょう!?」
「はぁ!?!?」

思いもよらぬ言葉に、つい叫んでしまう。 盛大に勘違いをしているあくましゅうどうしを説得しようと口を開きかけるがそれよりも早く、奴の感情が爆発してしまった。

「だって、そうじゃないとおかしいんですよ…! 親子以上に歳の離れた私のような男を…っ! あの聡明で見目麗しいナマエ様がっ! すっ、好きになんて…っ!なるはずがない…!」
「( と、とんでもなく面倒な展開になってるーっ!!! )」

頭を抱え叫ぶ、あくましゅうどうし。 疑心暗鬼になっているのが誰の目から見ても明らかである。 これは、まずい。 話が思わぬ方向に向かっている…!! 話がこれ以上拗れてしまう前に全て明かさなければ…! そんな謎の使命感が我輩に芽生え始める。

「あ、あのな? あくましゅうどうし? これには、訳が…」
「!! やはりあなたもグルですか…っ! 何か知っているんですね!?!?」
「っ!!?」

ガシッと掴まれる肩。 そのあまりの力の強さに、思わず身構える。 相当焦っているのか額からだらだらと汗を流し、ジィッとこちらを見つめる瞳は、真剣そのものだ。 そのあまりに必死な様子が何だか少し憐れになってくる。 …これは早急に! 誤解を解かなければ…!

「い、今から訳を話すからっ! 一旦落ち着いて…」
「っ、落ち着いてなどいられるわけないでしょうっ!? 例え嘘でも…っ! ナマエ様に好きだと言われて、冷静になんてなれる訳が…っ」
「っ! そ、それって…」

ナマエには悪いが、彼女の恋が実ることはないだろうと、我輩はそう思っていた。 何が 『まるで孫を想うような目で、声で』 だ。 今のあくましゅうどうしの表情や反応… いくら恋愛に疎い自分でも、分かる。 これは…!!

「……何度も、諦めようと思いました。 歳の差も、身分も、関係も。 私なんかよりもずっと、彼女に相応しい方が、すぐ側にいらっしゃるんですから」
「…は?」

めでたく両想いだ!! と内心喜んだのも束の間。 それはそれは苦しそうに眉間に皺を寄せて、何故かこちらを見つめる、あくましゅうどうし。 …おいおい、まさかコイツ…っ!!

「あ、あくましゅうどうし? 分かっていると思うが、我輩とナマエはそういった関係では…」
「っ、私が…っ! 私がどれだけ! あなたを羨んでいるか、分かりますかっ!?」
「へっ!?」
「何の障害もなく、ナマエ様の隣に立てる魔王様を… 私が、どれだけ…っ!!」
「はっ!? いやいやいや! だから、どうしてそうなる!?!? 勘違いもほどほどに…っ」
「勘違いなんかじゃ、ありません…っ!!」
「どうしてそこだけそんなに頑固なの、お前!?」

我輩の知らぬところで、余程鬱憤が溜まっていたのだろう。 切実な表情で心境を明かすあくましゅうどうしだったが、またもや盛大な勘違いをしていることに思わずツッコミを入れる。 しかし、そんな我輩の渾身のツッコミにも全く聞く耳を持たない様子である。 …コイツ、こんなに人の話聞かない奴だったか!? そんな我輩の気持ちなどつゆ知らず、奴は心の内を語り始めた。

「…心の中でひっそりと、想っているだけで十分だったんです。 私のことを異性としてではなくとも、特別な存在だと想ってくれているのは伝わっていましたし、それを嬉しくも思っていましたから…」
「いやだから、ナマエはお前のことを…」
「……魔王様。 いくら魔王様とは言え、これ以上、揶揄うのはおやめ下さい。 …彼女が私のことを好きになるなんて、そんなのことは絶対に! あり得ないんですから…っ」
「だぁああ!! もぉおおお!! 自虐的過ぎるだろぉ!? どうして認めないのだぁ!! さっきから何度も言ってるが、ナマエはお前のことをっ!! …あっ」

聞き分けが悪すぎる目の前の男に、いい加減腹が立ってきて、大声で叫んだと同時。 視界の隅にちらりと映ったのは、現在進行形で話題に上がっている人物。 開け放たれた扉から恐る恐る、こちらを覗いているナマエの姿が目に入り、我輩は思わず、途中で言葉に詰まる。 しかし全く余裕がないあくましゅうどうしは、そんな我輩の様子に全く気付く様子はない。 …これは、もしやチャンスなのでは?

「私も、何度も言っているじゃないですか…っ! ナマエ様が私を好きになるなんて、そんな夢のようなこと、あるわけないんですよ…っ!」
「そっ、それでも…! お前は、ナマエのことが! 好き、なんだろう…っ!?」
「っ、ええっ、ええっ!! そうですよ…っ! どうせ魔王様も! 心の底では私を馬鹿にしているんでしょうっ? …私のような男がっ、あんなに可憐でっ、誰にも好かれるくらい素敵な、ナマエ様を…っ、好いているなんて、って!!」
「…言質は取ったぞ。 あくましゅうどうし…っ!」
「は? ………ッっ!!! まっ、まさか…っ!!!」

バッと勢いよく後ろに振り返る、あくましゅうどうし。 その視線の先に待っていたのは…

「いっ、今の、ほんとうっ? レオさん…っ」
「っ、ッ〜〜〜!!!!!」

顔を、これでもかと。 真っ赤に染める、ナマエの姿。 その表情は、嬉しいのやら恥ずかしいのやら。 とんでもなく緩み切ったもので。 …こんなにも愛らしい姿を見せられても尚、彼女の気持ちを疑うなんて。 さすがのあくましゅうどうしでも、無理な話だろう。

「…ほら! さっさと返事してやれ!」
「…っ、ぁっ、はっ、はい…っ」

トン、と背中を押してやれば、ゆっくりとナマエの方へ歩み寄るあくましゅうどうし。 『あの、えっとっ、その…っ』 なんて言い淀む声が聞こえるが、暫くしてようやく。 『ずっと、ずっと、好きでした…っ』 と、震えながらも、精一杯想いを伝える言葉が聞こえてきた。

「っ、レオさん…っ! だいすき…っ!」
「わわっ! ナマエ様…っ!?」

ついに感極まったナマエが、あくましゅうどうしに抱きつくのが、視界に映る。 そんな彼女に慌てふためくあくましゅうどうし。 だが、我輩は気づいているぞ。 …その右手が、しっかりとナマエの腰へ回っていることに…っ!!!

「疑って、申し訳ございませんでした… ナマエ様…」
「ふふっ。 もう、いいんです。 …こうやって、ちゃんと想いが通じたんですから」

『恋人として寄り添うふたりの姿は、全く想像がつかない。』 つい先程、そんなことを思ったはずなのに。 穏やかに微笑み合うふたりを見て、そんな考えは頭の中から綺麗さっぱり無くなるのだった。


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